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俺の天職はダンジョン管理人らしい  作者: 白井木蓮
第十二章 過去からの贈り物
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第五百八十九話 ダルマンとグラネロの二人暮らし

 ダルマンの一日はグラネロとの朝食から始まる。

 基本的な朝食メニューは白米、味噌汁、卵料理、漬物だ。

 週に一回か二回はパンの日がある。


 朝食後、冒険者が来る前に家の外を掃除する。

 掃除が終わったあとは大樹の裏側に行き、大樹の下で一時間ほど瞑想をする。


 瞑想が終わると、冒険者たちにだいぶ遅れてダンジョンに入る。


 昼食はダンジョン内で狩った魔物を焼いて食べる。

 ダルマンは火魔法を使えないが、地下四階より先の階層の休憩エリアには肉を焼くための設備が整っているのでなにも問題ない。


 夕方、ほかの冒険者たちよりも三十分早くダンジョンを出る。

 ダンジョンから出たあとは自分の部屋に戻り、まず装備品の手入れをする。

 そしてシャワーを浴びたあと、静かに瞑想に入る。


 冒険者たちが全員帰ったあとはお待ちかねの夕食の時間だ。

 品数は決して多くはないが、毎日お腹がはちきれそうになるほどの量が用意された。

 もちろん味も美味しい。


 食後は自分の部屋で再び瞑想に入る。

 時間にして二時間ほど。

 瞑想が終わると就寝の時間だ。


 月曜日から土曜日までは大体こんな生活が続く。


 そして日曜日。


 日曜日はグラネロと二人、朝八時に家を出てマルセールの町に向かって歩き出す。

 町の手前で別れ、そこからしばらく別行動となる。

 ダルマンはまず素材屋、グラネロは食料品の買い出しに向かう。


 ダルマンがダンジョンで入手した魔石は全部グラネロが買い取ってくれている。

 魔石も一週間分となるとかなりの重さになるからと、グラネロが配慮してくれたのだ。

 それにいざというときのために、ダンジョンに魔石をたくさん保管しておきたいらしいからちょうどいいとのことだ。


 だから素材屋ではそれ以外の魔物素材を一週間分まとめて売る。

 もちろん素材屋にも話を通してあるため、問題が起きることはない。


 そのあとは鍛冶屋に行く。

 一応鍛冶師見習いという設定ではあるが、実際にここで仕事をすることはない。

 鍛冶屋に来た理由はほかの冒険者たちと同じく、剣を研いでもらうためだ。

 ダルマンがすぐダンジョンに帰ることをわかってくれているので、優先して作業をしてくれる。


 剣を預けたあと、道具屋に行く。

 一週間分のポーションを買い込み、リュックに詰める。


 次は八百屋に行くことが多い。

 旬の果物を適当に買い込み、リュックがパンパンになる直前まで詰め込む。


 その次は肉屋だ。

 ダルマンはこの肉屋のコロッケがお気に入りになった。

 買い食いしつつ、部屋に常備しておくために十数個は買う。

 これでちょうどダルマンのリュックがいっぱいになる。


 八百屋や肉屋でグラネロと会うことも多い。

 グラネロは座り込んで店の主人たちと色々と話してるからだ。

 世間話や料理の話のほか、冒険者のことを話してたりもする。

 おそらくダルマンのことも話題にあがっているだろう。


 週に一度しか町に来れないとなると色々な人に会って話したくなるのかもしれない。

 特にあの場所で一人で暮らしてるグラネロにとっては毎日が孤独だろう。

 冒険者が毎日来るといっても、朝と夕方に少し顔を合わせる程度だ。

 きっと自分にはそんな暮らしはできない。


 そんなことを考えながらダルマンは町をぶらぶらする。

 特になにか目的があるわけでもなく、ただただ歩く。

 グラネロには自分のことを気にすることなく思う存分会話を続けてほしいからだ。


 それとは別に、これまでの人生のほぼ全部をモーリタ村で過ごしてきたダルマンにとってはマルセールの町がとても魅力的な町に見えていたこともある。

 この町に来るまでに大きな町はいくつか見てきた。

 だがその中でも好きなのはこのマルセールという小さな町だ。

 もちろん毎週通ってるせいで愛着が出てきたことも関係してるのだろう。


 日曜日のこの早い時間帯に冒険者と会うことはほとんどない。

 一週間の疲れがあったり、土曜日の夜は酒場で飲むことが多いらしいからそのせいだろう。

 ダルマンも誘われはするのだが、鍛冶屋の仕事があると言って断っている。

 そのうち誰からも誘われなくなるだろうが、それはそれで楽でいいと思ってる節さえある。

 ダルマンはここに仲間を作りに来たわけでもなければ、強くなりに来たわけでもないからだ。


 町をぶらぶらしてある程度時間が経ったころ、鍛冶屋に戻る。

 するとそこにはグラネロがいて、幼馴染で親友だという鍛冶師のゲルマンと話をしている。

 ダルマンの剣を研いでくれるのもいつもゲルマンだ。


 そしてダルマンを交え、三人で少し早めの昼食を取るのがお決まりになっている。

 ゲルマンはダルマンのことを、名前が似てるから息子みたいだなと言って凄く良くしてくれる。

 右腕のことも遠慮なく聞いてくるからか、ダルマンにとっても非常に話しやすい存在だ。


 食事が終わると、グラネロが買い込んできた食料品を両手に持ち、グラネロより一足早く町を出る。

 もちろん冒険者たちに見つからないように最大限の注意を払いながらだ。

 町の外で待っているとグラネロがやってくるので、小一時間かけて大樹のダンジョンに帰る。


 午後は大樹の真ん前に座り、瞑想の時間に充てる。

 グラネロは町まで行って疲れたのか、お昼寝をしていることが多い。


 そんな生活を続けること一年。


 ダルマンの体が明らかに変わってきた。


 まず肉付きが良くなった。

 一般的にはまだ痩せているが、一年前のダルマンを知っている者からすればそれはもう太ったと言っても過言ではないくらいにだ。


 そしてダルマンは右腕に違和感を覚えるようになっていた。

 前までのように剣を振れなくなったのだ。

 だがグラネロ曰く、その違和感がとても大事で、右腕と右腕以外の血の巡り方が違うことを体と脳が理解しようとしている真っ最中なのだと言う。


 つまり順調だということだ。

 でも剣の振りにまで違和感が出たことは戦闘においては当然マイナスになる。

 だからこれまでとは逆で、剣は左手、盾は右手に持つようになった。


 左手で剣を振ることはこれまた違和感だらけだった。

 でもよくよく考えればもっと早くこうしてれば良かったんだとも思った。

 盾を持つ手のほうが動きは少なく、剣を持つときほど力を入れることもないからだ。


 だがグラネロはそれは違うと言った。

 動きが少なければ違和感に気付くのはもっと遅くなっていたと言う。


 ダルマンはそう言われ、その通りだと思った。

 あっさりと意見を変えてしまうほど、グラネロに対しての信頼感があった。

 なによりマナの濃い場所で瞑想してきたのはその右腕の違和感を浮き彫りにするためだった。


 この一年、毎日ダンジョンから出てきたあとは右腕は痛いし重いしで本当にこのままの生活を続けて効果があるのかと疑ったときもあった。

 だがそんなダルマンに対しグラネロは、我慢、そして根気が必要と言い続けた。

 グラネロの励ましがなければきっと途中でやめていただろう。


 そしてさらに半年の月日が流れた。


 ダルマンの右腕からは違和感がなくなっていた。

 剣もそこそこ上達した左手と同じように振れるようになった。

 それは一見、違和感を感じるようになった以前に戻っただけかと思うかもしれないがそうではない。

 ダルマンははっきりと右腕の魔力を認識できるようになったのだ。


 それによって魔力消費が少なく、効率的に右腕を動かせる方法もわかってきた。

 むりやり動かすのではなく、あくまで魔力の流れで動かすという感覚が大事なのだ。

 わかってしまえばなんてことはない。

 今までなにも知らずにいたことがおそろしいくらいだ。


 だがこれで呪いは克服したと言ってもいい。

 これからは魔法を覚えてやるぞ。


 ダルマンがそう考え始めていたとき、夕食の席でグラネロの口から思わぬ言葉を聞くことになった。


「そろそろこの生活も終わりですかね」


 グラネロがなにを言ってるのかがすぐには理解できなかった。

 いや、わかってはいるのだが、聞きたくなかったと言うべきか。


「あなたはもう右腕の魔力を制御できています。その右腕で剣を持ち、半日ぶっ続けで戦闘したとしても、ちゃんと食事と睡眠を取ってさえいれば魔力の回復量が追いつかないなんてこともないでしょう。その右腕はもうハンデでもなんでもありません。これからは思う存分戦闘技術の修行に時間を割くことができるはずです」


 つまりグラネロはこう言ってるのだ。


 もうここから出ていけ、と。


 もちろんそんなキツイ言葉で言ってくるような人ではない。

 だがここにいていい理由がなくなったのだから出ていくのが当然だ。

 ほかの冒険者たちはみんなマルセールから通ってるのだから。


「……魔法を覚えたいと思っています」


 ダルマンはここにいたい一心で言葉を絞り出した。


「ほう? 魔法ですか。いいんじゃないでしょうか。難しいかもしれませんが、ご自身の右腕と相談しながらやってみてください」


「教えてもらえませんか?」


「ん? 私が教えるんですか?」


「はい。どんな魔法でもいいので、グラネロさんに教わりたいんです」


 それは本心だった。

 近いうちにグラネロに相談しようと思っていたのだ。


「それは無理ですね」


「え……なぜでしょうか?」


「私は魔法を使えないからです。魔力すら持っていません」


「……え?」


 おそらくここに来て一番不可思議な出来事だった。

 だってこの一年半かけて、ダルマンはグラネロに教えてもらった方法で呪いを克服できたのだから。


「どういう意味でしょうか? やはりこれ以上は特別扱いできないからですか?」


「そうではありません。私には本当に魔力がないんです」


「え……でもずっと右腕の魔力の状態を見てくれてたじゃないですか? それにグラネロさんからはマナと似たようなものを感じますけど……」


「ほう? 私のマナまで認識できるようになりましたか。でもそれは私が魔物使いであることと、ここに長年住んでいるからです。魔力とは別物なんです」


 グラネロが魔物使いだということはここに来てすぐのころに聞かされていた。

 だが大樹のダンジョンの管理人だから魔物使いと呼ばれているんだと思っていた。


 いぶかしげな様子のダルマンにグラネロは続ける。


「ダルマン君の呪いの詳細がわかったのは私の力ではなく、このダンジョンの力によるものとでも言いましょうか。ですから私にできることは本当にこれ以上もうなにもないんです。ここからはご自身で新たな道を見つけてください」


「……」


 ダンジョンの力というのが気になったが、それについては聞いてはいけない気がしていた。

 聞いたところで教えてもらえないだろうとも思っていた。

 今までダルマンがダンジョンのことについて聞いても、はぐらかされるだけでなにも教えてはくれなかったからだ。


 グラネロの家族のことについても詳しくは聞けない雰囲気だった。


 奥さんは十年近く前に病気で亡くなったと聞いた。

 そして娘さんと息子さんはそれを機にここから出ていったと聞いた。

 しかし、その息子さんはダルマンがここに来る少し前に亡くなったらしい。

 娘さんもこの一年半一度も帰ってきていない。

 つまり、グラネロの家族については生きてるか死んでるかの情報しか知らない。


 一方、ダルマンは自分の家族のことについては話したものの、モーリタ村のことはあまり話していない。

 当然、村にダンジョンがあることも秘密にしている。

 何度も話そうとは思ったが、村の決まりである以上、自分が話すことによって村の戦士たち全員の誇りが失われると思うと話せなかった。


 一年半もいっしょに暮らしてきたのに、お互い知らないことが多すぎる。


 でもグラネロも村のことについてはなにも聞かないでいてくれた。

 毎日の夕食時には、ダルマンのその日のダンジョン内での戦闘の様子を楽しそうに聞いてくれた。

 ダルマンの話を聞いて、魔物の種類や出現数を変更することもあった。

 少しでも役に立ててると思うと嬉しかった。


 そしてこれからもまだしばらくこんな生活が続くんだろうと思っていた。

 いや、終わるなんてことが想像できてなかっただけだ。

 グラネロなら今後もここに住んでいいと言ってくれるだろうと思っていた。

 要するに、グラネロの優しさに甘えていただけなのだ。


 マルセールの町の人たちを巻き込んでまで面倒を見てくれた。

 あの町の人たちはグラネロを信頼して嘘に付き合ってくれた。

 さすがにこれ以上は迷惑をかけることはできない。


 そう思ってしまったら答えは一つしか残されていなかった。


「……わかりました。今まで……お世話に……なりました」


 次の日、ダルマンとグラネロの二人での生活は終わりを迎えた。


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