第五百四十六話 予想だにしない真実
どうしよう……。
なんだかとんでもないことを聞いてしまった気が……。
カトレアは日記を声に出して読み終わったあと、今度は無言でもう一度最初から読み直してるようだ。
「カトレア? ……ちゃん?」
おそるおそる声をかける。
……が、今は話しかけるなと言わんばかりに一瞬だけキッと睨まれた。
こわい……。
ちゃんじゃなくてさんと呼ぶべきだったか……。
でももっとこわいと言えば、そのボス的なやつだよ……。
マグマスライムだって?
溶岩の中に住んでるなんて反則だろ……。
倒した報告もなく、俺たちがこうして日記を読んでるってことはそういうことなんだろうし……。
それにまさかフィリシアとメネアの最期がそんなんだったなんて……。
でも子供や孫たちは戦いに行ったことを知ってたんだよな?
負けたことを知ってて、ピラミッドの真実とともにそれを隠すことを選択したってことでいいのか?
……でも不安を煽っても仕方ないもんな。
その時点ではまだマグマスライムに挑むのは早かったってことで、今後長い年月をかけて徐々に弱らせていくための戦術でもあるのかもしれないし。
それこそ水道屋に任された真の役目だったのかも。
じゃあもしかしたら今はもうマグマスライムは完全に消滅してる可能性もあるんだよな。
フィリシアとメネアがお婆ちゃんのときの日記と言えど、この日記を書いてから二百年くらいは経ってるだろうし。
でもマグマスライムか。
そういやウチのダンジョンにもマグマプチスライムなんてのがいたな。
なんでプチって付いてるんだろう、プチが付かないマグマスライムもいるのか、って疑問に思うべきなんだろうが、残念ながらそこまで考えがおよばなかった。
それに確かDランクじゃなかったか?
体全体が燃えてるスライムだったはずだ。
近付くだけで熱そうだから危険と判断した記憶がある。
……もしかしてこの火山ダンジョンで出現するのか?
ってそうに決まってるよな……。
マグマスライムがいるからこそのプチスライムって名前なんだろうな。
となると確実にランクは上……。
火山ダンジョンの敵を苦にしないメネアたちが敗れるほどの相手ならBランク、いやAランクとかでもおかしくない……。
そんな敵を今の時代の軟弱者の冒険者たちで倒せるはずがない……。
あ、軟弱者って俺が思ってるわけじゃなくて、バビバ婆さんが言ってた皮肉を使わせてもらっただけだからな?
とにかく、勝機があるとすれば、完全にウチの魔物頼りになるのは間違いなさそうだ。
って排水攻撃がちゃんと効きさえしてればもう存在してないかもしれないけどな。
正直、その可能性にかけるしかなさそうな気もしてる。
かけると言うか、すがると言うか。
というかバビバ婆さんがこのモーリタ村のダンジョンがナミまで繋がってるかもって言ってたのは本当だったんだな……。
あれ?
バビバ婆さんがそう言ってたんじゃなくて、誰か冒険者がそう言ってたんだっけ?
……まぁそんなことはどっちでもいい。
仮にマグマスライムがまだ生きてるとして、今俺たちが考えなきゃいけないことはなんだろうか。
……この日記を見なかったことにするか?
いやいや、さすがにそれはできない。
今もしナミの町の住民全員がサハに避難でもして、封印魔法の供給が滞ったらその瞬間に大噴火を起こすかもしれないし……。
ってその封印魔法に変換できるとかいう魔道具、凄いよな。
これを聞いてカトレアも作ろうと思ったんじゃないか?
……あ、というか分厚い本のほうに錬金方法が書いてあったりするんじゃないだろうか?
……カトレアはまだ日記を読んでいる。
こっちのご褒美三冊の本のことも気になってるだろうけどさ。
あ、そういやこのブレスレット、ルーカスから貰った魔除けのブレスレットとか言ってたよな?
魔除けというのはマナが織り込まれてるってことだろうか?
大樹の葉を使ってるのかもしれないな。
……ん?
そういやこのなぞなぞの報酬としてメネアにもなにか頂くとか言ってたよな?
三冊ある本の一冊のことだろうか?
いや、なぞなぞの流れ的に水魔法奥義のことで間違いないだろう。
ダンジョンに隠すとか書いておきながらここにあるのは少し反則な気もするけどさ。
カトレアは早く魔導書を読みたいだろうな。
おそらく錬金術のこともたくさん書いてあるだろうし。
……ほかにも色々言ってた気がするけど、色々と衝撃すぎてあまり思い出せない。
みんなに話すときにはコピーした紙を事前に配ったほうがいいな。
というかこれをバビバ婆さんや村人に話してもいいのだろうか?
……別にいいか。
知ったところでそこまで影響はない気もするし。
変に義務感を感じた村人がはりきって討伐に向かうかもしれないが、それはそれでそういう運命なんだろうし。
問題はナミの町に住む人たちだよな。
フィリシアの封印魔法魔道具の効力が半永久的に続けば問題はないかもしれないが、身近に危険なダンジョンがあると知ってそこに住み続けることができるのだろうか?
しかも超危険なボスがいるんだぞ?
いなくなってるかもしれないけど、確認するまでは不安だろうしな。
……なんか俺今マグマスライムのことばかり考えてないか?
倒そうなんて考えないほうがいいぞ?
マグマの海にのまれるのなんて絶対嫌だからな?
魔物たちをそんな危険な場所に絶対行かせるなよ?
って俺が俺に向けて言ってても意味ないだろ……。
とにかくララに相談しなければ。
もちろんマリンやドラシーにも。
……まさかララは討伐するとか言い出さないよな?
ララの得意魔法はどれも有効ではないっぽいぞ?
水魔法や氷魔法と言われると……不覚にもシャルルのことが思い浮かんでしまった……。
でもあいつはまだ経験不足だから、いくら強力な氷魔法が使えたとしても危険な気がする……。
水魔法だとやっぱりシファーさんか。
でもシファーさんなんかもっと戦闘経験不足だからマグマスライムなんかと戦えるとはとても思えない……。
いっそのことナミの水道屋一族に丸投げしてみるか?
水魔法の使い手が数十人もいれば案外どうにかなったりするんじゃないだろうか?
もう二百年も排水攻撃を受け続けてるような敵だし。
でも別に焦らなくてもいいのか。
だって二百年なにも起きてないわけだし。
半永久的に封印されてるようなものなら俺が生きてる間はずっと静かにしてくれてるかもしれないし。
それ以前にマグマスライムはもう死んでるかもしれないし。
ってまた同じようなことばかり考えてないか俺……。
そんなにマグマスライムの存在が気になって仕方ないんだろうか……。
でも軟弱者の俺たちが倒すなんて無理に決まってるからな?
ってこの程度の敵を倒せずに、魔王なんかと本当に戦えるのかって誰かに非難されたりしないだろうか……。
……ん?
魔王?
このマグマスライムは魔王とは関係ないのか?
魔王が復活したのなんておそらくここ数年の話だろ?
でもマグマスライムがいつから存在してたかまでは誰もわからないんだよなぁ。
……ちょっと待てよ。
このオアシス大陸で拡がってきてる魔瘴は今のところ国境のオアシスより西部だけなんだよな?
サハの町周辺はマーロイ帝国の方角から拡がってきてるとはいえ、直接的にはまだ被害は出てなかったし。
となると魔王はマグマスライムの動きを活発にさせるために、まず火山周辺もしくはダンジョン内の魔瘴を濃くしてきたって可能性もあるのか?
もしくはこの大陸よりもっと西のほうからこっちに拡がってきてるって可能性もあるけど。
どうやら俺がこの大陸に来たせいではなかったような気がしてきた、うん。
俺はなにも悪くない、うん。
どちらにせよ、この村の地下にあるダンジョンでは既に異変が起きてる。
つまりマグマスライムにもなにかしら影響が出ていてもおかしくない。
もちろんその影響は俺たち人間にとって悪い影響でしかないはずだ。
うん、なんだか凄く嫌な予感がしてきた。
とりあえず、一刻も早くこの大陸を離れるべきじゃないかな?
「カトレアさん? ……カトレアちゃん? ……カトレア?」
あれ?
もしかして泣いてるのか?
マグマスライムの存在をそんなにおそろしく感じたのだろうか……。
えっと、タオルかなにか持ってたっけ、あ、あったあった。
「ほら」
小さなタオルを差し出すと、カトレアは無言で受け取り涙を拭った。
そして日記をパタンと閉じた。
「……このお二人はさぞ無念だったでしょうね」
「え?」
「人生の大部分を火山のために費やし、最期も火山で亡くなったんです。自分たちの目で結末を見届けることができずに」
……泣いてるのは二人の気持ちになってのことだったのか。
でも二人がしてきたことは決して無駄ではないよな。
例え解決を先延ばしにしただけだとしても、現にそれから噴火は発生してないみたいだからまだ被害は出てないんだし。
……倒せるわけがないと思ったら未来に託すしかないか。
なんだか二人やその子孫たちがこの事実を隠し続けてきた気持ちが少しわかるような気がする。




