第六百二十八話 水の加護
前国王のオアシス爺さんが変なことを言い出した。
シファーさんの父親は自分の息子だと言うのだ。
それってつまりシファーさんは爺さんの孫ってことだぞ?
さっきまでお互いに顔も知らなかったよな?
……一応聞いておくか。
「ボケてませんか?」
「ボケてはおらん」
「人違いでは?」
「ない。……父親はハミルトじゃよな?」
少し不安になったようだ……。
「……はい」
「ほら? 間違いなくワシの息子じゃ」
「たまたま名前が同じとか? それともボケて自分の息子だと思い込んでるとか? そもそも本当にお子さんいるんですか?」
「こら……ワシをそんな風に扱うのは青年くらいじゃぞ……」
だって隠し事が多い嘘つき爺さんだからな。
「この子にも会ったことがある。下の子が産まれたすぐあとにじゃ」
「あ……じゃあ本当にあのときの……」
「覚えておるのか? そなたもまだ小さかったと思うが」
「覚えてます。初めてお父さんのほうのお爺ちゃんとお婆ちゃんに会ったときですから」
「そうか」
あ、この前シファーさんが言ってた話か。
そういや父親の本当の出身地はナミの町じゃないかとか言ってたもんな。
父親と祖父母たちは仲が悪いとも言ってたけど。
「じゃあお父さんは水道屋だったんですか?」
「そうじゃ。……十五歳になってすぐに町を出ていってしまったがの」
「……理由はなんなんですか?」
「水道屋の仕事が嫌になったのかもしれんし、冒険者になりたくなったのかもしれん。もしくは父親が国王ということがずっと嫌だったのかもしれん。それはあいつに直接聞くがいい」
ラシダさんが抱えてる悩みと同じようなことなのかもな。
ラシッドさんも冒険者になってるし。
「じゃあ私を水の補充者に推薦したのも……お爺ちゃんなんですか?」
「……そうじゃ。重い運命を背負わせることになるのはわかっておった。本当にすまんかったの……」
え……。
爺さんがこんな朝っぱらから泣くなよ……。
ってつられてシファーさんまで……。
「こんなワシをお爺ちゃんと呼んでくれるなんて……」
えっ、そこ?
もしかして嬉し泣きなのか?
「こうしちゃおれん。婆さんを呼んでくる」
爺さんは立ち上がり転移魔法陣の先に消えていった。
……と思ったらすぐに戻ってきた。
「そこにいた衛兵に任せたわい」
楽をしやがって……。
それくらい自分で行ってこいよ……。
「で、俺に話そうとしてたアイデアってなんですか?」
「うむ、そうじゃった。もし本当にマグマスライムと戦いに行くというのであれば、この子たちに力を借りてはどうかと言おうと思っておったんじゃよ。水の加護が必ず役に立つからの」
「え……嘘だよね? 私も戦いに……」
「いいや、行かなくてよい。こんな可愛い孫を行かせるわけにはいかんじゃろ。そんなことするやつはお爺ちゃんが許さんわい」
なんだよこのジジイ……。
すっかりお爺ちゃん気分に浸りやがって……。
もしここで会ってなければそのまま行かせてたってことだろ?
「じゃあ妹のメネアも行かせないってことですか?」
「ん? 青年は妹のことも知っておるのか?」
「まぁ一応」
「顔が広いんじゃのう。大樹のダンジョンは世界中から有望な魔道士を集めてるとかか?」
「そんなことしてませんよ。で、メネアはどうなんです? 可愛い可愛い孫ですよ? シファーさんより三つも年下ですよ?」
「う~ん。あやつのほうが水魔法を使いこなせるというのであれば同行させるべきではあると思うが……。でも戦闘となるとまだ若いあやつには無理だろうからやはり同行させるべきではないな。さっきのことは忘れてくれ」
ジジイ……。
孫が可愛いあまり、水の加護のことなんかどうでもよくなりやがったな……。
「メネア、ちょっと来てくれ」
「む?」
さっきから女性側の建物の入り口に座ってウトウトしながらこっちを見てるからな。
おそらくハリルたちに起こされた被害者だろう。
「なに~?」
「こちらの爺さん、メネアやシファーさんの実のお爺ちゃんだとかふざけたことを言ってるんだよ」
「こらっ! ふざけてないわい!」
「どう思う? ボケてるよな?」
「ボケてないわい! というか本物のメネアなのか?」
メネアは爺さんをジロジロと見てる。
「う~ん、本当かも」
「「「え?」」」
「魔力の流れがお父さんと似てる」
「「「……」」」
そうだった……メネアにはそれがあるんだった。
「……左腕を見せてくれんかの?」
メネアはシファーさんを見る。
シファーさんが頷いたのを見て、左腕を見せた。
「む? ……そこに模様が浮かんでたりしなかったか?」
「あ、そのこと知ってるんだ。普段は隠してるの」
「隠す? ……なるほど。魔力の流れをむりやり変えておるのか」
「うん。これも修行だから」
「……ふふっ。ハミルトのやつめ。しっかり鍛えておったんじゃないか」
爺さんは嬉しそうだ。
でも可愛い孫が厳しい修行をさせられてたのにそれでいいのか?
「水魔法は左手で使っておるか?」
「うん。左手のほうが安定するしね」
「うむ。それがわかっておればよい」
なんだかお爺ちゃんと孫というより、師匠と弟子って感じだな。
弟子の弟子か?
「本物のお爺ちゃんなの?」
「そうじゃ。そなたの名前を付けたのはワシと婆さんじゃ」
「私に水魔法の素質があることを見抜いてたんだよね?」
「うむ。その左腕に水の加護が強く出ていたからの」
「そっか」
「うむ。……魔力だけじゃなく体も鍛えておるようじゃな」
「うん。私、冒険者だもん」
「そうか。でも加護があるからといって、したくもない戦闘をする必要はないぞ?」
おい?
急にお爺ちゃんになるなよ……。
そこは師匠のままでいろよな。
「私は女神様って柄じゃないからね。それに魔物と戦うの楽しいし」
「……ではマグマスライムとも戦うと言うのか?」
「うん、そのつもりだよ。私の水魔法が役に立つかもしれないし」
「ふむ」
爺さんは腕を組んで考え込む。
可愛い孫を危険な戦場に行かせていいものだろうか。
でも水の加護を受けてるから戦力になれるのは間違いない。
だがもし可愛い孫が死んだらどうしよう……。
息子たちになんて説明すればいいのだろうか……。
といったところか?
「お父さん言ってたよ。お爺ちゃんは魔法を人のために使ってたって。でも自分にはそこまでの力がなかった。それは能力の問題ではなく、人間として未熟だったからだって。だから私とお姉ちゃんにはその力を誰かのために使えるようになってほしいって」
「……」
シファーさんも初めて聞いたようだ。
父親とメネアが本格的に修行するようになったのはシファーさんが女神様になってからだって言ってたから、シファーさんと父親がそんな話をする機会も減ってたのかもな。
「本当はお姉ちゃんのために使いたかったけど、お姉ちゃん女神様やめちゃったしね。でも、もっと面白そうで、もっと人のためになれそうなこと見つけたから」
「……それはなんじゃ?」
「う~ん、内緒。まだ口にしていいレベルに達してないもん」
「……そうか。ならワシはもうなにも言わん」
まだなにも言ってないよな?
シファーさんには言ったけど。
「青年、メネアのこと、任せてよいのか?」
「俺が任されるわけじゃありませんけどね。というか俺も会ってまだ数日ですし」
「む? どういうことじゃ?」
面倒だが、メネアがモーリタ村で修行してた経緯を説明する。
なんで俺が説明してるんだろうか……。
「……ふむ。あそこで一年半も一人で修行してたのであればある程度の実力は身についてるじゃろうな」
と、そのとき、転移魔法陣の前に二人の女性が現れた。
「あらまぁ、果物エリアはこんな場所になってたの」
そういや婆さんを呼びに行かせてたんだったな。
「シファー様!?」
「ラシダさん!?」
なぜかラシダさんもいっしょに来たようだ。
婆さんの護衛かもな。
そしてシファーさんとラシダさんは思いがけぬ再会を喜び、抱き合って……はいないか。
両手でがっちり握手してるだけだ。
婆さんはその様子を目を真ん丸にして見ている。
「爺さん、もしかしてこの子は……」
「うむ。ワシたちの可愛い可愛い孫のシファーじゃ」
「嘘…………うぅ」
なんか最近人が泣くのをよく見るな……。
って俺もついさっき……。
きっとみんな疲れてるんだな。
こんな状態が続くと感覚が色々と麻痺してきそうだ。
早くマグマスライムをどうにかしないと。
「お婆ちゃん? 私、メネアです。お婆ちゃんが名前付けてくれたんだよね?」
「え……」
「これまた本物のワシたちの孫じゃ」
「……」
だからもうそれ以上泣くなって……。
そこまでいくともう号泣だぞ……。
すると建物から小さいなにかが飛び出してきた。
「ハリ~! (僕が食料取ってくるから待ってて!)」
「ミャ~! (待ちなさいよ! わざわざ果物を取りに行かなくても食べ物はあるのよ!)」
「ホロロ!」
こっちはこっちでなんだよ……。
こりゃ寝てたみんなは完全に起こされただろうな。




