第五百四十四話 フィリシアの日記・大樹のダンジョンとの絆
今日の日記は少し長くなりそうです。
とは言え日記を書くのなんて何十年振りでしょうか。
これじゃ日記とは言わないですよね、ふふっ。
さて、少し昔のことを思い出してみましょうか。
私がまだ二十歳だったころ、私の人生の中でターニングポイントと言っても過言ではない、オアシス近くの火山の大噴火という大災害がありました。
大樹のダンジョンでそれを知った私とメネアは迷うことなくこのオアシス大陸に戻ることを決断しましたね。
私の故郷でもある砂漠の真ん中のオアシス、メネアの故郷であったモーリタの町。
あのときの私たちには戻らないという選択肢はありませんでした。
まぁメネアは被害が大きいであろう私の故郷のことを心配して私に付き合ってくれたのかもしれませんが。
そして二人でオアシス復興計画を考え、すぐにララシー様に相談しましたっけ。
最初は危険だからと凄く反対されましたね。
それに途方もないことすぎて本当に実現できるかどうかは、考えた私たちでさえも見当ついていませんでしたから。
でもそんな私たちに対して、ルーカス様だけは『やってみろ』と仰ってくださいました。
『お前たちならできる』
『途中で投げ出しても誰にも怒られないから好きにやればいい』
『暑いのは嫌いだから俺は手伝わないけどな』
『火山でしか出ない魔物がいたら魔石を取っといてくれ』
……よくよく考えればいつものルーカス様の適当な発言に聞こえなくもないですが、あのときの私たちにとってはどれほど心強い言葉の数々だったでしょうか。
今でもはっきりと覚えてるくらいですもの。
と言いますか、私がルーカス様のことを大好きだったせいでどんな言葉でも心に響いてきたのかもしれません。
私は別に第二の妻でも構わなかったのですけど、ララシー様がいる以上そんなことは許されません。
いえ、ララシー様はお優しいからきっとルーカス様さえ良ければお許しになってくれたでしょう。
でもそれでは弟子としての私の気がすみませんでしたから。
あのときは色々と葛藤してましたね。
まぁそれ以前にルーカス様は私のことをいつも子供扱いしてましたからそんな関係には決してならなかったかもしれませんけど……。
大樹のダンジョンには五年ほどいたでしょうか。
この年になった今では五年なんてたいした年数ではありませんが、十五歳~二十歳までのあの五年間はあっという間のようで凄く長く感じていたように思います。
ララシー様に錬金術師として弟子入りし、毎日魔力が尽きるまで必死に修行した日々があったからこそ今の私がいるのでしょう。
そしてメネアと二人でオアシスに帰ったとき、目の前に広がる悲惨な光景には思わず絶句しましたね。
その前に家族とはサハで再会できてたおかげで、まだ絶望とまではいかなかったのでしょうか。
それからの毎日は、まだ熱を持っていた溶岩をメネアが冷え固まらせ撤去し、それを私が山用の石と町用の石に分けて錬金という日々が続きました。
ようやく溶岩がなくなってきたころ、私たちの活動に参加したいと、サハの町やモーリタの町から数人の方々がやってきたんです。
あのときほど嬉しいことはなかったですね。
でも数年後にわかったことなんですが、その人たちはルーカス様がお声がけしてくださった人たちだったそうなんです。
暑いのは嫌いなんて言いながらも、わざわざモーリタまで行ってくれてたのがルーカス様らしいですよね。
そのルーカス様の働きがけがなかったら夫との出会いもなかったでしょうから、ルーカス様には本当に頭が上がりません。
もしかするとララシー様に言われてむりやり行かされたのかもしれませんけどね、ふふっ。
それからはたくさんの人がオアシスの復興、いえ、新しくナミという町を作るために集まってきてくれました。
そしてすぐにナミの町の基礎は出来上がり、さらに人々が集まってきましたね。
懸念された水の問題も、魔道士たちの水魔法のおかげで特に大きな問題にもなりませんでした。
でもそのころは今後ナミに二度と雨が降らなくなるなんて思いもしませんでしたけど。
火山を石で覆う作業には結局丸二十年もかかってしまいました。
やはり少し計画に無理があったんだと思います。
でも諦めたら今までやってきたことが全て無駄になると思って半ば意地になってました。
そして完成後、すぐに大樹のダンジョンに行きました。
それも実に二十年振りでしたか。
ララシー様とルーカス様とお会いするのも同じ年月振りです。
ですがお二人が凄く若々しかったのには驚きました。
いつの間にか私とメネアの年齢がお二人を追い越してしまったのではないかと錯覚したものです。
大魔道士様と魔物使い様と、私たちのような常人とを比較したらいけなかったですよね。
その後、すぐにナミの町までお二人をお連れしました。
まずは町並みを見てもらいましたが、嬉しいことに凄くお褒めいただきました。
夫と娘も紹介しましたが、なんだか恥ずかしかったですね。
お二人からはなんでもっと早くに紹介しなかったんだと怒られましたけど。
そしていよいよピラミッドにお連れしました。
あ、ピラミッドという名前はみんなで相談して決めたのでしたね。
色々名前を考えるのは楽しかったです。
でもピラミッドに着いて、そこでお二人の態度に少し違和感を感じました。
ピラミッドを初めて見たはずのお二人なのに凄く驚いたフリをしてくれたんです。
あれは完全にフリでした。
ルーカス様の、『大きいな~』『凄いな~』が棒読みでしたもの。
ララシー様だって特に石に触れたりもせずに褒めてくれたりするのなんておかしすぎますもの。
そこで気付きました。
このお二人は私とメネアに内緒でナミに何度も足を運んでいたのだと。
ラクダの乗り方にも凄く慣れてましたものね。
ずっと見守ってくれてたと知ったら涙がとまらなくなりました。
それを見たメネアは隣で笑ってましたけど。
メネアはおそらく気付いてたのでしょうね。
そしてララシー様にはピラミッドを覆う石内部に封印魔法をかけていただきました。
相変わらずのとんでもない魔力に私とメネアは震えがとまりませんでしたよ。
でもこれでなにもしなくても百年近くはこの封印が維持されると聞いて安心しました。
ですがそれ以上維持するためには百年以内に封印魔法を上書きすることが必要になってきますよね。
それをララシー様に訊ねると、一人前になったお祝いということで、私たちにそれぞれ内容が異なる一冊の本をくださいました。
中身はなんと……。
私たちはナミの町に戻り、四人で乾杯をしました。
その場で、お二人はこれまでに経験してきた数々の事柄について初めて打ち明けてくれました。
特に印象に残ったのはマーロイ帝国でのことです。
それによって、なぜララシー様が封印魔法と転移魔法陣を私たちに教えることを頑なに拒んでいたのかがようやく理解できました。
あんなことがあったのですからお気持ちは凄くわかります。
でも今になって私とメネアにその魔法を託してくれるなんて、正直凄く複雑な気持ちにもなりました。
扱い方によってはとても危険な魔法にもなりますし、マーロイ帝国のようにこの魔法を欲しがる方々も出てくるでしょうから。
ただローナ様の件はおそらくローナ様ご自身が…………。
それについては確認のしようがないので安易なことは言わないほうがいいですよね……。
とにかく、とてつもない魔法の習得方法が書かれた本を頂いてしまったんです。
だからメネアと取り決めを交わしました。
自分の子孫以外には絶対にこの本の存在を教えない。
そしてナミとピラミッドは私たちの一族で守っていく、と。
まぁ子孫ってどんどん増えていくものですから、この本の存在もどんどん知られていくのでしょうけどね。
大事なのは魔法の扱い方を間違えないことですからララシー様も許してくださると思います。
それからは私とメネア、それに私たちの子供も含めて、魔法や錬金の修行に励む日々が訪れました。
まずはなんといっても封印魔法が最優先です。
早い段階でメネアに適性があるのがわかりました。
ほかのみんなも、高度な魔法だから少し修行したくらいで使えなかったとしても落ち込むようなことでもないと言って毎日修行を続けました。
修行を続ければそのうち芽が出ることもあるでしょうから。
……ですが残念ながら、この日記を書いてる現時点でも封印魔法の使い手はメネア以外確認されていません。
私たちの子供、孫という限られた条件の中ですから仕方ないのかもしれません。
せめてララシー様が生きておられる間に相談していれば良かったんです。
ピラミッドの封印魔法の猶予期間がさらに百年延びればその間に使い手が生まれてたかもしれませんから。
まぁそのことを今更嘆いても仕方ありません。
ララシー様が生きていたとしてもきっと私たちを責めるようなことはしないはずです。
むしろ私たちが進めてきた計画を褒めてくださる可能性もあります。
少なくともルーカス様なら、『凄いな』って驚いてくれて笑ってくれると思います。
……今からでもお二人のお孫さんに相談するべきなのでしょうか。
ルーカス様以来の魔物使いであるあの方ならどうにかしてくれるのかもしれません。
でもまだ若い彼や、大樹のダンジョンのみなさんにナミのことを背負わせるのは酷な気もします。
私たちが大樹のダンジョンまで危険に晒すわけにはいきませんよね。
ようやく誕生した念願の魔物使い様ですもの。
災厄は私たちの手で解決するべきなんです。




