第六百八話 食料保存用ピラミッド
転移した先は薄暗い部屋だった。
おそらく転移魔法陣だけのためにあると思われる狭い部屋だ。
その部屋の外は長い通路になっていた。
通路はさっきの部屋よりは明るい。
天井は果物エリアよりだいぶ低く、道幅は2メートルもないくらいだろうか。
周りの壁は黒っぽい石……あ、これ錬金したやつじゃないか?
誰もいないから当然だが、あたりはシーンとしていて、夜中に一人ではあまり来たくないような場所だ。
それになんだかひんやりする。
幽霊がいたりしないだろうな……。
「キュ! (この右と左は部屋になってるのです!)」
「!?」
……ビックリするから急に大きな声出すなよ。
「キュ! (そこに部屋の入り口があるのです!)」
「わかったからもう少し静かに話してくれ」
「キュ(ごめんなさいなのです……)」
そしてまず右の部屋に一歩足を踏み入れた。
……結構広いな。
目線の高さに障害物はないため、部屋全体を見渡すことができた。
そこら中に黒い大きな箱があり、その中には野菜や果物が大量に保管されているようだ。
この黒い箱もおそらくあの石で作られてるんだと思う。
みんなは部屋の中を歩き始めた。
探検してる気分なのか、なにやら楽しそうに見える。
それにこれだけの食料を見るのなんて初めてだろうから新鮮なんだろう。
俺は物資エリアで嫌というほど見てるからなにも感じない。
するとカトレアが隣に来た。
「状態保存魔法がかかってます」
「え? どこに?」
「この入れ物内部です。おそらく全部の入れ物に」
「……でも仮にこれ全部フィリシアたちが準備してたものとして、それから誰も入ってないとするともう二百年以上も魔法が維持されてることになるぞ?」
「たぶんあれです。水道屋のみなさんが魔力スポットに送っている魔力がここにも届いてるんですよ」
「あ、なるほど……。じゃあ水道屋の役割はさらに重要だったってわけだ」
「まぁその可能性があるというだけで、調査してみないとわかりませんけどね。あちらの部屋にも行ってみましょう」
俺とカトレアと魔物たちは部屋を出た。
ダルマンさんご自慢の右腕の怪力で運んできてもらったマグマハリネズミは通路に置いたクッションの上で寝かせてる。
「ホロロ!」
「ミャ~! (こら、待ちなさい! なにがあるかわからないんだから私から離れちゃダメよ!)」
すっかりお姉さんっぽくなってきたじゃないか。
ワタは翼が生えたことで、今までよちよち歩きだったのがしっかりと歩けるようになった。
体のバランスが取れるようになったのかもな。
歩けるようになったことが嬉しいのか、さっきからそこら中を勝手に歩き回ってる。
ボネが付いてくれてるからなにも心配はしてないけど。
そのうちもう空を飛んだりするんじゃないか?
そして左側の部屋に入る。
こちらも右側の部屋とほぼ同じような構成だ。
「……肉か」
どうやらこの部屋は肉専用の保管庫になってるらしい。
ご丁寧になんの肉の名前かまで書いてくれてる。
全て魔物の肉のようで、名前を見る限りはこの砂漠やダンジョンにいる魔物ばかり。
そいつらを倒して、食べられるように処理してからここに保管されているようだ。
「野菜や果物に比べてお肉が多いですね……」
「そりゃあ野菜より肉が好きって人は多いからな。さっきの部屋に米もあったのかな?」
「キュ(お米やパンは上の階にあったのです)」
「お? 上の階のそんな細かいところまでしっかり見てきてたのか。偉いぞ」
「キュ! (当然なのです!)」
メタリンは嬉しそうに跳ねた。
さっき少し怒りつけるように言ってしまったことはもう忘れてくれただろう。
「上の階に米やパンもあるんだってさ」
「パンもですか? それは楽しみです」
これだけの食料があれば当分は困らないんじゃないか?
……でもナミの町の人口は約一万人もいるんだよな。
昨日の早朝に避難しただろうから、もしかしたらそれから一日半なにも食べてないなんて人も多いかもしれないし……。
三日、いや、一日でなくなりそうな気がしてきた……。
「なるほど、こっちの部屋は肉ですか」
ヒューゴさんがやってきた。
「これ、足りますかね?」
「どうでしょうか。でも私たちも大樹のダンジョンから大量に料理や食材を預かってきてますので、数日はなんとかなるのではと。それに今頃近隣のソボク村やほかの村へも協力をお願いしてるはずですから大丈夫だと思います」
そうか、別にここにあるものしか食べちゃいけないなんて決まりはないんだった。
ジェマやセバスさんたちならすぐに動いてるはずだし。
おそらく今はこっちの報告待ちだよな。
明日ピピを帰らせて、援助物資を持ってきてもらえばいい。
なにも心配することはない。
「でも正直、俺としてはまずこの食材を食べてもらいたいですけどね」
「それは私も同じ意見です。先人が残してくれた物なのですから。でも調理するとなると今の避難者の方たちの負担になるのではないでしょうか。体力的にも精神的にも弱ってるはずですし」
「それは確かに……。となると俺たちやモーリタ村の人でやるしかないですよね」
「料理ですか……。焼くくらいならできますけど……」
「俺もです……」
俺は料理の知識こそ多少はあるが、スキルはゼロだ。
ずっとララに任せてきたからな、うん。
「僕がやるよ」
「「え?」」
気付いたら後ろにメンデスさんがいた。
「僕、料理するのが好きなんだよ。ウチのパーティではもうずっと僕が料理担当だし」
「でもとんでもない数ですよ?」
「極限までお腹が減ってるときは口に入ればなんでも美味しいんだって。美味しくなくても食べれそうな物だったらなんでもいいやって気分になるんだ。だから火が通ってたり調理してる形跡が見られただけで感動物だよ。君たちはそんな経験がないからわからないだろうけどさ」
「「……」」
俺はともかく、ヒューゴさんもそこまでの経験はないだろうな。
「あ、一応僕の兄はモーリタ村で飲食店やってるんだよ」
「ワッサムさんですよね? 村に着いたときからずっと良くしてもらって助かりました」
「それは良かった。兄貴とダルマン君は冒険者にも優しいからね。たまに僕もあそこで料理作ってるんだ。だから少しは役に立てるからさ」
「そういうことでしたらお願いします。あとでワッサムさんたちにも来てもらいますから」
「それがいいね。じゃあ僕はここに残って早速調理にかかろうと思うんだけど」
「あ、上に米とかもあるらしいですから、一通り見てからみんなで少し話し合いましょう」
「そうだね。これだけ食材があるとなに作るか悩めて楽しそうだよ、はははっ」
本当に楽しそうだ……。
まぁとにかく料理ができる人がいて助かった。
モーリタ村から援軍が来るまでに下準備はしておきたいよな。
そしてみんながこっちの部屋を簡単に見たところで、上に行くことにした。
通路を真っ直ぐ行けばそのまま階段になってるらしい。
一応ヒューゴさんに探知で警戒してもらいながら階段を上る。
ダルマンさんの右腕にはマグマハリネズミが抱えられている。
最後方では、ワタが初めての階段に挑戦中で、それをボネとメタリンとカトレアが見守っている。
階段は途中で方角が百八十度折り返しており、今度は果物エリアのほうに向かって上っていく感じだ。
地図でいうと南か?
じゃあ東がナミの町だよな。
さて、おそらくここが地下一階だ。
つまり火山ダンジョンでいう第一階層で、ナミの町の地下遺跡と同じ階層。
ここのどこかに火山ダンジョンと地下遺跡に繋がる道があるはずだ。
「キュ(部屋がいくつかあるのです。そこのすぐ左に暗くて狭い部屋、もう少し行ったところの右にそこそこ広いけどなにもない部屋。左にはお米とかパンがある部屋。正面奥の部屋は台がたくさんあるとても広い部屋なのです。すぐそこの部屋以外は繋がってて通り抜けできるのです)」
後ろにいたはずのメタリンが前に出て丁寧に説明してくれる。
どうやらワタは階段を上るのを諦めて、カトレアに抱かれることになったようだ。
まずは近い部屋から見てみることにした。
「転移魔法陣ですね」
部屋に入って灯りをつけるなりヒューゴさんがそう言った。
正面の壁をよく見ると確かに転移魔法陣のようなものが薄っすら描かれている。
地下二階の転移魔法陣の部屋と同じような部屋だ。
だがぼんやりとすら光ってないということは接続が切れているのだろう。
それに今までと違い、転移魔法陣は一つしかない。
転移魔法陣と聞いてカトレアが入ってくる。
ほかの人たちはアリアさんを残して、通路の先に進み始めたようだ。
「……私たちが普段からよく使ってる転移魔法陣ですね」
つまり相互通行が可能なものということか。
ここに来てなぜ急にとは思わないでもないが、おそらく魔物が侵入してくる可能性が低いからなのだろう。
でも接続が切れているからそうは言いきれないのか?
「距離は2メートル。すぐそこですね。一応もう少し見てから接続しますので少しお待ちを」
「じゃあその間に奥を見てくる。接続できたらメタリンに転移してもらってくれ。アリアさんはここに残ってください」
そしてボネとヒューゴさんといっしょに部屋を出ようとしたらカトレアがワタを渡してきた。
歩かせるのも時間がかかりそうなのでそのまま抱いていくことにする。
まずは右の部屋に入ってみる。
メタリンが言ってたように本当になにもない部屋だ。
なんのための部屋なんだろう?
入って左奥の壁には確かに奥の部屋へと繋がってそうな入り口がある。
部屋を出て、次は米やパンがあるという左の部屋に行ってみる。
地下二階と同じように黒い箱がたくさんあり、その中に米やパンが入っていた。
あ、俺もたまに食べてるようなパンだ。
確かバゲットだっけ?
だがパンはその一種類のみしか見当たらない。
パン屋を開こうと考えてるらしいカトレアは残念がるだろうな。
そしてこの部屋からも奥の部屋に行けるようだ。
でもせっかくだから一度外に出て、正面から入ることにした。
奥の部屋に行くと、みんなが集まっていた。
この部屋は……キッチンか。
いや、厨房と呼んだほうがいいな。
ちゃんと料理をすることまで考えてくれてたらしい。
気が利くじゃないか。
メンデスさんは既にローブを脱ぎ、料理をする気満々のようだ。
「ロイス君」
後ろから声をかけられ、振り向くとカトレアとアリアさんがいた。
「どうだった?」
「無事接続できました。今メタリンちゃんが外に確認しに行ってます」
「そうか。まぁすぐ戻ってくるだろうから、先にこのあとのことについて話しておこうか」
ナミの町はもう目と鼻の先だからな。




