第六十二話 たまには外食がしたい
「じゃあ後は頼んだぞ」
「うん! 任せて!」
「メタリン、出発してくれ。そんなに急がなくていいからな」
「キュ! (わかりましたです!)」
今日は営業日だったが、受付も落ち着いたので後はララに任せて俺は町へ行くことにした。
メタリンが引いてくれる馬車であれば十分もかからずに着くからな。
町へ行く目的は鍛冶屋で剣を研いでもらうためだ。
マルセールの町に鍛冶屋は一軒しかない。
俺は爺ちゃんに連れられて行ったのが最初で、それからもう七年通っている。
気が向いたときにたま~に顔を出すくらいで、年に一~二回程度のことだった。
それがこの半年間は月に一回は必ず訪れている。
もちろん、ララの剣を研いでもらうためだ。
俺の剣は……言わなくてもわかるよね。
「キュキュ! (ご主人様着きましたです!)」
「うん、ありがとうメタリン。少し待っててな」
「キュ! (はいです!)」
「何回乗っても慣れませんね」
「うわっ!?」
急に後ろから声がした。
後ろを振り向くとカトレアがいた。
いつの間に乗ってたんだよ!?
全身から汗が吹き出てしまったじゃないか。
「出発する前に一声かけてくれてもいいんじゃない?」
「……慌てて飛び乗ったものですから。町へ行くなんてさっきまで知らなかったですし」
半年経った今でもカトレアはウチに住んでいる。
いや、もちろんカトレアがいなくなったら困るからできればずっと住んでてもらっても構わないくらいだ。
ポーションにドレッシングやソース類、なによりサイダーが飲めなくなる。
魔道具関連のメンテナンスもだし、カトレアなしではダンジョン経営がままならない状態だからな。
さすがにカトレア一人に負荷がかかりすぎてるからもう一人錬金術師を雇いたいとも思うのだが、どうやらカトレアレベルの錬金術師というのは希少らしい。
ララとユウナは面倒だと言ってやりたがらないしな。
そもそも知識と魔力があったとしてもそんなに簡単にできるようなものではないらしいし。
きっとカトレアもウチの現状をわかってて残ってくれてるんだと思う。
最近は受付が終わった後、ずーっとなにかの本を読んでるっぽい。
ウチの地下室には魔導書が多いからまだ読むものがあるうちは大丈夫だろうと思ってる。
「昨日夕食のときに言わなかったっけ?」
「……え、そうでしたか? すみませんなにか考え事をしてたかもしれません」
……これってマズイ傾向じゃないのか?
もう今の仕事に飽きてきたのかもしれない。
錬金術師様は引く手数多だし、カトレアの場合は報酬よりも魅力的な錬金術案件に飛びつく可能性が高い。
帰ってララに相談してみよう。
「俺は今からここの鍛冶屋に用事があるんだけどカトレアはどうする?」
「……私も来てみたかったんです」
「そうか。なら入ろう」
鍛冶屋に来てみたかっただと?
鍛冶屋と錬金術ってなんの関係があるんだ?
昼食はカトレアの好きなものを食べて帰るべきだな。
色んなことを考えながら鍛冶屋のドアを開ける。
「こんにちは」
「……あぁ、ロイス君いらっしゃい!」
少し間があって奥から出てきてくれたのは鍛冶屋のおじさんだ。
名前は知らないからおじさんと呼んでいる。
年齢は四十歳くらいだろう。
「ゲルマンさんいますか? 剣を見てほしいんですけど」
「ちょっと待ってね! ……父さん! ロイス君が来たよ!」
ゲルマンさんは爺ちゃんと同年代で小さいころからの友達だったらしい。
俺がたまにここに顔を出してた理由は土産話にするためだった。
奥の鍜治場から手招きしてる様子が見える。
「おう、よく来たな」
「こんにちは。またララの剣を見てやってほしいんです」
「最近どんどんペースが早くなってねぇか? どれ、貸してみろ」
剣を渡すと、ゲルマンさんはじっくりと舐める様に見はじめた。
「なにと戦った?」
「最近はずっとウチの地下三階の魔物たちですね。ベビードラゴンもいます」
「ベビードラゴンか。あいつはドラゴンにしては小さくても皮はそれなりに硬いからな。また後で取りに来い。飯はまだだろ? ウチで食ってってもいいぞ」
「ご飯は外で食べる予定があるので大丈夫です。それではお願いします。また後で来ますね」
「おう」
剣を預けて店を出る。
ゲルマンさんは普段はとても寡黙な人だと以前おじさんが言っていた。
だから俺とこうやって普通に話しているのがとても不思議に思えるらしい。
友達の孫だからきっと自分の孫のように接してくれてるんだと思う。
それにその友達が亡くなったとなればなおさら良くしてあげないといけないとでも思ってくれてるのかもしれない。
俺はこの鍛冶屋でお金を払ったことがないのだ。
さらに言えば俺とララの剣もゲルマンさんが作ってくれたものだ
俺はなにも鍛冶屋にしてあげたことなどないのに。
「ロイス君? ……ロイス君?」
……ん?
あぁそうだった、今はカトレアといっしょだったんだ。
「ごめんごめん、考え事してた。鍛冶屋はどうだった?」
「……もう少し見たかったです。また後で見れますか?」
「そうだったのか、ごめん。うん、次はゲルマンさんとお茶飲みながら近況報告するからたっぷり時間はあるぞ」
「……なら大丈夫そうですね。それよりなに食べますか?」
「カトレアの好きなものでいいよ?」
「……本当ですか? ならラーメンでもいいですか?」
「ラーメン!?」
「……はい。嫌いでしたか?」
「いやいや! 大好きなんだ!」
「……そんなにですか? ふふ、私は食べたことないです」
「なにラーメンがいいの?」
「……豚骨が食べてみたいです」
「よし、ならあそこだな! 行こう!」
まさかカトレアがラーメンを食べたいって言うなんて!
俺はまさに今日一人でラーメンを食べようと思って家を出てきたのだ。
しかも俺も豚骨が食べたかった!
この町は宿場町なのでもちろん宿屋が多いが飲食店もそれなりに多く、ラーメン屋は四軒もあるのだ。
今から行くのはその四軒の中でも俺の一番お気に入りの豚骨ラーメン専門店!
「ここだ。まだ早いから並んでないようで良かった」
「……店の外でも匂いがしますね」
店の中に入りカウンター席に座る。
カトレアは食い入るようにメニューを見てる。
ここの麺メニューは一種類で、あとはトッピングやサイドメニューだ。
「……お任せしていいですか?」
「了解」
俺は豚骨ラーメン二つを麺硬め、トッピングに煮卵で頼んだ。
あとはセットの餃子とチャーハンをそれぞれ一人前だ。
カトレアはキッチンの中を見ているようだ。
魔道具の参考にでもしてるのかもしれない。
まず餃子とチャーハンが出てきた。
まぁこれは普通の味だが、ラーメンとセットだと安くなるからつい頼んでしまう。
「……これはこのまま食べるんですか?」
「あっ、餃子は初めてか」
卓上にあった餃子のタレとラー油を小皿に入れ、一つ食べて見せる。
「……なるほど。ニンニクが効いてますね、美味しいです」
そういやウチでは餃子は出たことないしチャーハンもめったに出ないな。
そしてすぐにラーメンが出てきた。
まずスープを一口……うん、美味い!
久しぶりだから余計に美味しく感じる。
豚骨の臭みもないし、マイルドな感じでずっとスープを飲んでられるな。
細麺で硬めの麺がスープにとても合ってる。
チャーシューのホロホロ具合も絶妙だ。
キクラゲとネギと煮卵もいいアクセントになってる。
そしてこの卓上にある食べ放題の甘いピンクショウガも美味いんだ。
「……美味しいです。食べてみて良かったです」
「そうだろ? 家でもララに何回か作ってもらったことはあるんだけど、どうも麺もスープも全然上手くいかないんだよ。だからラーメンはここで食べるしかないんだ」
「……今ならできるんじゃないですか?」
「え?」
確か前にスープの作り方はここで聞いたことがあった。
子供一人で食べに来るのは珍しいらしく、色々教えてくれたがほとんど理解できなかった。
なんか豚の骨を丁寧に下処理して野菜といっしょに何十時間も煮込むとか言ってた気がするが、気の遠くなる話だったので家庭で気軽には作れないと思ったんだ。
それが今ならできるだと?
豚はブラックオークがあるな。
豚骨の下処理は手間がかかるって聞いた気もするがウサギたちならできそうだな。
毎日カレーを煮込んでるから煮込むこともできるだろう。
野菜はなんだったかな。
臭い消しや甘みを出すために、タマネギ、ショウガ、ニンニク、ネギ、キャベツ、ニンジン、リンゴとかいっぱい名前出てた気がする……。
ショウガとニンニク以外はウチの畑にあるな。
……あれ?
スープは研究すればなんとかなりそうか?
真似するのはダメだからオリジナルで美味しけりゃ構わないしな。
でもこの細麺は……そうか、錬金釜があるか。
それにカトレアがいれば魔道具で麺が作れるようになるかもしれない。
帰りに茹でる前の麺を少し売ってもらおう。
俺じゃマズイかもしれないからカトレアに頼んでもらおうか。
なんせこの町の住人には俺のことは知られてるらしいからな。
うん、ラーメン作れそうだ!
食堂のキッチンにはスープと具だけおいて、注文が入ってから物資エリアでウサギたちに麺を茹でてもらうか。
というかその方式にすれば他の麺類も今の人数で出せるかもしれないな。
むしろ麺類なら全部ウサギたちに任せられるんじゃないか?
「(カトレア、帰りに麺を少し譲ってもらえるように頼んでくれないか?)」
「(……ふふふ、私もそのつもりでした)」
これからはウチでも美味しいラーメンが食べられるかもしれない!




