第五百話 ラシダの私情
「ゴ(来たぞ)」
ん……ウトウトしてしまってたか。
三十分ほど経ったか?
カスミ丸たちはまだ戻ってきてないようだ。
そしてピピが馬車に入ってきた。
「チュリ~(疲れました~。地下遺跡全体を見てきましたのであとで報告しますね~)」
ピピはカトレアの膝の上に下りると目を瞑った。
「失礼します。よろしいですか?」
「どうぞ」
ラシダさんも馬車に乗ってきた。
「ギリギリまで補充したのですが、三袋分は余ってしまいました。それも含めてお返ししますのでご確認ください」
「水路以外にタンクみたいなのはないんですか?」
「大きな物はないですね。こんな袋の存在を知ってしまったあとではいくつも小分けしておくのもなんだかバカバカしいですし」
楽を覚えるとダメだな……。
「じゃあその三袋は非常時のためにラシダさんが持っていてください」
「えっ!? いいんですか!? じゃなくて、さすがにそれは無理です!」
「いいよな?」
「はい。ではその袋を収納しておける容量少なめのレア袋もお渡ししておきましょう。こちらはウチで冒険者向けにたま~に販売してる商品ですので遠慮はいりません」
「いやいや! そんな高価で貴重な物を私なんかが持つわけにはいきませんし、こわいです!」
王女が持てなかったら誰が持てるんだよ……。
「ただの袋ですから大丈夫ですよ。見た目では高価かどうかなんてわかりませんし。それにほら、こっちはデザインも色々あるんですよ」
「あ、本当ですね。この白いのなら普段持っててもこの服装と違和感ないかもしれません」
持ち歩く気満々じゃないか……。
「ではそちらでよろしいですか? 本来ならシリアルナンバーとお名前を印字させてもらうのですが、あいにく今はそれ用の魔道具を持っていませんのでなしで結構です。もし大樹のダンジョンに来られるようなことがありましたらそのときにでも」
「……ありがとうございます。でも先ほどはレア袋は渡せないと言ってたのに……」
「俺たちだって意地悪がしたいわけじゃありませんから。こんな結末でこの町を去ることに少しは罪悪感みたいなものもあるんですよ。でもこの町は俺たちの力を今すぐに必要としているわけではありません。それにそっちの大容量レア袋はあげるのではなくてお貸しするだけです。ラシダさんを信用して託すわけですから責任はそれなりに重いですよ?」
「……はい。責任を持って丁重に扱わせていただきます。でももし今後私たちがナミを出る決断をした場合、火山のことはどうすればいいのでしょうか?」
「そのときは俺たちがどうにかします」
「どうにかってどうやって? 地下遺跡にどなたか住ませるんですか?」
「誰もいない場所になんて住ませられませんし、そんな場所を守り続ける意味もないでしょう」
「でも放っておいたら危険かもしれないんですよね?」
「ですね。だからやることは一つです」
「え? …………もしかして?」
お?
補佐官さんに似て察しがいいじゃないか。
「本当に破壊するんですか!? 火山を!?」
「それしかないでしょうね。まぁもう破壊されてるかもしれないんですけど」
「あんな大きなピラミッドなんですよ!? あのサイズの火山を破壊なんて本当にできると思ってるんですか!? 破壊して大爆発でも起こったらどうするんですか!?」
「そのためにピラミッドの中にあるんじゃないですか」
「えっ!? ……あ、確かに……。封印魔法で守られてるのなら周囲への影響は出ないかもしれませんよね。でもどうやって破壊するんですか?」
「それはウチに帰って暇なときにでものんびり考えますよ。幸いにもウチはダンジョンですから色々と実験もできますし、似たような火山だってすぐに準備できますから」
「……一度行ってみたかったです」
「いつでもどうぞ」
魔瘴の中をあのラクダでサハまで移動できるとは思えないから早いほうがいいぞ。
それはさておき、最後に忠告だけしておくか。
「ラシダさん、よく聞いてください」
「……はい」
「そんなに遠くないうちにサハの町周辺は魔瘴で覆われることになります。ですからナミの町が無事でもサハから人が来れないとなるともうこの町は孤立したようなものです。観光客なんてもう誰も来ませんしね」
「……」
「もちろん補佐官さんもそれをわかっています。それでもまだ余裕でいられるのは、ナミの町に住む人々を救える自信があるからだと思います。おそらく封印魔法の目途もついてるはずです」
「え? ……昨日言ってた王都にいるという魔道士たちのことでしょうか?」
「たぶんですけどね。衛兵さんたちが王都に行ってるとかいう話は聞いてないですか? 冒険者に行かせてる可能性もありますが、今無理に引き抜こうとすると王都を怒らせる可能性もありますので行かせるとしたら国の代表として話ができる衛兵さんのほうが無難だと思うんですが」
「……あ、調査という名目で数日前から出張してる部隊がいます。行先はわからないですが、衛兵隊の副隊長が指揮をとってるくらいですから重要な任務の可能性が高いです。今思えばサハでもウチの所有するラクダがたくさん預けられてた気がします」
「それなら魔道列車を利用してマルセール経由で王都に向かった可能性が高いですね。帰ったら映像で調べておきます。……ラクダといえば、今朝サハであの町の衛兵が絡んできたのはナミの衛兵さんが預けてるラクダの数があまりに多すぎたからなんじゃないですか?」
「そうかもしれません……」
ナミがなにか良からぬことを考えてるとか思ってそうだな。
「とりあえず、妹さんに封印魔法を教えるという件は保留でいいですよね?」
「う~ん。そういうことであれば仕方ありませんね」
俺たちはすぐ帰ると言ったのにまだ教えてもらえると思ってたのだろうか……。
「俺からはこのくらいですかね。なにか質問あります?」
「……本当に帰ってしまうんですか?」
「えぇ。カトレアがいないとサハまでの魔道ダンジョンも繋げられないですし、エマもリーヌの保守作業やラスでの作業が迫ってきてますので」
「……すみませんでした。私がもっと母の考えを理解しておくべきでしたよね」
本当にあの補佐官が母親なんだな。
父は国王、兄は冒険者、妹は水道屋、自分は衛兵。
肩書きだけを見ればバラバラだが、みんなナミの町のために仕事してるのか。
って冒険者は違うか。
「魔道列車を繋げてもらうことが町のためなんですから補佐官さんの考えは当然ですよ。でも俺たちには俺たちが考える優先順位というものがありますから。もちろんそちらからすればほかの町を差し置いてでもナミを守ることが最優先なんでしょうけど」
「……ふふっ。人間って醜いですよね。自分の欲望が最優先で、望みが叶わなければ相手を恨み、責任もなにもかも相手のせいにしちゃうんですもの。ロイスさんたちは私たちを救おうといち早く声をかけてくれたというのに」
急に悟りを開いたんだろうか……。
でもこう思ってくれたということは俺たちの気持ちや考えをわかってくれたってことだよな。
「私、衛兵を辞めます」
「「え?」」
「ナミ周辺が魔瘴に覆われて、ナミが孤立した町になったあとの話ですけどね。地下遺跡にひっそりと住むのなら衛兵は今ほど人数も必要ありませんし。魔物の肉や素材や魔石を調達してくるばかりの仕事になるのなら冒険者になったほうが楽しそうですもの」
うん、それに関しては俺もそう思う。
ウチでもパラディン隊と冒険者の仕事内容が被らないように気を付けなければ。
「いっそのこと結婚でもして、子供産んで育児と家事に専念するのもありかもしれませんよね~」
どうした?
完全に現実逃避モードじゃないか……。
「お相手はいるんですか?」
カトレアも聞かなくていいんだよそこは……。
「いないです。私って元水道屋で王女で衛兵ですからなかなか男性が寄って来なくて」
王女が邪魔してるよな……。
しかも国王が代わった瞬間に王族からも外されるんだから。
「それは肩書きや身分のせいにしてるだけだと思いますが」
だからそれ以上絡まなくていいんだって……。
「カトレアさんだって凄く有名な錬金術師なんですから、男性からしたら近寄りがたいのでは? 声かけられたりしますか?」
「はい。そんなのしょっちゅうですよ」
「え……嘘ですよね……」
「本当です。デートのお誘いや、お付き合いをしてほしいと言われることも多々あります」
「嘘……」
「でも私が普段接してるのは冒険者の方ばかりですからね。みなさん心が開放的な方が多いんです。毎日戦闘ばかりしているせいでしょうね。でもそれは悪いことだとは思いません。冒険者なんていつ死んでもおかしくない職業ですから、常に今を全力で生きてる証なんですよ。まぁウチのダンジョンの環境が充実しすぎているせいで心に余裕があるからとも言えますが。でもそこはもっとロイス君が考えて厳しくしなきゃいけないところだとも思います。男性のことよりも女性の意見をもっと聞いてください。何度断ってもしつこく言い寄ってくる方にはペナルティを与えるべきです。はっきり言って不快ですから」
なんで俺が怒られてるみたいになってるんだよ……。
なぜか男ばかりが悪く言われてるし……。
「羨ましいです……」
おい……。
こういう人のことを男日照りって言うんだっけ……。
「衛兵隊の男女比率は圧倒的に男性が多いんです。それなのに私は本当に全然モテないんです……。ほかの子たちは……。でもわかってますから……私、可愛くないんです」
どうしてくれるんだよこの状況……。
カトレアのせいだからな。
「ラシダさんはおいくつですか?」
だからもう聞くなよ……。
「二十四歳です……」
そのへんだろうな。
ってほら、余計落ち込んじゃっただろ……。
でも別にそこまで年がいってるわけじゃないよな?
「二十四歳、これからが一番いいときじゃないですか」
スルーしとけばいいのに……。
「カトレアさんはおいくつですか?」
「十九歳になったばかりです」
「えっ!? 十九歳!?」
ん?
どっちの反応だ?
見た目より年いってるってことか?
「……ってすみません。背丈やお顔の印象からだとロイスさんよりも少し下かなと思ってたんですけど、こうやってお話してると私と同じくらいの年齢かもと感じてしまって不思議だったんです。でもスタイルはいいなぁ~ってずっと思ってました」
やはり女性はそこも羨ましく思うものなんだろうか。
「ラシダさんこそ普段から戦闘されてることもあって体が引き締まってますし、お顔もきれいじゃないですか。なにかケアとかされてます?」
「オイルで保湿してるくらいですかね。外で戦闘の任務なんかしてると肌もすぐボロボロになっちゃうんです」
「それならウチの冒険者が使ってる化粧水を使ってみるといいかもしれません。何種類かお渡ししますので自分に合うものを探してみてください」
「え、いいんですか!? ありがとうございます! もしかしてこれもダンジョンストアというところで売ってたりするんでしょうか?」
「はい。ウチのダンジョンは戦う女性の味方ですから。ストアの女性用コーナーはいつも人がいっぱいですよ。お肌のケアは装備品のケア以上に大事ですからね」
「えぇ~いいなぁ~。私も行ってみたいです……」
いや、お肌以上に装備品のケアを大事にしてくれよ……。
ってこんなこと言ったら袋叩きにあいそうだ……。




