第六百三十五話 戦闘開始
溶岩の間に凄まじい音が響き渡る。
女が使ってきた氷魔法に対し、リヴァーナは土魔法、ソロモンは火魔法、メンデスとバビバは氷魔法で応戦した。
攻撃を放ったあとはすぐにダルマンが盾を構える後ろに移動。
そしてティアリスとグラシアは敵の魔法攻撃を防ぐのに有効な魔力障壁をダルマンの前に展開。
その魔力障壁は敵のたった一度の攻撃で破壊されてしまったが、ダルマンの盾もあり、全員無傷で耐えることができた。
「……へぇ~? 今の防がれちゃうんだ」
女は氷漬けにされたマグマスライムの上に立った。
「もしかして、私が攻撃すること気付いてた?」
「……あなたの目的はなに?」
「私が先に聞いてるんだけど?」
「……ここでなにしてたの?」
「はぁ? こいつと戦ってたに決まってるでしょ。で、なんで私の不意打ちに対応できたの?」
「……噴火前からここに来てたよね?」
「え? なんでそのこと知ってるの? もしかしてあなたたちももういたの?」
「……私たちは今来たばかり。その魔物をどうするつもり?」
「焼いて食おうが煮て食おうがあなたには関係ないでしょ」
「……そいつ、まだ生きてるよね?」
「あ、気付いてたんだ。なかなかやるじゃない。だから警戒してたってわけ?」
「そこまで弱らせておきながら、なんでとどめをささないの?」
「今調教中だったの。私の言うことを聞くようにね。その答えだったら納得する?」
マグマスライムがまだ生きてることには気付いてなかった者のほうが多い。
だがそもそも最初からこの女性が味方だとは誰一人考えていなかった。
国王からダンジョン内を魔物といっしょに歩く女の話を聞いていたこともあるが、それよりもメタリンがこの女を敵と判断したからだ。
メタリンが一度跳ねれば敵がいるという合図。
二度跳ねれば味方の可能性があるという合図。
三度跳ねれば誰の姿も見当たらないという合図。
つまりメタリンは最初からこの女を敵と認識していたことになる。
敵か味方かに関わらず、もちろんこの場に女がいることを予め全員が想定していた。
それにメタリンが敵だと言ったからとか関係なく、実際にここで見た女を、倒した魔物の上に平然と座るような危ないやつだと感じていた者もいるだろう。
「……言うことを聞かせてどうするの?」
「こういう特別に強い魔物を仲間にできたら色々と便利でしょ? 魔物使いがそのスライムを仲間にしてるのと同じ理由じゃない?」
「……あなたは魔物使いなの?」
「魔物使いに見える?」
「……見えない」
「そう。まぁあなたたちが普段から魔物使いを見てるんなら私が魔物使いじゃないことくらいすぐわかるよね」
「……じゃあ何者なの? 魔物を仲間にしてなにしようとしてるの?」
「それを言ったら面白くないでしょ。あなたたちが邪魔でもしてきたら面倒じゃない」
「邪魔しなきゃならないようなことを考えてるってことだよね?」
「さぁ? ……でもそのスライム、なかなか使えそうね」
「キュ!?」
「可愛い声。私のところに来ない?」
「キュ……」
「……なに企んでるの? なんで私たちを攻撃してきたの? あなたは魔王側なの?」
「質問ばかりね。少しは自分の頭で考えたら? それに私は魔物を仲間じゃなくて駒としか考えてないから」
女は左手を体の前に持っていく。
そして右手で短く持っていた杖を、左手に持っている黒い玉に当てた。
リヴァーナたちは攻撃を迎え撃つ態勢に入る。
……だが魔法は飛んでこない。
女はなにか小さな声でブツブツと呟いている。
左手の黒い玉に対してなにかしてることは間違いない。
すると黒い玉が禍々しく光り出した。
「……プチダークドラゴン」
最後の言葉だけはハッキリと聞こえた。
黒い玉からは魔瘴のようなものが発生し始める。
そしてなんと、その魔瘴の中から黒いドラゴンが出現した。
「どういうこと!?」
「なにあの玉!?」
「ドラゴンにしては小さいな……」
「プチって言ってたしね」
「でもなんで襲ってこない?」
「もしかして宙に浮いてた黒い魔物ってあれのことじゃない?」
「なんかヤバい儀式やってるよねあれ……」
目の前で起きている不可思議な現象に困惑が隠せない一同。
女はさらに儀式を続ける。
「……出でよ、ガイコツドッグ」
すると先ほどと同じく、魔瘴の中から魔物が出現した。
「骨だ……」
「あの体どうなってるの……」
「骨だけの犬ってことかな……」
「動いたら骨が落っこちたりするんじゃないか……」
初めて見る魔物に驚愕すると同時に多少の興味が隠せない一同。
「……純白の羽、スノーシルキー」
またしても見たことがない魔物が出現する。
「フワフワだね……」
「鳥だよね? ニワトリとは少し違うか」
「気持ち良さそうな毛……」
「あの毛でコートとか作れそう……」
「弱そう……」
まだ敵は全く動かない。
「漆黒の羽、ダークシルキー」
「黒いバージョンだ……」
「シャモ鳥の一種かな?」
「ヒクイドリの子供とかじゃない?」
「これまたフワフワだね……」
「こいつこそ国王が見たやつでは?」
増え続ける魔物にさすがにヤバいと思い始めてきている一同。
「攻撃したほうがいいんじゃない?」
「どこまで増えるかわからないしね」
「ねぇ、あの女にはどうすればいいの?」
「向こうが攻撃してきた以上、魔物と同じ敵と見なすしかないだろ」
「うむ。あやつはマグマスライムを倒せるほどだ。少しでも加減すると全滅だよ。本気で殺しにかかりな。無理そうならワシがやる」
「よし、じゃあリヴァがまず先制……え?」
そのとき、リヴァーナがなにかに気付いた。
「これは……雪?」
上空から雪が降ってきたのだ。
「あの白い子がなにかしてる!」
みんなが白い鳥を見る。
鳥は羽を広げ、パタパタと動かしていた。
「痛っ! なにっ!?」
リヴァーナが声をあげる。
「氷魔法だ! 上に魔力障壁を張れ! 雪に混じらせて氷で攻撃してきてる!」
ダルマンの指示にティアリス、グラシア、デルフィが慌てて魔法を使う。
幸いにも氷魔法の威力は弱いようだ。
「骨が動いたぞ! ドラゴンも上に飛んだ!」
ガイコツドッグは氷の上を滑るようにして一直線に向かってくる。
プチダークドラゴンは女の上空へと飛び上がると、火魔法を放ってきた。
すかさずメネアとメンデスが魔法で火を相殺しにかかる。
火魔法の相殺だけではなくドラゴン本体を狙っての攻撃だったが、ドラゴンはかなりの速さでそれをかわし、あたりを飛び回り始めた。
「メネアとメンデスはそのままドラゴンを狙え! リヴァーナはまずあの白い鳥だ! 婆さんとソロモンは下の骨をどうにかしろ!」
リヴァーナは雷魔法で一気に鳥二匹を倒しにかかる。
「えっ!?」
だがなんと、白い鳥の前に立った黒い鳥によって、雷魔法が弾かれた。
弾かれた雷はそのまま後ろの地面に当たる。
リヴァーナは今度は風魔法で攻撃する。
だがまたしても黒い鳥によって魔法は弾かれた。
「なんで!?」
「たぶん魔力障壁使ってる。魔法が来る瞬間だけ斜め向きに壁を作って、上手く受け流してるんだと思う」
ミオが冷静に分析する。
「そんな簡単に受け流せちゃうの!? リヴァの雷だよ!? 魔力障壁に負けてるって言うの!?」
初めての事態に動揺するリヴァーナ。
「受け流すだけなら衝撃はかなり減るから。それにあの白い鳥を守るように立ってるし、もしかしたら防御専門の魔物かもしれない」
「つまり俺と同じような戦い方ってことか。よし、ならメタリンちゃん、頼めるか?」
「キュ!」
「黒いほうの気を引いてくれ。もちろん倒せるようなら倒してくれていい」
「キュ!」
そしてメタリンは大きくジャンプして氷上に下りた。
一方、空中ではいまだドラゴンが飛び回っている。
「メンデス! なにしてるんだ!?」
「速いんだって! こっちに近付いてくるかと思ったら火を吐いてすぐ逃げるし!」
言い訳のようにも聞こえたが、ダルマンの目からみても確かに速い。
メネアとメンデスの魔法は壁に当たりまくってる。
鉱石が破壊されて落ちてくるようなことはなさそうだが。
「こっちは始末しました!」
ソロモンが大きな声をあげた。
「たいしたことなかったね。魔法を使ってくるわけでも、特段に速いわけでもないし」
バビバは少し物足りなさそうに言う。
「また増えた」
ミオがボソッと言った。
視線の先には二匹の鳥、いや、三匹の鳥がいる。
今度は灰色をした鳥だ。
白い鳥の前に立ちふさがるようにして立つ黒い鳥と灰色の鳥。
それに対峙するメタリン。
まずメタリンが黒い鳥に襲いかかる。
だがすぐに灰色の鳥が横からメタリンに向かってきた。
メタリンはターゲットを切り替える。
そして両者は勢いよく激突し、お互いが後ろに弾き飛ばされた。
「力強化魔法かも。メタリンちゃんにぶつかって対抗できるなんて相当強い。」
ミオは相変わらず冷静に分析を続ける。
上空からは雪と氷と雨。
それらが入り混じったものがこの溶岩の間全体に降り注いでいる。
「ならやっぱりあの女を狙うしかないよ! リヴァがやる!」
リヴァーナは意を決したように言う。
女を攻撃するのが一番いいことはみんながわかっていたが、人間を殺してしまうかもしれないということには誰もが抵抗があった。
「待て」
だがダルマンはそこで周囲の異変に気付いた。
「……煙か?」
微かにではあるが、あたりに白いモヤのようなものがかかってきていた。
「いや、霧か? ……まさかわざと!? あのドラゴンが火をそこら中に吐きまくってるのもそのためか!? 雪や氷や雨もこのためだったのか!?」
そう言ってる間にも、あたりはどんどん視界が悪くなっていた。




