第六百十六話 地下遺跡へ
秘密の部屋はほぼ想像通りの部屋だった。
あまり広くはない部屋。
正面の壁にそこそこ大きな転移魔法陣。
壁三面の本棚。
本がびっしり埋まってるというわけではないが。
そして今俺たちが通ってきた転移魔法陣、その前にあったと思われる本棚が隣の本棚の前に垂直にどけられている。
まさか転移魔法陣が使われると本棚が勝手にどいてくれる仕様とかじゃないよな?
そうでないなら、一応あの大きな転移魔法陣の存在のことには気付いてたということになる。
だが解析まではできなかったようだ。
そして今は誰かが交代で考えるというわけでもなく、休憩していると。
もう諦めたのだろうか。
「この転移魔法陣は本に書いてあったもので間違いなさそうです。つまり通るためのアイテムの設定、設定変更するための条件設定、そして解除用設定が組み込まれていると考えられます」
じゃあさっきの部屋はなんだったんだよ?
と、みんなが疑問に思ってるだろう。
でも普段はこの部屋とさっきの部屋の間の転移魔法陣の接続が切られてるとしたら納得だよな。
普通の転移魔法陣さえ使えないのであれば結局あの大きな転移魔法陣の設定変更はできないのだから。
まぁわざわざ接続を切る必要もないか。
本棚をどかすなんて普通はしないだろうし。
それに本棚だけのこの部屋を模様替えするなんてそうめったにはないことだろうし。
……なんて納得ができるわけがない。
だってもし接続が切られていたら、転移魔法陣を使える人物以外は通れなかったということだ。
つまり俺が一人で来てたらさっきの部屋で足止めをくらうことになっていたわけだ。
それにずっと接続されてるのなら別に転移魔法陣じゃなくてただの穴でもいい。
ということは普段は接続が切られていると考えたほうがいい。
そして今接続されてるということは、今地下遺跡には転移魔法陣を使える者がいる。
まぁ別にそのことはどうでもいい。
おそらくこの部屋とさっきの部屋は元々一つの部屋だったんだろう。
フィリシアが亡くなったあと、誰かが間に壁を作り、転移魔法陣を設定したに違いない。
じゃあそれはなんのために?
考えるまでもない。
あの地面の転移魔法陣のためだ。
「ロイス君? なにか気になることがありましたか?」
「ん?」
気付けばみんなが俺を見ていた。
……あれ?
まだ解除してないのか?
もしかして俺待ち?
……さっきダルマンさんにもなにか気になることがあれば相談してくれみたいに言われたし、一応言ってみるか。
「あまり関係ないことかもしれないけどさ」
そう前置きしたうえで俺の考えを一通り話した。
「……まぁ単に排水用水路の確認のためのものかもしれないけどな」
「……いえ、排水用水路の点検用だとしたら、地下遺跡の下にも繋がってないとおかしいと思います」
「あ、それはそうだな。じゃあピラミッドへ繋がってるとか? さっきの大きな転移魔法陣は解析不可能と判断して、子孫の誰かが別ルートを設けてたとか?」
「その可能性はありますね。実はこの転移魔法陣の設定変更もできてて、もうみなさん住居用ピラミッドに避難が終わってたりして……」
「「「「……」」」」
俺たちは無駄足だったのか?
……いや、食料用ピラミッドには入れてないんだから意味はあるな、うん。
「とにかく解除してみよう。誰もいなかったらそれはそれでいいことだ」
「……そうですね。ではダルマンさん、先ほどと同じようにお願いします。ロイス君はボネちゃんを起こしてください」
解除も二度目とあってダルマンさんは手順を覚えていた。
あっさりと解除に成功。
トンネルができ、転移魔法陣が消え、あとは砂煙がおさまるのを待つだけとなった。
さて、地下遺跡はどんな場所なんだろうか。
そして向こう側が見えた。
…………人がいる。
それも何人も。
みんな驚いた顔をしているようだが、完全に警戒態勢でこちらを見ている。
あ、これ衛兵隊だな。
ダルマンさんを先頭にトンネルを進む。
衛兵隊は距離こそ詰めてこないが、警戒をより一層強めているようだ。
俺たちのことがまだはっきりと見えていないのだろうか?
向こうから衛兵がどんどん集まってくるのが見える。
それと入れ替わるように向こうに走り去っていく人の姿も見える。
避難できてなかったのか?
それとも地上のマグマの状況を確認するために衛兵を配備してるのか?
あ、衛兵隊の服を着ないで杖持ってる人たちはもしかしたら水道屋か?
それにしても結構広い部屋だな。
造りも立派だ。
おそらくここが神殿なのだろう。
「我々は敵ではありません」
ダルマンさんが衛兵隊に向かって言う。
すると一人の衛兵が前に出てきた。
だがまだ警戒を解く様子はない。
ダルマンさんは後ろを振り返り、俺を見て頷いてきた。
ここは任せろということだろう。
「敵ではないという証拠は?」
「証拠? 今ここに来てるのが証拠になりませんか?」
「……そこにあった転移魔法陣をどうやって破壊した?」
「転移魔法陣に組み込まれている解除方法に従って解除しただけですが? このように壁が破壊され穴ができたのは、転移魔法陣を設置した方による解除時の動作として設定されていたからです」
「……転移魔法陣を使える者がいるのか?」
「えぇ。そちらにもいらっしゃるのではないですか?」
「……ここになにしに?」
「噴火の影響でナミの町が危機に陥ってると知り、助けに来ただけですけど」
「……君はどこの誰なんだ?」
「モーリタ村に住むダルマンという者です。衛兵隊にいるモーリタ村出身の者に聞いてもらえれば証明できると思いますが」
「……おい」
衛兵は後ろにいる衛兵の誰かに声をかけた。
すると声をかけられた衛兵はこの部屋から出ていった。
ほかの衛兵はざわざわし始める。
俺やカトレアやアリアさんがいることに気付いたのかもしれない。
すぐにさっき出ていった衛兵が一人の衛兵を連れて戻ってきた。
知らない人だ。
てっきりあのダイフクに怪我させられた人が来ると思ってたのに。
「あっ!?」
その衛兵はダルマンさんを見るなり驚きの声を上げた。
ガボンさんやデルフィさんのことも視界に入ってるだろう。
「間違いありません! 後ろにいる大柄の男性と白いローブの女性もモーリタ村出身の者です!」
「そうか、ご苦労。話をしてる間ここにいてくれ」
「はっ!」
お堅そうな組織だな……。
上下関係に凄く厳しそうだ。
「ではダルマン君、君たちはいったいどこからこの地下遺跡へ?」
「この向こうにある大きな転移魔法陣からです」
「なに? ……この転移魔法陣だけではなく奥の転移魔法陣も解除したということか?」
「はい。解除方法自体は同じでしたので」
「……確かめてこい」
「「「はっ!」」」
衛兵三人が俺たちの横を通り秘密の部屋へ入っていく。
三人は転移魔法陣を前に一瞬戸惑っていたが、すぐに触って消えた。
「「「「……」」」」
確認が終わるまでは次の話にいかないらしい。
何人かの衛兵は慌ただしく部屋から出ていったりしてる。
補佐官さんあたりに状況を説明しにいってるのかもしれない。
まだここに残っているのであればだが。
でも警戒されすぎだと思うのは俺だけだろうか。
完全に不審者扱いされてないか?
不審者というかまるで悪者だ。
こうなることも多少は予想してたとはいえ、気分がいいものではないな。
純粋に助けに来ただけの人がこんな扱いをされたら怒ってもおかしくないんじゃないだろうか?
って俺も純粋に助けに来ただけだからな?
火山を噴火させたと疑われる要素が少しはあるというくらいで。
そして三人が戻ってきた。
「トンネルができてます! その奥には通路が広がってます! そしてなにか乗り物のような物も! それと二つ先の部屋の地面に転移魔法陣があることも確認しました!」
「……わかった。隊列に戻れ」
「「「はっ!」」」
三人は駆け足で戻る。
実に統率された動きだ。
パラディン隊もいずれこんな感じになるのだろうか。
でも今の発言で、衛兵たちがこの秘密の部屋の先へはまだ入ってなかったことが証明されたな。
というかもっと喜ぶところじゃないのか?
あの転移魔法陣の存在を知ってたということは、ピラミッドに対する補佐官さんの推測も聞いてたってことだろ?
「ダルマン君、後ろの……モーリタ村出身以外の三人とはどういう関係かな?」
やはりこの人も俺たちのことに気付いてたか。
……あ、この人あれか。
ラシダさんに命令してた衛兵隊長か。
「その前に、俺たちがどうやって転移魔法陣の場所に辿り着いたかは聞かないのですか?」
「ダンジョンからだろう?」
なんだと?
「……ダンジョンの存在を知ってたんですか?」
「知ったのはつい今日のことだけどな。そういう君たちこそ知ってたということでいいんだな?」
誰か知ってる人がいたのか?
それとも本に書いてあったのか?
「モーリタ村のダンジョンのことは別として、それがこのナミの町まで繋がってるかもしれないと聞いたのは俺も今日です」
「なに? 誰に聞いた?」
「後ろのロイス君たちに聞きました。ロイス君たちはその情報が載ってる本を、モーリタ村の誰も入れなかった隠し部屋で一昨日発見したんです」
「一昨日だと? ……噴火の前ってことでいいか?」
「そうなりますね」
「……本を発見してからどこにいた?」
「ロイス君たちのことですか? 今朝までずっとモーリタ村にいたと聞いてますけど? それは村の者全員が証明してくれると思います」
「……本を発見する前はいつモーリタ村に着いた?」
「一昨日の早朝らしいです。その前日の午後にナミの町を出て、一泊野宿したあとで」
完全に疑われてるな……。
「……さっきからダルマン君は全部人から聞いた内容を話してくれてるようだが、ダルマン君はどこにいた?」
「ダンジョンです。俺たちはこの数日間ダンジョンにずっと潜っていましたから、ロイス君に会ったのは今日です。俺たちが村に戻ってこないことを聞いて心配したロイス君たち冒険者の面々が助けに来てくれて命拾いしました」
「……ではダルマン君、ダンジョンでなにかこの噴火に繋がりそうなことをした覚えは?」
え?
もしかして今度はダルマンさんたちが疑われてる?
「特には。俺たちはまだ火山にも到達できていませんでしたので。もちろん封印魔法にも」
「……ここに来るまでに誰かに会わなかったか?」
「誰か? 人間ということですか?」
「そうだ」
「いえ、誰にも」
「……」
なにが言いたいんだ?
って大体想像がついてきた。
今誰かこの先の部屋に入ってるんだ。
ネックレスを装備した誰かが。
あの地面の転移魔法陣の先か。
「……おい、補佐官様を呼んできてくれ」
やはりいたか。
どんな反応を見せてくれるか少し楽しみだな。
すぐに補佐官さん、大臣、水道長が入ってきた。
部屋の外で待機してたのだろう。
そして俺たちの前へやってきたが、ダルマンさんと補佐官さんの間には衛兵が数人横に並んでいる。
最大級の警戒って感じだ。
「ダルマンさん、以前からお名前やお噂は聞いていましたよ」
……さすがに顔がやつれてるな。
声にも以前の力強さがない。
「悪い噂じゃなければいいのですが」
「それはこのあとのお話次第ですね。……さて、ロイスさん」
え、ここで俺かよ……。
「はい」
「できれば抵抗しないでいただけると助かりますが、よろしいですか?」
は?
抵抗?
なにに?
足元にいるボネをチラッと見ると、ボネは俺の肩に乗っかってきた。
そして俺はダルマンさんの前に出る。
すると衛兵たちは剣を構えてきた。
「俺たちになにする気ですか?」
「ロイスさんには色々と疑いがかかってるものでして」
「ほう? 例えば?」
「まずは、火山の封印魔法を解き、ナミの町およびナミの国、そしてオアシス大陸を崩壊させようとしてる疑いです」
「なるほど。仮にそうだとして、なぜ今俺がここに来る必要があったんですか? 外はマグマ、ダンジョンの中は魔瘴が急激に拡がりつつあるせいで魔物がいっぱい、どちらも危険なんですよ?」
「混乱する現場を見て楽しみたい人間もいるでしょうからね」
「……俺がそういう人間だと?」
「世の中にはそういう人間もいるということです。それにそちらには封印魔法を使える方がいるのですから、この近くのどこかにずっと潜んでいたという可能性もあります。モーリタ村にいたということについてはまだ信じてはいません。それと疑いはもう一つあります」
「もう一つ?」
「国王を拉致した疑いです」
「……は?」
国王をなにした疑いだって?




