第四十八話 見習い研修
「つまり成り行きでいきなり四人も雇うことが決定したってわけね?」
「……はい」
俺はララとカトレアにソファに座らされ、町でのことを報告させられていた。
「(どう思う? 四人は多くないかな?)」
「(……でも人が多い時間帯のときには注文も同時にいっぱい入るわけですし。二人が調理で一人がレジ接客と商品提供、残る一人が全体のフォローと考えればちょうどいい人数なのではないでしょうか?)」
「(それもそうね。集中したら大変なことになりそうだしね)」
「(……少しは褒めてあげないと可哀想ですよ? コロッケもレシピそのまま作ってくださることになったようですし)」
「(まだダメだよ。コロッケだけでは店が成り立たないでしょ)」
二人がなにかコソコソ話をしている。
きっと俺のことを使えないやつだとかボロクソ言ってるんだろう。
それは俺が一番よくわかってるさ。
あの後、モモが作るコロッケ待ちをしていた俺のところに、ヤックさんとメロさんがやってきたんだ。
従業員になることが決定したと聞いたみたいで嬉しくて飛んできたというわけだ。
俺は一言もそんなこと言ってないのに。
犯人はわかってるんだぞ!
断ることができなくなった俺はつい、「明日から研修を始めますので」と言ってしまったんだ。
まだララにも相談できていないにも関わらずだ。
だから俺がこの二人にボロ雑巾扱いされても仕方ないことなのさ。
皺寄せは全部二人にいってしまうんだから。
「お兄、四人を雇うことはまぁ仕方ない部分もあったと思うから許してあげる」
「えっ!?」
許してくれるの!?
四人も雇って給料は大丈夫なの!?
足りなければ俺の給料を回してくれてもいいからね!?
「でも私が言ったのはまず商品アイデアのほうよね? 先にそっちを考えてもらわないと明日からの研修もできないよ?」
そうだ!
肝心の商品が今はまだコロッケしかない!
俺は町でそれを考えてこいと言われてたんだった!
ここでなにかいいアイデアを出せばララたちも機嫌を直してくれるかもしれない。
カトレアはさっきから全く口を開こうとすらしないしな。
たまにララと内緒話をしてるだけだ。
この男は本当にどうしようもない人ですねとか言ってるんだ!
「なら、鹿肉と猪肉を炭火で焼いてララ特性の甘辛いタレで味付けをしたものをご飯の上にのせた『野獣丼』ってのはどうだ? それか丸鳥を各部位ごとに片手で持てるサイズに切り分けてから、ララ特製のスパイスや小麦粉をまぶして油で揚げた『フライドシャモ鳥』なんてどう? シャモ鳥は飛べないけどね! 他は黒豚をトンカツにしてご飯の上に乗せた『黒豚カツ丼』なんてのは? あっ、トンカツならララがいつも作ってくれるカレーに乗せてもいいな」
お願いしますどれか一つでも採用されてください。
ダメだったらあと二~三個なら適当に絞り出せそう。
「(野獣丼はいいかもね。ウチの鹿肉と猪肉をアピールできるし、甘辛いタレは私も好きだからね)」
「(……そうですね。ショウガやニンニクを混ぜてもいいかもしれませんね)」
「(フライドシャモ鳥ってのは単に鳥を揚げたものとは違うのかな?)」
「(……特製のスパイスってところに秘密があるんじゃないでしょうか? ララちゃんが作れるスパイスを駆使して病みつきになる美味しさのものを作ってみろという風に聞こえましたが」
「(えー私の負担が凄いじゃんそれー!)」
「(……それよりもシャモ鳥は飛べないけどねって当たり前のことですがなにか意味あるのでしょうか?)」
「(お兄の言うことは適当なんだから聞き流しておいていいの!)」
「(……黒豚カツ丼はただトンカツをご飯の上に乗せただけのようですが)」
「(焦りすぎて味付けを忘れたみたいね。どうせならカツにはたっぷり特製ソースを染み込ませた黒豚ソースカツ丼なんてのはどうかな?)」
「(……それ美味しそうですね! 最後のは今食べたくなったものを呟いただけのようにも思えますが)」
「(黒豚カツカレーってことだよね? でも名前が普通だよね。ダンジョンカツカレーってのはどう?)」
「(……いいんじゃないでしょうか。ならカツ丼もダンジョンカツ丼にしませんか?)」
なにやら検討に検討が重ねられているようだが結果はいかに。
ちらちらこちらを見てくるのが悪口を言われてるようにしか見えない。
「お兄、とりあえずはコロッケを含めた五商品でいきましょう。黒豚カツ丼は味付けを少し変更して名前もダンジョンカツ丼でいくからね。カレーはダンジョンカツカレーね」
えっ!?
ということは全部採用でいいの?
ダンジョンカツ丼ていったいどんなものが出てくるんだ?
ダンジョンカツカレーも興味があるな。
二人は早速キッチンへ向かっていった。
試作に入るのであろう。
だって見習い研修は明日から始まるんだからな。
◇◇◇
翌日の月曜日、受付業務を終えた後の十一時から見習い研修は始まった。
「ここはダンジョンの中ですか?」
「研修っていったいなにするんだよ!?」
「早く魔物をなぎ倒しにいきましょうよ!」
「みんな静かにしなさい! 特にメロ! しっかり働くのよ!」
「おいミーノ! 俺のほうが年上なんだから呼び捨てはやめろよな!」
「うるさい! モモはまずコロッケを確実に美味しく作りなさい! ヤックは自分で考えなさい!」
凄い賑やかだ。
研修場所には物資エリアを使用することにした。
みんなはダンジョンへ来るのが初めてなのでテンションが上がっているようだ。
「ロイス店長! 早く料理を教えてください!」
「店長さんよぉ、ミーノは必要ねぇんじゃねーか?」
「ロイスさん! ロイスさんのために美味しい料理いっぱい作りますからね!」
「ほらみんな! 店長の言うことをよく聞いてしっかり調理法を覚えるのよ!」
この四人はなにか勘違いしてるようだな。
そろそろ現実を知ってもらおう。
「ではみなさん、今日から一週間は研修期間となりますので、その間にしっかりと仕事を覚えてくださいね。どうしても仕事が合わない方は遠慮なくおっしゃってください。誰にでも向き不向きはありますからね。もちろん研修期間中も少ないですが給料は出しますし、来週からの給料についてはまた改めて相談させてください」
「店長! 僕は給料は別にいりませんよ! 昼の賄は出していただけますし、ダンジョンへの入場料もタダですし、道具屋としての買取も認めていただけるのですから僕からしたら至れり尽くせりです!」
「ヤックお前なぁ~。まぁ店長さん、俺も正直ダンジョン内で稼げるんなら給料のことは多少目を瞑ってもいいと思ってるけどよ。リンゴとミカンの買取分の一部をもらえることになってるしな!」
「私も給料はいりません! ロイスさんが私の作った料理を美味しいと言って食べてくれて、ロイスさんといっしょにダンジョンで敵をなぎ倒して、おまけにお肉屋としての仕事もできるのですから!」
「ロイス君! 店長としてこの甘い考えを持った奴らにビシッと一言なにか言ってやってよ! 私はとにかくコロッケをたくさん売りたいの!」
うんうん、元気でいいことだ。
でもみんな給料をいらないような発言をしているがそれはダメなことだぞ。
なぁなぁにしてはいけないこともあるんだ。
そう、例えば店長の言うことは絶対! みたいにな。
「えーっと、みなさん、一つ大きな勘違いをしているようなので訂正させてもらうとともに、紹介しなきゃいけない人がいます」
「「「「?」」」」
「俺は店長ではありません。では店長、こちらへお越しいただけますか」
「「「「!?」」」」
みんなはまだ店長と会ってはいなかった。
いや、ミーノさんは会ったことあったっけか。
みんなの前へどこから来たのか急に一人の少女が姿を現す。
「こちらが店長のララです」
「ララです。私のことはララ店長もしくは店長とお呼びください」
「「「「!?」」」」
みんなは店長がこんな子供であることに驚いているようだ。
特にミーノさんは先週揉めた件もあるからな。
「おいおい、こんなガキが店長なん…………ララ店長すみませんでした!」
メロさんが早速不満を言おうとしたみたいだが、ララの右手に握られた包丁と左手の掌から上向きに出ている炎、なによりもララの目を見て一瞬で主従関係を悟ったようだった。
その判断は素晴らしいものがあるな、うん。
ヤックさんとモモさんは……固まっているようだ。
ミーノさんは……
「あなたが店長なの!? ロイス君の妹さんよね!? 大丈夫なの!?」
命知らずとはこのことだ。
ミーノさんはララのことを受付のお手伝いとしか思っていないだろうからな。
「ミーノさん、ウチの経営状況が上向いたのもララの経営手腕によるものですよ? 財務も全て管理していますからみなさんの給料も当然ララから支払われます。今から覚えてもらう料理についても全部ララが試作して研究もしてますから味に間違いはありません。さらにララは強いですよ? 剣も使えますし魔法も使えます。ちなみに十歳です」
「「「「!?」」」」
四人の顔が青ざめていく。
ウチの仕事を一手に引き受けていること、財務管理の責任者であること、ララから発せられてる私は強いぞ感、極めつけはまだたった十歳であるということだろうか。
特にあの左手から出てる炎はなんなの?
前より明らかに大きいの出せるようになってるみたいじゃないか?
まぁ後のことはララに任せよう。
これで四人は大人しくなるだろうしな。
カトレアもそのうち手伝いにきてくれるだろう。
俺はのんびり見物させてもらおうか。




