第四百八十八話 オアシスからナミへの道
「ミャ~(外は戦闘になってるわよ)」
ボネがそう言うので前のドアを少し開けてみる。
だが前の馬車の後ろのドアは閉まっていてよく見えない。
というか暑っ……。
すぐ閉めようかとも思ったがさすがにそれはできない。
馬車の屋根の上からリスたちが攻撃してるようだ。
すると前の馬車の屋根からタルがこっちに飛び移ってきた。
「ピィ! (衛兵さんたちも戦いながら進んでます! なかなか器用ですね!)」
ラクダに乗りながら武器で攻撃してるってことか。
パラディン隊も馬に乗ってそういう訓練をしておいたほうがいいのかも。
「ピィ! (ところどころに魔瘴が見られるようにもなってきました! まだそれほど敵は強くありませんけど、数はウチの通常フィールド以上の出現数ですね!」
まだナミまで少し距離があるのにそんな感じなのか。
ということはナミから南西にある……モーリタ村だっけ?
聞いてる感じだとあっちのほうはかなりヤバそうだ……。
「珍しい魔物はいたか?」
「ピィ……(今襲われてるんですよ? なのにこんなときまでレア物が気になるなんて……)」
「別にレア物じゃなくてもウチのリストにいない魔物ならなんでも歓迎なんだよ。それより前と後ろの馬車の様子はどうだ?」
「ピィ(前はティアリスさんが御者席から楽しそうに攻撃しまくってます。アリアさんは馬車酔いで寝てて、ハナちゃんはダイフクといっしょに普通にお昼寝してますね。カスミ丸とアオイ丸はナミの町の地図を見てなにか話し合ってます)」
アリアさん大丈夫かな。
もしかして馬車に乗ったの初めてとかか?
「ピィ(後ろはゲンさんとメタリンさんが見てますけど、たまにラクダの魔物が必死に追いついてこようとするくらいですからあっさり撃退できてます。馬車の中のラクダたちはゲンさんにビビッてかおとなしくしてくれていますし。ピピさんはいつも通り、魔石を回収してくれてますね)」
「ラクダの魔物ってキャラメルキャメルか?」
「ピィ(いえ、体の色は魔瘴みたいに紫で、遠くから水魔法で攻撃してきます。水魔法じゃなくて体内に貯めてある水を飛ばしてるのかもしれませんけど)」
「ふ~ん。暑いから無理するなってみんなに伝えてくれ。少しでも体調に異変を感じたらすぐに馬車の中で休憩するように」
「ピィ! (了解です!)」
タルは屋根の上に戻っていった。
暑いから早く閉めよう。
「どういう状況じゃ?」
「結構な数の魔物に襲われてるらしいです」
「なんじゃと?」
お爺さんはゆっくりと立ち上がり、前のドアを開けた。
「……前の馬車が邪魔でよく見えん」
だろうな。
すぐにドアが開いたことに気付いたタルがやってきた。
「前の馬車に移りたいんじゃが!」
お爺さんがタルにそう言うと、しばらくして前の馬車の後ろのドアが開いた。
走ってる途中は危ないから移動には注意しろよ。
カスミ丸とアオイ丸に手を借りつつ、なんとか前の馬車に移動していった。
「前来たときにはそんなに魔物出ませんでしたよ」
「そうなのか? でも魔瘴はそこら中に見えてたんだろ?」
「いえ、少しはありましたけど、そんなに目立つほどではなかったです」
なんだと?
……魔王か?
ついにこのオアシス大陸にも手を伸ばしてきたのか?
俺が久しぶりに外出したこのタイミングで?
「ロイス君のせいじゃないですか?」
「私もそうだと思います」
やっぱり?
カトレアとエマが揃ってそう言うんならそうなんだろう。
「どういうことかしら?」
お婆さんが聞いてくるので、カトレアが説明をする。
「あらまぁ……」
お婆さんは同情したような目で見てくる。
俺のことを疫病神と思ってるかもしれない。
それより、魔王は俺がナミに行くのを狙って魔瘴を発生させてきたのか?
そりゃあ動く大樹と呼ばれる俺が魔王のテリトリー内を動いてたら攻撃をしたくなるのが魔王ってものなのかもしれない。
俺とは気付いてなくてもマナを持った人間が動いてたら攻撃しないと気がすまないんだろうな。
やはりこんな場所に来るべきではなかった気がするが、今更引き返せない。
「とんでもないことになっておるぞ!」
お爺さんとアオイ丸が前の馬車から移ってきた。
「妹も以前と全然違うと言ってるでござる」
ある程度安全な道じゃなければ観光客なんて来ないし来れないもんな。
「きゃっ!? ラクダがこけたわ!」
前からティアリスさんの大きな声が聞こえた。
「とまるように言ってください!」
言われなくてもとまるとは思うが。
ウェルダンは徐々にスピードを緩めていき、馬車は完全にとまった。
揺れの少ない完璧なとまり方だ。
馬車がとまるのと同時にティアリスさんとタルが砂漠に飛び出していった。
続けて俺も砂漠に降り立つ。
……砂に足が埋まる。
この道を歩くのはとても困難だな。
「チュリ! (ロイス君! 外に出るなら武器持ってください!)」
そうだった。
戦闘なんて久しぶりすぎて剣の持ち方すら危うい気がする。
まぁ俺の肩にボネが乗ってるうちはなにもしなくて良さそうだが。
ゲンさんも降りてきたし。
既に衛兵さんたちはラクダから降りて戦っているようだ。
こけたというラクダは大丈夫か?
ティアリスさんとタルがいるから命は大丈夫だろうけど。
「右前脚に魔法攻撃を受けてバランスを崩したみたい。でもこけたときに骨折もしてるっぽいからこれ以上は無理ね。この衛兵さんも落ちたときに右半身にかなり衝撃を受けたみたいだから少し安静にしたほうがいいかも」
こけたラクダに乗ってた衛兵さんか。
……ってまたこの人か。
ダイフクに攻撃されたりと不幸続きだな。
「先頭を走ってくれてたから仕方ないよ。痛みはもうなくなってるはずだけど、無理するところじゃないから中で休んでもらうね」
「すみません……。みんな! あとは頼みました!」
衛兵さんはティアリスさんに肩を借りながら真ん中の馬車に入っていった。
一方、ラクダを担いだゲンさんは一番後ろの馬車に向かっていく。
正直、ラクダたちが足を引っ張ってるんだよな。
馬車も三台しかないから全頭乗せることもできないし。
「ラシダさん!」
「はい!?」
ラシダとラクダ、一文字違いだな。
ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。
「衛兵さんたちは馬車の真横で縦に並んで走ってください! あ、もちろんラクダでですよ!? 敵や敵の攻撃は全て俺たちが迎撃しますのでなるべく全速力でお願いします!」
「わかりました!」
不安にならないのか?
まぁそれだけ俺たちを信頼してくれてるってことか。
「ウェルダン、少し飛ばしていいぞ」
「モ~(やっとだね。こんな雑魚敵なんて相手しなくてもいいのに)」
「少しだけだからな? ラクダを置き去りにするのはダメだぞ?」
「モ~(わかってるよ。でも僕のスピードを見たら対抗心が出て実力以上の力が出たりするんじゃない? それより氷ちょうだい)」
これがスピードを追い求め続ける男の自信か。
ただのおごりじゃなければ実に頼もしい。
レア袋から氷を取り出し、ウェルダンの体を冷やす。
もちろん栄養補給も忘れない。
肉と大樹の水で体力も回復したようだ。
そうこうしてる間に衛兵さんたちの準備もできたようだ。
しっかり馬車の左右に縦に並んでくれてる。
「リスたちとメタリンは屋根の上から横と上空を攻撃な! 敵の攻撃は全部撃ち落とせ! 後ろはゲンさん一人に任せていい! 前は俺とティアリスさんで面倒見るから!」
「「「「ピィ!」」」」
「キュ! (ウェルダン! これくらい帝国での魔瘴地獄に比べたらなんともないのです!)」
「モ~! (当然だね! 今回メタリンの出番はないからのんびりしてなよ!)」
馬同士の熱いエールか。
馬じゃなくてスライムと牛か。
「ピピは魔石回収な! 大きそうなのと珍しそうなやつだけでいいから!」
「チュリリ!? (まだ集めます!? もうよくないですか!?)」
せっかく魔石が転がってるのにもったいない。
それに魔石を回収しつつもちゃんと攻撃してくれてるし。
さて、再出発といくか。




