第六百三十三話 ゲンさん強化中
余計な心配だったな。
ゲンさんが斧を一振りしただけで、吐いてきた炎ごと敵は真っ二つになった。
「なに今の……」
シファーさんは驚いているようだ。
「あれがさっき話してた、ヒクイドリが進化したと思われる新種のコクエンドリですよ」
「じゃなくてさ……。ゲンさんの今の攻撃」
「あ~、そっちですか。単なる風魔法です。あの斧に魔法付与してあるんですよ。斧の刃の形で飛ばせるようにするのには相当苦労しましたけどね」
ララやカトレアがな。
ゲンさんが装備してるミスリルの魔法斧は、俺が持ってる魔法剣よりも少し特殊な作りになってる。
斧に魔力を込めると斧内部で風魔法が発生し、最初より強い魔力を込めると風魔法が飛んでいくというものだ。
風魔法を放つ魔力量を判定する調整は、ゲンさんの使用感を聞きながらカトレアが微調整するといった形で何十回と行われた。
ララも斧の刃の形で魔法付与することにかなり神経を尖らせていた。
ララ自身がただ風魔法を使うだけならまだしも、見えない錬金釜の中に対して行うわけだからな。
というようなことをシファーさんに説明してみた。
「ふ~ん。でもそれなら斧を振る必要はないんじゃないの?」
「斧を振って風の刃が飛んでいったほうがカッコいいでしょう?」
「え?」
「さっきの、まるでゲンさんが斧を振った風圧で炎やコクエンドリを真っ二つにしたように見えませんでしたか?」
「見えたけど……」
「ゲンさんがめちゃくちゃ強く見えませんでした?」
「見えた……」
うんうん。
ゲンさんは強いからな。
「冗談ですよ」
「え……」
「ゲンさんはカッコよく見せたいとか思うタイプじゃないですから」
「……」
実はこの斧、今はまだ試作段階なんだ。
魔法付与自体は前からしてあった。
今試してるのは、ゲンさんが斧を振った力を風魔法の威力に反映させるといった内容だ。
この試作が始まったのはつい三日前のこと。
フィリシアの日記を見つけたとき、宝箱の中にはフィリシアによる錬金術について書かれた本もいっしょに入っていた。
その本の中に、フィリシアが実験中だったこの錬金術のことが載っていたのだ。
おそらくマグマスライム対策として、水魔法の威力をどうにかして上げられないかと考えていたのだろう。
書かれていたのは杖バージョンで、杖を大きく振りかぶり、それを振り下ろすときに生じる力を利用するとかいう内容だったか。
カトレアは色んな力の名前を言ってたが、俺にはなにを言ってるのかさっぱり理解できなかった。
当時実際にその技術が杖に実装されたかどうかまでは書かれていない。
あの本には研究途中だった錬金術もたくさん書かれてるみたいだからな。
「というわけなんですよ」
「へぇ~、そんなことできるんだ~凄いね~。でも魔法を放つ仕組みはキミの剣みたいにボタンじゃダメだったの?」
「ゲンさんは普段歩くとき斧を背中に背負ってるでしょう? ゲンさんの背中からはボネであったりリスであったりと魔物が登ったりしますから、誤ってボタンを押して風魔法が飛んでいったら危険ですからね」
「そっかぁ~。……でもゲンさん、斧を振るタイミングと魔法を放つタイミングがまだ時々合ってないよね」
ゲンさんは今マグマゴーレムと戦闘中。
だが風魔法が敵に当たらずに、そのまま壁に当たることも多々あるようで、多少地形が変わってきてる……。
「ま、まぁそれは仕方ないです。なんせゲンさんもまだ数回しか試し打ちしてませんでしたから」
「え……。よくそんな状態で今ここで使おうと思ったね……」
「だからシファーさんに待機してもらってるんですよ」
「あ、なるほど……」
「これを錬金した翌日に噴火があったから仕方なかったんですよ? 本当ならもっとテストしてますからね?」
「わかったから……」
決してゲンさんが弱いわけじゃないからな?
そっちで見てる衛兵たちも誤解するなよ?
「……ねぇ」
「ゲンさんは強いですからね?」
「それはわかってるから……。でね、こんなときになんだけど、一つお願いがあるの」
お願いだと?
まさかシファーさんも戦いたいとか言うんじゃないだろうな?
そんなこと爺さん婆さんが許さないぞ?
「……なんですか?」
「……大樹のダンジョンに戻ってからのことなんだけどさ」
「ん? この一件が終わったあとってことですか?」
「うん。メネアは大樹のダンジョンに行きたいみたいだし、私もまだあそこにいたいと思ってるんだけど」
「お爺さんたちに反対でもされたんですか? それともナミにいてくれと言われたとか? もしくは両親といっしょにサハで暮らしたいとか? なのにメネアはいっしょに大樹のダンジョンに来てくれって言ってるとか?」
「ちょっとちょっと……勝手に話を進めないで」
「あ、すみません。色々複雑だろうな~と思いまして」
「……両親は今更なにも言ってこないだろうし、こっちのお爺ちゃんたちも私の好きなようにしなさいって言ってくれてる」
「なら好きにすればいいじゃないですか」
「うん。だからね、……私も大樹のダンジョンの従業員になれないかなって思ってね」
「……従業員ですか?」
「うん……」
どういうことだ?
なぜシファーさんがウチの従業員になる必要がある?
冒険者になりたいと言うのならまだ理解ができるのだが。
メネアといっしょに水の加護姉妹としてパーティを組めばいいじゃないか。
この二人の魔法があれば、あとは前衛一人と回復魔道士を入れればそれなりのパーティにはなるぞ?
あ、ここにマクシムさんを入れてもいいな。
ユキもいっしょに戦うのならそれだけでもうほぼ四人パーティの完成だ。
そのパーティなら入りたいという回復魔道士も大勢いるはず。
……もしくは、思いきってユウナとシャルルと組ませてみるか。
あの二人が求めてるのはまさに前衛と攻撃魔道士。
でもあいつらと上手くやれそうな人ってなかなかいないんだよなぁ~。
「ダメ?」
「確認ですけど、冒険者じゃなくて従業員なんですよね?」
「うん」
「メネアといっしょにパーティを組むなんてどうです?」
「戦いは無理だって……こんな敵と戦うなんてこわすぎるし……」
俺もこんな敵とは絶対に戦いたくない……。
「でも従業員になる必要なんてなくないですか? 実家からお金も持ってこれたんでしょう? それなら前からシファーさんも言ってるように今後一生お金に困ることはないでしょうし、のんびりとやりたいことだけをやってる生活のほうが楽しくないですか?」
「そんな生活が嫌だから言ってるんでしょ。キミならそれくらいわかってるよね?」
「そりゃあまぁ……。でもとりあえず今の生活をもう少し続けてみたらどうです? まだウチに来て二週間ちょいだったんですし。今度からはメネアも同じの部屋で暮らせるようにしますから」
「そのたった二週間で、従業員のみんなが楽しそうに仕事してるのを見てなんだかいいなぁ~って思ってしまったの。私なんてただ水魔法を使い続けてただけなんだよ? 完全に無だよ? 少しでも早く帰りたいからかなり無理してたんだよ?」
「それはもうよくわかってますから……。でも従業員になる話はララに相談しないとダメなもので……」
「ララちゃんはキミに聞いてみてって言ってたよ?」
「え……ララに話したんですか?」
「うん。ここに来る直前にね。マリンちゃんもいたよ」
あいつら、面倒だからって俺に丸投げしやがったな……。
でも俺もララに丸投げしようとしたから同じか……。
「……なにかウチでやってみたい仕事とかあるんですか?」
「そこが悩みどころなんだよね~。自分が作った料理をみんなが食べてくれてるのを厨房の中から見るのも楽しそうだし、ストアの店員として冒険者が新しい武器防具を買うかどうか悩んでるところに声かけたりするのも楽しそうだし。牧場で魔物や可愛いペットたちのお世話もいいなぁ~。キャラメルキャメルのミルクを搾るのとかある意味オアシス大陸に住む人全員の夢だしね~」
内容が具体的すぎる……。
完全にウチで働く気で色々と想像してるじゃないか……。
というかララかエマかは知らないがなんで牧場にまで入らせてるんだよ……。
まだ一般的には知られていないペットの情報まで知ってるし……。
「キミはなにがいいと思う?」
まだウチで働いてもらうと決まったわけじゃないからな?
「ロイス君」
ん?
おお~!?
なんていいタイミングで来てくれたんだ!
「どうした?」
「斧の調子はどうかと思いまして」
「斧は最高だ。まだゲンさんが感覚をつかめてなくて外しまくってるが」
「そうですか。……少しいいですか?」
「え? そうだな。俺もカトレアに話があったんだよ。一度部屋に戻るか。シファーさん、ゲンさんが危険そうならすぐに魔法で援護してあげてください」
「え……うん……」
「衛兵さんたち、シファーさんのことしっかり守ってくださいね」
「「はっ!」」
よし、これでなんとか話を先延ばしにできた。
しばらくシファーさんと二人になるのは避けよう。
そして部屋に戻ってきた。
「む? 戦いのほうはどうじゃ?」
「ゲンさんの敵ではありませんね。でも新しい武器や技を試すにはちょうどいい相手です」
「なんと……。ん? シファーはどうした?」
「一応まだ待機してもらってます」
「なんじゃと!? あの子になんかあったらどうするんじゃ!」
「衛兵さんが傍にいますし、そんなに心配なら傍にいてあげてくださいよ」
「うむ! 婆さん! 行くぞ!」
「え……私はここでのんびりと……」
婆さんは爺さんにむりやり連れていかれた。
「……俺も少し見てこよう」
衛兵隊長も爺さんたちのあとに付いていった。
俺たちと同じ空間にいるのが気まずかったのかもしれない。
「ふぅ~。ちょうどいいところに来てくれた」
「シファーさんとケンカでもしましたか?」
「いや、急にウチの従業員になりたいって言われたんだよ」
「……そういうことでしたか。いいんじゃないでしょうか」
「え……ダメだろ……」
「今までは自分の意思なんてなかったに等しいんですから好きにさせてあげましょうよ」
「好きにって言っても、従業員がそんな好き勝手できるわけじゃないだろ」
「そういう意味じゃありません。やってみたいことが見つかっただけでも良かったじゃないですか。私は賛成です」
「……なにやってもらえばいいんだ? なんにでも興味ありそうな感じだったぞ?」
「それはララちゃんと相談してみてですよ」
「ララには俺と相談しろって言われたらしいぞ?」
「……」
ほら。
みんな扱いに困ってるじゃないか。
「……まぁそのことは帰ってから考えましょうか」
逃げたな……。
「で、なにか話があったのか?」
「地下で見つけた本のことです」
「ハリルが持ってるやつか?」
「はい。その中に書かれていた、ロイス君に渡したいものってなんだったんですか?」
「今頃かよ……」
「私としたことがついさっきまで忘れてましたので……。あのあとロイス君が牢屋に入れられたり、私も魔力の使い過ぎで倒れてたりしたものですから……」
「というか転移魔法陣の前で本を読んだとき、なんでその部分を読み飛ばしたんだ? わざとだよな?」
「あの場では必要のない情報だったのと、もしかするととんでもないものじゃないかという予感もしたものですから」
鋭い……。
まぁ錬金術がどうたらって書かれてたしな。
「ウチに帰ってからでいいか?」
「今がいいです」
当然そうなるよな……。
「これだよ」
レア袋の中から説明書らしき本だけを取り出した。
「魔物……」
「その本といっしょに錬金釜みたいなものもあった」
「見せてください!」
予想通りの反応だな……。
「ほら」
「これは……」
そうだよな~、興味持っちゃうよな~。
「それと果物エリアに、魔瘴の木とかいうやつがあった」
「なんですって!?」
だよな~、興味ないわけないよな~。
「もう回収済みだから、調べるならウチに帰ってからにしろよ」
「うぅ……」
お預けされることがそんなに苦しいのか……。
「仕方ありませんよね……。今はそれどころじゃないですし……」
そう言ってカトレアは今俺が出したものを自分のレア袋にしまい込んだ。
ところでみんなは順調に先へ進めているのだろうか?
もしかしてもう溶岩の間に到着してたりして……。




