第六十一話 ララとユウナの挑戦
残暑の日々が続きつつも少しずつ肌寒くなってきた十月初旬。
地下一階をリニューアルしてちょうど半年が経った。
最初のころ来ていた冒険者たちはもうとっくにこのダンジョンを卒業して遠くへ旅に出てしまった。
……なんてことはなく、半年間ずっと通い続けてくれている大事な常連客だ。
たった半年で中級者になれるんならこの世界から魔物なんてとっくにいなくなってると何度言われたことやら。
そもそも初級者と中級者の境目ってなんだよって話にもなる。
でもそれがウチのダンジョンでは明確に定められているんだ。
それはたった一つ、俺が認めるか認めないかだけ。
もちろん周りの意見は聞くけどね。
基準としては地下三階の魔物急襲エリアでの戦いぶりを見て判断材料にしている。
え? 俺に戦闘のことがわかるのかって?
それはもちろんイエスだ。
俺自身は最弱を自負しているがな。
毎日ただぼーっと水晶玉を眺めているだけではないぞ。
俯瞰でしか見えないこともたくさんあるんだ。
ただいまの時刻は十三時過ぎ。
お腹もいっぱいで最高に眠くなってくる悪魔の時間だ。
最近は思い切って昼寝をすることを覚えてしまった。
だって昼間は誰もこないんだもの。
外にはシルバ、ピピ、メタリン、ゲンさんの誰かがいて、もし人が来た場合でもすぐ教えてくれるから安心して眠れてしまうんだ。
だけど今日は眠い目をこすりながらも起きている。
ララとユウナが地下三階の魔物急襲エリアにたった二人で挑戦するって言っていたからだ。
ユウナがここに住むようになってからもう四か月以上経つか。
住みだしてすぐのころから毎日ララといっしょにダンジョンへ入るようになっていた。
ユウナは大魔道士を目指してるというが、攻撃の手段が少なく、地下二階の敵にも手こずっていたんだ。
それもそのはずで、攻撃手段は杖から出せる初級火魔法のみだそうだ。
杖から出せるというのは、そういう特殊効果を持つ杖らしくて、魔力を込めれば誰でも初級火魔法が使えるというものらしい。
攻撃魔法が使えない代わりに回復魔法は抜群に凄いらしく、その回復量はハイポーションをも凌ぐとか凌がないとか。
あくまで初級者の中ではということや、まだユウナは十三歳ということもあってだけどね。
だがララはそこに目をつけたようだ。
ララは完全に前衛アタッカーで、両手で剣を振り回したり、ときには右手一本で剣を持ち、左手では攻撃魔法を繰り出したりする。
その戦い方を初めて見たときには俺は正直驚愕したよ。
ガクブルってやつだよ。
以前地下二階の魔物急襲エリアで見た魔物を圧倒していた人物がララだったんだとようやく気がついたんだ。
そんなララは自分を補助してくれるパーティメンバーが欲しかったようだ。
回復はもちろんのこと、補助魔法が使えればなおよしということだった。
そんなわけで目をつけられたユウナは散々ララにしごかれることになったんだ。
泣きべそをかきながら帰ってきたのを何度見たことか。
喧嘩も絶えないが、ユウナはご飯を食べるとすぐにそんなことどうでもよくなる性格らしく、大事には至っていない。
あっ、そういえば俺とララは七月に誕生日を迎え、俺は十五歳、ララは十一歳になった。
といっても俺もララも世間ではまだ子供扱いだけどな。
ユウナはララの指導で初級の攻撃魔法も練習していたが一向に成果が見られないようだ。
だがララがサポートとして求めるのは攻撃魔法ではなく補助魔法なのだ。
それも速度上昇や攻撃力上昇など攻撃に必要なものばかり。
ララが敵を攻撃する間、ユウナは自分の身を守るため防御系の魔法を自分にかけることが必須になる。
そう、補助魔法全般を同時に使えることをララはユウナに望んでいるのだ。
ここに来たときはまだ回復魔法しか使えなかった少女にそこまで求めるのは酷なことだ。
でも、ユウナもそれを望んだ。
だって彼女は大魔道士を目指してるんだから。
回復魔法と補助魔法だけじゃなく、攻撃魔法も極めようとしてるんだからな。
……いい加減誰か大魔道士の基準や定義を教えてくれないかな。
そんなわけで今まさに魔物急襲エリアの前に立っているようだ。
俺はソファに座ってサイダーを飲みながらリラックスして観戦準備完了だ。
「準備はいい?」
「大丈夫なのです!」
「敵が襲ってきてからがスタートね! それまでは魔法かけちゃダメだよ?」
「ララちゃんは厳しいのです! でもそれくらいハンデとしてくれてやるのです!」
いきなりこの二人はなんてこと言ってるんだ?
いや、それくらいじゃないと中級者にはなれないな。
うん、中級者の基準なんてわからないからなんとなくだけどね。
「じゃあ行くね!」
「はいなのです!」
二人はエリア内に突入した!
歩いてゆっくり楽しくお喋りしながら。
……普通に歩いてたら襲われるって設定ね。
そうだな、設定は大事だな。
そこへ早速敵が現れたようだ。
「なにやつ!?」
「えっ!? 敵襲なのです!? キャーッなのです!」
……。
なんだこれ。
右から襲ってきたブラックオーク二体の槍を剣ではじき返すララ。
その間にララと自分にまず防御力上昇魔法をかけ、次にララに速度上昇魔法をかけるユウナ。
もはや台本通りにしか見えなくなってきた。
地下三階魔物急襲エリアは山頂にある。
そのため視界は非常にクリアだ。
だが、ところどころの地面に凸凹や傾斜などがあり足場は決していいとは言えない。
さらに空を飛べる魔物が四種類いるため、どうしても空に気を配ることが多くなってしまう。
山頂ということでもしかしたら酸素も薄いのかもしれない。
……それと今凄く重大なことに気がついた。
俺、地下三階に一度も行ったことないな……。
一番最初のBBQのときだって結局俺はここに残ったんだった。
まぁいいか。
山登りなんて疲れるだけだ。
いつもこうやって見てるから気持ちだけは何百回も登頂したはずだ。
おっと、つい考え込んでしまっていた。
戦闘は……
「ユウナちゃん! 上空を牽制して!」
「了解なのです! えいっ! なのです!」
ララが地上でシャモ鳥とワイルドボアを相手にしていると上空からコンドルンが急降下してきたようだ。
そこでユウナが火魔法を上空に放ってコンドルンの動きを妨げる。
直接ダメージを与えられなくても動きを逸らすための牽制としてなら初級魔法で構わないということか。
そして攻撃力上昇魔法を受けたララはシャモ鳥でさえも簡単に倒していく。
そこへロック鳥が左側空中から襲ってきた! ……と思ったら左手から水魔法を放ち、ロック鳥は体勢を崩して地面に落ちた。
すかさず追撃の水魔法を放ち、ロック鳥は消滅した。
攻撃魔力上昇ってやつもかかってるのか?
それよりあんな簡単に水を出せて羨ましい。
俺も練習すれば出せるようになるのかなぁ。
雷とか出せたらカッコいいよな。
なんて考えてたら、ユウナの杖から火が二発上空のコンドルンへ向けて放たれた!
ほう、初級魔法でもダメージを与えられるんだな。
その直後ララから火魔法が放たれて丸焦げになって消滅していった。
もはや火じゃなくて炎だな。
ララはそれを見ることなく地上のナラジカとグリーンモンキーに斬りかかっていく。
ユウナはララと距離を取ることなくしっかりと後についてるようだ。
スタートは順調だが、まだこれがずっと続くことになる。
このエリアの全長は一キロメートルにも及ぶ。
その間ずっと敵が襲いかかってきて、足場もよくない状況がずっと続く。
さらに地下三階の最奥へはこの魔物急襲エリアを通らねば行けない設計になっている。
つまり、中級者と認めてほしければ絶対にこのエリアを突破するしかないのだ。
「魔力はあとどれくらい!?」
「もう半分もないのです! エーテル飲むのです!」
「わかった! 早く飲んで!」
ララはユウナが回復してる間、敵を倒すのではなく二人から距離を取らせることにしたようだ。
小さめの火魔法を次々に放ち敵の足を止めている。
「もう大丈夫なのです!」
「じゃあ前に進むよ!? って来たわね!」
正面にベビードラゴンが現れた。
もちろん周囲は魔物に囲まれている。
「ユウナちゃんは左半分ね! 私は右半分と空!」
「了解なのです! 今こそ私の地獄の炎を見せてやるのです!」
「じゃあ行くよ! せーのっ!」
ララの合図と共に二人から円を描くように火魔法が次々に放たれた。
地獄の炎ではなく初級の火魔法だ。
さらにララの手から上空に向けて火が放たれた、と同時にララはベビードラゴンに向かって一気に加速していく。
そしてその勢いのままベビードラゴンに襲いかかり片腕を斬り落とした!
……とまではいかないものの、それなりのダメージは与えられたようだ。
その直後、ベビードラゴンが勢いよく腕を振ると、ララの体が吹っ飛んだ。
防御力上昇中とはいえ、ララの小さな体にはとても重い一撃であり、HPが黄色になった。
ララが倒れてるこの状況じゃユウナも防御に徹するしかない。
と思いきや、ユウナは攻撃魔法を連続して周囲に放っていく。
まるで自分の魔力の多さを見せつけてるかのようだ。
だが所詮初級火魔法であり、魔物たちは意に介することなく襲ってくる。
そしてララが立ち上がり、二人でもう一度ベビードラゴンに立ち向かうかと思われたそのときだ!
「ドラシー!」
二人の姿が消えた!
と思った次の瞬間、俺のすぐ左に二人がいた。
「今日はこんなところね! お疲れ様ユウナちゃん!」
「お疲れ様なのです! まだまだ修行が足りないのです!」
……コイツら逃げやがったな。
ズルくない?
ねぇズルいよね?
さっきの感じだと二人ともHP赤になるのは時間の問題だったからってさ。
周りに他の冒険者がいなくて本当に良かったよ。
これは少しお灸を据えたほうがいいよな?
「おい、お前たち」
「あっ、お兄! ちょうど良かった!」
「むっ? なんだ?」
「剣なんだけどさ、ほら見て? 刃がガタガタなの」
「ん? 確かにこれじゃあ斬れるもんも斬れないな」
「そうでしょ? だからまた直してもらいたいんだけど?」
「わかった。早速明日行ってくるよ」
「わーい! ありがと!」
……そうだ、剣が悪いんだ。
この二人が悪いんじゃなくて俺が剣のケアを怠ったのが悪いんだ。
決して二人に甘いわけじゃないからな!