第五十四話 ダンジョン食堂
五月も半ば、ついに店をオープンする日がやってきた。
月曜日ということもあり、ダンジョン開場の一時間前である八時の時点でそれなりに客が集まっている。
「おい! これはなんだ!? ダンジョン食堂だって!?」
「食堂ができたのか!? しかも今日オープンだってよ!」
「なんだお前ら知らなかったのか? 一昨日の土曜からこの看板はあったんだぜ?」
「知ってたら弁当なんて買ってこなかったさ! 一生の不覚だ……」
「素材の買取もしてもらえるようになるのか!?」
「あぁなんでも町の各店舗が出張して買い取ってくれるらしい。帰り道が軽くなっていいな」
土曜の昼過ぎに小屋前に宣伝の看板を立てておいたのだ。
オープン初日の昼から客がいないのはへこみそうだからな。
それと、名前はシンプルに『ダンジョン食堂』に決定した。
さて、少し早いが受付を開始しようか。
「みなさん! おはようございます! 今日から少し変更点がございますのでお聞きしてもらってもよろしいでしょうか!?」
俺が少し大きめの声で呼びかけるとみんなが集まってくる。
なにも言わなくても静かに聞いてくれるから楽でいい。
「では、変更点といいますか追加要素になるのですが、一点だけですのよくお聞きください!」
「「「「……」」」」
みんなが俺の言葉に耳を傾けている。
きっとダンジョン食堂のことだと思い、わくわくしてくれてるはずだ。
「今日から、ダンジョン内への再入場の場合に限り、休憩エリアへの転移及び各階層入り口への転移が可能になります」
「「「「?」」」」
みんながぽかーんとしている。
食堂のことだとばかり思いこんでたからまだ内容が理解できていないのだろう。
それに各階層入り口への転移は当たり前のことだからなに言ってんのコイツみたいに思った人もいるのかもしれない。
「今日から、ダンジョン内への再入場の場合に限り、休憩エリアへの転移及び各階層入り口への転移が可能になります」
なのでもう一回言ってみた。
「このシステムでは冒険者カードのランクに限らず転移することができます。休憩エリアに転移される方はダンジョン入り口の洞窟内に新たに休憩エリア用の転移魔法陣を用意しましたのでそちらからご利用ください。ただし、この再入場は当日に限り有効となります。なお、当日に一度も訪れてない休憩エリアや階層には転移することができませんのでご注意ください」
続けて、ダンジョン内の各転移魔法陣も少し変更を加えたことを説明した。
各階層を繋ぐ転移魔法陣は今までと同じ階段風。
地下二階以降の階層の入り口に出口と双方向の転移魔法陣。
各休憩エリアに出口と双方向の転移魔法陣。
地下三階の最奥に出口と双方向の転移魔法陣
地上の出口用の転移魔法陣は廃止。
「つまりまだ地下三階から入場できないランクGの俺でもその日に一度地下三階まで到達すれば一度地上へ戻ってきてもまた地下三階の入り口からスタートできるってことだよな?」
「ランクFの私は地下三階からスタートできますけど、地下三階の第一休憩エリアまで行っていればそこから一度地上へ戻ってきてもまた地下三階の第一休憩エリアに戻れるってことですね!」
みんな勝手に説明してくれてホント助かるなぁ。
「はい、その通りです。ただし、繰り返しますが当日のみ有効ですのでご注意ください。明日の朝はまたランクごとの入り口からのスタートとなりますので。では説明は以上になります。受付を開始しますので左の窓口へお並びください。説明がまだの方はこちらへお集まりください」
「え? 終わりですか?」
「へ? 食堂は?」
「……なるほど。だからこのタイミングの変更なのね」
食堂という言葉をいっさい発していない俺に「まだ説明することは残っているのでは?」といった様子でみんなが視線を投げかけてくる。
感のいいティアリスさんは転移魔法陣の仕様変更の意図はもちろん理解し、さらに俺が食堂のことを口に出さない理由までもわかっていることだろう。
といってもたいした理由はない。
単に口コミで広がったほうが面白そうだからだ!
提供する料理に自信はあるしな!
それに商売目的でやっていると思われるのは心外だしな。
利益が出なければ続けられないかもしれないが、ウチの場合の利益はお金よりも魔力のほうが大事なのだ。
設備や食材費のほとんどはお金じゃなく魔力がかかっている。
……あれ?
これお金が魔力に変わっただけで端から見たら結局目的はお金と思われても仕方ないし、そう違わないな。
でも多くの人に楽しんでもらいたいってのは本音だからね?
いまや俺の趣味は人間観察なんだから。
受付を終えた人たちが小屋の中に入っていってるようだな。
さて、反応はどうだ?
「おお!? ここに食堂ができてるぞ!?」
「ここでも大樹の水が飲めるようになったのか!」
「おい! このサンプルを見てみろよ! めちゃくちゃ美味そうだ!」
「これ本物だよな? 状態保存がかけてあるのか?」
「え!? ちょっと値段見てみろ!? 安すぎないか!?」
「うおっ!? ……確かにこの量でこれは安すぎるな。相変わらずこのダンジョンはヤベェな」
「まぁこの値段だし、多少味は悪くても仕方ないよな」
「そこはあまり気にしてもな。いつも町で買ってきてる弁当と同じくらいのクオリティなら問題ないさ」
「なにこれ? 30G以上の品物を頼むとキャベツ食べ放題ですって!? どういうこと? 30Gでキャベツ食べ放題ってメニューじゃなくて? コロッケ以外のどれかを頼むとこのキャベツ食べ放題も付いてくるってこと? そんなことして大丈夫なの? あっ、合計30G以上だからコロッケも同時に三個以上注文すれば大丈夫って書いてあるね!」
「どれ食べようか迷うな。野獣丼、フライドシャモ鳥、ダンジョンカツ丼、ダンジョンカレー、ダンジョンカツカレー、それにお肉屋さんのコロッケか」
「ダンジョンカレー30Gって凄い安いよね? 町でカレー食べようとすると80Gとか平気で取られるよ?」
「まぁマルセールは宿場町だから観光客向けの価格だからな。それにしても他も40G、ダンジョンカツカレーはカツの分があるから50Gか。コロッケも町の肉屋では確か20Gで売ってた気がするな」
「問題は味ね」
「そうだなこればっかりは食べてみないとわからないな」
いい感じのようだな。
はっきり言って破格の価格設定だと思う。
ダンジョン産の食材でなければありえない価格なはずだ。
ただ、安いからといって味に疑問を持たれるのは納得いかないなー。
でも安いからいい食材を使ってないと思われても仕方ないか。
食べたあとの驚いた顔を見るのを楽しみにしておこう。
店は内部が見えないように今はシャッターが下りている。
食券販売魔道具も今はまだ見えていない。
見れるのはメニューが書いてある看板と食べ放題システムの説明の看板、あとはガラスケース内のサンプルくらいだ。
営業時間は十一時~十三時、十七時~十九時(オーダーストップは十八時半)とした。
最初は夜営業を十八時半までにするつもりだったのだが、十八時ギリギリに帰ってきてすぐ注文して十八時半に小屋から締め出すのは可哀想だとの意見があったから十九時まで小屋を開けておくことにしたのだ。
従業員たちの労働時間は十時半~十三時半、十六時半~十九時半での実質六時間に設定した。
賄は各自好きなものを好きなときに好きなだけ食べていいルールだ。
休憩時間を含めた中抜けの三時間は自由行動とし、ダンジョン内の探索も自由に行っていいものとした。
四人には冒険者カードを作成してもらい、それをタイムカード代わりに受付魔道具で指輪と採集袋を受け取り、就業時間中は指輪の装着を義務付けた。
調理場での万が一の事故防止のためにもなるのだ。
あっ、すっかり言い忘れていたが、研修生だった四人は無事に従業員になることが決定しました。
給料についてはまだ話していない。
ただ、研修時よりも実質の労働時間は減るためあまり期待しないでくれとは言ってあるし、どうやら従業員たちもそこまでは望んでいないようであった。
ヤックとメロさんとモモに関してはダンジョン内で稼ぐ気満々だったから入場料がタダになるだけで十分だとも言っていた。
ただ、ミーノに関しては少し事情が違った。
研修のときからララがカレーを作っているのをずっと見ていたらしく、「私もカレー作りたい!」と言い出したからだ。
ララにとってもそれはありがたい提案だったらしく、今後は昼営業後の三時間の間にミーノは物資エリアでカレー作りをすることになったのだ。
もちろん休憩は一時間とるように言ってあるし、勤務時間もミーノは二時間多い八時間で計算してるからね?
それと、急に呼び捨てになってる件だが、これもみんなから言われて仕方なくのことであった。
オーナーがさん付けで呼ぶなんて変だし、敬語もやめてください! ってモモに何回も言われたからだ。
他の三人もそう思っていたらしく、カトレアを呼び捨てで呼んでいることもあり、了承せざるを得なかった。
せめて年上のメロさんにだけはさん付けで呼ぶことを了承してもらった。
俺としては少し距離を置きながらも知的で友好的なオーナーを演じたかったのだが。
ともあれ大きな問題もなく、ダンジョン食堂オープンを迎えることができそうだ。




