第五百二十四話 避難場所
「なんと転移魔法陣と封印魔法の使い手がおったとはな」
バビバ婆さんはカトレアとエマに近寄り、二人をじっくりと見ている。
「この村にはいないんですか?」
「いないね。ナミから来る冒険者の中に転移魔法陣を使えるやつならおるが」
「その人は元水道屋ですか?」
婆さんはゆっくりと振り向いて今度は俺を見てくる。
「そんなことまで知ってるのかい?」
「昨日ナミの国王と色々話してきましたから。国王というか大臣補佐官とですね」
「ほう? あやつが直接話すとはな」
モーリタ村とナミの町とはほぼ繋がりはないと聞いてたのに、この婆さんはあの町のことをずいぶんと知ってるようだ。
「どれ、なにを話したか聞かせてくれないかい?」
「別にいいですけど、この封印魔法解除してもいいですか?」
「なに言ってるんだい……ダメに決まってるだろう。これは偉大なご先祖様が残してくれた大事な封印魔法なんだよ」
ですよね~。
「じゃあこの横の岩の壁を破壊して中に入ってもいいですか?」
「わっはっは! できるもんならやってみな!」
お?
それはいいのか?
「このあたりからダンジョンに入ったくらいの場所までの壁は特殊な石でコーティングされてるからちょっとやそっとじゃ傷一つ付かないよ」
「ん? 特殊な石というのは?」
「ナミの地下遺跡を見てきたかい?」
地下遺跡のことも知ってるのか。
水道屋のことを知ってるんなら当然かもしれないが。
「いえ、見てくる予定だったんですけど、大臣補佐官さんと少し揉めたものでして急遽取りやめになりました」
「わっはっは! 揉めただと!? なかなか根性あるじゃないか!」
揉めたことが嬉しそうだな……。
「チュリ(私とメタリンは見ましたよ)」
「あ、そうか。この二匹は知り合いに入れてもらって隅々まで見させてもらいましたけど」
「なんだって? 水道屋に知り合いがいるのかい?」
「えぇ~、まぁ」
「そうかい。ここらの壁はその地下遺跡に使ってある石と同じ素材で覆われておる」
なにっ!?
ということは…………どういうことだっけ?
「チュリ(ミスリルくらい硬い石かもしれないってことです)」
「ミスリルと同等程度の硬さの壁と考えていいんですか?」
「ミスリル? ……すまんが見たことないのでそれはわからん」
「これです」
ミスリルの剣を取り出し、婆さんに渡す。
「……きれいだね」
だろ?
「じゃなくて、どうですか?」
「ワシは剣や鍛冶のことはわからん。ここらの壁も一応コーティングされてるから試しに斬りかかってみていいぞ」
「その前に、コーティングってどういう意味ですか?」
「表面だけってことだよ。その下はただの岩だから脆い。脆いとは言っても岩だから硬いけどな。剣が欠けても知らないよ」
なるほど。
なら簡単ってことじゃないか。
「ゲンさん、お願い」
ゲンさんは壁を手で軽く叩いて確認をする。
「ゴ? (本当にいいのか?)」
「うん。ついでに成分調べたいし」
「ゴ(わかった)」
ゲンさんは壁から少し距離を取り、斧を両手で持ち、少しだけ助走をつけ、少し力を込めた感じで斬りかかった。
「ドゴォォォォーーーーーン」
……な~んだ。
こんな簡単に穴が開くなんて脆いじゃないか。
ただ表面を薄っすらコーティングしただけだもんな。
10メートルくらい奥までヒビが入ってそうだ。
「カトレア、石の採取を」
「はい。リスちゃんたち、お手伝いをお願いします」
カトレアとリスたちは付近の石をレア袋に適当に詰め始めた。
「マドは奥に入って補修を頼むぞ。きれいにな」
「ピィ! (了解です!)」
そしてあっという間に元通り。
……とはならないか。
コーティングされてた部分はただの岩になってしまった。
「壁にミスリルはもったいないか。じゃあ魔力プレート、じゃなくて埋める用の魔道プレート持ってるか?」
「はい。……どうぞ」
カトレアから魔道プレートを受け取り、壁に合わせてみる。
……小さすぎたか。
「ゲンさん、調整が面倒だからここをこのプレートの形に合わせてきれいに破壊して」
そしてゲンさんとマドによって壁の微調整がされていく。
「……うん、ピッタリじゃないか。じゃあこれで固めて」
最後はマドによって仕上げられた。
「バビバさん、これでいいですか? ただのコーティングよりは頑丈だと思いますよ」
「……」
この壁が気に入らないのか?
周りと調和してないから元通りにコーティングしろとか面倒なことは言うなよ?
破壊していいって言ったのはそっちなんだからな?
どうしてもって言うんならカトレアに錬金してもらうけどさ。
「……ここから少し進んだ場所にも封印魔法がかかっておる。その先がダンジョンだ」
「ん? じゃあこの封印魔法はなんのために?」
「なにかあった際に村の者が逃げ込んで生活できるようになってるんだよ。ワシらは安全エリアと呼んでおる」
「あ、なるほど。つまり村の外が魔瘴に覆われたら、最悪はここで暮らせばいいって思ってるってことですね?」
「あぁ、その認識で間違いない。だからワシらはサハにもナミにも避難はしない」
封印魔法の壁に挟まれた場所なら安心だもんな。
それに壁も丈夫だと思ってるみたいだし。
結局アオ君がワッサムさんから聞いたことは罠でもなんでもなかったってことか。
疑いすぎは良くないな。
「どうしても魔物たちをダンジョンに連れて行きたいのなら、ここからその先のダンジョン内まで壁を壊して進みな」
「いいんですか?」
「ダンジョン内から魔物が入ってこないようにはしてくれよ」
「それはもちろんです。封印魔法はかけますし、帰るときにはこのようにきれいにしておきますので」
「ならいいよ。でも無駄なところは掘らないようにちゃんと位置を把握してからにしてくれ」
「わかりました。まず俺たちがダンジョンまでの道を確認してきます」
「……ついでに見てもらいたいものがある。付いてきな」
バビバ婆さんは安全エリアの中に進んでいった。
「じゃあ魔物たちはここで待機しててくれ。誰か来て驚かせてもあれだから、ハナとカスミ丸も待機で頼むぞ」
そして俺とカトレアとエマとアオ君で婆さんの後を追う。
そういやティアリスさんとアリアさんはまだ戻ってこないな。
……道の左右に大き目の穴がいくつも開いてる。
これは……部屋か?
ドアはないし中も広くはなさそうだけど、生活できなくはなさそうだ。
すると婆さんはその中の一つの穴に入っていった。
俺たちもそれに続いて入る。
少し暗かったのでアオ君はランプ魔道具を取り出し部屋を明るくする。
「これを見てもらえるかい」
正面の壁には大きな模様が書かれている。
書かれてるんじゃなくて掘られてるのか?
……あ、これって。
「転移魔法陣ですか?」
「あぁ。そっちの嬢ちゃんはこれを見てどうだい?」
カトレアに聞いてるようだ。
「……私が使う術式とは少し異なりますね。こういう答えでよろしいですか?」
「そうかい。じゃあ模様じゃなくてこの壁をよく見てごらん」
「……なるほど。これはまた少し特殊な素材でできてる壁ですね。僅かに魔力も感じられます」
「ワシの推測ではこの先にある転移魔法陣はまだ有効なはずだ。でもこの転移魔法陣に魔力を込めたところでうんともすんとも言わん。嬢ちゃんの力でどうにかして復元できたりしないかい?」
「つまりこれがただ掘られているものじゃなくて、転移魔法陣としての利用が可能だと? でもその言い方だと利用したことはないんですよね? 確かにこの先の転移魔法陣が有効ならこの通りに魔法を使えば可能と思っても不思議ではありませんけど。この先にはなにがあるんですか?」
「……これもワシの推測だが、村人が安心して住めるような空間になってるのではないかと思ってな」
そんなに都合のいい話があるんだろうか。
「左の壁を見な」
左?
……あ、こっちにはなにか文字が彫ってある。
その壁はピラミッドに使われている石と同じ素材でできています。
とても頑丈なのでこのダンジョンの魔物に破壊されることもないでしょう。
「へぇ~。これがピラミッドの石なんですか。でもなぜここに?」
「後ろを見な」
「後ろ?」
逆側の壁にはなにが……ん?
「……これはフィリシアとメネアからの……挑戦状?」
なんだよこれ……。




