第六百二十九話 村人たちの意志
今朝ハリルが仲間になったあと、ピピとメタリンにはモーリタ村へ向かってもらった。
そしてそのメタリンが馬車を引いて戻ってきた。
ピピは大樹のダンジョンへ帰ったはずだ。
マリンたちも心配してるだろうし、状況が気になってるだろうからな。
「ミャオ」
「あ、お前も来たのか」
こんなところにまでチビ猫がやってきた。
昨日は地上の休憩場所から気付いたらいなくなってたらしい。
村人たちがミニ大樹の柵を設置しながら村へ帰るところにいっしょに付いていったんだろうとの見解だったが、それで合ってたんだろう。
「向こうでボネたちがご飯食べてるぞ」
「ミャオ」
するとチビ猫は建物横にいるボネたちのところへゆっくりと歩いて行った。
本当に賢いよなあいつ。
メタリンの馬具を外してやると、メタリンもボネたちの元へと合流して食事を始めたようだ。
「ふぅ~。この馬車は快適だね」
馬車の御者席からバビバ婆さんが降りてきた。
「こんなに早く、しかも安全に来れるのなら昨日迎えにきてくれても良かったのに」
「さすがに夜道は危険ですからね」
「そうかい」
馬車に乗ってたのはバビバ婆さん一人だけのようだ。
「またずいぶんしっかりとした拠点を作ったもんだね」
「俺たちが帰ったあともこの場所は残りますから」
「衛兵たちが使うってことかい?」
「それはわかりませんが、この果物エリアの管理をしてもらわないと困ります」
「困ります? ……なにか事情がありそうだね」
バビバ婆さんはナミの町まで道が繋がったことをさっき聞いたはずだ。
聞いたと言っても短い手紙でだが。
昨日は夜だったこともあり村に報告には戻れずに、地上の休憩場所にいた全員がここに来てしまってたからな。
「あら? バビバちゃんじゃないの?」
「む? ……おぉ~っ!? エシェじゃないか!」
どうやらオアシス婆さんと知り合いだったようだ。
「無事そうだね」
「えぇ、この通り。バビバちゃんも元気そうね」
「ふん。そんな簡単には死ねんわい」
仲良さそうだな。
「あ、こやつがワシが言ってたナミの町の知り合いだよ」
「え? じゃあ昔パーティを組んでたっていう?」
「そう。旦那は一応元国王なんだよ。もう知ってるかい?」
「はい。あそこにいますし」
「む? ……完全にジジイになってるね」
人のこと言えないからな?
なんてことは口が裂けても言えないが。
久しぶりに会ったんだろうか。
「ん? でもエシェさんはナミの町に住んでませんでしたよ?」
「なに? どういうことだい?」
「だって国境のオアシスにいたじゃないですか」
「…………そうだったね」
忘れてたのかよ……。
「でもじゃあなんで今ここにいるんだい? あのオアシスからナミまではマグマでとても近寄れないだろう?」
「俺たちが一番最初にナミの町へ行ったときにお二人もいっしょに付いてきたんですよ。というかあの前国王のお爺さん、昔からマグマスライムや火山ダンジョンのことも全部知ってたんですよ?」
「なんだと? エシェ、どういうことだい?」
「それについては私も本当に知らなかったのよ……」
「……ふん。まぁよい。少しばかり水魔法や転移魔法陣が使えるくらいでいい気になれると思うなよ、ふん」
ライバル視でもしてるのかな……。
水魔法と氷魔法で似てるということもあるのかも……。
でもまさかバビバ婆さんの知り合いがこのオアシス婆さんだったとは……ん?
「あれ? でもエシェさん、大樹のダンジョンのことはなにも知らないみたいに言ってませんでした?」
「そうだったかしら? もう何十年も前のことだから忘れてたのかもしれないわね~」
……ボケてるわけじゃなさそうだな。
どうやらこの婆さんもとんだ食わせ者だったようだ。
「エシェや、この子に警戒されても得になることは一つもないよ」
「別に嘘ついてたわけでも警戒されたいわけでもないのよ。ただあそこにはいい思い出もあれば、思い出したくない苦い思い出もあるでしょ? 私の気持ちの問題ね」
それってあれか。
このパーティが解散したときの話だよな。
「ふん。その話もこの子は知ってるよ」
「え? もしかして話したの? ……バビバちゃん、そんなお喋りだったっけ?」
「この子が遠慮なくずかずかと土足でワシの心に入ってくるから仕方なしに話してやっただけだよ」
「ふふふっ。その割には嬉しそうね」
「ふん。……どこか座れるところはないのかい?」
婆さんたち二人は女性側の建物横に設置したテーブルに座った。
まだまだ話足りないようだ。
まぁ少しくらいはいいか。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないしな。
男性側の小屋横ではシファーさんとメネア、それにオアシス爺さんがずっと楽しそうにお喋りしてる。
まぁこっちも最後になる可能性もあるから多めに見てやろう。
さて、もうみんな支度はできてきたかな?
男性側の建物内に入ってみる。
……ん?
昨日宴会が行われたスペースの一角に、モーリタ村の住人たちが大勢集まっている。
ワッサムさんやダルマンさんはもちろん、調理組として参加してくれた女性陣たちまでいるようだ。
いったいなんの話をしてるんだ?
村に帰る前の挨拶か?
というかダルマンさんとガボンさんは俺が寝る直前に帰ってきたのに、もう起きてきたのか。
アリアさんはまだ寝てるのに。
遅くまで戦闘させられて疲労困憊だろうな。
「まずダルマンパーティはこのまま大樹のダンジョン組といっしょに行動してくれ。悪いが俺たちには荷が重すぎて足手まといにしかならないからな。絶対に生きて帰ってきてくれよ」
ワッサムさんがこの場を仕切ってるようだ。
「そしてほかの者たちは高台の道の増強作業だ。道の脇に柱を立てていき、天井は最後に設置する方向でいこう。魔道線の設置も含めて一週間以内に完成させような」
一週間?
そんなに本格的な物を作る気なのか?
「だがその前に、まず最優先すべきはトロッコの設置だ」
え……。
「高台の道幅は5メートルも取ってくれてるから、二人乗り用のトロッコを採用しようと思う。でもここで問題になるのが線路の本数だ。二路線にすれば便利ではあるが初期費用はかかるし、動力としての魔力も多くかかることになる。一路線にするとそのあたりの懸念は少なくなるが、トロッコ同士がすれ違えないなどの不便さが生まれる。だが俺の親友で大樹のダンジョン側の交渉役でもあるアオイ丸君は、一路線を基本にして途中ですれ違うために一部二路線を設ける方式を提案してくれた。俺たちだけが使う場合は利用頻度も少ないだろうから、俺もその案に賛成だがみんなはどうだ?」
……みんなも賛成のようだ。
でも完全に道路作業員になってるけどそれでいいのか?
戦士の誇りとやらはどこいった?
さっきからアオイ丸は俺のほうをチラチラ見てきてる。
まるで俺の顔色を窺ってるかのように。
というかそんなところにいたのか……。
完全に村人化してるぞ。
「よし、じゃあモーリタ村としてはその方向で進めよう。ここからは大樹のダンジョンとの相談になる。どうやらアオイ丸君の上司は経営に関してかなりのやり手らしいんだ。その人物のたった一言で町が生きるか死ぬか決まることもあるらしい」
「「「「……」」」」
ララのことか。
俺を牢屋に入れるという大失態を犯したナミの町の魔道化はもう無理そうだもんな。
……ん?
まさか俺のことじゃないよな?
いや、違うな。
俺ならここにいるし、なんだったらさっきからワッサムさんとは何回か目が合ってるし。
「今回は、今後俺たちだけでもトロッコを利用できるように完全に買い取らせてもらう提案でいこうと思う。ミニ大樹の柵や魔道線も買取だ。封印魔法だけは最初に強力なやつをかけてもらう。噂によるとナミの町がパルド王国の王都パルドから封印魔法の使い手を引き抜いてくるらしいから今後はそっちとも交渉してもいいかもしれない」
アオイ丸のやつ、そんな情報まで教えたのか。
まぁでもこの村の人たちは俺たちに頼りきりになるんじゃなくて自分たちで保守していこうという気概は感じられるな。
「アオイ丸君とはもうほぼ話がついていて、実際にトンネル内の作業はほぼ完了してる。ほかの町と比べても実に良心的な価格で物を提供してくれてるらしい。嘘をつかれてたとしても気付くことはできないが、俺は親友のアオイ丸君を信じる。だが話がついてるのは魔道線やミニ大樹の柵など、封印魔法をかけるのに必要な物についてのみだ。肝心のトロッコはアオイ丸君ではどうにもならないらしい。だから今から慎重に交渉することになるが、なにせ相手はお金にシビアで冷徹な経営者。トロッコのためのレールにはそれなりの投資が必要になるし、なにより貴重な素材を高度な錬金術によって加工されてるかなりの代物だ。一筋縄ではいきそうにない」
どうせお古のトロッコや魔力プレートだし、ちゃんとした額のお金や魔石を用意してくれればララはすぐに首を縦に振ると思うぞ。
ただ、ララは今いないけどな。
「……だがそんな厄介そうな相手にも弱点はある」
なんだと?
ララの弱点?
……まさか可愛い魔物を好きすぎるところか?
ただの猫ではたぶん無理だぞ?
あ、でもあのチビ猫の賢さならもしかしたら……。
トラ猫たちも思ってた以上に賢いしな……。
「情に訴えれば意外に簡単に話が進むかもしれないんだ」
情?
猫たちの可愛さでとことん攻めるってことか?
「そう、彼は甘いんだ。知り合いに対しては特に甘いらしい。面倒なことが大嫌いとか言いながら、その面倒事に率先して突っ込んでいくというよくわからない面もある。つまりもはや戦友と言っても過言ではない俺たちが頼めばすぐにうんと言ってくれるに違いない」
……ん?
彼?
「そうだよな、ロイス君?」
「え……」
「いいよな? トロッコ、安く譲ってくれるよな? もう使ってないんだもんな? レールの設置は俺たちがやるし、本当に譲ってくれるだけでいい。ただ、しばらくアオイ丸君は貸してほしい。それとボネちゃんかエマちゃんに封印魔法をお願いしたい。俺たち、村を守っていこうと決めたんだよ。孤立するのではなく、ナミの町と共存しながらだ。今後ナミの町がまた大きくなっていくのといっしょに、俺たちの村も少しずつ大きくというか、ちゃんと人が訪れてくれるような村にしていきたいんだ。やっぱりあの場所が好きなんだよ。なにもしないまま魔瘴のせいでいずれ人がいなくなり村もなくなるなんてことだけは避けたいんだ。そのためにも今より住人が増えるように努力をしたい。だからナミの町とは繋がってないといけないんだ」
……いいんじゃないだろうか?
別に魔道ダンジョンを繋げてくれと言われてるわけではないし。
封印魔法も最初だけでいいって言ってるし。
それ以外は全部村人がやってくれるって言ってるし。
って今こんな話をしてる場合なのだろうか……。
俺たちはこのあとマグマスライムと戦うっていうのに……。
……でもマグマスライムの脅威にはダルマンさんたちが立ち向かうって決まったみたいだしな。
それならこの人たちには今できることをやってもらったほうがいいか。
「わかりました。トロッコを格安でお譲りしましょう」
「「「「おおっ!?」」」」
元々そのつもりだったしな。
ワッサムさんたちも、ちゃんと筋を通しておきたいがためにわざわざ俺の前でこんな芝居がかったことをやったんだろう。
あとは好きにやってくれ。
在庫処分できてラッキーと思っておこう、うん。
でも俺を冷徹だと言ったことは根に持ってやるからな?




