第四百六十二話 雪男の本性
「……マクシム、二十二歳、ヒョウセツ村出身」
ん?
今受験番号言ったか?
まぁこの人のことは散々見たからゼッケンの番号も覚えちゃってるけどな。
「どうぞおかけください」
「……」
緊張してるのか?
それとも警戒してるのか元々無口なのか。
フードも取らないし。
でも二十二歳か。
映像で見てるときはもう少しいってるかなと思ってたけど、こうやって近くで見るとそれなりに若いことがわかる。
ってウチでの二十二歳は年長組になるけどな。
「大樹のダンジョン管理人のロイスと申します。よろしくお願いします」
「……よろしく」
謎な人だな。
でもどんどんツッコんでみようか。
「そのコートはスノーベアの毛皮で作ってるんですか?」
「そうだ」
「今スノーベアの魔石とか持ってませんかね?」
「持ってる。毛皮も肉も魔石もいい金になる」
「ちなみにおいくらになるんですか?」
「一頭で1万Gってところだ」
「お~? 高価ですね。魔石だけだと?」
「1000Gくらいだと思う」
「マリン」
「うん。マクシムさん、じゃあ2000Gでスノーベアの魔石を譲っていただけませんか?」
「え……いいけど」
マクシムさんはレア袋の中から大きな鞄を取り出し、その鞄の中から魔石を取り出した。
「お~、大きいですね」
「これは3メートル級のスノーベアの物だ。小さいのならほかにも二個ほどある」
「じゃあ三つで5000Gで買い取らせてもらっていいですか?」
「え……いいのか? ただの魔石だぞ?」
「でもスノーベアの魔石なんですよね? ちょうど欲しかったところなんです」
「え……ならいいけど……」
そこそこレアらしいし、ウチの魔物リストに載ってなかったからラッキーだ。
このためにわざわざ極寒のところに行ってまで取ってくるようなもんでもないしな。
マリンが現金で5000Gを渡し、魔石を受け取って一旦裏にはけていった。
「ヒョウセツ村ってスノー大陸の北西の端にある村ですよね? パラディン隊の募集のことをどこで知りました?」
「ヒョウセツ村だ。セツゲンの町の冒険者ギルドに置いてあったビラを持ってきてくれたやつがいる」
「なるほど。でもよく今日の試験に間に合いましたね。セツゲンの町を越えてスノーポートの町に行くのにもかなり時間かかるでしょう?」
「走ってきた」
「雪の上を?」
「そうだ」
「なにか雪上での移動手段はないんですか?」
「犬や狼がソリを引いたりするが、俺は使わない」
「なぜ?」
「動物が可哀想だし、なにより俺の修行にならない」
へぇ~。
優しい人なのかもしれないな。
あ、マリンが戻ってきた。
どうやらちゃんと本物のスノーベアの魔石だったようだ。
「試験を受けるために急いで来てくれたってことですか?」
「あぁ」
「なぜそこまでして試験を受けたいと思ってくれたんですか?」
「……なんとなく」
「は?」
なんかさっきも聞いた気がするぞ……。
「ビラに描かれていた大樹」
「大樹?」
「あの絵を見た瞬間、なぜか大樹を見てみたいと思った」
「パラディン隊に興味があったわけじゃなくてですか?」
「気にはなったが、興味というほどではない」
「それよりも大樹を見たいと?」
「あぁ」
「でもそれなら走ってこなくても良かったのでは? 試験は今日までですけど、大樹はいつでも見れますよ?」
「……すまん。本当はパラディン隊にも大樹のダンジョンにも興味があった」
なんだよそれ……。
見かけによらず冗談も言えるってことにしておこうか。
「ではどういうところに興味を持ってくれたんですか?」
「……笑わないか?」
「面白い理由なんですか?」
「面白くはない……」
「じゃあ笑えないでしょうから言ってみてください」
「……仲間が欲しかった」
「仲間? どういう仲間ですか?」
「……普通の仲間だ」
普通の仲間?
どういう意味だろう?
「……村の外でもいっしょに行動できる仲間がずっと欲しかった」
「パーティメンバーってことでしょうか?」
「パーティ……そうだな。誰かといっしょに戦ってみたい」
「今までずっとお一人で戦ってらしたんですか?」
「そうだ」
もしかして友達がいなかったのか?
それとも村から出たことがないとか?
ってセツゲンの町まで行ってるらしいからそれはないか。
「ヒョウセツ村の人口はどれくらいなんですか?」
「百人だ」
少ない。
以前のソボク村よりもさらに少ないよな。
「戦闘ができる人間はいるんですか?」
「動物の狩り程度ならできる人間はいっぱいいるが、魔物との戦闘となると数人だけだ」
「いっしょには戦ってくれなかったんですか?」
「俺以外はみんな四十歳以上なんだ」
「あ、なるほど……」
近場で戦うくらいなら別にいいけど、パーティを組んでどこかに行こうとはならないよな。
「それでビラを見て、ここなら冒険者たちがいっぱい集まってると?」
「そうだ。もっと早く知りたかった」
今回のパラディン隊採用試験は世界中に大樹のダンジョンを宣伝できるいい機会になってるようだ。
ララの目論み通りだな。
ん?
マリンがなにか聞くようだ。
「マクシムさん、スノーベアに間違われることありませんか?」
「なに……どうしてそれを……」
「あ、やっぱりありますよね。雪が降ってるところで少し遠目から見たらそう見えるかな~って思いまして」
「え……」
「というのは冗談で、ウチの情報網で調べればすぐにわかっちゃうんです」
「……」
「そのことについて少しお聞きしてもよろしいですか?」
「……あぁ」
「冒険者に襲われたことありますよね? スノーベアに間違えられて」
「あぁ、何度もある」
「間違えて襲う冒険者が100%悪いと思うんですけど、何度も襲われてるのならその姿がスノーベアに間違われることくらいわかってますよね?」
「……あぁ」
「ではなぜそれでもその毛皮の装備を身につけてるんですか?」
「……」
言われてみればそうだな。
襲われるのが嫌なら着なきゃいいのに。
「もしかしてですけど、わざと襲わせてます?」
え……わざとだと?
なぜ?
「……そうだ」
は?
そうなのか?
「理由を聞いてもいいですか?」
「……仲間が欲しかったからだ」
「仲間になる相手の実力を試してたんですか?」
「そういうわけじゃない。誰でもいいから仲間に入れてくれるきっかけが作れればいいと思ってただけだ」
「あ、そういうことですか~。自分からは勇気が出なかったってことですね?」
「そうだ」
「セツゲンの町に入る勇気もないってことでいいですか?」
「あぁ。俺は無愛想だし体が大きいからきっとこわがられる。村でもそうだった」
「ちょっと立ってもらっていいですか?」
マリンは立ち上がり、マクシムさんの元に近付いた。
そしてマクシムさんは怪訝な表情を浮かべながらも立ち上がった。
やはりマリンと比べるとかなり大きい。
2メートル近くあるよな?
さすがに超えてはないと思うが……。
「う~ん、やっぱりゲンさんのほうが全然大きい」
「ゲンさん? 誰だ?」
「管理人の仲間の魔物です。ゲンさんに比べたらマクシムさんは子供みたいですし、ウチの冒険者はみんなゲンさんで見慣れてますから、マクシムさん程度の大きさなら誰も驚きませんよ」
「そうなのか? じゃあここだったら俺も普通なんだな」
「普通です。というか強さも普通ですから」
「……ははっ。そうか。俺の強さでも普通か」
笑った……。
「マクシムさんより若い人で強い人なんて山ほどいますからね。あ、座ってください」
二人は席に戻った。
「ついでにお聞きしますけど、その襲ってきた冒険者たちをどうやって撃退してるんですか?」
「撃退してるつもりはない。少し剣を交えたらみんな弱くて勝手に気絶するんだよ」
「それはマクシムさんが強いからでは?」
「強くないと仲間に入れてやろうなんて思ってくれないだろうから、俺の力をある程度見せることも必要なのかなと思って」
「あ~、そういう考え方もありますね」
あるのか?
「で、そのあと町の外まで送ってあげるんですか?」
「放っておくと寒くて凍死するからな。それに俺のことをいいやつだと思ってくれて仲間に誘ってくれるかもしれないし」
「その人たちから金品や装備品を盗んだりしてません?」
「どういうことだ? なぜ俺がそんなことをする? 別に金には困ってないぞ」
それもそうだよな。
今だって大きな魔石を何個も持ってたし、この腕があればお金なんていくらでも稼げるだろう。
「色々と噂が流れてるみたいです。たぶん冒険者たちがあっさりやられた腹いせにデマを流したんでしょうけど」
「なんだと……なんでそんなことを……」
「ただの妬みだと思いますから気にしなくていいですよ。弱いくせに威張ってる人ほどプライドも高いですし」
「そうか……ありがとう」
「え? なんのお礼ですか?」
「いや、俺を信じてくれたから」
「え……ふふっ。その素直さがあればパーティメンバーなんてすぐに見つかりますよ。ウチの冒険者たちから勧誘のオファーが殺到して逆に困ることになったりして?」
「こんな俺でもか?」
「あ、でもパーティは同じくらいのレベルの人たちで組むのがベストですから、弱いと当然誘われにくくなりますよ?」
「ははっ。さっき言ってたことは本当のようだな。ここには俺より強いやつがいっぱいいるのか」
「はい。最後に確認ですけど、こちらとしてはパラディン隊に入るより冒険者になってもらうことをお勧めしたいんですけど、マクシムさんの気持ち的にはどうですか?」
「別にどっちでもいい。どちらも目的は同じようなもんなんだろ?」
「はい。攻めか守りかの違いだけです」
「なら攻めがいい。今まではずっと守ってたからな」
「そう言ってくれると思いました。では冒険者になってください。不安なことがあったらいつでもこちらの管理人に相談してくれて結構ですので」
「わかった。でも一度村に戻らさせてくれ。みんな魔王が復活したことは知ってるんだが、そのうち魔瘴が押し寄せてくることまでは知らないんだ」
「もちろんです。……あ、お兄ちゃん、どうする?」
魔道化の件か。
まぁ言ってもいいだろ。
「じゃあ言うね? まだ内緒なんですけど、もしかしたらスノーポートの町も魔道化されるかもしれません。あ、魔道化ってわかります? 町が封印結界で覆われて安全になるってことです」
「なにっ!? 本当なのか!?」
「はい。もちろんスノーポートが承諾してくれたらという前提ですけどね。ボワールとスノーポートを結ぶ魔道列車も開通する予定です」
「え……そんなことが可能なのか? 海があるんだぞ?」
「可能です。私は魔道ダンジョンにも詳しいですし、魔道列車を開発した私が言うんですから間違いありません」
「え…………」
これを聞いて驚かない人はいないよな。
そういうネタがあって羨ましい。
「ですから村の人には今のうちにセツゲンの町を通り越してスノーポートに移住される提案をされてもいいかと思いますよ。仮に魔道化されなくても、ボワールにはすぐ移動できますしね」
「……そう伝えさせてもらう。珍しく俺が話してるのを聞いたらみんなも信じてくれるかもしれない」
「たぶんですけど、みんなマクシムさんをこわがってるんじゃなくて、マクシムさんがみんなを拒絶してるんだと思いますよ」
「俺が?」
「相手に心を開いてもらおうと思ったらまずは自分から心を開かないと。これからは攻めるんですよね?」
「……あぁ、そうだ。やってみる」
「はい。もしすぐには伝わらなくてもいずれわかってもらえますから、安心して村を出てきてください。なんでしたらご家族の方たちといっしょに引っ越してきてもらっても構いませんよ?」
「家族は村の人といっしょにいてもらいたい。でも一つ頼みがあるんだがいいか?」
「どうぞ」
「ペットってわけではないんだが、ここ数年ずっといっしょに生活してる狼がいるんだ。そいつもここに連れてきたいんだが」
「狼? 犬じゃなくてですか?」
「狼だ。人慣れしてるから噛んだりしないし、俺の言うことだってちゃんと聞く優しい狼なんだ」
そんな狼もいるのか。
あ、でもソリを引く狼もいるって言ってたな。
「う~ん、お兄ちゃんどうする?」
「家の中にも入るんですか?」
「いや、外の小屋には入るが家には入らない。本当に賢いんだ。実はセツゲンの町からビラを持ってきてくれたのだってその狼なんだ」
町の中に狼が入って大丈夫なのか?
でも馬が町中にいるようなものだから別にいいのか。
「一度会わせてもらっていいですか? 環境に馴染めるかもわかりませんし、危なそうならウチのダンジョン内だけで飼ってもらうことになるかもしれませんけど」
「わかった。でも本当にいいやつなんだ」
まるで友達みたいだな。
……あ、本当にその狼だけが友達だった可能性もあるのか。




