第五百二十話 暑いお茶会
熱いお茶の二杯目が注がれそうになったところで、アオ君が慌ててキャラメルキャメルのミルクはどうかと提案する。
「なんと……どうやってこれを?」
アオ君はララが魔石を入手したことや、ウチの牧場でこのミルクを安全に搾り取れることなどを説明する。
俺は黙ってるだけでいいから非常に楽で助かる。
やはり給料をもう少しアップしてあげてもいいんじゃなかろうか。
婆さんとワッサムさんはミルクを少しずつ飲む。
やはりかなり高価で貴重な物と認識しているようだ。
「美味い。でも大樹のダンジョンも変わったもんだねぇ~。ワシの中ではダンジョン側はフィールドと魔物の準備だけが仕事で、それ以外のことにはノータッチってイメージなんだよ。もちろん食べ物や飲み物なんて売ってなければ、ポーションとかの販売すらなかったね。だからワシたちは毎朝食料やポーションをマルセールで買い込んで行ってたよ」
さすがにここは俺が喋る番か?
「ほんの二年くらい前まではそうでしたよ。冒険者のみなさんはまさに今言われたような行動をされて、片道一時間かけて来てくれてました」
「なんだい、二年前なんてつい最近の話じゃないか。じゃあなにがあってこんなことになってるんだい? これでは前と全く別物のダンジョンだろう。この紙だけでは肝心のダンジョン内のフィールドや敵の様子がわからないしさ」
ダンジョン案内冊子を見ながら婆さんは嘆くように言った。
一方ワッサムさんは目を輝かせながら冊子を見てくれているように感じる。
「経営難に陥ったからですよ」
「「経営難?」」
「そうです。客が誰も来ない日が続いたんです」
「誰も? 一人もってことかい?」
「はい。ダンジョンの収入がなくなりました。さすがにこれでは妹を食わせていけないと思い、ダンジョンをリニューアルすることにしたんです。それから……」
おっと、ドラシーのことを言うわけにはいかないからな。
いまだに従業員もドラシーの存在を知らない人のほうが多いくらいだし。
「ツラいことなら言わなくてもいいよ」
別にツラいわけじゃなくて、言えないことだから言葉に詰まっただけだ。
「というかあんたの親はなにしてるんだい?」
「俺が六歳と八歳のときにそれぞれ亡くなりました。そのあと爺ちゃんが俺と妹を引き取ってくれることになり、大樹のダンジョンに引っ越してきたんです」
「「……」」
こんな空気になるからあまり言いたくないんだけどな。
「……その爺ちゃんは?」
「二年前に亡くなりました」
「……そうかい。それからあんたが管理人になったってわけだね」
あ、そういや正確には俺がいつ管理人になってたかをドラシーに確認するの忘れてた。
「あんたの爺ちゃんとなると、グラネロ君かい?」
「そうです。知ってるんですか?」
「私が通ってたころの受付にはいつもグラネロ君がいたからね。管理人のおじさんは出かけてばかりの印象が強くてあまり話した覚えがなくてさ」
へぇ~。
爺ちゃんたちの話を聞くのはゲルマンさんに聞いて以来だな。
「でも魔物を外に連れて歩けるなんて知らなかったよ」
ん?
さっきワッサムさんも言ってたよな。
「ダンジョン内の魔物を連れてきてるんじゃなくて、現実世界に実在してる魔物たちですから」
「……そのほうが驚きだけどね」
確かに……。
「私が知ってる魔物使いたちにはそんな能力はなかったはずなんだけどね」
「能力はあったはずですよ。ただこういう魔物と巡り合う機会がなかったってだけで」
「なんでもかんでも仲間にできるってわけじゃないのかい?」
「そんなことができたら世界中に魔物を派遣して悪い魔物撲滅キャンペーンを起こしてますよ」
「わっはっは! そりゃそうだね!」
「こういう魔物は超レアです。俺は運がいいみたいですね」
「運だけじゃなくて、持ってるマナが相当強いからじゃないか?」
「俺のマナの強さまでわかるんですか? というかマナって判別できるんです?」
「あぁ。魔物使いってやつはみんな薄っすらとマナに包まれてるからな。まぁ知らないやつからすれば単なる魔力、いや、少し変わった魔力に見えるだろうが、ワシくらいの実力者になれば判別出来て当然。それにあんたのマナはワシが過去に見た魔物使いたちよりも明らかに強い」
ほう?
褒められてるようで嬉しいが、俺自身の力に直結してないのが悲しい。
「でも攻撃魔道士なのにマナだってわかるんですね。てっきり回復魔道士系の人にしか見えないと思ってましたよ」
「おそらくマナを知ってるか知らないかの問題と、魔力に関しての熟練度の問題だと思うよ。ワシも最初はずっとグラネロ君の不思議な力に違和感を感じてたんだが、それが大樹と同じようなオーラの流れだと感じてからようやくマナだと気付くことができたんだ」
あ、なるほど。
魔力かオーラかよくわからないがそれにも種類があるから、ピピやカトレアは俺や木や町が持ってるマナのことに気付けるんだ。
俺には魔力だろうがマナだろうがなにも見えないけどな。
「婆ちゃん、しかもこの魔物たち凄く賢いんだぞ。人間の言葉がわかるらしいんだ」
「ほう? それは凄いね。子猫ちゃん、名前はなんていうんだい?」
「ミャ~(なに? お昼寝の邪魔しないでよ。私疲れてるの)」
寝てはいなかったと思うんだが、機嫌はあまり良くないようだ。
疲れもあるだろうし、ダイフクがこの村の人間たちに追い回されたあとだからな。
「ミャ~としか言わないじゃないか」
「あ、違うって。話せるんじゃなくて理解できるだけだ」
「なんだい。それじゃウチの猫たちと変わらないじゃないか」
「あ、そう言われるとそうだよな」
あの猫たち賢いんだな。
まぁ忍犬も負けてないと思うけどな。
「でも魔物は気分屋が多そうだから大変なんじゃないかい?」
「気分屋なのはまだ産まれて数か月の猫たち二匹くらいですかね」
「ミャ? (それ私とダイフクのこと?)」
「ほかはみんな仕事熱心ですし、修行熱心です」
「ミャ~? (ねぇ? まるで私たちが普段サボってばかりに思われるでしょ?)」
「気分屋って言ってるだけでサボってるなんて言ってないだろ」
「ミャ~! (でもこの二人はそう思ってるじゃない!)」
「思ってないって。子猫が鳴いてて可愛いなぁって思ってるんだよ」
「ミャ~! (どう見たらそう見えるのよ!? 魔物のくせにサボり魔なんてただの猫といっしょじゃないかって思ってるのよきっと!)」
「わかったから。ミルクやるから静かにしろ。少しはピピを見習っておとなしくしとけよ」
「ミャ~(あとで覚えときなさいよ。それにピピは寝てるんだから静かに決まってるじゃない)」
あ、寝てたのか。
アオ君がミルクを用意するとボネはやっと静かになった。
「なぁ、ロイス君とその子猫、まるで会話してるように見えたんだが……」
ん?
あ、そういやさっきはワッサムさんに説明してるところであの騒ぎになったんだったな。
「俺は魔物たちの言葉が理解できますから」
「「え……」」
それを知らなかったから普通の猫と魔物を同じように思ったのか。
動物のことを悪く言うつもりはないが、さすがにいっしょにされるのは可哀想だ。
「それだけが俺の唯一の能力みたいなものですからね」
いちいち説明するのが面倒なんだよなぁ。
「「……」」
驚きすぎだろ……。
ここまで驚いてくれるのは普段魔物とも動物ともよく接してるからかもしれないな。
「あの、少し気になってたんですけど」
アオ君がワッサムさんになにか聞きたいことがあるようだ。
「なんでダイフクが魔物だと気付かれたんですかね? ダイフクは魔力もないですし、マナのある場所にも入って来れてますから普通は魔物とわからないはずなんですが」
そういやそうだな。
「いや、俺はアオ君といっしょに外に出てたからわからないけどさ」
「あ、そうですよね……」
「あの子じゃないかい?」
あの子?
「あっ!? そうだ! あいつだ!」
魔物博士でもいるのか?




