第五十二話 ダンジョン農場
水曜日、今日も大盛況だ。
十時半も過ぎて受付に列がなくなったころ、一人の冒険者がやってきた。
遠目でもあの少女だとわかった。
少女は青髪でツインテールをしているからだ。
カトレアから聞いた話では、初日には作らなかった冒険者カードを昨日は作ってくれたとのことであった。
少女は昨日も遅く来たらしく、そのとき俺は研修を見てたからな。
「おはようございます」
「おはようございますです!」
ふふ、またメタリンみたいな口調になってる。
「また来てくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ、お礼を言いたいのはこちらのほうなのです! あっ、カードお願いしますです!」
「カードも作ってくれたんですね。少しお待ちくださいね」
もしかして元々こういう口調なのか?
受付魔道具にカードを差すと、指輪と採集袋が出てくる。
「お待たせしました。こちらをどうぞ。採集制限は昨日と同じです。袋にも書いてあるのでご確認ください」
「ありがとうございますです! では行ってきますです!」
「はい、ご丁寧にどうもありがとうございます。お気をつけていってらっしゃいませ」
「はいなのです!」
少女……ユウナさんはスキップしながら地下一階へ入っていった。
最後の『です』がなくても十分に丁寧な言葉だよな?
『です』と『なのです』はどう使い分けてるんだろうか?
なんだか正しい言葉というものがよくわからなくなってきたが、嫌な感じはしないからまぁいいか。
さて、今日も研修の様子を見に行ってみるか。
俺は受付をカトレアとピピに任せ、物資エリアに向かう。
ララが物資エリアに行くことが増えたので、リビングの端っこに物資エリアとの双方向の転移魔法陣を設置したのだ。
今までなかったのが不思議なくらいだが。
サブまでしか使えないようにしてるので、研修生は利用できない。
カトレアなんか毎日行ってるんだから不便なら相談してくれても良かったのに。
物資エリアでは研修生たちが揚げ物の練習をしていた。
「ララ、順調か?」
「あっお兄! うん、みんなよくやってるよ!」
「そうか。順調なら良かった」
「でもね、メロさんから提案があってね」
「提案? 料理の?」
「いえ、料理じゃなくて素材ね。今ダンジョンで用意してるのって牛肉以外の肉じゃない? 他は全部お肉屋さんや八百屋さんから仕入れてもらうことになってたと思うけど、野菜類はここで栽培したほうがいいんじゃないかって提案なの。どうしようか?」
仕入れるのが面倒になったのかな?
……なわけないか。
メロさんはこの物資エリアを見てこの環境で育てたら美味しい野菜ができると考えたのか。
野菜なら作れるだろうが料理でしか使わないし、八百屋から仕入れたほうがメロさんにとってもいいと考えてのことだったんだけどな。
今のメニューで必要なのは、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツくらいか?
ネギもか。
「どうしようか。そんなにたくさん使わないだろうからなぁ」
「そうなんだよねー。義理立ての意味もあるしね」
ララも同じ考えのようだ。
でもウチで作ったほうが美味しくなるんならそのほうがいいよな。
仮にもダンジョンカレーとかダンジョンカツ丼って名前を付けるんだからな。
「ウチで作るのと八百屋から仕入れるのとではどっちのが美味しくできる?」
「……今までの感じからだと、ウチのほうが良さそうだけど」
「そうだよなぁ。例えばカレーをさ、野菜をいつもより多くして全部溶けるくらいまで煮込むとかしたら美味しくなったりする?」
「う~ん、溶けるまで煮込むのが大変そうねー。水分調節とか……。低い温度のところで寝かせるのもいいかも。うん、間違いなく美味しくはなるだろうけど……」
「煮込むところはウサギを使えないか?」
「!?」
「どうせ溶けるまでやるんだから野菜は大き目でもいいだろうし、あっタマネギ炒めるんだったら細かく切る必要はあるだろうけどさ。アク取りはウサギには無理か? 混ぜたり水を足したりは教えれば大丈夫だと思うんだけどなー。ちょうどBBQエリアのウサギ二匹をどうしようか考えてたから言ってみたんだけどさ」
「お兄! それでいこう! カレーの形になるまでは今までと同じでいいんだからさ! やってみるね! ここのセットそのまま使えばいいんだしね!」
「できそうなのか? それとキャベツなんだけどさ、食べ放題にしたらどうかな? これは30G以上の品物を注文した人だけとかさ」
「……うん、それ面白いかも! ちょっとカトレア姉呼んでくるね!」
ララは家へ帰り、数分後カトレアを連れて戻ってきた。
「カトレア姉も賛成だってさ!」
「……ドレッシングも何種類か用意しますね。ふふ、最近の得意ドレッシングはゴマです」
なるほど、ドレッシングの種類が多いのはありがたいな。
錬金釜はこういうときも便利だよな。
でもキャベツ食べ放題のシステムをどう実現しようか。
キャベツはカウンターに置くとして、単純にカウンターで食券を受け付けるときに引き換えで皿を渡すのか、それともキャベツの横に皿を置いておくか。
……ん?
その受付に人を取られるのはなくせるかもしれないな。
「なぁカトレア、食券販売魔道具はできた?」
「……はい、もう作りましたよ。二台」
「早いな、さすがだな。でも少し変更してもらってもいいか? ポーションの自動販売魔道具みたいにさ、キッチン側にも一台魔道具を置いて、食券販売魔道具で商品ボタンが押されたときにキッチン側でも注文内容がわかるようにしよう。もちろんお客さんにはその時点で注文が完了してることはわかってもらわないといけないが。それと注文の時に30G以上の商品だった場合はキャベツ用の皿を一枚その場に出すとかはできるか? コロッケ三個とかでも大丈夫にしてさ。食券には番号を書いておいて商品ができたらその番号で呼び出ししよう。聞こえなかった場合も考えて、カウンターの上に大きく呼び出し中の番号が出るようにしようか。キャベツ用皿に時間設定とかもできる? 一時間で皿が消えるようにしようか。変なこと考える人はいないと思うし別にされてもいいけど、不審に思う人が出るのは避けたいからな」
「……ララちゃん、どうしましょう……泣きそうなんですけど」
「大丈夫だよカトレア姉。でもまず野菜を先に手伝ってもらっていいかな?」
「……ララちゃんまで」
否定しないということはできるということだな。
さすがカトレアだ。
錬金術師がじゃなくてカトレアが凄いんだきっと。
うんうん。
ん? どうした?
研修生たちが手を止めてこちらを見ている。
だがなにも声を発しようとはしないがなにか起きたのか?
周りをキョロキョロしてみるが特に異常はなさそうだ……。
「(なんですか今の話は? 魔道具のことのようでしたけど)」
「(そんなこと俺にはわからねぇよ! でもカトレアさんが泣きそうになってることはわかる! 俺が慰めてやらねぇと!)」
「(……言ってる内容は全く理解できませんでしたけどロイスさんが知的で素敵だってことはわかります!)」
「(こらっ! みんな手を止めないの! あの三人に任せておけば間違いないのよ! それよりももっとコロッケをカリっと揚げなさい!)」
再び作業を始めたようだ。
なんだったんだ今の間は。
それより野菜も自家生産することになったか。
となるとやっぱりできるなら米も自家生産したほうがいいんだろうな。
でも米は難しいからさすがに無理だろうなー。
……ウサギがいれば田植えも稲刈りもできるか?
しかも変に魔道具に頼るより速そうだな。
だけどその後の処理はどうするんだっけなー。
昔爺ちゃんが教えてくれた気がする。
確か脱穀とか言ったか?
稲から実の部分の籾ってやつを外すんだっけ?
それで籾を籾すりとかいう殻を剥く処理をしたら玄米になるんだったか。
あっ、どこかで乾燥を入れないと水分量が多すぎるんだったっけ?
最後に玄米の表面を削る精米ってやつで白米になるんだったよな確か。
あれ?
これって錬金釜に入れたら一瞬でできたりしないのか?
でもそれだとカトレアしかできないから、脱穀から精米までができる魔道具を作るほうがいいか。
作るのはカトレアだけど。
というかカトレアなら米の作り方も知ってそうだな。
「カトレア」
「……ぐすんっ…………なんですか」
カトレアの様子を気にすることもなく、今思いついたアイデアを忘れないうちに一気に話した。
「……」
「……お兄?」
「え? 無理か?」
なにも反応がないときはたいてい大丈夫なときだ。
米も実現できそうなのか良かった。
地味に米って結構高いんだよなー。
それに重いし。
これでまた俺が楽できるな!
ララとカトレアはなにも言わずに家に帰っていった。
いつもの感じだと早速試作に入るのであろう。
「ロイスオーナー!」
「オーナー! てめぇ! よくもカトレアさんを!」
「ロイスさんいいアイデアですね。……少し見損ないましたけど」
「ほら! ロイス君は当分無視でいいから、みんなはコロッケと向き合うのよ!」
俺オーナーなの?
ララが店長なら俺がオーナーでも間違いではないか。
なぜかこの日は昼も夜もコロッケしか食べさせてくれなかった。
美味しいけどさすがに飽きるよ?