第四百八十三話 とめてくれてもいいんだぞ
人工島まで魔道列車で一気に行ってしまうつもりだったが、すぐに途中でとまることになった。
というか勝手にとまったようだ。
すると列車の外にはマリンがいた。
衛兵さんたちを列車内に残し、ほかのみんなは出発の挨拶のために一旦列車の外に出る。
「お疲れ。ここはどのあたりだ?」
「港。人工島まで魔道ダンジョンや魔道列車は繋がってるけど、お姉ちゃんがまだ作業中だからあと三十分くらいはかかるよ?」
「結構かかるな。人工島からでも船に乗れるんだよな?」
「うん。魔道列車のほうが速いからそっちから乗るのがおすすめ」
「そうか。あ、もしかして今ここから港に出られる転移魔法陣もあるのか?」
「あるよ。地上の設置場所は例の魚屋さん。出る?」
「まだ時間があるんなら衛兵さんたちも外に出たいだろうと思ってさ」
「わかった。絶対に口外しない約束させてね。カスミ丸とアオイ丸は外を見張ってて」
そして衛兵さんたちは大喜びで港の市場に繰り出していった。
ハナとアリアさんとティアリスさんもサウスモナの市場を見てみたいと言って出かけていった。
「市場ってこの時間が一番客が多いんだっけ?」
「夜はやってないみたいだから一般の人が来る昼のランチ時が一番じゃない? 朝ご飯を食べに来た人や食材を買いに来てる人たちはこの時間でもそれなりにいるだろうけどさ。業者さんはもっと早くから港にいるみたいだよ。漁に出てる船は魔瘴の関係でもうだいぶ減ってきてるみたいだけど」
「でも魔道ダンジョン内での漁が上手くいきそうなら、港で働く人たちも今後は生活に変化があったりするのかな? 朝型じゃなくなったりするのか?」
「いっしょじゃない? 市場の業者さんからしたら最大のお客はこの町の飲食店の人だろうし」
「それもそうか。市場にある店が夜も参戦すると町中の店の客も減るもんな」
「それならそれで朝も開ける店が増えるだけだと思うよ。だからそこまでお兄ちゃんが考えなくても大丈夫」
考えてるというか単に疑問に思っただけだ。
どちらにしても海階層での漁が上手くいかない限り、この市場の人たちの生活はかなり厳しくなるからな。
実際にリーヌの漁師さんは仕事を失った人がかなり多いと聞いた。
港周辺の海に少しばかり封印結界で囲ったところでその恩恵を受けられる人は極僅かだからな。
それならいっそのこと中途半端な封印結界なんて張ってくれないほうが良かったのにと思ってる人もいるかもしれない。
「……俺がナミに行くことになにも言わないんだな」
「……お姉ちゃんね、ホッとしてた」
「ホッと? 俺が行くことでか?」
「うん。だってもし私がお姉ちゃんの立場だったとしても不安だったと思うもん。ラシダさんが本当のことばかり言ってるとは限らないし、なにより転移魔法陣一族がいる場所に行かされるんだよ? 向こうの人たちすら知らない転移魔法陣の罠があるかもしれないし、ピラミッドに通じてるかもしれない転移魔法陣を発見したりしたらどう対処すればいいかわからないし。入った途端に溶岩で溢れてたらどうする? 死ぬでしょ?」
確かに……。
転移先からすぐ戻って来れたとしても無事ではすまない気がする。
まさかピラミッド内がグツグツの溶岩で溢れるようになってしまったからそっとピラミッドへの道を閉じたとかじゃないよな……。
「かといって魔物たちに先に行かせて大怪我させるようなこともしたくないじゃん? お兄ちゃんはそれは仕方ないって許してくれると思うけど、お姉ちゃんからしたら一生背負っていく心の傷になるかもしれないんだよ? だからその判断はお兄ちゃんがやってくれたほうがいいもん」
マリンの言う通りだ。
現場でのカトレアの決断が俺の決断でもあると考えてたけど、それはカトレアに責任まで全部丸投げしてただけなのかもしれない。
「それに加え国王や大臣の相手もしなきゃならないんだよ? 一度顔も合わせてるし、向こうはお姉ちゃんが凄腕の錬金術師だってことをもう知ってるわけだから、封印魔法や魔道列車のことだってお姉ちゃんに頼みこめばなんとかなると思ってるかもしれないでしょ? そこはお兄ちゃんがビシッと現実を教えてあげないと。でもお兄ちゃんがキレたらダメだよ? なに言われようがあくまで冷静に対処してね?」
それは大丈夫だ。
冷静さには定評があるからな。
……あるよな?
「私だってピラミッドのことさえなければ本当は行ってほしくないと思ってるよ? 地下遺跡に関連しての封印魔法のことだけだったら、当初予定してたメンバーで行って検討した結果無理でしたでむりやりすませて帰ってきてもいいもん。でもそこにピラミッドの謎が絡んでくるから厄介なんだよ」
うんうん。
ピラミッドが問題なんだよな。
ピラミッドさえなければ……ってそれはお前の先祖の弟子のせいだとか言われたりするんだろうか。
水道屋の先祖である可能性も高いしな。
自分に返ってきそうだから問題とか言うのはやめておこう。
なにか理由があって後世への伝達が困難な事態に陥っただけだ、うん。
「さっきから頷いてるだけだけど、そんなに行きたくないの?」
「いや、そういうわけじゃない。今日は魔道ダンジョンでのんびり釣りでもしようかと思ってたからまだ心の準備が追いついてないだけだ」
「……昨日はすぐ寝たの?」
「いつ寝たのかも覚えてないくらいよく寝た」
「あっそう……。だからまだ心は昨日の夜のままってことなんだね……」
「まだ起きたばかりだし。こうなったからには流れに身を任せるしかない。日帰り旅行みたいに思うことにした」
「もぉ~。早く帰りたいからって適当なのはダメだよ? 火山があるという前提で、今後はピラミッドと地下遺跡とナミの町の全部をウチが保守しないといけなくなるかもしれないって気持ちでいなよ? 水道屋さんにはなにも期待しないほうがいいよ」
「それ最悪のケースじゃないか……」
「そうだよ。あんな文書を送りつけてくるくらいの相手だからそう簡単にはいかないと思うもん」
「大臣が面倒そうだもんなぁ~」
「うん。それにもし本当に魔道列車を繋げることになるんなら、水道屋さんには魔道ダンジョンの魔力維持もしてもらわないといけなくなるからね? 引退したお爺ちゃんお婆ちゃんにも働いてもらうことにもなるかも」
それは可哀想だ……。
でも魔力を注ぎ続けてもらうだけだから仕事としては楽な部類に入るよな?
それこそみんなでお茶しながらでもいいし。
詳しく聞いてないけど水道屋でもそんな感じだったんじゃないのか?
「とにかく、日帰りは絶対無理だって」
「やっぱり? まぁエマはそれを見越して小屋を持ってきたんだろうけどな。じゃあとりあえず三日後のこの時間までに俺たちからなにも連絡がなかった場合、緊急事態ってことですぐに救出部隊を向かわせてくれ。俺たちが意図せずどこかに閉じ込められたと想定して、安易な行動は避けるようにな」
「わかった。そのときは私も行くね」
「大丈夫か? 魔法杖があってもそんな簡単には敵に当たらないぞ?」
「謎解き要員としてだから戦いはしないもん。それにララちゃんやユウナちゃんも行くだろうから戦力的にはアップでしょ? あ、でも魔物のみんながいないんじゃかなりのダウンか……」
「シルバとペンネは置いてくから、来るときはいっしょに連れてきてくれ。暑さで倒れるかもしれないから水と氷は多めに頼むぞ」
「了解。……でもそうならないのが一番なんだからね?」
「当たり前だろ。あくまで緊急事態の話だ」
そうなったらおしまいのような気もする。
魔物たちも含めて全員無事で帰ってこれたらいいが……。
「う~ん、やっぱり探知使いがメルとアリアさんと忍者二人じゃ不安だな。メル以外は覚えたてだからまだ精度はそこまで高くないし。今からでもリヴァーナさんとミオに来てもらうか」
「リヴァーナさんはダメ。お兄ちゃんを助けるってシチュエーションのほうが力発揮してくれそうだから第二陣のほうがいいよ。ミオちゃんには忍者としてコタローといっしょにみんなの痕跡集めとかしてもらわないといけないしさ」
そんな事態にならないために来てほしいんだけどな……。




