第五百十話 夜の砂漠
「きゃーっ!」
「可愛いですね!」
「こんなに小さかったんですか!?」
「ミルク用意したほうがいいですか!?」
「魔物とは思えぬでござるな……」
疲れきって座ってる俺のことなど気にせず、女性陣は盛り上がってるようだ。
アオイ丸とゲンさんは外で魔物たちの風呂を手伝ってくれてる。
「子供とは聞いてましたが、まさかまだ赤ちゃんだとは思いもしませんでしたよ」
カトレアがベッドのほうからやってきて俺の隣に座った。
「いや、話にあった子供はメタリンとピピが入ったときにはもう死んでたんだ。やはりカトレアの言う通り魔力暴走だったんだと思う」
「そうでしたか……。私たちも魔力の使い方には今一度注意しないといけないですね。では生き残りというのがこの子のことだったんですか?」
「あぁ。詳しくはアオイ丸とゲンさんが来たら説明するから」
「わかりました。ところで、この子は眠ってなかったんですか?」
「ん? 鳴いてたからメタリンも気付いたんだってさ」
「……ということはこの子には安らぎパウダーが効いてなかったってことですよね?」
「え? ……でもこいつはフェネックスの死骸で塞がれてた窪みみたいなところにいたからそこまでは届いてなかった可能性もあるからな」
「そうですか。それなら納得です」
でも残り四匹の赤ちゃんは死んでたからな……。
……いや、こいつが起きてるならあの赤ちゃんたちの死因が安らぎパウダーによるものではないってことの証明じゃないか。
逆に空気が薄くて苦しくて死んだのかもしれないけど……。
ってそれは俺たちのせいではないしな。
「それよりボネの様子はどうだ?」
「安らぎパウダーを少しだけ水に溶かして飲ませましたのですぐに眠りにつきました。起きたら良くなってると思います」
また安らぎパウダーかよ……。
「ボネに飲ませて大丈夫なんだろうな? 実はさっきその赤ちゃんのほかにも四匹赤ちゃんが同じ場所にいたんだよ。でもそいつらは外傷もないのにみんな死んでたんだ」
「……安らぎパウダーのせいだと言いたいんですか?」
「その可能性も少しはあるんじゃないかって話だよ。まぁメタリンはそもそも子供が魔力暴走を起こした原因を赤ちゃんたちが死んで悲しかったからじゃないかって言ってるけどさ」
「……その赤ちゃんたちの亡骸はどうしました?」
「とりあえず赤ちゃんも子供も回収してきたぞ。ほかのフェネックスやミアミーアの死骸もとりあえず全部詰め込めさせた。あ、袋は分けてるから」
「さすがです。どちらも状態保存機能付きのレア袋に移し替えておきましょう」
さすがなのか?
さっきピピにもさすがって言われたな。
「あ、そういやそいつ少し凶暴なんだよ。俺も四回ほど引っ掻かれて結構な血が出た」
「大丈夫でしたか? あんなに小さいのに。……みんなにそのこと伝えました?」
「いや、忘れてた」
「もぉっ! 怪我してからじゃ遅いんですからね! みなさん、その子の爪には注意してください!」
カトレアは慌てて注意しにいった。
……今のところ被害は出てないようだ。
「なんで先に伝えないんですか!」
怒りながら戻ってきた。
「俺しか引っ掻かれてないからな。魔物たちが触っても大丈夫だったし。でも俺が近付くと攻撃してくるんだよ。まるで俺だけを敵と認識してるかのようにさ」
「……マナの力がわかるのかもしれませんね」
「俺もそう思った。たぶん目は見えてないだろうから、なにか俺の力を感じ取るような力があるのかもしれない」
「マナを持つロイス君は魔物からしたら最大の敵ですからね。本能で遠ざけようとしてるんでしょう」
「ボネとかダイフクのときはそんなことなかったのに」
「ならロイス君の力が増してきてるのかもしれません」
俺にはなにも実感がないけど……。
「でもこのままじゃこいつは仲間にならないかもしれないよな。俺といると逆にどんどん悪の力が強まっていきそうだ」
「ふふっ。赤ちゃんから育てる作戦はもう通用しないかもしれませんね」
笑うところじゃないだろ……。
せっかくこんな可愛い魔物が仲間になるチャンスだっていうのに。
ララも期待しまくりで成長を見守るだろうから、仲間にならなかったら俺が怒られるかもしれないし……。
「ならロイス君の傍にいるとき用にミニ大樹の木で小さな檻でも作りましょうか? 安らぎパウダーの香り付きで」
「いや、それは可哀想だからやめてやろう。多少の怪我は覚悟するさ。この砂漠で逃げたらそれはそれでいい。それもこいつが選んだ道だ」
「そうですか。ララちゃんへのお土産が一つ減るだけですもんね」
「あぁ。こいつがいなくても十分なくらいお土産は手に入ったし」
なんだかもうモーリタ村へも行かなくていい気分になってきてるしな。
「ニャ~(みんな、優しくしてあげてよ)」
きれいになったダイフクが小屋に入ってきた。
自分の食事よりも先に赤ちゃんのことか。
「穴の中でのダイフク君の様子はどうでした?」
「それがさぁ~」
さっきのダイフクとの会話をカトレアに話した。
カトレアは終始微笑み、頷きながら聞いていた。
やはりカトレアの思惑通りの反応をダイフクは見せてくれたらしい。
ボネがこうなることは想定外だったらしいが……。
「あのぉ、ロイスさん、ご飯にしますか?」
ハナが申し訳なさそうに声をかけてきた。
ハナも赤ちゃんに夢中になっててみんなの食事のことを忘れてるもんな。
「そうだな。でも先に魔物たちの分を準備してやってくれ」
「はい!」
慣れない旅なのによくやってると思う。
普通のフィールドにはこんなに魔物がいるなんてことも知らなかっただろうし。
なんでも経験してみることが大事だな、うん。
「ホロロロロ……」
仲間がいなくなって寂しいのか?
それとも人間に囲まれてこわいのか?
「鳴き方も可愛い!」
なんでもかんでも可愛いって言うなよ……。
そいつからしたら不安で仕方ないはずなんだからさ。
「名前はどうします!?」
「フェネックスだから、フェネちゃんとか!?」
安易すぎるだろ……。
「クスクスちゃんとかはどうですか!?」
それも似たような感じだな。
「お耳が大きくなるそうなので、ミミーちゃんとかはどうですかね!?」
……悪くないと思ってしまった。
「砂漠で仲間になったのでござるから、バックンとかどうでござる?」
「「「……」」」
みんな反応に困ってる。
でも俺はその発想を評価するぞ。
というかオスとメス、どっちなんだろう?
「みなさん、たくさん考えてくれてるところ申し訳ないですが、ララちゃんが考える名前が第一候補になりますからね」
「「「「えぇ~っ」」」」
「ウチではそういう決まりなんです。それまでは自由に呼んでもらっても構いませんが」
ララはまたお菓子の名前でも付けるのかな。
「それより夕食にしましょう。ハナちゃんが準備してくれてますのでみなさんはテーブル周りのセットをお願いしますね」
そして食卓には豪華な料理が並び、夕食会が始まった。
砂漠の荒野にいるとは思えない光景だ。
「ロイス殿、お酒を出してもいいでござるか?」
「ん? 飲みたい人は飲んでいいぞ」
「カスミちゃん、このレア袋に入ってますよ」
「ありがたいでござる。こういう場でのお酒は最高でござるからな」
「ハナには飲ませるなよ」
「お子様にはまだ早いでござるよ」
カスミ丸も楽しんでるようだ。
半分旅行みたいなものだしな。
それにカスミ丸もアオイ丸も、今までこんなに大勢でワイワイした経験も少ないだろうから本当に楽しいのだろう。
ってこの二人、昨日の夜もサウスモナの居酒屋でかなり飲んでたじゃないか……。
タダ酒だから飲みまくってるんじゃないだろうな。
帰ったらララに報告しておこう。
「ニャ~(あの子ミルク全部飲んじゃった。ほかになにかあげていい?)」
いつのまにかダイフクが横に来ていた。
「そうか。じゃあ生肉をあげてみるか?」
「ニャ(うん。細かく切ってってハナに頼んで)」
おお?
食べやすさまで考えてあげるとはやるじゃないか。
「ハナ、ブルブル牛の肉を赤ちゃんが食べれそうなサイズに切ってやってくれるか? 生でいいから」
「はい!」
ハナが立ち上がりキッチンに向かうと、ダイフクもそれに付いていった。
魔物たちも床で輪になって食事をしているようだ。
みんなに囲まれた中心にはフェネックスの赤ちゃんがいる。
俺の前で見せるような凶暴さは全く感じられない。
でも本当にマナに反応してるんだとしたら、大樹の森で生活するのはこいつにとってかなりのストレスになるんじゃないだろうか。
「ちょっとゲンさんのとこ行ってくる」
カトレアに告げ、小屋を出る。
ゲンさんは岩場の入り口に座っていた。
「封印魔法の壁が張ってあるんだから見張らなくても大丈夫なのに」
「ゴ(夜の砂漠もいいもんだぞ)」
ゲンさんの隣に座り、しばしぼーっと外を眺める。
星がきれいだな。
「あの赤ちゃん、どう思う?」
「ゴ(引っ掻かれたんだって? 珍しいな)」
「ボネやダイフクやペンネのときはむしろ寄ってきてくれてたのに」
「ゴ(ならそいつはもう魔物として完成しつつあるのかもな)」
「あんなに小さいのに? ならもう仲間にするのは難しいかな?」
「ゴ(それはわからん。でもフェネックスが仲間になっても戦闘面で役に立つとは思えないけどな。いくらお前の力で強さが増すとしてもだ。せいぜいリスたち程度だろう)」
「リスたちくらいの強さにまで育ってくれればパラディン隊の助けにはなるからさ。それに可愛いってだけでララは大喜びだし」
「ゴ(お前は本当にララのことばかり考えてるな……。それなら魔物じゃなくて動物のフェネックを探したほうがいいんじゃないか?)」
「魔物だからいいんだよ。動物だと言うこと聞いてくれないだろ? そんなのララがイライラするに決まってるし。冒険者村にいる忍犬のことだって遊ぶだけならいいけど飼うのは嫌って言ってたしさ」
「ゴ(ははっ。お前たちならではの感覚だな)」
「ララだけだよ。で、あの赤ちゃんをこのまま大樹の森に連れて帰ったらどうなると思う?」
「ゴ(ん? マナが溢れてる場所だからってことか? う~ん、お前のマナを嫌がってるくらいだから発狂してより凶暴になるんじゃないか? 魔物は近寄りたがらない環境だからな)」
「やっぱりそうか……。なにかいい方法ない? 魔物の成長は早いからモタモタしてると手遅れになりそうだ」
「ゴ(そうだな~。カトレアにミニ大樹の檻でも作ってもらってむりやりマナに慣れさせるとかはどうだ?)」
「全く同じことをカトレアも言ってたよ……」
「ゴ(おお、気が合うな。でも普通にしてて可能性が低いならもう逆療法でいくしかないだろ)」
「でも檻なんて可哀想だろ……。ダイフクもせっかく育てる気になってくれてるのにさ」
「ゴ(じゃあ僅かの可能性にかけてみるんだな。それかもういっそのこと殺せ。今ならまだ悲しみも少ない)」
ゲンさんもたまに残酷なこと言うよな~……。
俺があんな赤ちゃんを殺せるわけないのに。
はぁ~。
砂漠って静かだな。




