第五話 経営状況
ダンジョンについて色々とわかってきたため、今後の計画を立てる上でまずは現状を分析することになった。
……もちろんララの提案でね。
俺とララはリビングのソファではなく、ダイニングキッチンのテーブルで向かい合って座っていた。
ダンジョンコア……ドラシーはテーブルの上にちょこんと座り、小さなカップでコーヒーを飲みながら話を聞いている。
よく見ればクッションに座ってるようだ。
カップといい、自分用サイズの小物を持っているのか。
コーヒーはどこから持ってきたのか……気にしちゃキリがない気がするな。
「さてと、まずはなにからしようか」
「お兄、これ見て」
そう言ってララは二枚の紙を出した。
「これは?」
「ここ一か月の間にダンジョンを訪れた冒険者の記録」
「いつの間にこんなものを?」
「毎日お兄に聞いてたでしょ? それをまとめただけ」
「そりゃ聞かれるから話してたけど。それにしてもこれは……」
一枚目はダンジョンを訪れた冒険者の情報で、冒険者の人数、性別、年齢、ダンジョンに入った時刻、出た時刻、ソロかパーティか、装備品や服装などから推測される職業、それらが日ごとに表でまとめられていた。
二枚目はこの家の収支状況をまとめた帳簿のようなもの。
……なにこれ、この子凄くない?
本当に俺の妹??
しかもまだ十歳だよ?
ララさんて呼んだほうがよくない?
……っとダメだダメだ、少しでも兄としての威厳を保たねば捨てられる可能性があるな。
「よくデータがまとめられてるな。しかも見やすいしわかりやすい。ララは凄いな。爺ちゃんに教わったのか?」
「お爺ちゃんが教えてくれるわけないでしょ。私はこの家から離れちゃ危ないからダメって言われてたから本を読むことくらいしかすることなかったもの。でもお兄が褒めてくれて良かった」
「そうか、ララは凄いぞ」
「えへへっ」
うん、ウチの妹可愛い!
ツンデレってやつかな?
基本ツンばかりだけどね。
この家には地下室があって、そこにはかなりの数の本がある。
ほとんどは魔導書関連のため、魔力が少ないらしい俺は魔道士になれるなんて思ってもおらず、あまり興味が持てなかった。
書いてあることも難しい内容なのにララはよく読む気になったもんだ。
まぁ内容はともかく本の中のデータ集計の表とかは見るだけでも書き方を学ぶことくらいはできるか。
「でも本当に助かるよ。ありがとう」
「……お爺ちゃんが亡くなって二人きりだとさすがにこの先が心配になるでしょ。でも私はなんにもできないし。だからお兄の足だけは引っ張りたくなくて」
……ヤバい泣きそう。
ララをこんなにも不安にさせてたなんて。
爺ちゃんが亡くなる前も亡くなった後もなにも考えずに毎日ぼーっと過ごしててごめんなさい。
なにがあってもララだけは守ろう!
……うん、俺が守られることになりそうだ。
「そうだな、先のことを考えていかないとな! ララさえ良ければこれからどんどん意見を出してくれよ? もちろんまだ十歳のララに危ない真似はさせられないけど」
「うん、アイデアいっぱい考える! 剣も上達してると思うし、同じくらいの歳の子には負けるつもりないしね!」
俺とララは毎朝木の剣で素振りや打ち合いの訓練をしている。
これは俺が小さなころから父と母に言われてきたことだからだ。
正直、俺の十歳のときより今のララのほうが腕はいい。
もしかすると今の俺よりも強いかもしれない……。
「ララは強いけど、心配になるから無茶はしないでくれよ」
「うん、それは大丈夫。お兄を心配させることが一番嫌だから無茶はしないよ」
「そっか……じゃあララがまとめてくれた資料を基に検討してみようか」
「うん!」
一枚目の資料をテーブルの真ん中に二人が見やすいように横向きに置く。
なになに、ダンジョンに訪れる冒険者は一日平均五人くらいか。
男女比は四:一ってところだな。
年齢は十五歳~十七歳が多い。
ダンジョンに入る時間は午前中が多く、それから三~四時間程度で出ている。
ソロとパーティは半々で、パーティも二人までだ。
職業はまだ初心者ばかりのため判断が難しいから完全に俺の主観になるが、これがまたボキャブラリーの少ない構成になってるな。
ララがデータ収集してるとも思わないで俺が冒険者を見てこの職業かなと感じたのを適当に言っていただけだから当然とも思われるが。
二枚目の資料を一枚目の資料の横に並べる。
収入はダンジョンの入場料がメインだな。
入場料は一人50G、先週を見ると三十人で1500Gの収入か。
それに俺が森で採集した薬草や、シルバが森で倒した魔物の素材や魔石を売って約800G。
合わせて週に約2300Gの収入を得ていることになる。
他の週を見るとダンジョン収入は1300G~1700G、その他の収入が800G~1000Gとなっている。
平均すると約2400Gってところか。
次に支出だが、基本的に支出は週に一回しかない。
ダンジョン定休日に町に買い物に行ったときにしか使わないからな。
支出は主に食料品で、米、肉、野菜、調味料、飲料水、それに生活用品である紙類、たまに服か。
週の支出は平均して……こちらも約2400Gだな。
俺が独り言のように呟いている間、ララはそれを黙って聞いていた。
ドラシーは紅茶を飲んでいるようだ。
「改めて見るとよくまとまってる資料だな」
「それはわかったから、お兄の思ったことを聞かせて。資料の出来じゃなくて内容を分析した結果についてね。まずは収支からのほうがいいかな?」
「収支か、週によって多少のバラつきはあるものの、月で見るとプラスマイナスゼロだな」
「……それをどう捉える?」
「ん~、まぁ赤字になってないのはいいことなんじゃないか?」
「赤字になってないのはお兄が薬草や魔物素材を売って稼いでくれてるからだよ」
「それはそうだけど。黒字にできてないのは申し訳なく思ってるよ」
「そうじゃなくてね、今みたいな生活スタイルはお爺ちゃんが生きてたころから変わってないでしょ?」
「言われてみればそうだな。鮮度の関係もあって町へ行く直前か前日にしか薬草や素材集めはしてないな。そうか、もっと頻度を増やしたら収入も増えるか」
「……お兄、お金ももちろん大事だけど、今言いたいのはそんなことじゃなくてね。私はね、お兄に感謝してるんだよ?」
「感謝? 俺に?」
「うん。お兄が稼いでくれてるおかげで収支がかろうじてプラマイゼロになってるの。お兄は買い物に必要なお金の足りない分を稼ぐようにしてきたんだよ」
「?」
……足りない分を稼ぐのは当たり前のことじゃないのか?
そうじゃないと町で買い物できないじゃないか。
ララがなにを言いたいのかよくわからない。
爺ちゃんは管理人の仕事もあったし歳だったからそれ以上のことを求めることはできなかったし、ララは小さい子供だから論外だ。
それに爺ちゃんには俺たち二人を育ててもらって恩を感じてるからこそ普段の生活では面倒をかけないようにしてきたつもりだったし。
普段の食事だって決して豪勢とはいえないがララがしっかり栄養をとれ美味しい物を食べられるように献立を考えて食材を買い込んできているつもりだ。
料理するのはもっぱら爺ちゃんやララだったが。
……あれ? なんの話だっけ?
俺の稼ぎが少ないことについてか?
さすがにララから言われると落ち込むなぁ。
赤字じゃないからいいじゃないか。
「はぁ~、お兄は自分が思ってるよりも凄いよ? ってこと」
「え?」
「だから~、これからは私も色々手伝うんだから私にも頼っていいの。ドラシーから話聞いて管理人のお仕事楽しそうだとは思わなかった?」
「え? いや、正直まだよくわからないな……」
流れ的に面倒そうだとは言えない……
情報量多すぎてまだまだ整理できてないしな。
「まぁ昨日の今日だからね。ちょっと話が逸れたけど、要するにせめて生活費くらいはダンジョン経営で稼がないとやる意味がないと思うの。それに私たちしかできないことだし、今よりももっと人が集まってくると思ったらなんだか楽しそうに思えてね。だから当面の目標はダンジョン経営だけで収支プラマイゼロを目指そう! ね? それでいいよね?」
「……そうだな。やってみるか」
話が元に戻ったみたいだけど、ララがやる気になってるので俺は楽できそうだし細かいことはいいか。
そう思って適当に頷いておいた。