第五百二十九話 村の暴れん坊
俺との会話を終えた宿屋のおばさんは仕事に戻っていった。
今日はいつもより早めに冒険者たちが戻ってくるかもしれないからな。
ハナとリスたちは外の猫と遊んで満足したらしく、エマが寝てる部屋に行ってお昼寝をすることにしたようだ。
俺もまだ武器屋や防具屋に行ってなかったことを思い出したので行こうかとも思ったんだが、店主たちがいない間に行くとあとでなにか言われそうだからやめた。
難癖をつけられるような行動は避けたほうが無難だからな。
だからおとなしく宿屋でジッとしてることにした。
「ミャ~(暇ね)」
「外に行って戦ってきてもいいぞ」
「ミャ~(嫌よ、暑いのに)」
「チュリ(理由もないのに暑い中わざわざ戦いたくないです)」
まぁそうだよな。
適度に涼しいここにいるのが一番だ。
「ミャ(ん? 何人か走ってくるわよ)」
ダンジョンから戻ってきた人たちか。
すると宿屋の中に勢いよく三人組が飛び込んできた。
「うぉっ!? こいつらが魔物か!?」
「大きいのが二匹、小さいのが三匹」
「あんたが魔物使いね? どういうことか説明してもらおうじゃないの!」
戦士男、魔道士男、戦士女。
三人とも年齢は二十歳そこそこってところか。
装備品は酷く汚れているうえに傷だらけだ。
冒険者か村人かはわからないが、どうやら俺に会いに来たようだな。
「初めまして。どういうこととはどういうことでしょうか?」
「しらばっくれるんじゃないわよ!」
「なんのことでしょうか?」
「封印魔法のことに決まってるでしょ!」
「効力が薄れてるってことでしょうか?」
「そうよ! なにしてくれてるのよ!?」
「なにもしてませんけど。むしろ新しい封印魔法の壁がお見えになりませんでしたか?」
「見えたわよ! でもなんで今までずっとあったものが急に効力失うなんてことになってるのよ!? あんたたちがなにかしたんでしょ!?」
見えたのか。
この女性はララと同じ魔法戦士タイプかも。
「してませんって。バビバさんも近くにいましたし」
「あんなババアの目を盗むことくらい簡単でしょ! 正直に言えば殺さないであげるわ! 正直に言ったところで理由次第では殺すけどね!」
あ、この人ヤバい人だ……。
剣を片手に持ったままということはダンジョン内で話を聞いて俺に話を確認するために急いで帰ってきたんだろうか。
それとも本当に殺すつもりで来てるのか?
「こらっ! あんたたちなにしてるんだい!?」
宿屋のおばさんが来てくれた。
「うっさいわね! 今こいつと話してるんだから奥に行っててよ!」
あ……おばさんに剣の先を向けた……。
「あんた、自分が今なにしてるかわかってるのかい?」
ん?
おばさんの雰囲気が少し変わった気がする。
なにより剣先を向けられたにも関わらずピクリともしなかった。
すると女性はビクッとしてすぐに剣を下ろした。
「とにかく私はこいつと話があるんだから黙って見ててよ!」
「手を出したらどうなるかわかってるんだろうね?」
「……」
あ、このおばさんかなりこわい人だ……。
きっと元々は戦士とかやってたんだろう。
恵まれた体格を活かして斧か大剣を振り回してたんだろうな。
おばさんはそのままカウンターに入り、成り行きを見守ることにしたようだ。
女性は再び標的を俺に変える。
「なんで急に封印魔法が薄れてるのよ!?」
「寿命じゃないですか?」
「はぁ!? ふざけるのもいい加減にしなよ! 本当に殺すよ!?」
うぐっ……。
胸ぐらを……。
「ミャ~(どうする?)」
「チュリ(やっつけましょうか?)」
「ゴ(このくらいは許してやれ。若気の至りだ)」
いやいやいやいや……。
普通助けるでしょ?
胸ぐら掴まれて……ぐっ……痛い。
壁に押し付けられてるんだぞ?
後ろ岩だからな?
「あの……少し落ち着きましょうか」
「落ちついていられるわけないでしょ! 封印魔法は消えかけ、ダンジョンの魔瘴は濃くなってきて強い魔物が近くに出るようにもなってる! もうこの村は終わりだって言われてるようなもんでしょ!? あんたたちが来たせいでこんなことになってるとしか思えない!」
それは否定できない……っていや、俺のせいじゃない。
きっと魔王はナミ王国の人たちがサハへ避難することを邪魔したかっただけなんだ。
それにオアシス大陸西部には元々魔瘴がたくさん存在してるんだから魔王にとっては最も簡単なお仕事だし。
「ニャ~! (触らないで! 放して!)」
ん?
「なんだこいつ? もしかしてこれも魔物か?」
「ホロロ!」
あっ!?
ワタが体を鷲掴みにされてる!
「小さいのは四匹だった」
「ははっ! 魔物の赤ん坊まで育ててるとはな!」
「ニャ! (放してってば!)」
「ゴ(おい、放せ)」
ゲンさんが男の腕を掴んだ。
すると男の手からワタが離れ、そのまま地面に落下……と思いきやダイフクが背中でキャッチしてそのまま宿の奥へ走っていった。
「俺に触るな! この魔物が! 死ね!」
あっ!?
剣を振るう気か!?
……と思ったら急に男が動かなくなった。
「うぐぐぐ……なんだこれは……腕が動かねぇ……」
ボネの仕業か。
「ゴ(剣は没収な)」
「あっ!? ……え? うわぁぁぁぁー!」
ゲンさんはもう片方の手で男の剣を奪い取り、男を宿屋の外にぶん投げた。
壁にぶつかったような音が聞こえたな。
それを見た魔道士の男はゲンさんから少し距離を取る。
そしてなんと火魔法を放ってきた!
「……え?」
だがゲンさんに命中はしたものの、ミスリルの鎧には傷一つ付いてない。
「ゴ(その程度か?)」
レベル2ってところか。
まだまだだな。
「……逃げるが勝ち」
……本当に宿屋から出ていった。
さて、あとはこの人か。
「あの、そろそろ放してもらえますか?」
「……魔物は動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」
あ、ついに俺の喉元に刃を向ける気か?
でもその前に俺から目を離してたことを忘れてないよな?
「あの」
「黙れ! お前は人質…………え?」
女性が向こうに気を取られてる間に、とりあえずミスリルの剣を左手に持っておいた。
俺と女性の顔の間にはその刃がある。
「この左手を放してもらえますか? それともその右手の剣で俺を殺しますか? その前にあなたのその右腕を切り落としますけど。でもあなたが右手を動かそうとしたところで動きませんけどね。さっきの人、なんで急に体が動かなくなったかわからないでしょう?」
「…………」
女性の顔から急に汗が流れ始めた。
だがプライドがあるのか、右手は動かさないものの左手も胸ぐらから放そうとしない。
目もまだ死んでなさそうだ。
……はぁ~、仕方ない。
「きゃっ!?」
やっと放してくれたか。
女性は俺から逃げるように地面に背中から倒れ込んだ。
そして後ろに手をついて起きあが……りはしないようで、手をついたまま驚きの表情で俺を見てる。
俺というか剣をか。
「な、な、な、なによそれ!?」
「俺の剣ですよ」
「そ、そ、そうじゃなくて、その火のことよ!」
「火よりも炎って言葉のほうがピッタリきませんか?」
「そんなのどっちでもいいのよ!」
良くないだろ。
ララの炎をさっきの魔道士の火といっしょにするなよな。
剣先を女性に向け、そのまま近付いてみる。
……動かないな。
「俺と戦ってみます?」
「……」
「さっきの戦士っぽい人、ゲンさんに向かって死ねって言って斬りかかろうとしてましたよね? それと魔道士の人、あんな魔法を人に向かって……魔物に向かって放つなんて完全に殺そうとしてたとしか思えないですよね?」
「……」
「そしてあなたはその剣で俺の喉元を掻っ切ろうとしてましたよね?」
「いや……そんなつもりは……」
「この村では人間を殺すための修行もしてるんですか?」
「いや……」
「別にあなた方が俺の魔物を攻撃するのはいいんですよ。だってここにいるのはこの村にいるような猫じゃなくてれっきとした魔物ですから。でもこの魔物たちはあなたが俺の胸ぐらを掴んでもなにもしてこなかったでしょう? それにあの男性が赤ちゃんを奪ったりしなければこちらも手なんか出さなかったんですからね?」
「……」
少しお仕置きをするか。




