第五十話 ベビードラゴン
「おい! 聞いたか!?」
「あぁ! ドラゴンがいたんだってな!」
「ドラゴンていっても小さいヤツなんだろ?」
「なんでもベビードラゴンとかいうらしいぜ」
「ベビーって……そんなヤツが本当に強いのか?」
「ベビーとはいうが人の一回り大きいくらいのサイズはあるらしいぞ」
「スピードが半端ないらしい。それに鋭い牙や爪で攻撃してくるらしいし、羽さえも武器にするらしい!」
「それにブラックオークも出たらしいぞ!」
「マジか!? てことは肉ドロップするのかな!? あの肉は美味いぞ!」
「そうなの!? 腕がなるわね!」
「でも私は吊り橋が怖いな~」
「魔物急襲エリアがあるってのは本当のことなのか!?」
十八時過ぎ、小屋の中は山頂エリアの話題で盛り上がっていた。
未知のものを一つずつ探っていくのは楽しいだろうな。
これでもうしばらくはやりがいを持って地下三階に挑んでくれることだろう。
「ねぇロイス君! ベビードラゴンも素材をドロップするの?」
尋ねてきたのはティアリスさんだ。
「どうでしょうね? 試してみたらどうですか? ふふ」
「……その顔は当たりね」
また顔に出てしまってたか。
「ドラゴンだから……鱗とかかしら? 爪や牙もあり得るのかな?」
相変わらず鋭い人だ。
そう、ベビードラゴンの通常ドロップはベビードラゴンの鱗で、レアドロップはベビードラゴンの牙に設定している。
どちらも高値で取引されているとカトレアが言っていた。
鱗は防具に、牙は武器防具にと幅広く使われるようだ。
だがドラゴン自体の数が少なすぎることと強いことからあまり市場に出回らないらしい。
「通常が鱗で、レアが牙ってところかしら?」
なっ!?
そんなことまで俺は顔に出してたというのか!?
「どうやらそのようね! ふふっ、ロイス君はわかりやすいからね」
……どうやらカマをかけられたようだ。
だが俺の表情だけでそこまで読み取るティアリスさんが凄いんだよ?
「ねぇ、あの女の子一人で来てるの? 初めて見る顔だけど」
ティアリスさんの視線の先には、小屋の中の雰囲気に圧倒され外からそれをじっと見ることしかできないでいる少女がいた。
「そうですね。今日が初めてで一人のようです」
「ふ~ん。明らかに十二~十四歳って感じよね? ちょっと話しかけてくるね!」
そう言うとティアリスさんは少女に話しかけ、いっしょに小屋の中へ入っていった。
人見知りしない性格が凄いといつも思ってしまう。
その少女だが、実は今までの冒険者とは少し違っていた。
なにが違うかというと、少女は受付の際に冒険者カードを作ることを拒んだのだ。
先週から導入したばかりの冒険者カードシステムだが、それを拒んだのは少女が初めてだった。
もちろん自分の情報が知られるのを嫌な人のためにカードがなくても入れるようにしてあるから作らなくてもなにも問題はない。
身に着けてる装備品から推測するとおそらく彼女は魔道士であり、魔道具とかにも詳しいのかも知れない。
だからあまり深くは詮索しないようにしようと決めていた。
ティアリスさんにとっては全く関係ないことであろうが。
それに話した感じからも明らかに俺より年下である印象を受けた。
カトレアは例外として。
ここに十五歳未満が来るのはリニューアル後はおそらく初めてなんじゃないだろうか。
考え事をしながらも騒がしい小屋の中を見ていると、ジョアンさんが出てきた。
「ロイスさん! ベビードラゴンの話聞きましたよ!」
「そうですか」
「魔物急襲エリアがあるってことはもちろんその中にベビードラゴンもいるんですよね!?」
「どうでしょうかね? まだ誰も行ってないようですからお答えしかねますよ」
「ヤバすぎですよねそのエリア! それにそんなところで素材ドロップしても回収が大変ですね! 僕も腕がなりますよ!」
ジョアンさんはレンジャーだ。
ドロップ品の素早い回収も彼の役割なのかもしれないな。
レンジャーの役割としては常に周囲への警戒と仲間のバックアップが求められる。
そのために自分が足手まといになることをおそれ、しばらくはソロでいくと決めてたような人だ。
「パーティの調子はどうですか?」
「最高ですね! 僕は攻撃力がそんなに高くありませんし、もうソロには戻れないかもしれないです! あははっ!」
楽しいようでなによりだ。
「(でロイスさん、少しお聞きしたいんですが、山頂エリアにベビードラゴンは一匹しかいないってのは本当ですか? ……さらにその周囲には他の敵はいなかったとか? 火を吐いてきたりしますか?)」
「……」
「……ありがとうございます! これで対策は立てれそうです! 明日は僕らが第二休憩エリアにいきますからね!」
ジョアンさんは一方的に話すと、俺の言葉を待たずに去っていった。
また俺の表情か?
いや、レンジャーだからだな。
うん、そうに違いない。
一方そのころ、物資エリアでは研修初日が終わりを迎えようとしていた。
「はい、今日はここまでにします!」
「終わったぁ~」
「ったく厳しいぜ店長はよぉ~……いえ、ありがとうございました!」
「これあとでロイスさんに持っていってもいいですか?」
「これくらいで弱音吐かないでよね! まだ初日よ! コロッケ売りまくるんだからね!」
ララ店長は封筒を四つ取り出した。
「では今日の研修代をお渡しします。まだ研修中のため額は少なめです。年齢関係なくみなさん同じ額ですのでそのことで喧嘩しないでください」
「いいんですか?」
「やったぜ! さすがララ店長だぜ!」
「え? 私はロイスさんからの手渡しが……」
「ほらみんな静かに! さっさと受け取ったら帰る準備するわよ!」
ララ店長は四人に封筒を手渡した。
「おお!? 280Gも入ってるぜ!?」
「「「えっ!?」」」
三人が遠慮して中身を見ないでいる中、メロはそんなことを気にする素振りもなく中身からお金を取り出した。
三人も慌てて中身を確認する。
「ララ店長! 少し多すぎませんか?」
「そうですよ? ロイスさんに怒られちゃいますよ?」
「店長! いくらなんでも研修中の身である私たちにこれは払いすぎじゃないでしょうか? 四人で1120Gですよ!? コロッケでこの額稼ごうと思ったらいったい何個売ればいいと思ってるんですか!?」
「そう言われるとそうだな。ララ店長、もう少し減らしてくれても文句はないぜ?」
ララ店長は四人の意見も想定内だと言わんばかりに動じることなく話し出す。
「いえ、貰いすぎではなくこのくらいの対価はもらって当然だと考えるようにしてください。あなたたちがこの研修を無事に終えることができ、晴れて従業員となった場合はプロとして扱いますから。当ダンジョンの従業員にはしっかりとその自覚を持って行動していただきたいと思ってます。一食一食全てに対し手を抜くことなく提供し、一人一人のお客様に対して明るく平等に振る舞っていただきたいのです。そしてダンジョンへ入る際にもその心構えは忘れずに、困ってる人がいたら迷惑にならない程度に手を差し伸べてあげてください。親切の押し売りは冒険者のためにならないのでダメです。みなさんは自分自身のために労働し、自分自身のために強くなり、そして家族のために家の仕事を手伝うのです。その先にはきっと今よりも成長した自分がいるでしょう。少し長くなりましたが、今日はこれで終わりにします。もし、明日以降も来ていただけるのであれば喜んでお待ちしています。ではお疲れさまでした。地上の状況を確認してきますのでもう少しここでお待ちくださいね」
「「「「……」」」」
四人はララ店長が話してる間、一言も口を挿むことなく黙って聞いていた。
そしてララ店長が地上へ戻った後も誰もなにも言わず、動くこともなかった。
しばらくして、ようやくヤックが声を出した。
「ララ店長、凄いですよね。まだ十歳なのに……。僕はいったい今までなにしてきたんだろう」
「あぁ、すげぇな。小さいころに両親を亡くしてからは兄貴と爺さんとずっとここで暮らしてきたんだよな。……ぐっ、俺は泣いてなんかねぇからな!」
「本当に十歳なんですかね。でも私はララ店長好きですよ。年下ですけど。ロイスさんの次くらいにですけど」
「……そうね。私はロイス君と付き合いが長いからわかるけど、彼も彼女もずっと苦労はしてきてるんだと思うのよ。それでも苦労を苦労と思わずっていうのかな? いつも前向きに過ごしてるんだよね」
四人は給料のことなんかすっかり頭から消えていて、翌日からもっと頑張ろうという意欲だけが俄然と湧いてきたのであった。
地上へ戻ったララ店長はというと
「あぁ疲れたぁ~今日の夜ご飯はこれだからね!」
「……お疲れ様でした。じゃあ私は昼に食べていないダンジョンカツ丼をいただいてもいいでしょうか? ふふ、美味しそうです」
「……俺昼にも全種類食べたんだけど。まぁ美味しいから続けても大丈夫だな! でもさすがに一週間昼夜と続いたりしないよな?」
「文句言うなら食べなくてもいいからね! 私は食べたらちょっと地下三階で汗流してくるから、あの四人のことはお兄に任せたよ!」
地下三階で汗流すってなんだよ?
山登りか?
……魔物しかないか。
今日は料理三昧だったから体を派手に動かしたくてたまらないんだろうな。
でもくれぐれもベビードラゴンに一人で挑んだり、魔物急襲エリアに一人で行ったりしないでね?
冒険者たちが帰った後、物資エリアへ四人を迎えに行った。
理由はわからないが四人とも急に大人になったような凛とした表情をしていた。