第六百五話 鈍器を持った魔物
その魔物は左側の木の間を歩いてこちらに向かって移動してるらしい。
つまりこのまま行けば鉢合わせになる。
俺たちは真ん中の道を外れ、右側の木のほうに移動した。
そして二列になり、慎重に歩いていく。
しばらく進むと、みんなの警戒心が急に上がった。
おそらく魔物を発見したんだろう。
そしてその魔物の姿が俺の目にもハッキリと映った。
……なんだあの魔物は?
もっとよく見ようとしたそのときだった。
「気付かれたぞ!」
ダルマンさんは言葉を発するのと同時に真ん中の道に近付き大盾を構えた。
続けてガボンさん、メンデスさん、デルフィさんもダルマンさんの後ろに付く。
俺とカトレアもその一番後ろに付いた。
魔物とは道を挟んで対峙することになった。
アリアさんとミオとティアリスさんはダルマンさんたちから少し離れた右側に移動。
ヒューゴさんパーティは左側に移動。
リヴァーナさんとメタリンは俺とカトレアの傍にいる。
ワタは俺の内ポケット、ボネはカトレアの腕の中だ。
……そして魔物はゆっくりとダルマンさんに近付いてこようとしたものの、途中で足をとめた。
こっちが大人数なことに気付いて警戒しているのだろう。
「マグマハリネズミです! 火魔法に注意してください!」
ヒューゴさんが大きな声を出してみんなに伝える。
これマグマハリネズミなのか?
ここからは見えないが、横からだと背中の針が見えるんだろう。
大樹のダンジョンで戦ってきたはずだから戦い方はわかってるはずだ。
あの針からは火魔法が飛んでくる。
それも全部の針から同時に出すことも可能。
Dランクとはいえ、油断してると丸焼きにされるなんてことになりかねない。
接近戦になるとあの針で体当たりしてくるのも厄介だ。
でも勝てない相手ではない。
火魔法による全体攻撃が強いからDランクに認定されてるようなもんだし。
って本当はDランクってだけでも強いはずなんだが、少し感覚が麻痺してきてしまってるようだ。
……ん?
最初見たときからなにか違和感を感じると思ったら、あのマグマハリネズミ、ずっと二本の足で立ってるんだ……。
普通のマグマハリネズミは四足歩行なのに。
だから俺はすぐにマグマハリネズミだと認識できなかったのか。
ああやって立ってると身長は80センチくらいありそうだな。
そして右手に持つあの黒い鈍器。
あれはなんだ?
変な形してるけど、ハンマーかなにかなんだろうか?
だがそれ以上に気になるのは体の傷だ。
傷だらけとは聞いてたが、明らかに今も怪我してる。
お腹も顔も傷だらけだ。
見ていて痛々しいほどに。
ここで生き残るために必死に戦い続けてきてるのだろう。
そういう魔物は強い。
「「「「……」」」」
マグマハリネズミの異様な風貌のせいか、誰も動こうとはしない。
普通のマグマハリネズミじゃないことくらい誰の目から見ても明らかだ。
それは初めて見た人でもそう感じてることだろう。
するとアリアさんたちが道を渡ってマグマハリネズミの右側の木のほうに回り込んだ。
それを見たヒューゴさんたちも左側に回り込む。
三方向から挟んだ形だ。
マグマハリネズミとの距離は5メートルほどだろうか。
普通に戦えば負けることはないと思う。
だがこいつはボス的強さを持つ歴戦のマグマハリネズミかもしれない。
少なくともここ一週間やそこらで生まれた魔物ではない。
それに今攻撃を仕掛けてこないのは、カウンター中心の戦闘スタイルだからかもしれない。
……まさかわざとこの陣形に誘導したのか?
火魔法による全体攻撃をしやすくするために?
ダルマンさんの盾も火で溶かされてしまうんじゃないだろうか……。
仮にこいつが帝都マーロイで戦ったドリュのような威力の魔法を使ってきたらボネの封印魔法では意味がないかもしれない。
……ダメだ、どんどん悪い方向に考えがいってしまう。
と、そのときだった。
右側から水魔法が放たれた。
……が、マグマハリネズミにはすぐに気付かれてかわされた。
なかなか速い。
それを戦い開始の合図と見なしたみんなはいっせいに魔法で攻撃する。
まずは魔道士たちの魔法で様子を見ようということだろう。
接近戦よりこっちのほうが楽だしな。
マグマハリネズミは必死に避けようとしているものの、何発かは命中した。
そして痛そうに、体を丸めて防御の態勢に入った。
いや、攻撃態勢か?
それを見て一旦魔法攻撃がやむ。
マグマハリネズミをよく見ると、なんと背中左半分の針がない。
飛ばすなんてことは聞いたことないから、おそらく受けた攻撃によるものなんだろう。
それが今の攻撃によるものかこれまで戦ってきて負った傷のせいかは知らないが。
そして再び魔法による攻撃が始まった。
「やめてハリ!」
「ん?」
「木を傷つけないでハリ!」
木を傷つけないで針で?
マグマハリネズミに言ってるのか?
「どうしました?」
カトレアが話しかけてくる。
「叫んでるのは誰だ?」
「え?」
「ヒューゴさんか?」
「やめてハリ……」
「ほら? やめて針って小さな声で……え?」
俺の体中から一瞬にして血の気が引いていった。
右手に持っていた剣も落ちた。
だがそのあとすぐに全身から汗が噴き出した。
「待って! 攻撃をやめてください!」
俺は叫びながらダルマンさんの前に飛び出した。
そしてとまることなくマグマハリネズミの元へ駆け寄ろうとする。
魔法による攻撃はとまったようだ。
だがアリアさんとミオが右から出てくるのが目に入った。
二人の手には当然武器が握られている。
「やめろ!」
「「えっ!?」」
俺の声に驚いたのか足をとめる二人。
「管理人さん!」
「ヒューゴさん! ダメだ!」
左からはヒューゴさんが来ていた。
だが俺はヒューゴさんより早くマグマハリネズミの元に辿り着いた。
そしてしゃがみ込んだところでメタリンが隣にいることに気付いた。。
「おい!? 大丈夫か!?」
「……」
丸まっているマグマハリネズミの体をゆすってみるが反応はない。
背中の傷はさっきよりも明らかに増えている。
するとマグマハリネズミが顔を少し上げ、ゆっくりと俺のほうを見た。
「……木を……傷つけないで」
そして助けを求めるかのように、体を震わせながら左手で俺の腕に触れてきた。
俺がその手を軽く握ると、マグマハリネズミはそのまま意識を失った。
「すぐ回復魔法を! ティアリスさん! グラシアさん! 早く! デルフィさんも!」
マグマハリネズミの背中にある残り半分の針は針じゃなくなっていた。
まるで毛のように柔らかい。
みんなようやく状況を理解したのか、いっせいに駆け寄ってくる。
そしてすぐに回復魔道士三人による治療が始まった。
ほかのみんなはそれを無言で見守る。
「声が聞こえたんですか?」
カトレアがオロオロとした様子で聞いてくる。
「あぁ。おそらくシルバのときみたいな感じだろうな。普通に誰かが叫んでるのかと思った」
「ならなんでもう少し早く気付いてあげなかったんですか!」
「そんなこと言われても最初に声が聞こえたときにはもうこいつは攻撃を食らってたし」
「この子は最初から敵意はなかったってことですよ!? いっさい攻撃してこなかったじゃないですか!」
「そうだけどさ……ってそんなに怒るなよ。今更言ってももう遅いんだから。ボネもメタリンも気付けなかったくらいだし」
「ミャ~(私にふらないでよ。私までカトレアに怒られるじゃない)」
「キュ(ごめんなさいなのです……。もう少しじっくり観察すれば良かったのです……」
「メタリンのせいじゃないからな。俺たちみんながこの空間にいる何者かの存在にビクビクしてたせいだ」
「メタリンちゃん、責めてるわけじゃないんですよ……」
「キュ(無事だといいのです……)」
マグマハリネズミの体の傷は治っていってるようだが、意識を取り戻してはいない。
それに背中の針までは回復魔法では元には戻らないようだ。
「ごめん、なさい……ごめん……なさい……」
さっきからティアリスさんは泣きながら回復魔法を使い続けている。
最初に水魔法を放ったのはティアリスさんだからか、責任を人一倍感じてしまってるようだ。
だがそれに追随して魔法を放ってしまった者たちも同じように苦しんでるように見える。
でも戦闘という点ではティアリスさんはむしろ褒められるべきだ。
みんなが躊躇してた場面で行動を起こしたんだから。
それにこんなケースは滅多にというかほぼほぼないからな。
「グラシアさん、容態はどうですか?」
「……危ないかもしれない。心臓の動きが弱まっていってる気がする」
「そうですか」
迷ってる暇はないな。
「カトレア」
「……はい」
「あれ使うぞ」
「……わかりました」
大樹のダンジョンで最上級ランクのアイテムであるドラシーポーション。
これで治らないようなら仕方ない。
回復魔法をやめてもらい、マグマハリネズミの体を少し起こす。
そしてポーションを少しずつ飲ませる。
「……このまま少し様子見ましょうか。ちなみにこれはかつてベンジーさんの右腕を治したポーションなんです」
「「「「えっ!?」」」」
ベンジーさんのことを知ってる人たちが驚く。
特にヒューゴさんとグラシアさんか。
あのときはまさか腕がくっつくなんて思ってもいなかったことだろう。
飲ませるだけじゃなく、マグマハリネズミの体にも丁寧にポーションを塗る。
これで背中の針も生えてきてくれればいいんだが。
……ん?
この右手首の物は……。
「カトレア、これを見てくれ」
「……あっ!? 葉っぱのブレスレットですか!?」
「だな。フィリシアがくれたやつと同じか?」
「同じだと思われます。ですが大きさは違いますね」
「……装備してみたのか?」
「いえ。錬金術で成分を調べただけですけど」
確か今は俺が持ってたっけ?
ワタに装備させようとしてたけど忘れてたな。
……あったあった。
そして葉っぱのブレスレットを右腕に装備してみる。
……やっぱりな。
「俺の腕にちょうどいいサイズに変化した」
「えっ!?」
「緩くないしきつくもない。ちょうどいいサイズだ」
「貸してください!」
カトレアにむりやり奪い取られた……。
そしてカトレアはそれを装備し、なにやら興奮しているようだ。
「この技術は凄いです! 指輪と同じですね!」
「良かったな。それやるからぜひ研究してくれ」
「はい!」
「でも今は少し落ち着け」
「あ……すみません……」
騒ぐような空気じゃないしな。
さて、こんなときこそ冷静にならないと。
「みなさん、どうやらこのマグマハリネズミは木を守ってたようです。俺に言った最後の言葉も、『木を傷つけないで』でした。おそらく魔物を倒してたのも木を守るためでしょう。もしかするとフィリシアたちから言いつけられてたのかもしれません」
こいつが起きないことには真実はわからないけど。
「とりあえず、俺たちは今できることをしましょうか。まずメタリンにはこの空間の最奥まで行ってきてもらいます。そしてヒューゴさん、地上の高台から直線上の位置を特定してください。それとカトレアはそのブレスレットを装備してさっきの転移魔法陣を通れるか確かめてきていいぞ。アリアさんとメネアはカトレアに付いていってもらえますか? ミオはヒューゴさんといっしょの作業な。リヴァーナさんとソロモンさんはヒューゴさんたちの護衛をお願いします。ダルマンさんたちはここで俺たちの護衛をお願いしますね」
みんなが頷き、それぞれの作業を開始する。
俺と回復魔道士の三人はしばらくマグマハリネズミの看病だ。
「ロイス君! 見て見て!」
ん?
……え?
リヴァーナさんはマグマハリネズミが持っていた鈍器を持って、木に水をやっている……。
「これジョウロってやつじゃない!? 魔力を込めるとここから水が出てくるよ! 魔道具だ!」
なんだと……。
鈍器じゃなくて魔道具のジョウロだったのか……。
完全にこいつがここで木に水をやるために開発されたものじゃないか……。
しかもシャワーから出る水みたいにきれいに出てる。
火を発生させるだけの仕組みなら簡単らしいけど、水を発生させる仕組みを持った魔道具なんかも作れたりするのか?
それとももしかしてこのジョウロ、水魔法が付与されてるのか?
「それ見せてください!」
話が聞こえたのか、早速カトレアが引き返してきた……。




