第五百二十七話 ダンジョンの異変
「ホロロ!」
こいつの存在を完全に忘れてたな……。
ゲンさんが壁を破壊したときくらいからはずっとハナが面倒を見てくれていたようだ。
ダイフクもハナとワタに寄りそう感じでくっ付いている。
「一旦上に戻るぞ」
そして宿屋に行くことになった。
「いらっしゃい! ってあんたたちかい」
太ったおばさんがカウンター越しに迎えてくれた。
太ったというのは失礼か。
非常に体格に恵まれているおばさんだ。
「なにジロジロ見てるんだい?」
俺たちのことを歓迎してくれてはなさそうだ。
「客人なんだからもっと丁寧に接してあげな」
「ふん。バビバ婆さんこそ珍しいじゃないか。普段はよそ者と話すことなんかほぼないくせに」
そんな感じはするよな。
村の人でさえ萎縮してるみたいだったし。
「この子たちは悪いやつらじゃないよ。今だって地下の封印魔法が弱まってることに気付いてくれたし、ダンジョン側には念のために新しい封印魔法の壁をもう一枚作ってくれたんだよ」
「……そんなの私たちにわからないように細工して弱めたのかもしれないじゃないか」
まぁそう思っても仕方ないと思う。
俺たちが怪しい行動をしてたのは事実だし。
「それをしてこの子たちになんの得があるんだい? ワシたちから奪うものなんてなにもないだろ?」
「それは……」
お金目当てとか思わないのか?
俺たちはほかの村や町からはちゃんと見返りとしての報酬を貰ってるんだぞ?
「そんなことより部屋を一つ用意してやってくれ。封印魔法を使ってくれたこの嬢ちゃんがおそらく魔力の使い過ぎで体調を崩したんだよ」
「えっ!? それを早く言いなよ! ほらっ! こっち連れておいで!」
悪いおばさんではなさそうだ。
アオ君とカスミ丸に支えられてエマは部屋に向かっていった。
タルもそれに付いていくようだ。
「バビバさん、ありがとうございます。俺たちは少し会議をしたいんですけど、ここのスペース使わせてもらってもいいんですかね?」
「あぁ。昼間は誰も来ないから好きに使ってくれていいよ。ワシは先ほど運ばれた青年を見てくる」
では遠慮なく使わせてもらおう。
一応ここは宿屋ロビーだろうから宿泊者じゃなくても使っていいだろうし。
石のテーブルに石のベンチ。
硬い……。
なのでレア袋からフワフワクッションをいくつか取り出し、みんなに渡した。
もちろん魔物たちにも。
「ミャ~(ねぇ、もう帰ったほうがいいんじゃない?)」
ボネはテーブルの上にクッションを置いて寝そべっている。
「もう一つ封印魔法の壁を作ったらな。だからエマの回復待ちだ」
「ミャ~(律儀ね。タダでそんなことしてあげなくてもいいのに)」
「今みたいに疑われっぱなしもなんだしな。それに封印結界に比べたらお手頃だからこれくらいはいいだろ」
「ミャ~(でもエマは倒れたじゃない。封印魔法ってロイスの想像以上に疲れるのよ。今の話を聞いた感じだと、エマは少しでも長く持つようにありったけの魔力を込めたっぽいしね)」
「わかってるって。バビバさんもそれをわかってるからこそ俺たちを宿屋に案内してくれたんだよ」
「ミャ(私はダンジョンに入らないからね? 今日はワタのお世話をするって決めたんだから)」
ダイフクやリスたちが可愛がってるのを見て触発されたのかもしれない。
ボネが俺から離れていくようで少し寂しい。
それからしばらくして、ティアリスさん、アオ君、カスミ丸がいっしょに戻ってきた。
タルは今もエマの傍に付いてくれているようだ。
そしてこの小一時間ほどの出来事を報告し合った。
「転移魔法陣のなぞなぞ!? 面白そう!」
まぁティアリスさんならそう言うか。
「水魔法の奥義って私でも使えるんですかね!?」
アリアさんはそっちに興味を持ったか。
でもアリアさんには水魔法の適性がないよな?
「チュリ? (壁を壊して私たちが侵入したらまた村の人たちがうるさいのでは?)」
でもほかに方法がない限りそうするしかないからな。
ダンジョンに入らずに帰ってもいいが。
「ロイス君、なに考えてるんです?」
そりゃさっきティアリスさんとアリアさんから聞いたダンジョン内のことだよ。
「ロイス君?」
あ、声に出してなかったか。
「お二人が入ったのはダンジョン入り口からせいぜい500メートルくらいのところまでなんですよね?」
「うん。それがどうかした?」
「この魔物、オアシスコノハズクなんです」
テーブルの上にはその死骸が置かれている。
アリアさんが首をはねたらしい。
幻惑魔法を使ってくる厄介なやつだが、それを一瞬で仕留めるなんてさすがアリアさん。
「うん、フクロウって言ってたもんね。思ってたより大きいけど」
「こいつがさっきの冒険者の方を襲ってたんですよね?」
「そうだけど?」
う~ん、やはりおかしい。
改めて昨日アオ君が作った砂漠の魔物リストを見てみる。
……オアシスシマセゲラやオアシスガンは載ってるけど、こいつの名前はないよな。
つまりダンジョン内でしか出現しない魔物ってことだ。
「さっきバビバさんに聞いたんですけど、ここのダンジョンの序盤は砂漠で出るような敵しか出ないそうなんです。ダンジョン内でしか出ないような敵はもっと奥まで行ってからだと聞いてましたもので」
「……じゃあこのフクロウは本来あの場所にいる敵ではないってこと?」
「そうなりますね。こいつが本当に砂漠では出ないのかは確認してみないとわかりませんが」
ちょうどバビバさんが戻ってきた。
宿屋のおばさんと地下で見張りしてた人もいっしょだ。
「邪魔などせんから気にしなくていいぞ」
「いえ、お時間があるようでしたらそちらに座ってもらえますか?」
「ん? いいのかい?」
なぜか婆さんは少し嬉しそうだ。
おばさんと見張りさんは宿屋のカウンターのあたりからこっちを見てる。
そして改めて今の話をした。
「……確かにこいつはオアシスコノハズクだね」
「このあたりの砂漠でも出るんですか?」
「……いや、ダンジョン内でしか見たことないね」
「「「「!?」」」」
ということはどういうことだ?
たまに奥からこっちのほうまで遠征して来たりもするのか?
「また少しネタバレしてもいいかい?」
「どうぞ」
「ダンジョンを進んでいくと、サボテン地帯があるんだよ」
サボテン地帯?
ダンジョンの中に?
「そのあたりではこのオアシスコノハズク、オアシスシマセゲラ、サボッテンが出現する。鳥のやつらはサボテンの中に住処を作って潜んでたりもするからね」
サボテンの中?
外敵から守るためか?
サボッテンからしたら嫌な魔物二匹だろうな……。
普通のサボテンと間違えて穴開けられたりしてそうだ。
「でもその3種はダンジョン内ではそこでしか見たことがない。当然こんな入り口付近にまで来たなんて話も聞いたことがない」
「襲われた人がサボテン地帯から逃げてきてそれを追いかけてきた可能性はないんですか?」
「ないとは言えんが、かなりの距離だからね。倒れた青年のことはまだよく知らんが、そこまで強そうには見えないし、ソロであんな場所まで行けるとは思えん。それにここまで戻ってくる間にほかの村人や冒険者に会う確率のほうがよっぽど高いし」
「では入り口付近で出現する魔物の種類が変わったと考えたほうが良さそうですかね?」
「……そうだね」
嫌な予感しかしない……。
まさかこれも俺のせいとか……。
いや、魔王が俺如きにそこまで執着したりなんてしない。
たまたま魔瘴パターンが変わっただけなんだろう、うん。
「ロイス君、すぐに調査をしたほうが良いのでは? 被害が少ないうちに」
え、カトレアさん?
もしかして俺を疑ってます?
とは言ってはいけないような状況なのがもどかしい。
「……そうだな。バビバさん、普段の魔物の出現数や魔瘴の濃さなどをわかる人がいたらすぐにダンジョンへ向かわせたほうがいいかもしれません。異変がありそうなら、今ダンジョン内にいる人たちをすぐに引き上げさせたほうが良いかと」
「そのほうがいいみたいだね。すぐに人を集めるよ」
婆さんと見張りさんは慌てて宿屋から出ていった。
「チュリ? (色々と災難を運んできたと思われるんじゃないですか?)」
ピピまでそんなことを……。




