第五百五十二話 ゲンさんと砂漠の猫
「ゴ(こいつらまた飲んでるのか)」
ゲンさんとメタリンが戻ってきた。
ティアリスさんとアリアさんは噂話で盛り上がっているようだ。
俺の真後ろの地面に座ったゲンさんを見てマリッカは驚いている。
「ゴ(さっき下で会った子か)」
「……この人も魔物さんなの?」
「あぁ。魔石が見えないか?」
「う~ん。この鎧や補助魔法が邪魔しててそこまではよくわからない」
あのときのダイフクは防具は着てなかったし補助魔法もかかってなかったからわかりやすかったのかもな。
「ミャオ」
ん?
あっ、よく見るとゲンさんの膝の上に小さな猫が一匹乗っているではないか。
「連れてきていいのか?」
「ゴ(こいつが勝手に付いてきたんだよ)」
「ほかの猫が怒ったりは?」
「ゴ(全くない。エサをあげたからかもしれんけどな)」
「ならいいか」
良くはないのかもしれないけど、猫を連れてきちゃダメとは言われてないしな。
というか今日ほぼ丸一日ここにいるけど、ほかの猫たちが入ってこないのが不思議なくらいだ。
洞窟から出なければ外に猫がいることを忘れそうだな。
「ゴ(外で座ってたらな、こいつがなにか訴えてきたんだよ)」
「なにかってなにを?」
「ゴ(それがわかればなにかなんて言い方はしない)」
まぁそれはそうか。
「ゴ(だから俺なりにそのなにかをなにか考えてみた。だから遅くなった)」
じゃあその考えたなにかを言ってくれればいいのに……。
「で、答えは?」
「ゴ(おそらく危険を察知してるんだと思う)」
「危険? 魔瘴が迫ってくることに対しての?」
「ゴ(いや、こいつは地面に伏せる動作を俺にしてきて見せた。もっと地から声を聞けと言わんばかりに)」
「地? ……地下ダンジョンの魔物の数が増えてうるさいって言いたいのかな?」
「ゴ(俺も最初はそう思った。砂漠の魔物も増えてきてるし、地下も気を付けろってことなのかとな。でもどうやらそれとも違うらしい)」
「ほかになにがある? そういや地下の部屋には天変地異がどうたらって話は書いてあったけどさ」
「……ゴ(その話に関係してるかもしれん)」
「え? そうなのか?」
どんな話だっけ?
確か……いつからか雨が降らなくなりましたとかいう始まりだったか?
でもその代わりに噴火や地震はなくなったとか……地震?
「もしかして地震か?」
「ゴ(あぁ。意識して地面から音を聞こうとすると、たまに微かだが地鳴りのような音が聞こえなくもない。体感ではわからない程度の規模の地震が起きてるのかもしれない)」
「それこそダンジョンの魔物の声じゃないのか? 声じゃなくても暴れまわってるとかさ」
「ゴ(わからん。でも俺がこいつに地震なのかと伝えると、さっきもこうやって膝の上に乗ってきたんだよ)」
「ミャオ」
そうだって言いたいのか?
「ボネ……は寝てるか。ダイフク、こいつの話してる内容がわからないか?」
「ニャ~(僕猫だけど魔物だからね)」
やはり無理か……。
でもあの大ピラミッドの封印魔法の効果は地震を抑える役目もあるって言ってたよな?
だから天変地異の話を見たときもあの二人がピラミッドの建設を後悔してるのかと思ったんだし。
「でもこのへんでは小規模の地震くらいは前から頻繁に起きてるんじゃないのか? あくまでナミ周辺でのあの火山が原因の地震が起きなくなったってだけでさ」
「ゴ(そうかもな。でもそれならこいつがわざわざ訴えてくる理由もないだろ)」
そうだよな……。
って普通の猫の言うことを真に受けてる俺たちもなんだけど。
しかも言葉じゃなくてただの行動を。
こいつはゲンさんと遊びたいだけかもしれないのにな。
でもフィリシアの日記で火山の真実を知った今では気になるのも事実……。
「さっき言ってた火山の噴火のことと関係あるの?」
「俺もそう思って今考えてるところだ。……って聞いてたのか?」
「聞こえちゃったんだから仕方なくない?」
マリッカだけじゃなくいつの間にかティアリスさんとアリアさんもこっちの話を聞き入ってる。
俺とゲンさんの話を聞いててなのか、マリッカの今の発言を聞いてからなのかはわからないが。
でも大浴場で聞いたと言わなかったところは褒めてやる。
ってその件に関しては俺はなにも悪くないけどな。
なにか言われても徹底的に抗戦するからな?
「ゴ(おい、そういや会議をするって言ってただろ。早く日記の中身を教えろ)」
「ゲンさん待ちだったんだよ。だからメタリンに呼びに行かせたんだろ」
「……ゴ(すまん)」
「冗談だって。でもハナもまだ戻ってこないし、カトレアとエマは本を読むことに夢中だろうしな」
「ゴ? (じゃあ先に日記を見せてもらっていいか?)」
「うん」
ゲンさんに日記を渡すと、魔物たちはゲンさんの周りに集まってきた。
どうやらピピが音読することになったようだ。
ボネとワタは相変わらず寄り添って寝てるが。
「ロイス君、私たちにも見せてよ」
「すみません、複製は二冊しかしてないもので。あと一冊はカトレアが持ってますし」
「そっか。で、なんの本なの?」
あ、ティアリスさんとアリアさんは地下の部屋のことをなにも知らないのか。
バビーム君の誘導でいきなりダンジョンに入ることになったんだもんな。
そのあと戻ってきても怪我人の介護で宿屋に直行だったし、それからまたすぐにダンジョンに入ることになったんだった。
というかこれが日記ということも当然知らないから、今魔物たちが読んでる本とカトレアたちが読んでる本が同じだと思ってるよな。
でもさすがにさっき俺が転移してどこかに行ってたことくらいは知ってるか。
「なぞなぞでもします?」
「なに言ってるの?」
「酔っぱらってます?」
「一滴もお酒飲んでないのに酔ってるわけないでしょう。すぐに解けたらなにかご褒美あげますよ」
「ご褒美? ロイス君とデートでもいいの?」
「いいですよ」
「えっ、なら私もそれでお願いします」
「……わかりました」
「……アリアさん、便乗はダメじゃない?」
「私だってたまには誰かとデートくらいしたくなるときもあるんです」
「誰でもいいってこと? 本気じゃないってこと? ただの遊びってこと? ロイス君じゃなくてもいいってことだよね? 誰か紹介してあげよっか? カッコいい人いっぱいいるよ?」
「え……そういうわけじゃ……」
「……そう、またライバルが増えてしまったようね」
この二人のほうがリヴァーナさんよりも積極的だよな……。
お酒を飲んでるからかもしれないけど。
それにアリアさんはお母さんが言ってたという、魔物使いに出会ったらなんとかかんとかって話がよほど頭から離れないんだろうな。
「じゃあ勝負ね。おまけのご褒美として、先になぞなぞを解いたほうが今日ロイス君といっしょの部屋で寝られる権利を獲得でどう?」
「受けて立ちましょう。さぁロイスさん、なぞなぞの問題をお願いします」
いやいや、ご褒美のことはまず俺に確認するのが先だろ……。
面倒になりそうなので、これはノーヒントにするしかなさそうだ。
「ではこちらをご覧ください」
問題文が書いてあった部屋の状況だけを説明する。
ほかの部屋に文字が書いてあることはなにも言わないことにした。
「これって転移魔法陣に詳しくないと無理なんじゃないの?」
「カトレアさんしか解けなさそうな問題をロイスさんが私たちに出すわけないと思います」
「……そうね。解くこと自体は私たちでも可能ってことよね」
今一瞬ピリッとした空気になったぞ……。
それから二人は一枚の問題文の紙を眺めて考え始めた。
だが酒が入ってる二人は集中力が続かないようで、つい目の前の料理と酒に手が伸びてしまうといった感じだ。
目線からしてもどうやら転移魔法陣の絵ばかり見ているように見えるし。
この調子だと最初の部屋からは抜け出せそうにないな。
「あれってなぞなぞだったの?」
マリッカが久しぶりに声を発した。
「なんだと思ってた?」
「転移魔法陣が使えるか使えないかだけの話だと。だから深く考えたこともなかった」
「大抵の人はそう思って見向きもしないんだろうな」
「じゃあ今魔物さんたちが読んでる本がなぞなぞを解いた成果物なんだよね?」
「あぁ。ただ本は数冊あったし、ほかに水……」
「水?」
おっと、これは二人の前では言っちゃいけないよな。
このあとあの部屋に進んだときの大きなヒントになるかもしれないし。
でもマリッカは聞きたそうにしてるからこっそり教えてやるか。
「ほかの部屋に書いてあった水魔法奥義の話を知ってるか?」
「え? うん……」
「実はな、その奥義も見つかったんだよ」
「えぇっ!?」
急にマリッカが大きな声を出した。
もちろん向かいの二人や後ろの魔物たちはこっちを見てくる。
「いや、なんでもないから」
みんなはしばらく俺たちを見たあと、自分たちの作業に戻った。
魔物たちはそろそろ日記の佳境部分に差し掛かってるんじゃないだろうか。
「そんなに驚くことなのか?」
「ごめん……。でも……」
マリッカはなにかを言いかけてやめた。
今の反応を見てなんとなく思ったけど、もしかしたらマリッカがこのダンジョンに入ってる目的の一つには水魔法奥義を探すというのもあったのかもしれない。
「水魔法使えるのか?」
相変わらずの小声で聞いてみる。
「……」
無言だ。
でもこの場合の無言は肯定と同じ。
なぜ使えると言わないのかはわからないが。
砂漠では貴重な魔法だからあまり知られないほうがいいのかもしれない。
……それとももしかしてマリッカは水道屋一族だったり?




