第五百六話 荒野での争い
「どうしたんだ?」
御者席に座るカスミ丸に声をかける。
「……あれを見るでござる」
あれ?
ドアから顔だけを出し、外を見る。
……暑い。
ってなんだここ?
「岩が多いな。それに枯れた木のようなものも」
「砂漠よりも荒野と呼んだほうがいいでござるな」
荒野か。
砂だけの場所に比べたらまだここのほうがマシそうだ。
「これを見せたいためにとまったのか?」
「違うでござるよ。あの岩場付近をみてほしいのでござる」
岩場付近?
カスミ丸は左を見てる。
「ワンッ!」
なんだ?
「「ギャー!」」
魔物か?
「「「「ワンワン!」」」」
犬の鳴き声か?
「おそらく縄張り争いしてるでござるな」
「縄張り争い? 魔物と犬がか? というかどこにいるんだよ?」
「さっきから地面の穴の中に出たり入ったりしてるでござる。岩場にも数匹いるでござるな」
「……デカいのもいるな」
「ミアミーアでござる」
「えっ!? 犬じゃなくて魔物かよ……」
「よく見るでござるよ」
……確かにミアミーアだ。
マングースとかいう動物に似てるとか似てないとか。
「魔物も縄張り争いなんてするんだな」
「魔物も動物も生態は似たようなものでござるよ」
「ミアミーア同士で争ってるのか?」
「いや、さっきチラッと見えたでござるが、おそらく相手はフェネックスでござる」
「フェネックス!? あのフェネックスか!?」
「そうでござる。あのフェネックスでござる」
まさかこんなところにフェネックスがいるとは……。
アオイ丸がモーリタ村の村人に聞いて作った魔物一覧には載ってないが、砂漠にいるはずだとは言われてたもんな。
「ロイス君、なにかあったの?」
あ、みんなに馬車がとまった理由を説明しないとな。
「フェネックスって魔物知ってます?」
「「「「え?」」」」
ティアリスさんも知らないのか。
「フェネックって動物がいるんですけど、おそらくそれが魔物化したのがフェネックスなんです。凄く可愛いんですよ」
「「「「……」」」」
ん?
どうした?
女性は可愛い魔物が好きだろ?
「今そこでミアミーアの群れとフェネックスの群れが争ってるみたいなんです」
「……だからってとまる必要があるの? ミアミーアってFランクなんだよね? その群れなんて戦わずにすむなら早くここから立ち去ったほうがいいと思うけど」
「ウチにはフェネックスのサンプルが1種類しかないんですよ。しかもそれなりに大きく成長したオスのみでして」
「……まさかメスの個体や、小さいフェネックスがいればいいなとか思ってる?」
「まさにその通りです」
さすがティアリスさん。
俺の言葉から瞬時にそれを読み解くなんて。
「可愛い魔物を集めてなにする気なの?」
「それはもちろん…………ダンジョンで働いてもらうのなら可愛い魔物のほうが受けがいいでしょう?」
「なに今の間? 絶対それだけじゃないよね?」
「……それだけです」
「「「「……」」」」
ティアリスさんとアリアさんの前ではまだ迂闊なことは話せないからな。
まさかこんな可愛い魔物を自分のペットにできるかもしれないなんてサプライズをこの場で言うわけにはいかない。
ってもうほかのペット候補たちの準備は整ってるんだが、ペット引換券をまだ誰もドロップしないんだよなぁ~。
まぁペンギンテイオーのレアドロップ品だからそう簡単には入手できないんだろうけど。
エマとハナも黙ってて偉いぞ。
ペット牧場は従業員にも人気だからな。
フェネックスは大きな個体でも可愛いんだから、きっと赤ちゃんや子供のフェネックスはもっと可愛いと思う。
ララもこの前砂漠に来たとき探したらしいんだが見つからなかったそうだ。
その代わりキャラメルキャメルというレア物を見つけてきてくれたけどな。
カスミ丸のこの反応だとおそらくララから言われてたんだろう。
フェネックスの魔石をお土産に持って帰ればララも大喜びに違いない。
かなりのお手柄だな。
「というわけで、今からフェネックスの魔石ゲット作戦を遂行します」
「「「「……」」」」
「と言っても魔物たちだけでやってもらいますから」
外にいる魔物たちを馬車の中へ集合させる。
「いいか? どうやら穴の中で争っているようだからしばらくは待機。相討ちになってくれるのが一番いいけど、もしフェネックスが逃げだしたらピピは空から追撃な。このあたりは岩場が多いからリスたちやメタリンも走って追撃できるはずだ。ミアミーアもフェネックスもどちらもFランク。例え群れで襲われようがお前たちの敵ではない」
「「「「ピィ! (はい!)」」」」
「チュリ(もぉ~。魔物同士の争いに人間は介入しないほうがいいんですからね? 先にちょっと数確認してきますけど)」
「キュ! (私も行きますです! リスたちは屋根上で待機なのです!)」
ピピとメタリンは分かれて偵察に行った。
さすがにカスミ丸とアオイ丸も行ってこいとは言えないからな。
二人の実力だと、Fランクの群れに襲われたら絶対死ぬ。
亡骸すら残らないかもしれない。
「エマ、一応封印結界の準備な」
「ですよね……」
「アオイ丸、ゲンさんに軽く状況を説明してこっちの馬車に来るように言って後ろの馬車を片付けてきてくれ。それとトイレ休憩も入れるからトイレ馬車の設置も頼む」
「了解でござる」
「ウェルダン、水分補給したらいつでも出発できるようにしとけ」
「モ~(声からしてたぶん相当数多いよ……ヤバいよ……逃げようよ……)」
なんだと?
……でもフェネックスの魔石入手が最優先だ。
このことはみんなには内緒にしておこう。
「「「「ワンワン!」」」」
「「「「ギャー!」」」」
「「「「クゥー!」」」」
「「「「ホロロロロ!」」」」
やっぱり犬みたいな鳴き声のやつがいるな。
「ヤバくない?」
「かなりいそうですよね……」
まずい、ティアリスさんとアリアさんが気付きそうだ。
「アリアさんのほうがティアリスさんより年上ですよね? なら敬語は使わなくていいんじゃないですか?」
こういうときは話を逸らすに限る。
「騎士隊に入隊したときは全員自分より年上でしたからこの話し方が普通だったんですよ。それに後輩が入隊してきてもその中には自分より年上の方もたくさんいるわけじゃないですか? だから使い分けるのが面倒になってしまって」
最年少で入隊しましたって自慢じゃないよな?
「逆にみんなが気を遣うよね~。アリアさんの実力はすぐにわかるだろうし、騎士としての任務経験もあるからみんなとはスタートからして違うもん」
「期待されてもたいしたことはできないと思いますけどね……。私、先月までの二か月間は鍛冶師だったんですよ? 騎士だったことは一度頭から完全に離れてますからね」
「そっかぁ~鍛冶師だったんだもんね。全然想像がつかないけど。でもアイリスさんと二人で並んで鍛冶してると凄く人気出そう」
それいいな。
でも鍛冶師をやるより戦闘のほうが向いてるぞ。
「それよりロイス君、今話逸らしたでしょ? ウェルダン君なんて?」
くっ……逸らしきれてなかったか。
「ピピとメタリンの偵察待ちですね」
撤退はしないが、俺たちは少し遠くから見ることになりそうだな。
「ゴ(入るぞ)」
後ろのドアが開いてゲンさんとアオイ丸が乗り込んできた。
……やはり狭いな
冷房魔道具がなけりゃさらに地獄だったことは間違いない。
エマは御者席に移動し、カスミ丸とともに戦況を見守ることにしたようだ。
ボネとハナとカトレアはダイフクをクッション代わりにリラックスしている。
ティアリスさんとアリアさんはトイレに行ったようだ。
「ゴ(フェネックスがいるんだって?)」
「うん。やっぱり珍しいのかな?」
「ゴ(どうだろうか。俺も砂漠に来るのは初めてだからな。もしかすると絶滅危惧種なのかもしれない)」
「魔物も絶滅したりするのか?」
「ゴ(そりゃするさ。そのへんは動物と同じで弱い者は当然淘汰されていく。あいつらも生きるために必死なんだよ)」
さっきカスミ丸が言ってたことと似てるな。
「じゃあフェネックスはこの砂漠では弱かったってこと? Fランクとはいえ、風魔法と土魔法が使えるし、すばしっこいからそこそこやれそうな気もするんだけどな」
「ゴ(じゃあ魔瘴が消滅したパターンだろう。魔物は繁殖のほかに魔瘴からどんどん発生してくるから魔瘴が消滅しない限り絶滅はあり得ないんだが、それも大噴火が関係してるかもしれない)」
「え? 大噴火?」
「ゴ(あの噴火で影響が大きかったのは人間よりも動物と魔物だ。かなり多くの命が失われたらしい)」
「そのときにフェネックスも多く死んだと? そして魔瘴も消滅したって?」
「ゴ(その可能性があるんじゃないかってだけだ。でも魔物たちがいなくなったおかげでナミの町の建設は楽にできたんじゃないか?)」
人間はオアシスを失っただけなのに、魔物や動物は多くの命が失われたのか。
って魔物がいなくなることは人間にも動物にもいいことだと思うけどさ。
「この大陸西側あたりは魔瘴地帯がそれなりにあるみたいだし、フェネックスもまたそこから生まれてきそうなものなのに」
「ゴ(魔瘴にもパターンがあるからな。そのパターンと環境、そして魔瘴の強さ、強さって言うのは濃さのことな。それらが全て一致して、生み出される魔物が決まる仕組みらしいんだよ)」
「……詳しいな」
「ゴ(これだけ長く生きてればそういう話くらい耳にするさ。昔大樹のダンジョンにも魔瘴を研究しようとしたやつはいたしな)」
「……ここにもいるしな」
「ゴ(カトレアか。でも以前カトレアがやろうとしてたのは魔瘴を魔力へ変換できないかって実験だろ? だから全然違うぞ)」
そのためには魔瘴の研究が必要とか言ってそのうち調べ出しそうだけどな……。
「なんですか?」
「いや、なんでも……」
「悪口はやめてください」
「そんなんじゃないって。昔、魔瘴の研究をしてた人がウチにもいたんだってさ」
「え? どういう研究を?」
「なんか魔瘴ごとにパター……ん?」
外でなにか音がした。
すると前のドアからエマが顔を覗かせた。
「穴の中から魔法が放たれました! 凄い魔法です! 一旦避難しますね! ティアリスさーん! アリアさーん!」
後ろのトイレ馬車から慌ててティアリスさんとアリアさんが移動してきた。
そしてウェルダン馬車は走り始めた。




