第四百七十五話 地下遺跡の秘密
ここまで聞いたら最後まで聞くしかないよな?
マリンだってその気みたいだし。
「なぁ……俺はもう聞かないほうがいいんじゃないかな……」
ベンジーさんはここにきてさらに不安になってきたようだ。
「そうですね。大丈夫そうな話ならまた俺から話しますから、今のところは一旦これくらいにしときましょうか」
「そうだよな! 俺も仕事があるしな!」
急に元気になった……。
これ以上秘密にしておかなきゃならない話は聞きたくないんだろう。
「じゃあ俺はここで! 夕方ギルドの隣の酒場で待ち合わせな!」
颯爽と出ていった……。
結局なにしに来たんだろうか……。
「夜ご飯食べてくるの?」
「誘ってくれたのに断るのも悪いしな。それにせっかくサウスモナに来てるんだからたまにはいいだろ。マリンたちは別の店に行ってもいいぞ」
「う~ん。でもララちゃんからちゃんと見張っとくように言われてるしね~。カスミ丸はどうする?」
「ロイス殿が行くのなら自分たちは客として近くのテーブルに潜入するでござるよ。魔物のみんなにも見張りをお願いするでござる。だからマリン殿たちもいっしょにどうでござるか?」
「じゃあお姉ちゃんたちが帰ってきたら相談するね」
都会の酒場がどんな雰囲気か楽しみだな。
「あの、なぜロイスさんにそこまでの見張りをつけるんですか?」
「ロイス殿は魔王の手下に狙われてるのでござるよ」
「魔王の手下!?」
「魔王からしたら敵の将を狙うのは当然でござるからな」
「え……」
「もしロイス殿が港に向かったときに衛兵隊が付いていこうとしてたらその者たちは即刻捕えていたでござる。この建物の屋根の上に一人と一匹の見張りがいたのは気付いていたでござるだろ? 実際にはもう一人と数匹が衛兵隊のさらに外側から見張っていたでござるよ」
「……」
「封印結界内にいても敵はいつどこから襲ってくるのかわからないでござる。味方だと思っていた人間が実は魔王の手下だったという可能性も常に考えないといけないでござるし」
ララに相当教育されてるようだな……。
「もちろん自分はラシダ殿のことを全く信用してないでござるよ? 水道屋のことだって口から出まかせを言ってるだけかもしれないでござるからな」
「……」
「それに大事なのは国や町を救うことではなくて人を救うことでござる。町に住む一般の人々は魔王の脅威を感じ取りにくいのは当たり前でござるから、国王や衛兵隊がいち早く理解して避難を促すべきなのでござる。なのにナミの国の国王たちときたら……」
「カスミ丸、そのへんにしとけ」
「でもナミの国の人間は誰も避難のことなんて考えていなさそうだったでござるよ?」
「え? カスミ丸さんもナミに来たことあるんですか?」
「十日ほど前、シファー殿の手紙を持って訪れたでござる」
「十日前? 確かに大樹のダンジョンからの使いの方二名と魔物さん数匹が来られましたけど……」
「それが自分でござる」
「え、でも……」
「少し待つでござる」
カスミ丸は隣の部屋に行き、変装を変えて戻ってきた。
「あっ!?」
ラシダさんはその姿に見覚えがあったようだ。
「私は職業柄いくつもの姿を持っています。もちろん話し方もその場その場に応じて臨機応変に変えています」
「……完全に別人ですね」
「それが一番の誉め言葉です」
俺たちでも気付かない可能性があるからな。
それより話が中断してたんだった。
「さて、そろそろ地下遺跡の存在を秘密にしてる理由を教えてもらってもいいですか?」
「……」
だんまりか?
「……わからないんです」
「わからない?」
「はい。誰も地下遺跡が水路のために存在してるという以外の理由についてはなにも知らないんです」
「昔はみんなそこに住んでたとかじゃないんですか? なにか理由があって砂に覆われてしまったとか? 水路にしたのはそのあとなんじゃないですかね?」
「そのような意見もあります。でも人が暮らしてたような形跡はなにもないんです。地下にあるのは神殿と遺跡と水路だけでして……」
そうか、神殿もあったな。
元々ただの趣味で作ったとかか?
「じゃあ地下遺跡の存在意義はともかく、秘密にしてるのはなにかお達しが出てるんですよね?」
「……」
さっきからなぜはぐらかす?
今更そこを秘密にすることじゃないだろ。
「……宿命だからです」
「「「宿命?」」」
「はい。ナミの国の王族にとってなにより優先しないといけないのが地下遺跡の保護なんです」
地下遺跡の保護が宿命?
それだけ人々の生活のためにある水路の維持が大事だってことか?
「昔からそう伝えられてきてるらしいんです。地下遺跡を守ることが人々を守る最善の手段だと」
う~ん。
さすがに水のためだけじゃない気がしてきた。
「魔王の脅威が迫ってると知ってもそれを優先してるってことですか?」
「はい……。そのことがあるものですからどうにかしてナミにも封印結界を張ってもらえないかと考えてるんです。でも正直国王は揺れています。本当はそれが難しいということも理解してるんです」
「ん? これ以上は守れないかもと? もっと危機が迫ればサハに避難するかもってことですか?」
「……覚悟はしていると思いますけど」
なんだよ。
なにもしなくても勝手に避難してくれそうなんじゃないか。
「……これで秘密は全てお話ししました。封印結界の件、いかがでしょうか?」
これだけなのか。
ラシダさんからすれば地下遺跡や、転移魔法陣を使える水道屋たちの存在で俺たちが釣れると思ったんだろうが、残念ながらなにもピンときていない。
するとマリンが俺の耳元に顔を近付けてきた。
「気になることあるからさ、この場は一旦保留にして、一度ドラシーに相談してみない?」
ドラシーに相談?
この場を保留して期待させるのはどうかとも思うけどな。
でもマリンが気になるって言うんだから仕方ない。
「わかった。ラシダさん、お返事はまたあとでさせてもらってもいいですか? あまり期待しないでほしいんですけどね」
「わかりました……。衛兵隊にはこのあと自由時間を取らせることにします。私は宿の手配をしてきますので、そのあとまたこちらに来させてもらいますね」
ちょうどティアリスさんが部屋に入ってきた。
どうやら訓練室のほうも一段落ついたようだ。
そしてやっと衛兵さんたちがパラディン隊支部を出ていってくれた。
みんな清々しい顔をしてるのはいい訓練ができたからだろう。
カスミ丸はラシダさんといっしょに駅の宿屋案内所へ向かっていったようだ。
信用してないなんて言いながらも宿は紹介してあげるんだな。
どこに泊まるかを把握しておくつもりなんだろうが。
「思わぬ時間をくったである! 早く作業を終えないと今日中に家に帰れなくなるである!」
スタンリーさん、アリアさん、ティアリスさんの三人は再びパラディン隊支部内の準備作業に戻った。
スタンリーさんが訓練室に行くなんてことを言わなければこんなに時間をロスすることはなかったんだけどな。
そして俺は再び通話魔道具を手に取った。
「……出ないな。…………あ、ララか?」
「……うん……なに?」
こいつ……。
今絶対寝てただろ……。
「今そこ一人か?」
「ん……今休憩スペースだからちょっと待って」
バックヤードの休憩スペースってことか?
そんな従業員がいっぱいいるところで寝るなよ……。
みんなが気を遣ってゆっくり休憩できないだろ。
「家に戻ってきたけど、なに? シファーさんならエマちゃんといっしょにマルセールにお散歩に行ったよ?」
楽しんでるな……。
エマは今日休みだったのか。
「ドラシー呼んでくれ」
「ドラシー? なんで?」
「このあと説明するから」
「ふ~ん。ドラシー、お兄が用あるんだって。……どこって通話魔道具の向こう」
ドラシーの眠そうな声が聞こえてきてる……。
起こされて機嫌が悪いようだ。
「なによ?」
「起こして悪いな」
「いいわよ。なにかあったの? というかどこにいるの?」
そして一連の出来事を説明する。
「……ちょっと待って。地下遺跡? ナミに?」
「知らないのか? そのラシダさんって人が言うには結構昔からあったらしいぞ?」
「う~ん、ナミの町って比較的新しいのよね」
「新しいってどれくらい?」
「確か二~三百年くらい前にできたばかりじゃないかしら?」
それ新しいって言うのかよ……。
それに誤差が百年て……。
精霊の時間間隔がおかしすぎるんだよな。
「大樹のダンジョンよりあとか?」
「それは間違いないわ。それまではナミの国なんかなくて、西にあるモーリタ村も昔は町って呼ばれててサハの国の一部だったのよ。オアシス大陸にはサハの国しかなかったの」
「へぇ~。じゃあ今のナミの町がある場所にはなにもなかったのか?」
「あの場所にはね、オアシスがあったの」
「オアシス? ……そういやオアシス大陸のオアシスってなんだ?」
「あのねぇ~……。休憩場所となる小さな村のようなものよ。木や水があって、宿屋や飲食店や道具屋もあったの。サハの町とモーリタの町を往来するときには誰もがそのオアシスを利用したわ」
「その水も魔法によるものか?」
「いえ、天然物だったはずよ。昔は今より雨も降ってたみたいだからね」
「ふ~ん。じゃあ雨が降らなくなったからその地下遺跡みたいな仕組みにしたのかな?」
「地下遺跡のことは知らなかったけど、水不足を補うために水魔法に頼るようになったのはあるとき急にオアシスがなくなったからよ」
「急に? なんで?」
「近くにあった火山が噴火したの」
「「「噴火?」」」
「そうよ。しかも今までにないくらいの大噴火。その影響でしばらくはこの付近も地震が続いてたもの。雨もそのときくらいから降らなくなったって聞いてるけど、雨が降らなくなった原因まではわからないわ」
ナミってオアシス大陸の真ん中より西にあるんだろ?
こんなに離れてるのに影響があるなんてよほどのことじゃないか……。
「その火山から流れ出した溶岩や火山灰であたりは凄いことになってたらしいわよ。たぶんトレーニングエリアの火山の中みたいな感じかしら?」
それはヤバい……。
半分は修行のためのネタでやってたのに説得力が出てしまったな。
「今もその火山はあるんだよな? よくそんな場所にナミの町を作ろうと思ったな」
「そんな危険な火山を放置したまま町を作るはずないでしょ」
「え? 火山を破壊でもしたのか?」
「いえ、今もあるはずよ」
「ん? もう噴火はしないって確証でもあったってことか?」
「噴火はしてるかもね」
「は?」
なに言ってるんだ?
話がかみ合ってないのは俺が理解できてないだけか?
「噴火しても周囲に影響が出ないようにしただけよ」
……さっぱりわからん。
「「わかった!」」
ん?
隣のマリンと、通話魔道具の向こうのララの声が揃った。
「「ピラミッドだ!」」
は?
ピラミッド?




