第六十話 これくらいがちょうどいい
「ユウナ、別に手伝わなくてもいいんだぞ?」
「そんなわけにはいかないのです! 私にも列の整理くらいできるのです!」
「……なんだか子供のお手伝いのようで可愛いですね」
月曜日の朝、いつも通り八時過ぎから冒険者たちが押し寄せていた。
その中には名前は知らないが久しぶりに見る顔もちらほらある。
きっとどこかで噂を聞いて来てくれたのだろうな。
地下三階の情報に加え、ダンジョン食堂のことも町で話題になっているらしい。
さらに各地の初級冒険者の間でこのダンジョンのことが知られていってるそうだ。
今日は月曜日とあってまたなにか新しいことを始めるんじゃないかと期待している人たちもいる。
そんなに期待されても困るよな。
もうできることはほとんど出し尽くしたつもりだ。
今日からの新しいことといえば地味な二点のみ。
「おい、聞いたか!? 今日から八時半オープンらしいぞ!?」
「あぁ聞いたよ! 早くなる分には助かるよな! でも管理人さんたち体は大丈夫なのかな?」
「う~ん、そればかりはどうにもしてあげられないよな~。管理人さんもララちゃんもまだ子供なんだから無理しないでほしいが……」
そこのお二人さん、聞こえてますよ?
それに俺とは二~三歳しか変わらないでしょあなたたち。
ララはともかく俺まで子供扱いするのはやめてほしい。
それに一日中魔物と戦いまくる冒険者たちとは違って俺はここでのんびりサイダー飲みながら画面を眺めてるだけだからな。
本当に心配してくれるんなら九時前に来てくれればいいのに。
と、そうじゃなくて、今日からの新しいこと一つ目、営業時間が八時半からになりました。
これは毎日八時半前には大勢いるから早く中に入れてドラシーの魔力に貢献してもらったほうがいいと思ったからだ。
もう一つは……
「ねぇ聞いた!? 今日から新メニュー始まるらしいよ!」
「「おぉ本当か!?」」
「えぇ、しかもランチ限定のメニューらしいわよ! だから昼には限定のものを食べて夜には通常メニューのものを食べるようにしたほうがいいかもね!」
「「おぉ!? ランチ限定か!?」」
「僕はカレーが食べたいです!」
ダンジョン食堂に関しては俺はノータッチの姿勢を貫いてるから、噂が勝手に一人歩きしてくれて助かるな。
……なんてことはなく
「こんな感じで良かった?」
ティアリスさんがこっそり近づいてきて話しかけてくる。
「えぇ、いつもありがとうございます。って頼んだ覚えはないですけど?」
そう、俺は本当に一言も話していないのだ。
なんでこの人はいつもこういう情報を知ってるんだろう。
それを周りに聞こえるように大きな声で話した後俺のところに近づいてくると完全にサクラとしか思えないからな。
「え? さっきユウナちゃんに聞いたからこれはみんなに教えるべきかと思ってね!」
あのヤロー、新人だからといってそんな情報漏洩みたいなことを許すわけにはいかん。
昼に初めて知ったときの驚く様子が見たかったのに。
後で厳しく言ってやらねばならんな。
……と思ったが頑張って列の整理してるので見逃してあげよう。
ティアリスさんとは仲いいみたいだしな。
「それはそうとユウナちゃんも住み込みになったらしいじゃない? あの子、私とタイプ似てるからララちゃんと組ませると面白いかもしれないよ? でもやたら攻撃魔法を覚えたがってるのよね」
住み込みになったことまで話したのか!?
なんて口の軽いヤツだ。
いずれわかることとはいえ、自分から話すとはけしからんな。
……まぁでも今日は初日だし見逃してやるか。
それにしてもティアリスさんとタイプが似てるって?
性格が?
……じゃなくて戦闘のほうか。
ということは回復魔法メインで補助魔法も使えるってことだよな。
それに加えて攻撃魔法まで覚えようとしてる?
大魔道士になるのが目標なんだから全部の魔法を覚えようとするのは当然なんじゃないか?
というかそもそも大魔道士というのがなにかよくわからない。
賢者と同じ意味なんだろうか?
回復を極めたら聖女とでも呼ばれるのか?
とりあえずユウナのことは後でララに話しておくか。
回復魔法がメインだとしたらアタッカーがいないとキツイだろうしな。
「で、さっきからずーっと無言のロイス君? 考え事もいいけど、どんなメニューが出るのか教えてくれてもいいんじゃない?」
「……えっ? あぁ、すみません。メニューですか? もうこうなったら看板を出してやりますよ」
なんか投げやりになってきた。
少なくとも今日の楽しみの半分は奪われたからな。
俺はユウナを呼び、管理人室に置いてあった看板を小屋の前に持っていかせた。
「おぉ! ランチ限定メニューの看板が出たぞ!」
「炭火焼ハンバーグだって!?」
「チキン南蛮だ! 私大好きなのよ!」
「お肉屋さんのメンチカツときたか!? コロッケが美味かったから期待してしまうな!」
「なんとここで唐揚げときたか! シンプルでいいな!」
「トンカツはいつものやつか! カレーやカツ丼じゃなくて普通のが食べたい人にはいいかもな!」
「これ全部30Gだって!? 相変わらず商売っ気が全くないな!」
「ってか先週オープンしたばかりでもう新作を出してくるなんてさすがだぜ!」
ララと従業員たちはランチ限定メニューとして五品を考案したようだ。
まず炭火焼ハンバーグはララの得意料理の一つだ。
これは焼き場で猪肉や鹿肉とともに焼かれることになる。
おそらく一番人気商品になるだろう。
牛肉は肉屋から仕入れている。
次にチキン南蛮だが、これは俺の大好物の一つだ!
ララの作る甘酢ソースとタルタルが絶妙に鳥にマッチするんだ。
きっと俺は週二で食べることになるな。
そして、お肉屋さんのメンチカツ。
これは従業員の話を肉屋でしたときにミーノが言っていたメニューの一つで、店では惣菜の中でコロッケの次に売れているそうだ。
具には豚肉、キャベツ、タマネギを使うらしい。
となると、今のウチの物資エリアにあるものばかりじゃないかということで、お肉屋さんシリーズ第二弾として売り出すことになったらしい。
これもコロッケと同じように一割ロイヤリティを支払うことになっている。
あとの唐揚げとトンカツはド定番なものをリーズナブルにというコンセプトで用意した。
よくある普通の唐揚げだと思ってる人にはララの作る唐揚げを一度味わってほしいものだ。
鶏肉にも衣にもしっかり味がついててしかもデカいしジューシーだからな!
以上五品、全てが焼き物と揚げ物だ。
これ以外のものを増やすとなると、どうしても人員と店の規模と魔力の関係で採算がとれそうにない。
なのでもっと来場客数が増えるようであれば考えるとのことになっている。
ちなみにランチ限定の五品はワンプレートで提供され、ご飯と選んだメインメニューの他に、ナポリタンが付け合わせで少量付いてくる。
その話を聞いたとき、カトレアは凄く嫌そうな顔をした。
でもララはそれをわかったうえで、自分の作ったナポリタンをカトレアに食べてもらったのだ。
嫌々ながら口に運んだカトレアは、口に入れて味を噛みしめた瞬間に泣き出す……ようなことはなく、美味しいと言って食べ続け完食したのだ。
今まで食べてきたものはどんなものなのかを聞いたところ、味はケチャップの味だけで、具はピーマンとよくわからないキノコの二種類だけだったらしい……。
といってもララが作っているのはトマト、ピーマン、タマネギ、豚肉を使ったもので、味はケチャップベースだからカトレアが食べてきたものとあまり差はないはずなんだけどな。
やはりララの作る料理が絶品なんだろう。
肉屋からばかり仕入れるのは悪いと思ったが、新たにトマトとピーマンを栽培することにした。
豚肉は解体作業で出る切れ端の部分を使っている。
まさに今の受付真っ最中のこの時間にララは物資エリアでナポリタンを作っている。
今日はランチメニュー初日だから念のため早めに作って状態保存をかけておくそうだ。
料理をするのが楽しそうなララを見ていると俺としても凄く嬉しくなる。
この大樹のダンジョンも四月にリニューアルしてからもうすぐ二か月が経とうとしてる。
たった二か月だが十四歳の俺からしたら物凄く長いようにも感じたこの時間に、偶然にも大樹のダンジョンが持つ役割を知ることができた。
だが、冒険者にとってこのダンジョンが本当に役に立っているのであろうか?
俺が冒険者に勝手にランクを付けて楽しんでいるだけじゃないのか?
世界のことをなにも知らない俺が育成を謳ってダンジョンを運営すること自体おこがましいことかもしれない。
……そんなことを考えたところで現実はなんにも変わらないことくらいわかってる。
気がつくと外からユウナが俺を覗き込むようにジッと見ていた。
またぼーっと考え事をしてしまってたようだ。
隣ではカトレアが受付をせっせとこなしている。
水晶玉には料理をするララの姿が映っている。
受付の周りにいる冒険者たちはいつものように騒がしい。
うん、このダンジョンに来る人はみんな楽しそうだ。
寂しそうだったのはカトレアとユウナの二人だけ。
この二人は例外ということにしよう。
そのうちこの二人も旅立つだろうし、二人のためにも今の時間を大切にしないとな。
ララの楽しそうな姿を見れて、俺ものんびりできてるんだからこれ以上の幸せはない。
俺は目の前にある小さな魔法陣にサイダーと書かれた青い札を置いた。
これにて第三章「集いし仲間たち」編は終了です。




