第五百九十七話 また会える
ララが火、雷、風魔法を使えると聞き、言葉を失うダルマン。
「お兄には内緒ですよ? 私が魔法使えること知ったらお兄はきっとショックを受けますから。お兄、たまに一人で魔法の修行したりしてるんです。でも自分に魔力がないの知らないんです」
「……」
「お兄はそのうち魔法が使えるようになると思ってるみたいですけど、お母さんはお兄には魔法は使えないって言ってました。だから私にだけこっそり教えてくれてたんです。お兄ちゃんが悪い人や魔物に襲われたら守ってあげないとダメよって」
お母さんが亡くなったのって二年前だよな?
ということは四歳以前から魔法を教わってたってことか……。
ダルマンはもしかしたら自分よりララのほうが魔法歴は長いのではと動揺する。
「ララ、ダルマン君が困ってるからそれくらいにしなさい。それに人に魔法のことを話したらダメだとあれほど言ってるのに」
「はぁ~い。でもお爺ちゃんとめなかったよね」
「それはダルマン君のことは信用してるからだよ」
「ふ~ん。あ、じゃあせめて力強化魔法使ってみてもらってもいいですか? 魔力の流れを知っておきたいので」
「ダルマン君、軽くでいいのでお願いできますか?」
「え……はい……」
ダルマンはわけもわからず魔法を使う。
するとララはダルマンの右腕を両手で優しく掴んだ。
ララがまだ六歳だとわかる小さな手だ。
その状態のまましばらく時間が流れた。
「……なるほど。ありがとうございました!」
これで魔力の流れがわかるというのか?
他人の内部の魔力が?
グラネロがダンジョンの力だと言っていたあの力だろうか?
というかこの子は確実に自分より魔力制御が上手い。
料理の腕だけじゃなく、魔法の腕も今後どんどん伸びていきそうだ。
ララを見るダルマンの目が羨望の眼差しに変わった。
「ララちゃんは将来魔道士になるのかな?」
「魔法も剣も使いこなせるようになりたいです」
「それは大変だね。でもグラネロさんの言うように、今は魔法に集中したほうがいいよ。身体強化魔法じゃなくて、攻撃魔法にね。実際に魔物から攻撃魔法放ってこられると、とても嫌なんだよ。逆に味方が後ろから攻撃してくれると非常に心強い。だから攻撃魔法の威力を高めることは絶対に無駄にはならない。後々に身体強化魔法を覚えるつもりなら尚更今のうちから魔力を増やしておいたほうがいい。魔物との実戦に出るようになると、どうしても魔力の訓練をする時間が減ってしまうんだ」
「……はい、ありがとうございます」
ララは意外といった表情でダルマンを見る。
「ふふっ。ダルマン君も成長しましたね」
「そりゃもう二十三歳になりましたから。でもララちゃんを見てるとどんどん自信がなくなっていきますね。六歳ってこんなにしっかりしてるもんでしたっけ」
「ララは天才ですからね」
「お爺ちゃん、そういうの親バカって言うらしいよ」
「ふふふっ。親ではないんだけどね」
グラネロが楽しそうなのを見てほっこりするダルマン。
「ところでダルマンさんはその右腕の力をどう活かしてるんですか?」
「今までより重い剣を持てるようになったから、剣を少し長く、そして幅を広くしたんだ。つまり攻撃力アップだね。今までの剣をより速く振るということも試したけど、俺にはこっちのほうがしっくりきたんだ」
「なるほど。両手じゃなくて片手で持つんですか?」
「うん。左手には盾。それが俺の戦闘スタイルだから」
「……」
ララはなにか考え込んでいる。
「ララ、言ってみなさい」
「え? 別に……」
「ララならどうするんだい?」
「う~ん、私じゃなくて、お兄ならどうするかなぁ~って考えてみたんだけどね」
「ほう? ロイスならどう使うと?」
「話を聞いてた感じだとダルマンさんのパーティには、ほかに斧戦士の人がいて、攻撃魔道士の人もいるんですよね? それならお兄はたぶん、壁役を一人作ると思うんです」
ララはグラネロではなくダルマンに向かって言った。
「壁役?」
「はい。敵もかなり強いんですよね? よりパーティを安定させるために、防御に特化した人が一人いたら楽だと思うんです」
「その防御特化の壁役が俺だと? もう一人の前衛の戦士じゃなくて? ララちゃんは知らないだろうけど、俺のほうが攻撃力はあるんだよ?」
「じゃあ例えば、凄く大きくて重たい盾をその人は持てますか? とんでもなく大きくて頑丈な盾です」
ララは自分の小さな体より遥かに大きい盾を手で表して見せた。
「え……そんなに大きいとさすがに誰にも持てないと思うよ……。第一、持ち運ぶのも大変だ」
「ダルマンさんならどうです?」
「え? ……どうだろう。魔法を使えば持てるかもしれないけど……」
「さっき敵から攻撃魔法を放たれるのは嫌だって言ってたじゃないですか。それを全て防げるとなるとかなり戦闘が楽になると思いません?」
「……それはそうだね。後衛の魔道士たちも助かるのは確かだけど。でも攻撃役が一人減るのは大きいと思うよ?」
「ずっと盾を構えてろって言ってるわけじゃありませんから。攻撃力は落ちるかもしれませんけど、ダルマンさんも左手で攻撃すればいいんです」
「左手で? ……あ」
ダルマンは思い出した。
自分は左手でも右手と遜色なく剣を振れたことを。
そして右手にララが言う大盾、左手に剣を持ったときの戦闘を想像してみる。
もちろん大きな盾を持つということは行動の制限も出てくる。
後衛からの視界も悪くなるかもしれない。
仮にサーベルキャットが相手だとしてみようか。
この右腕の力と大盾があれば、あの勢いのある突進をとめられるかもしれない。
それに分厚く頑丈な盾ならあの爪先から出る雷魔法攻撃を防ぐことも可能かもしれない。
盾で防いだ衝撃の反動は自分よりも相手に出るほうが大きいかもしれない。
その怯んだ隙をついて、左手の剣で攻撃する。
またはガボンやメンデスが攻撃する。
うん、最初は大盾の取り回しに苦労するかもしれないが、パーティ全体としては格段に安定性は増すはずだ。
回復役のデルフィの負担も減り、その分の魔力を補助魔法に回すことができるかもしれないし、魔力を温存しておくのでもいい。
それに左手に持つのは別に剣じゃなくてもいい。
短剣のようなものを投げて攻撃するのもありだ。
一瞬だけ右手を盾から離して、短剣を右手の力で思い切り投げつけてみても面白い。
「ララちゃん、そのアイデアかなりいいよ。戦闘の幅が今までよりもだいぶ広くなりそうだ」
「本当ですか? それなら良かったです」
ララは満足気にニッコリと微笑んだ。
「グラネロさんはどう思います?」
「いいんじゃないでしょうか。盾で殴りつけて攻撃するのもありでしょうし」
「あ、そうですよね。ただの壁だと思ってる盾が手前で急に自分に向かってきたら魔物も嫌ですもんね」
「今より強くなれそうですね。パーティとしても、個人としても」
「はい。実は少し行き詰ってたんですよ。苦手な魔物がいまして」
「そうでしたか。ならそれだけでもここに来た甲斐がありましたね」
「はい。でもそれとは関係なく、グラネロさんに会いたかったから来たんです」
「ふふっ。そんなこと言ってくれるのダルマン君だけですよ。ウチにくる冒険者のみなさんからしたら私はただ受付に座ってるだけの管理人のジジイですからね」
来て良かった。
まさかこんな幼い少女に自分の戦闘スタイルを指摘されるとは夢にも思わなかったが。
その後、ララが剣を教えてほしいと言ったため、小一時間ほど修行に付き合った。
二人でいっしょにダンジョンに入り、ララの魔法を見せてもらったりもした。
大樹の下でグラネロに右腕を見てもらうこともできた。
魔力だけじゃなく、体全体の筋肉も順調に付いているとのことだ。
結局その日は泊まらせてもらうことになった。
以前に住んでいたあの部屋がそのまま残っているらしい。
仲間にはピピがゲルマン経由で手紙を届けてくれた。
デルフィが手紙の返信を書く間、おとなしく待っている鳥を見てみんなはどう思ったのだろうか。
だが魔物だということは絶対に内緒だ。
それがグラネロとゲルマンとの約束だから。
夕食は鳥の唐揚げだった。
ララとグラネロは二人で料理し、これまた凄い量を揚げていく。
白米や味噌汁のおかわりもたっぷりあると言う。
相変わらず子供二人の食べっぷりも凄い。
ここまで食べるとなると食費が心配になるが、さすがにそこまで聞くことはできなかった。
いくら初級者向けダンジョンになったとはいえ、冒険者が平均して二十人も来ているのであれば収入は一日に1000Gあるはずだから大丈夫だとは思うが。
夕食後は風呂に入り、かつて住んだ部屋へと移動した。
以前のように瞑想をしてから寝た。
そしてあっというまに朝になった。
家の外でグラネロとダルマンが向かい合う。
「本当に朝ご飯食べていかないんですか?」
「はい。朝の馬車でボクチク村まで行きたいですから」
「そんなに急ぐ旅でもないでしょうに。ロイスとララももう少しすれば起きてきますよ?」
「一人ならもう少しここにいたいんですけどね。今の俺には仲間がいますから」
「そうですか……」
グラネロは心底残念そうな顔をした。
それを見てダルマンはつい泣きそうになる。
「……また必ず来ます。でも次来るのはモーリタ村での目的を達成してからです」
「その目的を達成できる目途は立ってるんですか?」
「いえ。終わりがまだ誰にもわかっていないものでして。なので何年かかるかわかりません」
「……ではずっと待ってます。もし気分が変わったら目的を達成してなくても来てください。できれば私が生きてる間に」
「ははっ。グラネロさんはまだ六十歳にもなってないじゃないですか」
「ダルマン君、死ぬときは一瞬なんです」
急にグラネロの言葉が鋭くなった。
思わずダルマンは背筋を伸ばす。
「ダルマン君はその目的とやらのために危険な場所に行くのでしょう? そこには今戦ってる魔物よりも遥かに強い魔物がいるかもしれません。仲間が死ぬことだってあるかもしれません。でもどんな状況になっても決して生きることを諦めないでください。諦めた瞬間に死はやってきますから」
「……はい」
グラネロは強い目力でダルマンを見てくる。
だがすぐにいつものグラネロの柔らかい表情に戻った。
「パーティリーダーなんでしたらちゃんと帰りのことも考えて行動してくださいね。最奥に辿り着いて目的達成なんて甘い考えでいると、帰り道で足をすくわれますよ。それと欲をかくのはダメです。これ以上の無理は帰りに支障をきたすと少しでも思ってしまったらそれ以上は絶対に先に進まないこと。死んだら終わりですから」
「……はい。肝に銘じておきます」
……え?
そこでダルマンは違和感に気付いた。
さっきからのグラネロの忠告は、明らかにダルマンの目的を知ったうえでの発言のように聞こえたからだ。
「あの……グラネロさん、もしかしてモーリタ村のこと」
「なんのことですか? ほら、ゲルマンのところにも顔出すのでしょう? 早く町に戻らないと」
「……はい」
グラネロは知ってたに違いない。
モーリタ村にダンジョンがあることを。
おそらくずっと前から。
知っててなにも聞かないでいてくれたんだ。
おそらく村の決まりのことも知ってるのだろう。
「ダルマン君、お元気で」
「……はい。グラ……ネロさんも……お元気、で」
ダルマンは涙をこらえきれなくなった。
すぐにマルセールのほうを向き、歩き出した。
そして涙を拭いながら、数十メートル歩いたときだった。
「ダルマンさ~ん!」
ララの声だ。
振り返ると、グラネロの隣にララがいた。
「また来てね~! 絶対だよ~!」
ララは一生懸命に手を振っている。
ダルマンもそれに応えるように手を高くあげた。
そして再度マルセールのほうを向く。
徐々に歩く足を速め、ついには走り出した。
これが最後じゃない。
またここに来ればいつでも会える。
二年前の別れとは違い、今度はちゃんと挨拶もできた。
それにグラネロはもう一人じゃない。
そう思ったら自然と足取りも軽くなった。




