第四百六十五話 臆病な女神様
パラディン隊の合格者説明会も中盤といったところか。
昨日と違って今日は審査室でその様子を見ている。
なにか質問があってもエマとジェマに任せておけば大丈夫だろう。
するとなぜかリョウカが審査室に入ってきた。
「ロイス君、今いい?」
「どうした?」
「なんかね、どうしてもロイス君と話がしたいって言ってる人がいるんだけど、今から宿屋ロビーに来れない?」
「いや、さすがに今は無理だ」
「ここはいいですから行ってきてください」
カトレアは俺を行かせようとしているようだ。
なにか面倒な予感しかしないから行きたくないんだけどな。
「いや、いい」
「大丈夫ですから。リョウカちゃんが苦情を聞かされることになってもいいんですか?」
そう言われたら断れないじゃないか……。
そしてロビーにやってきた。
さすがにもうダンジョン酒場は静かになったようだ。
これ以上遅くまで酒を飲んでると明日からの修行に差し支えるからな。
で、俺を待ってるのはあの人か。
……ダンジョン酒場よりロビーのほうがにぎわってるようだな。
「お待たせしました」
「あ、呼び出してごめんね」
まずは周りに群がってるこの人たちをどうにかしないと。
「みなさん、大事なお話があるようですので離れてください」
「えぇ~っ!?」
「静かにしてますから!?」
「シファーちゃんともっと話したいのに!」
「いやらしい目でなんか見てませんから!」
「管理人さんだけズルい!」
欲望がむき出しだな……。
それにズルいもなにも俺は呼ばれたから来ただけであって別に来たくなかったんだよ。
「ララやウチの女性連中に目を付けられても知りませんよ?」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
サッと離れていった……。
まだ遠くから見ている人もいるが、さすがに疲れてるオーラ満載の俺にはこれ以上近付いてこようとはしないだろう。
封印結界を張るまでもなさそうだな。
「さて、改めまして当ダンジョン管理人のロイスです」
「シファーです。十六歳とは聞いてたけど、実物見ると本当に若いね」
ん?
なにか違和感が凄い。
砂漠の女神様というイメージが入ってしまってるからだろうか?
思ってたより普通の人な感じがする。
この服装がどうとかではなくて。
でもこの人、一日中こんな格好してるのかな……。
「シファーさんはおいくつなんですか?」
「十九歳。キミからしたらおばさんに見える?」
「まさか。きれいなお姉さんって感じです」
「そう。なら良かった」
なんかイメージが違うな。
テンション低いし、表情も変わらないし。
声の抑揚がないと言うんだろうか。
普段からこんな感じなのか?
それとも試験に不合格になったせいで不機嫌になってるとか?
「で、俺に用ってなんでした?」
「面倒だった?」
「少し」
「正直なんだね」
「さすがに疲れてまして。今もまだ合格者説明会の途中だったんですよ」
「え? そうだったの? ごめんね」
う~ん。
なんかあまりごめんって感じが伝わってこないんだよなぁ。
これ本当に砂漠の女神様か?
カスミ丸が変装してる偽物なんじゃないのか?
「あとにしたほうがいい?」
「いえ、別に構わないから来たんです」
「本当に忙しかったら来ないもんね」
……なぜリョウカは俺を呼びに来たんだろうか?
あとでもいいんだったら普通はあとにしてもらうだろ?
「あの子を怒らないであげて。私がどうしてもって言ったせいだから」
「そうなんですか? で、ご用件は?」
「私のこと知ってる?」
「今日知りました。ウチの冒険者たちが砂漠の女神様って話してるのを聞いて」
「そっか。じゃあ私自身の説明は省いてもいい?」
「いいですけど……」
「早速だけど、サハの町まで魔道列車が繋がるって本当?」
「え? はい」
「えっ? 私に言っていいの?」
「そういうことが聞きたくてここに来たんでしょう?」
「え……」
初めて表情が変化したな。
「どこで聞きました?」
「ナミの町だけど……なんでわかったの?」
「勘です」
「勘? そういう能力?」
「いえ。逆に聞きますけど、俺のこと知ってます?」
「魔物使いってことは」
「魔物使いの能力はごく一部の魔物と話せるってだけです」
「……ならその勘は推測って意味?」
「そうです。状況から推測して言ってみただけです」
「……ふふっ」
笑うところか?
でも少し表情にゆとりが出てきた気がする。
「サウスモナの町を覆ってた封印結界とかいう魔法もサハに同じようにかけてくれるの?」
「はい。魔道列車とセットみたいなものですから」
「ナミには?」
「申し訳ないですが、ナミの国にある町や村、そしてフィンクス村には無理です。サハの町だけです」
「ふ~ん。理由聞いていい?」
「サハから遠すぎます。ウチのダンジョンの動力は魔力ですので、単純に魔力が足りません」
「話に聞いた通りだね」
「もしかしてナミの町に住む人のために魔道列車を延伸してくれって言いに?」
「……そうだと思う?」
「いえ、むしろ逆かと思ってます」
「逆?」
「はい。ナミの町に封印結界が張られないことを確認しに来たか、絶対に張ったりしないでくれとでも言いに来たのかなって」
「え……なんでそこまでわかるの……」
やっぱりか。
試験はただついでに受けてみたお遊びみたいなものだったんだな。
「俺ならそうするだろうなって思っただけです。俺は面倒なことが嫌いですし、常に楽できる方法を考えてますから」
「……キミは私の気持ちに気付いてるよね?」
「お会いしたの今日が初めてなんですよ? シファーさんの気持ちなんて俺にわかるわけないじゃないですか。あくまで俺ならそう思うだろうなって考えただけです」
「……」
そう聞いてくるってことはやはり彼女には重かったんだろう。
ナミの町に住む人たちの生活が自分にかかってるということが。
「ナミの王様でしたっけ? サハに移住する気はないと?」
「うん……。お金でどうにかできないか考えてた。もしくは全部でたらめかもしれないから、すぐにサハとサウスモナに調査に行かせるって」
「マーロイ帝国が滅んだことは知らないんですか?」
「知ってるけど、海を越えてナミにまで脅威が迫ってくるとは思ってないみたい」
まぁまだ魔王のこわさを知らないから仕方ないと言えば仕方ないか。
「で、シファーさんはナミの国の人たちに避難してほしいんですよね?」
「もちろん。サハに行けば安全みたいだし、なにより水もあるし……」
「三日三晩寝ずに水魔法使い続けるっていうのは本当なんですか?」
「さすがに毎日少しは寝るよ。じゃなきゃ魔力が全く回復しないようになるしね」
「お金は貰えるんですよね?」
「もちろん。ナミの国はお金だけはたくさんあるの。だから私はもうお金はいらないくらい持ってる」
「羨ましいです。それでも続けてるのは責任感や使命感みたいなものですか?」
「そうだね。私がやらないと……って別に私がやらなかったら誰かがやるのはわかってるんだけどね」
ほう?
そういう考え方も持ってるのか。
「じゃあなんのためにやってるんですか?」
「……みんなに期待されてるから、かな」
「期待を裏切るのがこわいですか?」
「はっきり聞くんだね……」
「聞いてほしくて来たんじゃないんですか?」
「……キミさ、あまり人の心を読まないほうがいいよ」
「やめちゃえばいいんですよ。そうすれば心も軽くなりますから」
「聞いてる? ……なんか変な人だね、キミ」
露出狂の人に変だなんて言われたくないんだが……。
でもキミって言われるのはなんか新鮮だな。
「でも場合によってはナミの町にまで魔道列車を延伸することもあるかもしれません」
「え? なんで? 魔力が足りないんでしょ?」
「その魔力を頂けるなら可能ってことです」
「魔力を? ……魔石とかでってこと?」
「そうです。幸いお金はあるみたいですし、冒険者ギルドに魔石入手依頼を常に出しておけば可能かもしれませんしね。それに魔道列車は繋がらなくても、町に封印結界だけを張って魔道士たちに維持させるって方法もあります」
「……私に今の生活をずっと続けろって?」
「それは俺じゃなくてあなたが決めることですから」
「……」
なにを迷ってるんだろう?
そんなに嫌ならナミの町の封印結界がどうなるかに関わらずもうそんな大変な仕事やめたらいいのに。
そしたらそしたらでナミには水魔法が得意な魔道士が世界中から集まってきてくれるかもしれないのにな。
まぁ逆に今いる魔道士たちまで逃げ出して誰もいなくなる可能性もあるけど。
「……どうしたらいいと思う?」
俺に聞くのかよ……。
フィンクス村でも女神様って称えられてたりするのかもな。
親なんかも鼻が高いんだろう。
「逃げてもいいのかな……」
見た目と内面のギャップが凄い……。
こんな服装でよくそんな弱気な発言が……ってそうか。
この大胆な服装は臆病な自分を隠すためだったりするのか?
淡々とした話し方もその内面を悟られないようにするためなんだな?
「その服装で外とか寒くなかったんですか? 今冬ですよ?」
「今朝は少しひんやりしたけど心地良かったよ? フィンクス村は年中夏みたいなものだし、村の人はみんなこんな格好だからね」
服装と性格は関係なかったようだ……。
露出狂は村の伝統ってわけか。
……少し村に行ってみたくなったな。
「ねぇ、キミはどう思う?」
「やっぱりもう少し着込んだほうがいいですよ。風邪ひきますって」
「そうじゃなくてさ……」
あ、服装のことじゃなかったか。
「まぁ魔道列車はまず無理でしょうし、今後魔瘴が拡がった砂漠地帯を移動するのも困難でしょうからナミへの封印結界を張ることもほぼないですけどね」
「ほんと?」
「えぇ。だから放っておいてもそのうちみんなサハへ移住してくれると思いますよ」
「じゃあ私はあと少し我慢すればいいんだよね?」
「もう我慢しなくてもいいんじゃないですか?」
「え? でもそれじゃ町の人が……。それに私も波風立てなくてすむし……」
「それきっかけで移住することを選択してくれるかもしれないですしね。早めの避難にも繋がります」
「なるほど。……わかった、もうやめるね。ナミの町にはもう行かない」
意外にあっさり決断するんだな……。
きっと自分の心の中ではもう決まってたのに、誰かに後押ししてもらいたかっただけなんだろう。
「一つお願いしていい?」
なんか今日はよくお願いを聞く日だ。
「どうぞ」
「フィンクス村とナミの町への使いを出してもらえないかな? ついでにサハへも」
「ウチからですか? なぜ?」
「私はもう村には帰らない」
「え……それはいくらなんでも急すぎると思いますが……」
「いいの。だからしばらくここの宿屋で生活するから」
「……お金があるんならマルセールの宿屋に行ったほうがいいと思いますけど」
「こっちのほうが楽しそうだもん。それにキャラメルキャメルのミルクもあるし」
「あれってやっぱりレアなんですか?」
「私もさっき人生で初めて飲んだよ。今まで出されて飲んだことあったけど、絶対偽物ってわかってたからね。生きてる状態でミルクなんてよほどの強者じゃなければ取れるわけないし」
「じゃあウチのも偽物かもしれないじゃないですか」
「まず味が全然違ったし、ここの冒険者のみんながダンジョンの魔物の仕組みについて丁寧に教えてくれたの。キミがいればこのダンジョン内の魔物は性格や行動まで思い通りだってね」
みんな喜んで教えてそうだな……。
「で、お願い頼める?」
「……はぁ~。わかりましたよ。でも万が一ウチがナミの王様たちに目を付けられても面倒なんで、表向きの理由は魔王を倒すために大樹のダンジョンで修行するからってことにしてもらってもいいですか?」
「うん。ナミの国も危険になるからすぐ避難してくださいって書いとくね」
「それはご自由に」
「わかった。またあとで声かけるね。ありがとう」
シファーさんはこれまたあっさり自分の部屋へ転移していった。
新規だからGランクの部屋に泊まってるんだよな。
冒険者になる気がないのならEランクの部屋に変更してあげてもいいけど。
「お兄、疲れてるのはわかるけどさ、もう少し楽しそうに話してあげたらいいのに。シファーさんもずっと苦しんでてようやく誰かに話せたのかもしれないしさ~」
見られてたのか……。
でも楽しそうに話してたらそれはそれで下心が丸見えとか言ってくるんだろ?
俺の周りだけ常に封印結界張れたらいいのに。
あ、それだと余計疑われるか……。
 




