第五百三十話 見知らぬ人をお仕置き
「あなたは村の封印魔法が解けそうなのは俺たちのせいで、魔瘴が濃くなってきたのも俺たちのせいだと言いました。そしてあなた方はそれを理由に俺たちを殺そうとしてきました。つまりあなた方からしたら俺は悪の存在なんですよね? 俺を魔王かなにかだと思ってます?」
「……」
「では俺がこんな砂漠の僻地にある人口も少なくて小さな村を狙う理由はなんでしょうか? 勇者でもいます? あ、もしかしてあなたが勇者だとか?」
「いや……」
「一つ忠告しておきましょう。魔王は人間をジワジワとなぶり殺しにすることが趣味です。そして今このオアシス大陸西部で起きている魔瘴が徐々に濃くなってきてるという異変はまさに魔王の仕業だと考えるのが適切です」
「え……」
「でもそれは遅かれ早かれ訪れていた現実です。しかも世界全体で見ればかなり遅いほうです。さらに言っておくと、俺は個人的に魔王に狙われている可能性が高い」
「な……」
「だからあなたが言ったように俺が来たせいで魔瘴が濃くなったということはあながち間違ってはいないのかもしれない。でも魔王から直接聞いたわけではないので正解だとも言えない」
「……」
「俺がオアシス大陸に足を踏み入れなければこの村はもしかしたらあと1~2か月は平和だったのかもしれない。でも俺が来なかったとしてもこの村の封印魔法は弱まっていた。そしてそれに気付く者もいない。そのうち封印魔法が完全に消えて、いるはずのない犯人捜しが始まっていたかもしれない」
「……」
「村はダンジョンから魔物が侵入して来て大混乱。とりあえずダンジョンを封鎖。でも次は砂漠が魔瘴に覆われ始める。そして村の入り口からも魔物が侵入してこようとする。あなた方はそこでようやく魔王の脅威に気付く」
「……」
「それからは毎日昼夜問わず魔物におびえながら村の入り口を交代で見張り、戦闘をし続ける日々の繰り返し。死ぬまで一生」
「え……」
「でもそれが現実なんです。俺たちが住むパルド王国では町規模でそれがもう発生してます。町全体を覆う封印魔法の結界があったところで人々が不安なのは変わりません。いつ封印魔法が魔物に破壊されても不思議ではないのですから。でも町の人たちはその現実を理解してます。そんな中でもみんな自分が死なないために、家族や大事な人を死なせないために必死に生きてます」
「……」
「ですが今のあなたはどうでしょう? 世界がそんな状況になってることを少しくらいは聞いてましたよね? ただそれを他人事のようにしか思わずに、この村には昔から封印魔法で守られている安全エリアがあるから安心だと思っていませんでしたか?」
「それは……」
「聞けばあの封印魔法は数百年も前からあるそうじゃないですか。よほど優れた術者によってかけられたものなのでしょう。ですが封印魔法もただの魔法です」
あ、剣の炎が消えた。
魔石の魔力切れか。
「このように突然消えてしまうことだってあります。この炎はまたすぐに灯せますが、封印魔法の使い手がいない今のこの村で封印魔法の壁を作り出すことは不可能でしょう?」
腕も疲れてきたし、もう剣はしまっておこう。
「あなたも冷静に村の人の話を聞けていれば、俺たちが封印魔法になにかをしたなんて思わなかったはずです。仮に俺たちがこの村を壊滅させるために封印魔法の効力を弱めたとしましょうか。でもそれなら新しく封印魔法の壁を作り出したのはなんのためにですか? そのことにすらなにか良くないことを疑ったりします? 村の人たちを信用させておいてあとでなにか企んでるんじゃないかとか? 安心させてから絶望に落とすことが楽しみな狂気的なやつらだと思ってます?」
あ、そう思われる可能性はゼロではないな……。
「あなたも封印魔法が見えるということは魔力をお持ちなんでしょう? それなら今まであの壁も散々見てきてましたよね? それをさっき見て、急激に効力が弱まったと思ったんですか? 最後にダンジョンに入ったのいつです? その最後のときからさっきまでの間に明らかに弱まっていたから怒鳴り込んできたんですよね? それとも本当は封印魔法の濃さなんて気にしたことなかったとか?」
正論だよな?
俺は間違ったことは言ってないよな?
「さらに言えば、封印魔法を解除して消すことはできても、効力を弱まらせるなんてことはできません。上書きすることは可能ですが、どこまで効力を強化できるかは術者の腕によります」
合ってるよな?
なんだか少し不安になってきた……。
「ではさっきなんで上書きしなかったかというと、新しく作った壁とこの村にあった壁は封印魔法の種類が違うからです。それとハッキリとした効力の違いをその目で確認してもらいたかったからです。あなたのように俺たちを疑う人も出てきて当然と思ってましたから」
こんなに手荒なことをされるとは思いもしなかったけどな。
「まぁあなたは封印魔法のことを知らないでしょうから俺が適当なことを言ってると思うかもしれません。こうやって長々と話をすることでなにか煙に巻いてるんじゃないかと思われてもしかたないでしょう。ですがあの壁を作り出した術者は魔法を使った反動で今気を失ってます」
「えっ!?」
「まだ経験が浅いですから封印魔法の効力もそんなに長くは続かないかもしれません。でも数か月の猶予はあるでしょう。ですが俺たちがこの村に来ることはもうありません。今後はこの村に来れる冒険者も少なくなるでしょうし、封印魔法の使い手がまた来てくれるかもしれないなんて淡い期待はしないほうがいいと思います。ですからこの村の人たちはここから数か月の間にこの村の新たな防衛手段を考え、実行しなければなりません」
結局は原始的な方法しかないかもな。
「そしてその数か月はもう始まっています。今まさに村人全員が一致団結しなければいけないときなんです。それなのにあなたがまず最初にやるべきこととして選択したのは、魔物使いとかいうわけがわからないやつとその仲間の魔物一派を皆殺しにすることでした」
「いや……違う……」
「あなたは自分さえ良ければそれでいいんです。自分の感情の赴くままに行動してそれが上手くいけば満足し、上手くいかなければ怒る。しかも全てを暴力で解決しようとする。宿屋のおばさんにも刃を向けましたよね? この村の仲間じゃないんですか? いくら感情的になってたからといって許されることではありませんよ? あ、別に俺たちにはどれだけ刃を向けようが構わないんです。俺たちはよそ者ですし、仲間に魔物がいる危ないやつらですから。でも刃を向けるということは敵意があるということです。つまり戦闘になるのが自然。ということは死の覚悟は当然おありですよね? まさか一方的に攻撃できるとでもお思いでしたか?」
「……」
「ではここであなたに選択権をあげます。そうですねぇ、二択にしましょうか。俺たちと戦うか、おばさんに謝るか、の二択です」
「え……」
「あ、俺は戦いませんからね? 戦うのは魔物たちです。せっかくですから一匹対三人で構いませんよ。そちらにかなり有利な条件だと思いません? あ、卑怯だとかは思わないですからどうぞお気になさらずに。生きるか死ぬかの世界では卑怯なことは当たり前、相手をダマしての攻撃も戦略的でカッコいいと言われる世界です。こちらの魔物がいなくなるまで戦ってもらっても構いませんよ。仲間が死ぬのは悲しいですが、戦いにおいて死は付き物ですから。では先鋒は誰にしましょうかね~」
「チュリ(まだ話続くんですか?)」
「キュ(ご主人様が暇だからって別に相手してあげなくてもいいと思うのです)」
「ミャ~(結構前から外であの婆さんとほか数人がずっと聞いてるわよ)」
「ニャ~(僕がボッコボコにする)」
「ゴ(ワタのやつの反応がさっきまでとなにか違う。さっきので人間が嫌いになったんじゃないか?)」
「ホロロ!」
おいおい、あの戦士なんてことをしてくれたんだよ……。
これじゃララへのお土産計画が台無しじゃないか。
というかこいつら俺が危ない目にあったのにさっきから楽観視しすぎだろ……。
まぁダイフクだけは戦う気満々でこっちに戻ってきたみたいだけどさ。
「どうやら魔物たちはかなり怒ってるようです。みんな自分が戦うって言ってます。でも怒るのも当然ですよね。みんなが可愛がってる赤ちゃんに手を出されたんですから。動物や魔物の赤ちゃんって人間の臭いがつくと親に見放されたり殺されたりすることもあるんですよ? それをあの人ときたら……」
「嘘……ごめん……」
ん?
今謝ったか?
「よし、ダイフク来い。ミスリルの爪を装備しような。これは遊びじゃない。やらなきゃやられるぞ」
「ニャ~! (うん! 魔物相手だと思って頑張る!)」
「そうか。いい意気込みだ。せめてもの情けで一瞬でとどめをさしてやるんだぞ?」
「ニャ~! (わかった! 心臓を一突きにする!)」
「そうだな。首をスパッと落とすのもいいかもな」
「ニャ! (それは残酷だからヤダ!)」
「そうだな。首だけじゃバランス悪いから手とか足もいっしょのほうがいいよな。あ、こっちの準備は整いましたのでそちらも早く準備してもらっていいですか? 外のお二人に声かけてきてください」
「……ごめんなさい」
「ん? 俺に向かって言ってます?」
「……さっきは剣を向けたりしてごめんなさい」
今度はちゃんとおばさんのほうを向いて謝った。
泣いてるようだし、これは心からの謝罪と思ってもいいのではないだろうか?
「もういいよ。でもこの子の言ってることが理解できないようなら今すぐ村を出ていきな」
「え……やだよ……」
「ニャ? (戦わないの?)」
「なら罰として外の通路で夜まで正座してな」
「え……みんなに見られる……恥ずかしい……」
ふぅ~、多少の暇つぶしにはなったな。




