第四百九十八話 手強い相手
ラシダさんが王女だったという衝撃的なことを聞かされたあとではあったが、なんとか平静を装って火山の話をした。
たぶん俺がラシダさんのことを驚いてる以上にこの人たちは火山の真実に驚いてるんだろうな。
「大樹のダンジョンに伝わってる話とナミに伝わってる話とでは食い違う部分があることはおわかりいただけましたか? ですがなにぶんウチの情報は当時の物しか残っていませんもので、本当に火山が取り壊されたのかまではわからないんです。ナミでは火山を取り壊したあとにピラミッドを建設したことになってるのにはなにか理由があるのは間違いないとは思うんですが」
「少し整理させてください。つまり大ピラミッドの中には今もまだ火山が存在していて、そのピラミッド内にかけられている封印魔法を維持するために、水道屋は毎日魔力スポットに魔力を注ぎ込んでいると? そしてその魔力の伝送路として排水用の水路が大ピラミッドまで続いてると?」
さすが補佐官さん、即座に理解してくれるな。
「その可能性もあるって話です。もちろん魔力スポットの役割には水路内の転移魔法陣を維持する目的もあると思いますよ? どちらにせよその水路内の特殊な石や地下遺跡内部、そして排水用の水路の行き先、なにより大ピラミッドの中を調査させてもらえませんか? 俺たちはそのためにここに来ました」
「……この町への封印魔法のことがメインではなかったんですね」
「それは申し訳ないです。でももしピラミッド内が今も封印魔法で守られてる状態だとしたら、安易に魔力供給をやめるわけにはいかないかもしれません。その場合は地下遺跡を残す方法も考えないといけなくなるかもしれません」
「えっ!? ではそのときはナミにも封印魔法を!?」
「そうしないといけなくなるかもってだけです。……だからって火山があることを期待しないでくださいよ?」
「そ、そ、それはもちろんです! そんな危険な火山が今もまだこんな身近にあるなんて考えたくもありません!」
怪しい……。
「封印魔法をかけることになっても地下遺跡だけですからね? それに魔道列車を開通させるのは絶対に無理ですよ? 別にサハに避難してくれてもいいんですからね? まぁ水道屋のみなさんがここに残ってピラミッドを守ってくれるとなれば、地下遺跡の封印魔法維持のためや水の補充のためにどうにかして俺たちが定期的にここに来るしかなさそうですけど」
「……それならいずれは魔道列車を開通させたほうが移動も楽になるんじゃないでしょうか? それに魔道ダンジョンを繋げればわざわざここまで来られなくても地下遺跡の封印魔法の維持もできるでしょうし。あ、気にしないでください、直近の話ではなくいずれの話ですから。水さえ大量にご用意していただけるのであれば私たちはここを守りながらいつまでも待てます。例え地下遺跡の封印魔法が解けようとも、自力で魔物から守ってみせます。その間、魔道ダンジョン構築のための初期投資に必要な魔石も大量に準備しておきます。そして魔道ダンジョンや魔道列車、封印魔法の魔力維持にはぜひ私共の水道屋がいることもお忘れなく、ふふふっ」
理解が早すぎるし、機転も利きすぎる……。
しかもここで魔道列車のこともねじ込んでくるとは……。
この国が儲けてるのはこの人のおかげなんだろうな。
「火山がなかった場合は諦めてくださいよ?」
「えぇ~? 私たちはいつまでも待つと言ってるんですよ?」
「それだと収拾がつかなくなるじゃないですか。ほかの町の人がそう言い出したらどうします? 既に故郷を失ったマーロイ帝国やジャポングの人たちだってなんでそうしてくれなかったんだって怒るでしょう?」
「う~ん。でも私たちは封印魔法がなくてもこの強固な地下遺跡があれば生き残れるかもしれないですし。それに近くのピラミッド内はもっと強固かもしれませんし」
なんだかこれはダメな方向に話が進んでるかもしれない……。
「そんなこと言うならさっき渡した水は全部返してもらいます」
「えぇっ!? それは困ります!」
「困るのはこっちですって。そちらは全く妥協する気がないじゃないですか」
「だって水がこんなに容易に入手できることもわかりましたし、火山があるないに関わらず、魔力さえ用意できれば魔道ダンジョンだって繋げてもらえるかもしれないと思ったら欲が出るに決まってるじゃないですか……。例えオアシス大陸が魔瘴に覆われようとも、ロイスさんたちはどうにかしてここまで来てくれるみたいでしたし、魔道ダンジョンを繋げる作業だってきっとどうにかしてくれるに決まってますから……。私もついさっきまではここまで考えてなかったですよ……」
なんでそんな考えになるんだよ……。
はぁ~、先に手の内を全部見せてしまった俺が悪いのかもしれない。
「少しトイレ休憩させてもらってもいいですか?」
「え? はい、どうぞ。部屋を出て左に行ったところにあります」
「ありがとうございます。おい」
カトレアに声をかけ立ち上がり、ウチのみんなを連れて少し移動したあと、四人掛けのテーブルセットをレア袋から出した。
ゲンさんはもちろん地面な。
「ボネ、封印結界を頼む」
「ミャ~(はい、いいわよ。でもまだ会議続くの? もう眠いんだけど)」
「もうすぐ終わるから」
無事に終わればいいが……。
「……この城の中、冷たい石で囲まれてるのと、太陽の光をほぼ完全に遮断してくれてるおかげであまり暑くないよな」
「ここが灼熱の砂漠だってこと忘れてしまいそうですよね」
「うむでござる。サハやフィンクス村なんかは家の中でも暑いでござるからな」
「そ、そうですね! 思ってたより暮らしやすそうですよね、この町!」
おかしい……。
さっきの話の嫌な流れをうやむやにしようと急に暑さの話をすることでボケたつもりなんだが、みんながみんなそれに乗ってくるとは……。
いつものカトレアなら冷めた一言ですぐに現実に引き戻してくれそうなもんだが。
もしかして暑くないのは俺だけで、みんな本当は暑いのに我慢してておかしくなってるのかもしれない。
しかもトイレ休憩と言って会議が始まってるのに誰もそのことにもツッコんでこないし。
向こうの人たちは目を真ん丸にしてこっちを見てるはずだぞ。
「チュリ(みんな気を遣ってるんですよ)」
なにに?
それじゃまるで俺が失敗したみたいじゃないか?
「ゴ(こういう日もあるさ)」
どういう日だよ……。
「ミャ~(ねぇ~、フワフワクッション出してよ)」
ボネだけが俺の癒しだな。
「なぁ、俺の話の仕方がマズかったか?」
「ロイス君は悪くないです。あの方が想像以上に優秀だっただけでしょう。そのせいで話さなくてもいいことまでロイス君が話してしまったんです」
「うむでござる。以前自分が来たときにもカトレア殿が来たときにも一言も喋ってなかったようでござるから、あのような人物がいることの調査を怠った自分たちの不手際でもあるでござる」
「ロイスさんは立派です! それにナミの人たちだってロイスさんに頼るだけじゃなく、自分たちで案を出して自分の国を守ろうとしてるんだから立派だと思います!」
みんなの慰めが痛い……。
「あえて言うとしたら、ロイス君の甘さにつけこまれましたね」
「やっぱり?」
いつもララに言われてるもんな……。
自分では気付いてないんだけどさ。
「おそらく最初からそのつもりで誘導されてたのかもしれません。魔道ダンジョンを繋げてもらうために魔石を自分たちで用意することも最初から考えていたことなんでしょう。水が入ったレア袋や火山のことは想定外だったでしょうが、あちらにとってはどちらもプラスにしかなりませんからね。これで弱みがなくなったとでも思ったのではないでしょうか」
完敗じゃないか……。
俺が勝てる相手じゃなかったんだよ……。
って別に勝ち負けの話じゃないけどさ。
「俺がここに来ることも想定してたのかな?」
「いえ、たぶん私かララちゃんを想定していましたね。冒険者の方々の驚きようは普通ではなかったですから。この前来たばかりのカスミちゃんのことはただの情報屋で交渉相手とは考えていないのでしょう。まぁ今この場にカスミちゃんがいることには気付いていないようですけどね。前とは違う変装ですから。一番来てほしくなかったのは間違いなくララちゃんでしょうね」
「ララなら文書の内容を問い詰めて全部向こうに話させてから、仕方ないから地下遺跡を調査してあげる的なことにして、ついでにピラミッドまで勝手に調べたかな?」
「そんな感じでしょうね。水もこの町からの去り際に渡したかもしれません」
だよな~。
「でもさ、水を飲んだあと魔道線とかの話をしてたときに俺がしばらく沈黙する場面あっただろ? ボネとピピが言うにはそのとき補佐官さんの手が震えてたらしいんだよ。それを俺たちにバレないように必死に抑え込んでたんだぞ?」
「……なるほど。それはきっとこわいからではなくて、武者震いですね」
「は? 武者震い? 楽しんでたっていうのか?」
「楽しんでたというか、希望がはっきりと見えてきたからじゃないですか? 水の心配がなくなったあとですからね。水を補充しておける量がどの程度かはわかりませんが、仮に今全部補充して、また二か月分の水をレア袋に汲んでくるだけでも最低あと四か月は持ちこたえることができると考えたのではないでしょうか。水のことを考えなくてよくなったからあとは封印魔法だけ……というよりもその先の魔道列車がメインだったんでしょうね。甘々のロイス君が相手なら強気で一気に押せば大丈夫だと思ったんでしょう」
「でも俺が怒って火山なんかどうでもいいからもう帰るって言い出す可能性もあっただろ?」
「よほど地下遺跡の強度に自信があるようですし、秘密のピラミッドの推測にも自信がおありのようですから、最悪は交渉が決裂しても大丈夫だと考えているんじゃないでしょうか。それに土下座でもして謝ればロイス君は許してくれるでしょうからね。きっとあの冒険者四人はロイス君やララちゃんの性格面をかなり調査したはずです。もしララちゃんが相手ならもっと発言にも慎重になってたと思いますよ」
「……結局俺が悪いってことじゃないか」
「悪くはないですって。ナミの町や人々を救える方法があるならそれが一番ですから。魔道ダンジョンの魔力維持だって水道屋さんが担ってくれることでもう話がついてるみたいですし」
「え? さすがにそこまではまだだろ?」
「水道長さんはお任せくださいと言わんばかりの顔してましたよ? このタイミングで会議に来たのだっておそらく補佐官さんが事前に水道長さんたちを呼びに行かせてたんです。もしかしたら早くて今日の午後には大樹のダンジョンからなにかしらの返答があるかもしれないと思って冒険者たちにも待機させてたのかもしれません」
「地下遺跡の調査はとっくに終わってたってことか? 補佐官さんはさっき初めて聞いたような演技をしてたと?」
「だと思います。ロイス君の同情を誘うためにはちょうどいいマイナスの情報でしたし、地下遺跡の情報を隠さずに公開してるんだというアピールにもなります」
「考えすぎじゃないか? それにウチからの返答は文書の可能性だったほうが高いだろ?」
「文書のほうが相手の顔が見えない分、ロイス君の考えを理解するのは難しいでしょうから冒険者の助けが必要だったんじゃないでしょうか。……いや、文書の可能性は低いと考えていたのかも。ラシダさんなら誰かを連れてきてくれると考えていたのかもしれないですね」
「ラシダさん? やっぱりグルってことか?」
「いえ、ラシダさんは地下遺跡や水道屋のことを話してもいいと言われてたくらいでほかはなにも聞かされてないでしょう。おそらくあの冒険者たちの調査結果もまだそこまで詳しく知らないと思います」
「なんでそう思う?」
「純粋で素直ですから嘘がつけないんです。でもそれは人柄の良さの表れでもありますから、ロイス君に嫌われることはないと考えて情報を教えずに自然に行動させたんでしょう。それにラシダさんは王都に封印魔法の使い手がたくさんいることも知らなかったようですし」
あ、確かに。
マルセールでも少し調べれば今王都で封印結界の作業中ってことくらいわかるもんな。
「じゃあもしかしてもう王都の魔道士に接触してるとか?」
「……その可能性は高いですね。あの魔道士の方たちはみんな故郷を失った帝国民の人たちですから引き抜きやすいと考えてるかもしれません。雇用条件はパルドよりいいものを提示するでしょうし」
「なるほど。じゃあむしろ俺たちよりもそっちの人たちに封印魔法をかけてもらう算段のほうが高いかもな。水の心配もなくなったし、封印魔法の使い手を雇える目途も少しは付いてる。となったらあと足りないのは……魔道列車か」
「はい。足りないというよりかはあったほうが便利という考えだと思いますけど」
う~ん。
なんだかスッキリしないのは俺だけだろうか?
俺たちがなにもしなくてもこの町は大丈夫かもしれないってことだろ?
きっと水のこともなにか考えてたに違いないだろうし。
それにピラミッドに火山があろうが今まで特に影響がなかったんだからすぐには気にすることでもないし、そのうち王都から来た魔道士がどうにかしてくれるかもしれないし。
少なくとも封印魔法に関しては俺たちが作業してくれるんならラッキー程度にしか思ってないよな?
サハに避難する気なんか微塵も感じられないし。
そもそも交流会って言ってきた時点でなにかおかしかったからな。
結局一番の目的は魔道列車だったんだろう。
「ミャ~(ねぇ、水を先に渡すように言ったのはカトレアじゃないの?)」
……確かに。
でもそれを言うと余計空気が悪くなるし……。
ここは俺が率先して渡したことにしておくほうがいいな、うん。
さてと。
「……帰るか」
「はい」
なにかいいお土産あるかな~。




