第五百九十四話 魔物使いという存在
ピピという名の鳥はダルマンの目の前に来て首を傾げている。
「ゲルマンから少しは聞いていたのでしょう?」
「……」
魔物?
この小さい鳥が魔物?
いや、確かに森の中での戦闘を見て魔物だと認識してたはずだ。
戦いに慣れてる様子だったし、魔法だって使ってた。
だがあの少年は、この鳥は魔物ではなくただの鳥で、ペットだと言った。
今もこうしておとなしくしているし、かなり賢いペットのように見える。
だがグラネロさんは魔物だと言った。
いや、ちょっと待て。
さっきグラネロさんはこの鳥が俺を見たって言ったか?
どうやって意思疎通をした?
「ダルマン君?」
「……え? あ、すみません。理解が追いついてないものでして……」
「気持ちはわかります。でもまず初めに言っておきますけど、くれぐれも孫たちにはこのことを内緒にしてください」
「このことというのは?」
「ピピとシルバが魔物だということです」
「え? 二人は知らないんですか?」
「はい。完全にただのペットだと思ってます。魔物使いという言葉すら知らないはずです。私はみなさんから管理人と呼ばれることが多いですので」
「え……じゃあまだあの男の子は自分が魔物使いということも知らないってことですか?」
「そうです。少々鈍感な子でして。でもあの子の父親も母親もあえて言わなかったのでしょう」
「なぜですか?」
「さっきダルマン君はあの子から、この子がペットだと聞いてどう思いました?」
「森の中で見て魔物だと思い込んでましたから、いやいや魔物だろって思いました。……でもペットと言われたあとは、あ、普通の鳥なんだって思っちゃいましたね。おとなしいですし」
「そうでしょう? 魔物だと知らない人が見れば普通の鳥なんです。でもあの子がこの子を魔物だと知れば、きっと今度からはこの子のことを誰かに紹介するときにはペットではなくて魔物だと言うでしょう。それがどれだけ危険なことかおわかりになりますか?」
そこまで言われてダルマンはハッとした。
ゲルマンが隠してたことはこの魔物のことに違いない。
「この子がこんなにおとなしくて賢いのは、魔物使いの能力で従わせてるんですか?」
「従わせてるわけじゃありません。私とこの子の関係は、冒険者のみなさんで言えばパーティを組んでるようなものです」
「パーティ?」
「そうです。この子が自主的に私やロイス……さっきの男の子といっしょにいたいと思ってくれてるんです。魔物の中にはごく稀に、人間とほぼ同等の知性を持った魔物が存在しています。そういう魔物は人間側に付くか魔物側に付くか、またはどちらにも付かないかを自分で選択することができるんです」
ダルマンはもちろんそんなことは初めて聞いた話だ。
自分でも目が真ん丸になってるのがわかった。
「……ではもし俺がそういう魔物を発見したとして、俺の仲間にすること……いや、俺の仲間になってもらうことも可能ってことですか?」
「そうなりますね。その子がダルマン君を気に入ればの話ですが」
「チュリリ」
「あ、その可能性は低いみたいです。万が一死にそうな状況で助けられたら、しばらくはいっしょにいてあげてもいいかもとは思うらしいですけど。会話もできない人間なんか基本お断りだそうです。まぁそれ以前に人間が魔物を助けようなんてまず思わないでしょうけどね」
「……あの、もしかしてその子、喋ってます?」
「えぇ。この子は賢いですから」
「チュリ」
「……」
ダルマンにはチュリとしか聞こえない。
グラネロのことを少し疑いの目で見てしまうダルマン。
「これが私たち魔物使いの能力ですから」
「え? ……もしかして本当に会話ができてるんですか?」
「私の頭の中ではちゃんと人間の言葉に変換されて聞こえるんです。この子も人間の言葉を全て理解できてます。でも話すのは魔物語でしか無理なんです」
「……ロイス君もわかるんですか?」
「えぇ、私と同じようにちゃんと聞こえてるはずですよ。でも本人はお互いの心が通ってるから意思疎通ができてるんだと思ってますけど」
「……鈍感というか、天然なんですかね」
「ふふっ。面白い子でしょう?」
「なんで教えてあげないんですか?」
「いいことばかりではないからです。さっきダルマン君に聞いた質問の内容を考えてみてください」
ダルマンは会話の内容を思い出す。
……危険がどうたらってやつか。
ロイス君が魔物使いだとバレることの危険や、魔物といっしょにいることによる危険ってことだよな。
そしてそれがゲルマンさんの言ってたことだとすると、大樹のダンジョンを初級者向けにしたのとも関係してくるはず。
……俺はさっき森の中でどういう行動を取ろうとした?
二匹が俺に襲いかかってくると思って、見通しのいい道で待伏せしようとしたよな。
そしてもし襲ってきてたらおそらく……殺してたはずだ。
さらにさっきここで魔物を見たときどういう行動を取った?
……子供たちを守ろうとして剣を構えたか。
もしロイス君やグラネロさんにとめられなかったら……これまた殺してたはずだ。
つまり俺は魔物を完全に悪だと思っている。
だがこの鳥を森の中で見ておらずに、ここで初めて会ってペットだと言われればそういう目でしか見なかったはずだ。
先入観だけでそこまで変わってしまうのか。
ゲルマンさんは魔物使いは正義にも悪にもなり得る存在だと言っていた。
まずほとんどの人々は魔物だと聞いた時点で悪を想像してしまうだろう。
例えばいくらこの鳥が賢くてグラネロさんの仲間だとしても、人間を襲うようなことをしたら俺はきっと許すことはできない。
それが人間なら牢獄にでも入れられるだろうが、魔物だと殺しておしまいだ。
そもそもそれは魔物使いとして魔物の躾というか管理がなってないと思う。
……でもパーティのようなもんだって言ったよな。
躾とかいう概念では考えていけないのかもしれない。
俺がガボンやメンデス、デルフィにあれこれ命令したらきっと疎まれることだろう。
年齢差のせいである程度は聞いてくれるかもしれないが、居心地の悪いパーティなんか嫌だもんな。
この鳥はグラネロさんやロイス君といっしょにいることを自ら選び、人間を襲ったりはしない。
つまり人間側に付いたということだ。
だがそれを知らない人からすれば単なる魔物。
こんな可愛い風貌をしてるおかげでただの鳥だと思われるかもしれないが、俺みたいに戦いを見てしまえば完全に魔物としか思わないやつだっている。
あの場で殺しにかかるやつもいるだろう。
仮に魔物たちに会っていない状況で話だけを聞いていたらどう思っただろうか。
まだたった十歳の少年が魔物使いで、魔物を仲間にしてるという情報だけを知っていた場合だ。
おそらく、いい印象を持つことはまずないだろうな。
魔物という存在は悪だと誰しもが思ってるんだから。
そうなると魔物使いという存在も悪。
魔物と協力して人間を滅ぼそうとしてるんじゃないかという考えが浮かんでもおかしくない。
そんな不安がある以上、例え子供であろうと魔物使いという人間に対して人々はおそれを抱く。
つまり敵視する。
魔物使いを処分しろとの声があがってもおかしくない。
人々は魔物使いという言葉に関して、単なる大樹のダンジョンの役職上の話だと思ってるはずだ。
それがまさか魔物を仲間にできるなんて知ったらとんでもないことになる。
……でも本当に人間側に付いたいい魔物だったら別の話になるか。
戦力として期待できるのは間違いないし。
ああやって空も飛べるわけだし。
でも魔物がずっとおとなしくしてるとも限らない。
いつか魔物使いや傍にいる人間を食い殺すかもしれない。
それに仲間である魔物がもし人間に殺されでもしたとき、グラネロさんやロイス君はどんな感情を抱くんだろうか。
魔物だから仕方ないと思うんだろうか。
それとも人間の仲間が死んだときと同じように悲しみ、苦しむことになるんだろうか。
もしそうなったとき、負の感情が爆発して人間を殺そうと考えるかもしれない。
グラネロさんに限ってそんなことはないだろうが、まだ子供のロイス君ならどういう行動に出るかわからない。
それこそ魔物たちを率いて人間を滅ぼそうと考えたり……あっ、そういうことか。
だからグラネロさんもゲルマンさんもロイス君を守ろうとしてるのか。
ロイス君が悪の道に進んでしまわないように細心の注意を払ってるんだ。
それならこのダンジョンを初級者向けに規模縮小したことも納得できる。
初級者ならこの鳥を倒すのは難しいかもしれないし、初級者を卒業できるレベルになればここから立ち去っていく。
それに初級者の経験や知識程度ではこの鳥が魔物だなんてことはまず気付かない。
仮に気付いたとして、初級者たちがロイス君のことを襲おうとしてきたとしても、この鳥ならロイス君を守りきることができるかもしれない。
だが中級者以上となると話は変わってくる。
この鳥と世界のどこかで戦ったことがある人もいるだろう。
もし魔物使いの能力で仲間になったと知って手を出してこないにしても、ロイス君は冒険者たちからずっと監視されることになるかもしれない。
当然グラネロさんにも悪い噂が付きまとう。
このダンジョンの客足は悪くなる一方だし、評判が良くない以上、閉鎖も余儀なくされるかもしれない。
それ以前に、このダンジョンは人間を滅ぼす魔物育成のためにあると思われるかもしれない。
そうなればグラネロさんやロイス君は人間たちからどういう扱いを受けるのだろうか。
……これはどうにかできる問題なのか?
さっきの犬も魔物だということだし、この家には既に二匹も魔物が住んでることになる。
「ロイス君はいつどうやってこの子を仲間に?」
「元々この子は私になついてくれた子だったんです」
「グラネロさんに?」
「はい。あれは妻が亡くなってすぐのころでしたかね。娘や息子がここを出ていってすぐあとのことでもあります。あの日、私は朝早くこの森を散歩していました。しばらく歩くと、魔物と思われる鳥が木の下でうずくまってるところを発見したんです。怪訝に思った私は少し離れた場所から観察することにしました。するとその鳥は体を震わせていたんです。もう少し近付いてみると、怪我をしてることに気付きました。その鳥はとっくに私の存在に気付いていましたが、なぜか襲ってこなかったんです。よほど怪我がひどいのかと思いましたが、角度を変えてさらによく見ると、なんとその鳥の下には雛が二匹いるではありませんか。その鳥は二匹の雛を守ろうとしてたんです。それを見た私は思わず、『大丈夫か?』と親鳥に聞いていました。すると親鳥は、『どうかこの子たちの命だけはお助けください』と言ってきたんです」
「え?」
喋ったってことか?
ということはその親鳥がピピ?
「そりゃもう驚きましたよ。私がそんな魔物に出会ったのは初めてのようなものでしたから。あのときのことは今でも鮮明に覚えています」
そしてグラネロは懐かしむように語り始めた。




