第五百三十一話 ワタの心変わり
「ホロロロロ」
ん?
ゲンさんが言うように本当になんか反応が変わったような。
「ご飯食べるか?」
「ホロロ」
ん?
俺が近付いても威嚇してこない。
試しに指を近付けてみる。
「ホロ」
ん?
引っ掻いてこようとしないし、噛もうともしてこない……。
「ゴ(明らかに態度が変わったな)」
「血の効果が出てきたのかな?」
「ニャ~(いい魔物になる?)」
今度は手の平を差し出してみる。
するとなんと乗ってきたではないか。
「そうかそうか。ようやく俺の苦労が報われたか」
「チュリ(なにもしてないですよね)」
「キュ(ハナちゃんが一番お世話してましたよ)」
「そこにツッコまなくてもいいんだよ。俺なんか寝てるときに血を吸われながらいっしょに寝た仲なんだからな」
「ホロロ」
うんうん、可愛いじゃないか。
これならララにいい報告ができそうだ。
「ウチのやつらが迷惑かけたね」
ようやくバビバ婆さんが宿屋に入ってきた。
「いえ、元気があっていいじゃないですか」
「……あんたやっぱり変だよ」
「三人にお説教したんですか?」
「あぁ。弱いくせに態度だけは一人前でね。普段から困ってたからいい機会になったよ」
「なぜ注意しなかったんですか?」
「してたさ。でもあまり言うと村から出ていくって言いだすかもしれないからね。だから誰もそこまで強くは言えなかったんだよ」
「バビバさんならきつく言いそうなものですけど」
「ワシだってこの村から人がいなくなることは避けたいんだよ。現にナミに行ってしまうやつらも多いからね」
「まぁナミに行きたくなる気持ちはわかりますけどね」
「そりゃワシらだってわかってるさ。こんななにもない村に比べたら誰だってナミに行きたくもなる。この村に残ってるのは戦士としての誇りを信じてるやつだけだよ」
戦士としての誇りか。
さっき地下に書いてあったな。
そういやカトレアたちは順調なんだろうか?
「ホロロ!」
ん?
「どうした?」
「ホロロ!」
「ワシのことが嫌いみたいだね」
え?
さっきまで俺以外の人間には誰にでもなついてたのに?
「ゴ(人間を敵とみなすようになったんだろうな。お前のことはたぶんマナのせいでよくわからない存在になってるんじゃないか?)」
「いやいや、百歩譲って俺は魔物使いだからいいとして、人間を敵と思うようになったんならそれはもう普通のそこらの魔物と同じじゃないか……」
「ゴ(順調に魔物として成長してるな、はははっ)」
「笑い事じゃないだろ……せっかくのララへのお土産が……」
いや、まだ俺になついてることが救いだ。
ずっといっしょにいればなんとかなるはず。
「この子はそっちの猫二匹の子かい?」
「いえ、昨日ここに来るまでの砂漠の荒野地帯みたいなところで見つけたフェネックスの子です」
「荒野地帯!?」
え?
そこ驚くところなのか?
「あんなところを通ってきたのかい!? ナミから来たって言ってなかったか!?」
「なんか追手の冒険者を付けられたんですよ。だから撒いてやろうと思って、サハに向かうフリをしてしばらく進み、そのあと方向転換してフィンクス村に行ったように見せかけるためにまたしばらく進んだんです。それからようやくこの村に向かい始めましたから」
「……なるほど。確かにそのルートなら荒野地帯をまともに通るね」
「危険なんですか?」
「こっちが聞きたいよ……。昔からあそこら一帯の魔物は気性が荒くて魔物同士でも頻繁に戦闘してるらしいんだ。しかも群れ同士で。そんなところに人間が行こうものなら死ににいくのと同じようなものだよ」
「あ、そうだったんですか。でもこいつもその魔物同士の争いの生き残りです。一匹だけ残されてもすぐ死ぬだろうと思ったので連れてきました」
「なんの魔物が争ってたんだい?」
「ミアミーアとフェネックスですよ」
「フェネックス!?」
ん?
さっきの俺の話聞いてなかったのか?
「こいつはフェネックスです」
「フェネックス!?」
やはり聞いてなかったようだ。
それほど荒野地帯は危険な場所という認識なんだろう。
でもそんなところで一泊した俺たちはいったい……。
アオ君とカスミ丸の調査不足だよな。
給料アップの話は一旦白紙に戻そう。
「でもウチの魔物みたいにいい魔物に育つかはわかりませんけどね。もう少し成長を待って、無理そうなら殺します」
「……残酷だね」
「残酷もなにもただの危険な魔物じゃないですか」
「……それはそうだね。でもフェネックスの赤ん坊はもちろんだが、フェネックス自体久しぶりに見たよ」
「やっぱりレアなんですかね?」
「ワシも昔に一度か二度見たことがあるだけだからね。荒野には近付かないように言われてたからそこを住処にされてたら出会う機会が少なくて当然だけどさ」
ということは別にレアではないのか?
荒野に行けばいつでも会えるような魔物なのかもしれない。
なんか急激に興味を失ってきた。
レアなうえに可愛いのならばララも喜ぶと思ったのに。
「ホロロ……」
でも可愛いだけでもいいか。
「あ、そういやこのフェネックス、翼が生えてくるらしいんですけどそういうフェネックス見たことあります?」
「……なにを言ってるんだい?」
思いっきり首を傾げられたぞ……。
まるで俺が意味不明なことを言ってる少しヤバいやつみたいじゃないか……。
「このゲンさんとカトレアがフェネックスたちの死骸を検証したんですよ。そしたらその中に翼が混ざってまして、それがどうやらとあるフェネックスから生えてた形跡があったとかなかったとか」
「……女王フェネックスがいたとでも?」
「女王かどうかは知りませんけど、この二人が揃って言うんですから本当の可能性は高いかと」
「……その死骸は持ってきたのかい?」
「えぇ。見ます?」
「ぜひ見せておくれ」
死骸を見たいなんて変わった婆さんだ。
「ゴ(カトレアが持ってるぞ)」
「あ、カトレアが持ってるみたいです。だから戻ってきてからでいいですか?」
「今見たい」
せっかちな婆さんだ……。
そして宿屋のおばさんに魔物たちのことを任せ、俺と婆さんは二人で宿屋を出た。
「「「!?」」」
宿屋入り口横で正座させられてる三人が俺たちを見てビクッとした。
俺にか婆さんにかはわからないが。
そのまま地下へ向かって歩いていく。
「ダンジョンに入ってた人たちは戻ってきてるんですか?」
「あぁ。近くにいたやつらはほとんど戻ってきたね。今は下で、狩ってきた魔物の処理や、装備品の汚れを落としたりしてるはずだよ」
「下って今から行く安全エリアのことですか?」
「あぁ。汚れたまま村に入られても困るからね」
じゃあ今カトレアたちの近くには村人や冒険者もいるってことか。
「あ、ウチの三人も帰ってきてます?」
「いや、あの三人はさらに奥に行ったらしい」
「え……」
大丈夫か?
アリアさんとティアリスさんはまぁいいとして、アオ君がEランクの魔物相手に対応できてるかが心配だ。
足は引っ張らないとか言ってたけどさ。
そして再び地下の安全エリアにやってきた。
さっき来たときは見張りの人しかいなかったのに、今度はそれなりに人がいるではないか。
……パッと見は二十人くらいかな。
これからまだまだ戻ってくるんだろう。
……ん?
おじさんやおばさん年代が多い気がする。
若い人はもっと奥まで入ってるんだろうか。
「あ、バビバ婆さん! 本当なのか!?」
「なにがだい?」
「ダンジョン内の魔物の出現パターンや数が変わってきたかもしれないってことだよ!」
「本当だよ」
「砂漠の魔物が増えてきただけでダンジョン内は大丈夫って話じゃなかったのか!?」
「ダンジョンへの影響があるかどうかは誰にもわからないって言ってただろ」
「そうだけどさぁ~。もしダンジョンに入ってすぐのところにサーベルキャットがいると思ったらこわくて入れないよ」
「だらしないねぇ」
いや、サーベルキャットはこわいと思うぞ……。
「で、そっちの坊主は誰だ? バビバ婆さんと二人でいてよく息が詰まらないな」
「「「「わっはっは!」」」」
「失礼なやつらだね全く。それよりこの子が例の魔物使いだよ。話聞いてるだろ?」
「「「「え?」」」」
なぜ固まる?
あの三人と同じように俺を怪しんでるのか?
「ありがとうな!」
ん?
「新しく封印魔法の壁を作ってくれたんだってな!」
あぁ、その礼か。
俺が作ったわけじゃないが。
「さっきダンジョン内ですぐ避難するように三人が声をかけに来てくれたんだよ!」
アオ君たちか。
どうやらこの人たちは俺たちにあまり悪い印象を持ってないようだ。
「俺のことを胡散臭いとか思わないんですか?」
「そりゃ思うさ!」
「「「「わっはっは!」」」」
よくわからない人たちだ……。
「でも俺たちだって大樹のダンジョンの話くらい聞いたことあるしな」
「俺この前ナミの冒険者ギルドで大樹のダンジョンがなにか募集してるビラ見たぞ」
パラディン隊のことか。
「あ、もしかして村にいた連中になにか失礼なことでもされたか?」
「あいつら最近あまり戦闘してないからストレスがたまってるんだよ、すまんな」
「あの子たちのせいじゃないの? ここにいないってことはもう上に戻ってるんでしょ?」
「あ、あいつらか……」
やはりあの三人は問題児扱いされてるようだ。
「安心していいぞ。あやつらにはこの子が熱~いお灸を据えてくれたからね」
「「「「え?」」」」
「そのあとワシからもきつく言っておいた。今は反省して宿屋の前で正座してるよ。面白いから早く見にいくといい」
「なんだよそれ! 早く行こうぜ!」
「わっはっは! 今日の酒のつまみができたな!」
陽気な人たちだ……。




