第六十三話 町の鍛冶屋
ラーメンを食べた後、道具屋、八百屋、肉屋と回り、相場の確認をしてきた。
ウチで買取もすることになってからは相場については従業員の四人と話すことにしている。
そのため直接店に出向く機会は減り、今日も久しぶりのことだった。
どの店でもなぜかお礼を言われたけど、助かってるのはこっちなんだからお礼を言い返しておいた。
「食堂もそろそろ従業員増やしたほうがいいよな?」
「……そうですね。でもみなさんの調理能力も上がってますからどうでしょうか。人が多いに越したことはないでしょうけど」
現在、大樹のダンジョンには一日平均約百四十人の来場客がある。
毎日昼も夜も食堂は大忙しだ。
それでも休憩時間にはヤック、メロさん、モモの三人はダンジョンへ潜っている。
一日三時間程度なので強くなるにはまだまだ時間がかかるだろうが。
再び鍛冶屋に入ったときには出てから二時間と少しが経過していた。
「ゲルマンさん、どうですか?」
「おう、終わってるぜ。茶でも飲んでけよ。おーい! 冷たい茶三つくれ!」
鍜治場の中の休憩スペースに案内される。
「カトレアどうする?」
「……お茶いただきながら見させてもらいますね」
「ゲルマンさん、彼女が鍜治場を少し見学したいみたいなんですがいいですか?」
「おう、こんなところで良けりゃ好きなだけ見てくれよ」
「……ありがとうございます」
「変わった子だな。ロイスの彼女か?」
「いえ、ウチの錬金術師ですよ」
「なんだと!? この子が噂の? こんなに幼い子だとは思ってもみなかったな」
「……もうすぐ十八歳になります……カトレアといいます」
「てことはアイリスよりも上か!? 見た目はララとあまり変わらないんじゃないのか? ……って悪い悪い。魔道士ってやつは見た目が若く見えるからな」
錬金術師を魔道士といっても間違いではない。
カトレアが魔物と戦っていればそれはもう魔道士だからな。
ただし、魔道士を錬金術師とは言わない。
それだけ錬金術には知識と技術と経験が必要とされるんだ。
俺は半年前まで錬金術って言葉すら知らなかったけどな!
「ん。どうぞ」
「おう、ありがとうな」
「アイリスさん、お邪魔してます」
「ん。ゆっくりしてって」
お茶を持ってきてくれたのはゲルマンさんの孫であり、おじさんの娘のアイリスさんだ。
年齢は俺より二つ上だったかな。
容姿端麗とはこういう人のことを言うのであろう。
髪が銀色なのも珍しく、ついつい目を引かれる。
さっき来たとき見かけなかったのは昼食休憩中だったんだろうな。
「そうだ、カトレアの嬢ちゃんはアイリスの仕事を見学するといい。こいつは若いがウチのどの弟子よりも筋がいい」
「……アイリスさん、いいですか?」
「ん。いいよ」
カトレアとアイリスさんは作業場へ行くと腰を下ろした。
しばらく見たいと言ってたし、アイリスさんに任せておこう。
「最近冒険者が来ること増えましたか?」
「あぁ、日を増すごとに増えてる気がするぞ」
「ウチに来てる冒険者たちですよね?」
「そうだろうな。若いヤツばかりだし装備品も初級者用ばかりだからな」
「ご迷惑になってませんか?」
「客が増えて迷惑に思うはずねぇだろ? ほらアイツを見てみろ。武器屋と防具屋からの受注依頼に加えてダンジョンの客からの修理依頼の見積もりや進捗管理で大忙しだ。それにウチは宿屋や飲食店向けの刃物作成やメンテナンスもやってるからな。手は足りてないが忙しいのは嬉しい悲鳴だよ。客が来なきゃ商売にならねぇからな」
さっきからおじさんは鍜治場ではなくカウンターで書類作業をしているようだ。
もしかしたら作業依頼が多すぎてずっと事務作業ばかりなのかもしれない。
鍛冶師だから本当は事務作業なんかよりも剣を打ったりしたいだろうな。
客が来なきゃ商売にならないか。
業種は違えどウチのダンジョンと同じだよな。
お客様あってのダンジョンだからな。
「ここって何時から何時まで営業してるんでしたっけ?」
「修理依頼の受付のことか? それなら九時から十七時だな」
「俺はいつもゲルマンさんにすぐ直してもらってますけど、本来はもっと時間がかかるんですよね?」
「まぁ他に仕事がなけりゃすぐに直してやる場合もあるが、今はさすがに無理だな。だいたい二~三日はみてもらってるはずだ」
てことはその間は武器なしってことだよな?
そうなるとダンジョンへも来れないよな?
その間だけ別の武器ってわけにもいかないもんな。
初級者だからお金はなく頻繁に武器を買い替えることはできないし、何本も持っているわけでもない。
現実的には修理してもらうという方法しかないはずだ。
……最初の武器はどうやって入手してるんだろう?
親に買ってもらうことが多いのか?
それとも自分で稼いでなけなしのお金で買うのか?
「ここで作ってる一番安価な剣は武器屋で何Gで売られてますか?」
「確か200Gだったはずだ。銅の剣だな。短剣だともう少し安いのもあるが」
200Gか、思ったより高くはないな。
でも宿代や食事代を考えたらそんなにすぐ出せる金額ではないはず。
それに装備品は武器だけじゃなく防具もあるのだ。
「銅の剣の修理はここではいくらで受け付けてますか?」
「銅の剣は状態によるけど50G~100Gだね。それよりかかるようだと新品を勧めるけど、愛着がある場合もあるからね」
いつの間にかおじさんが話に加わってきた。
ゲルマンさんが気を利かせて受注管理してるおじさんを呼んでくれたんだろうか?
それともうんざりされたのかもしれないな。
俺とは世間話をしたいだけだろうし。
「あっ、すみません。いつも修理をお願いするばかりでこちらの業務を詳しく知らなかったものでつい」
「いや、いいんだよ。なにか考えがあってのことなんだろ?」
「そういうわけじゃないんですが、ウチに来てくれる冒険者たちの装備品のことまで考えたことが今までなかったものですから。例えばその50Gとかってどうやって決まるんですか? 作業時間ですか? 修理にも銅を使ったりしますか?」
「作業時間だね。銅を使うまでの修復となると買うことをお勧めしてるね」
なるほど、修理は刃こぼれや歪みを直す程度のものか。
銅がいらないならあとは作業時間さえどうにかできれば冒険者たちの空き時間を減らせるわけか。
……錬金釜で修理できるんじゃないのか?
剣を入れて、魔力で剣の形を操作すれば……
「ロイス君、私の錬金術では形までは戻せても鋭さを出すことは難しいです」
いつの間にかカトレアまで傍にいた。
俺が考えていることはなんでもお見通しか。
「そうなのか。いけそうだと思ったんだけどな」
「……あそこまで繊細な作業はできませんね。単に私の技術的な問題です」
錬金術はイメージだけでできるもんでもないってことか。
なら結局この問題はどうにもならないな。
「ロイス」
「……なんでしょうか?」
ゲルマンさんが久しぶりに口を開いた。
また俺の悪い癖が出ていたようだ。
周りのことを忘れてすぐ考え込んでしまう。
「お前の考えてることはわかった。冒険者にとって二~三日は長い」
「そうだね。でも今の店の現状としては他の作業もある以上それより早くはできないんだ」
ゲルマンさんとおじさんがまるで俺を諭すように言ってくる。
俺だってそれくらい理解してます。
「ところで、お前は知ってるのか? 昔はお前んとこのダンジョンからも鉱石が出てたんだぞ」
「「えぇ!?」」
それは初耳だ。
カトレアも同じ反応だから知らなかったんだろう。
……いや、待てよ。
一番初めにドラシーからもらったリストの中に銅や銀の文字があったような気もする。
それにフィールドはダンジョンコアが作られたときに様々なものを設定してるから気にしないでいいとも言ってたな。
その中に鉱山フィールド的なものがあってもおかしくはない。
「確か銅や銀、鉄なんかはよく取れてたな。まぁそれを目当てに採掘者が殺到したこともあってすぐなくなったんだがな」
そりゃそうだ。
鉱石は高く売れるだろうからな。
「要はあれだろ? 修理を早くしてあげたいんだろ?」
「……そうです。初級者たちにとって二~三日はとても長いんです。宿代と食費は嫌でもかかりますからね。でもどうしようもないことも理解してますので大丈夫ですよ」
なにかいい解決策があるのか?
ウチから鉱石を安く卸したらその分剣を安くしてくれたりするのか?
それなら修理じゃなくて買い替えができるんじゃないかなとも思うんだけど。
というかそのために鉱石の話をしてくれたんじゃないのか?
「アイリスをダンジョンへ連れてけ」
「えっ!?」