第六百三十四話 溶岩の間
まずはメタリンだけが足を踏み入れた。
一行は離れた場所からメタリンの様子を窺う。
メタリンはあたりをキョロキョロとくまなく見ている。
敵の姿がないことを確認したのか、ゆっくりとさらに奥に進んでいく。
そしてメタリンの動きがとまった。
「「「「……」」」」
一行の緊張感が高まる。
おそらくメタリンは敵の姿を視界に捉えたに違いないと誰もが思った。
するとメタリンは軽く一度跳ねた。
敵がいたという合図だ。
ということは今まさに対峙しているのかもしれない。
一行は最大限の警戒をし、慎重に近付いていく。
……だがなにかがおかしい。
先頭を歩くダルマンはいくつかの違和感を感じていた。
すぐそこは溶岩の間のはずなのに、全く熱を感じない。
それどころか冷たい空気が流れてきてるような気さえする。
だが汗はとまらない。
特に暑くはないのにだ。
ダルマンは少し後ろにいるアリアとミオの顔を見る。
すると二人の顔からも同じように汗が流れていた。
暑いわけはない。
おそらくこれは冷や汗というやつだろう。
この先にいるなにかの気配を察知し、本能が警笛を鳴らしてるのだ。
これより先に進むのは危険だ、と。
「みんな、大丈夫だよ。ヤバそうならすぐ逃げればいいんだから」
リヴァーナが声をかける。
そんなリヴァーナの顔は実に涼し気だ。
それを見てダルマンは歩く速度を少し早める。
そして広い空間に出た。
「「「「……」」」」
思わずみんなが足をとめる。
溶岩の間、そこは予想してたよりもかなり広い場所だった。
天井も高い。
だがそれ以上に目に入るのは、壁一面のキラキラした物。
赤や黒、透明など、鉱石と思われる石がそこら中に埋まっているのがわかる。
天井に穴が開いていることも確認できた。
あそこからマグマが噴出されるのだろう。
周囲を一通り見渡しあと、みんなが我に返ったようにメタリンを見る。
メタリンがいる場所の先に地面は見えない。
おそらくそこは火口のようになっており、マグマが溜まっているんだろうとみんなが想像する。
奥の壁はかなり向こうに見えるから、深さ次第ではとんでもないマグマの量が予想される。
まだ戦闘が始まっていないのは、メタリンがマグマスライムに敵と認識されていない可能性が高い。
そしてダルマンは少しずつ、少しずつ、覗き込むようにして下を見る。
「!?」
ダルマンはなにかを視界に捉えた瞬間、瞬時に体を後ろへと退いた。
「……人間だ」
「「「「!?」」」」
ダルマンの言葉にみんなが驚愕する。
同時に様々な憶測が頭をよぎる。
するとリヴァーナがメタリンの横まで進んでいった。
「あれ? こんな場所でなにしてるんですか? ここ、危ないですよ? あなた、人間ですよね?」
「「「「……」」」」
リヴァーナの声ではない。
ということは下にいる人間、それも女性が声をかけてきたのだ。
みんなが横に並ぶようにして下を見る。
ガボン、ヒューゴ、デルフィは後ろで周囲を警戒している。
「え? そんなに大勢でどうされたんですか? なにかありました? あ、もしかして鉱石を取りに来たとかですかね?」
「「「「……」」」」
下を見てさらに驚かされることになる。
深さは10メートルくらいだろうか。
だがマグマなんてのはどこにも見当たらない。
見えるのは一面の氷。
そしてその真ん中、大きな氷の塊の上に座る黒いローブ姿の女性。
金色の長い髪が目立つ、若い女性だ。
右手には杖、左手には黒くて丸い玉のような物を持っている。
「あなたこそ、そこでなにしてるんですか?」
リヴァーナが丁寧な口調で答える。
リヴァーナの顔には先ほどまでは見られなかった汗が流れ始めている。
「私ですか? 見てわかりません?」
「う~ん、わかりません」
「え? わかりませんか? ここにマグマがたくさんあったのは知ってます?」
「やっぱりマグマがあったんですか? ではそこに魔物が住んでいませんでしたか?」
「あ、知ってるんじゃないですか~。ならわかりますよね? 悪い魔物を退治しにきたんですよ」
「……倒したんですか?」
「はい。今私が座ってるのがその悪い魔物です」
「「「「!?」」」」
大きな氷の塊、それこそマグマスライムそのものだったのだ。
それを聞いて、驚きとともに誰もがひとまず胸を撫で下ろした。
「私たちもその魔物を倒しに来たんです!」
「それはそれは奇遇でしたね。でも先に倒してしまいましてすみません。せっかくそんな大勢で来られたのに」
「いえ! 正直、私たちでは倒せないかもしれないと思ってましたから」
「そんな謙遜されなくてもいいじゃないですか。ここまで来れただけでもみなさんがお強いことはわかりますから」
「あなたのほうがもっと強いですよね? たったお一人ですし。 ……もしかしてお仲間さんがどこかにいるんですか?」
「え? 私一人ですけど? あれ? そういえばそこのきれいな色したスライムさん、周りにこんなにたくさん人間がいるのになにしてるんですか?」
「この子は私たちの仲間なんです」
「仲間? 人間側ということですか?」
「そうです。いっしょにその敵を倒しに来たんですよ」
「スライムさんは人間を襲わないんですか?」
「もちろんです。この子は魔物使いの仲間の魔物ですから」
「……へぇ~。魔物使いですか」
「ところであなたはそこでなにしてるんですか? もう倒したんですよね?」
「戦闘で疲れたので休憩してるんです」
「いつ倒したんですか?」
「つい先ほどですよ。苦労して苦労してようやく氷漬けにできました」
「その敵の死骸をどうする気ですか? もしよろしければ譲ってもらえないでしょうか? もちろんお金は払います」
「申し訳ありませんがそれはできません。私にも依頼主というものがいまして、死骸を持ち帰るように言われてるものですから」
「そんな大きな死骸を持って帰れるんですか?」
「それはまぁなんとかなります。最近は色々と凄い技術があるものですから」
「そうなんですね。ちなみにこのダンジョンへはどこから入ってきたんですか?」
「それはあなた方と同じじゃないですか?」
「え? 同じですか? 私たちは大ピラミッドの東側の入り口から入って来たんですけど」
「……じゃあ違うかもしれませんね。私は西の海側から入ってきましたから」
「ここより西って山と海しかありませんよね? そんなところに入り口があるんですか?」
「海のすぐ近くにありますよ。逆に私はそこしか知りませんが」
「そこまではどうやって?」
「それは船に決まってるじゃないですか」
「お一人なんですよね? 船を操縦できるんですか?」
「せいぜい二人しか乗れないような小さな船ですからね。乗り方さえ覚えれば簡単でしたよ」
「どこから乗ってこられたんですか?」
「この大陸の下のほうにある村からですよ」
「ここから下というとモーリタ村ですかね?」
「たぶんそうですね。私は別の大陸の人間でしてあまりこの大陸のことには詳しくないものですから村の名前もよく覚えていませんものでして」
「ご出身はどちらなんですか?」
「パルド王国ですよ」
「えっ!? 私たちもです! みんなリーヌの町出身なんですよ」
「リーヌのご出身でしたか。あの町は今大変でしょう? それなのによくこんなところまで来られましたね」
「ギルドから高額で依頼をされたものでして断りきれなかったんです。あなたはどこのご出身なんですか?」
「私は……まぁそれはどこでもいいじゃないですか」
「聞かせてください。そんなにお強いんですからまた会う機会もあるかと思いますし」
「……そうですね。大樹のダンジョンあたりで会うこともあるかもしれませんしね」
「大樹のダンジョンに行ったことあるんですか?」
「いえ、色々と噂を聞いてるだけです。冒険者がたくさん集まってるとか」
「凄い人数らしいですね。で、あなたはどこ出身なんですか?」
「……ノースルアンです」
「ノースルアン? ……ってパルド大陸の最北ですよね? ここまで遠すぎません?」
「遠かったですよ。一週間はかかりました」
「……ここにはいつ来られたんですか?」
「昨日の午前中です。だからもう丸一日以上はダンジョンに入ってますね」
「じゃあモーリタ村を出たのも昨日の朝ですよね? あの村の人々は大丈夫でしたか?」
「えぇ。噴火の影響もほぼ出ていないようでみなさん元気そうでしたよ」
「そうですか、良かった。あの村には知り合いがいるものでして」
「それはそれは。……ふふふっ」
「え?」
女は下を向いて軽く笑う。
「お芝居って面白いね。でもなんだか妙に疲れる」
女の口調が変わった。
そして右手に持っている杖から突如強力な魔法が発せられた。




