第四百六十話 脱・漆黒の騎士
「静かになるまでここにいるわよ」
「はい……」
「お腹空いてない? なにか食べる? 私は勝手に食べるからあなたも食べたい物があったら好きに食べていいわよ」
「……え? 今どこからその料理を?」
「この袋よ。これはレア袋って言って、大樹のダンジョンでたまに買えるやつなの」
「中身どうなってるんですか?」
「見る? いいわよ見て」
「…………え、なんですかこの袋……」
「錬金術で作った袋よ。あ、私が作ったんじゃなくて大樹のダンジョンの錬金術師作の物よ?」
「錬金術……凄いですね……」
「凄いのよ。あなたも欲しいなら大樹のダンジョンの冒険者になりなさい。……ってそうよ、あなたは何者なのよ?」
「私はこの前ジャポングから避難してきた者でして……」
「え、そうなの? それを早く言いなさいよ。スパイじゃなくても明日パラディン隊の試験を受ける子かと思ってたわよ。さっきの冒険者風のやつらもここらでは見ない顔だからたぶん試験を受けにきたんでしょうし。で、あなたも受けるの?」
「いえ、私は……」
「受けないの? でもジャポングにいてどうやって魔法覚えたのよ? 忍者じゃあるまいし」
「…………今から話すこと、誰にも言わないでもらえますか?」
「言わないわよ。それよりあなたも食べなさいよ。ほんとは弟たちといっしょに食べる予定だったけど、仕方ないからあなたでいいわ。ほら、毒なんて入ってないわよ。大樹のダンジョンで出してる料理なんだから美味しいわよ」
「はい、いただきます。……美味しい!」
「でしょ? で、冒険者じゃないってのは本当なの?」
「はい。少し前まで騎士をしていました」
「騎士? 騎士って王国騎士の騎士?」
「そうです。……あ、パルド王国の王国騎士ではなくて、パール王国の騎士です」
「パール王国? どこよそれ? あなた寝ぼけてるんじゃないわよね?」
「起きてると思うんですけど……。アソート大陸ってご存じですか?」
「アソート大陸? ……あ、ジャポングの右にある大陸ね?」
「そうです。私はその大陸にあるパール王国っていう国の出身なんです」
「ふ~ん。なにか事情がありそうね。シルバ、誰にも言っちゃダメよ?」
「わふぅ~」
「大丈夫そうね。じゃあ話してちょうだい。あ、飲み物出すの忘れてたわ。シルバはキャラメルミルクでも飲んでなさい」
「わふっ!」
◇◇◇
「というようなことがありまして、先ほど話したことを全てお話することになったんです」
あいつめ……。
レア袋のことは話すなって言ってるのに……。
ってこの人シャルルのマネ上手いな。
さすがアソート大陸出身。
「それを聞いたその方はどんな反応を?」
「しばらく黙ってましたね。途中は気になったことをどんどん相槌入れてきてましたけど」
そのせいで俺にも質問を求めてきてたのか?
「ワンちゃんと本当に会話できてるみたいでなんだか不思議な方でしたね」
「できてるんですよ、一方通行の会話ですけど」
「え?」
「いや、なんでもないです」
シルバのことを魔物だとは気付いてないのか。
「で、しばらく黙ったあとの言葉はなんだったんですか?」
「あなた、明日のパラディン隊採用試験を受けなさい」
「え? いきなりそれですか?」
「はい。そして、あなたがここに来たことは運命であり必然だったのよ。お母様が命がけで助けてくれたことや、国でたった一人だけ生き残ったことも全てここに来るためだったのよ。きっと今後のことももう決まってるのよ。だからあなたはなにも考えずにただ試験を受けてみなさい。あとは大樹のダンジョンの人たちがどうにかしてくれるわ」
……まさかシャルルにそう言われたから試験を受けにきたのか?
「でも私は試験は受けないって言ったんです。さっき私が震えてた理由が、一次試験の内容を聞いてこわくなったからだということも話したんですよ。すると、大樹のダンジョンのセーフティリングという安全システムについて細かく丁寧に説明してくれました。ダンジョン内では絶対に死ぬことはないし、魔物がこわかったらすぐにリタイアすればいいのよ、とも言ってくれました」
シャルルにセーフティリングシステムの詳細な説明なんてできるのかな……。
「それで私は大樹のダンジョンについてもっと詳しく知りたくなってしまったんです。だから教えてもらえないか頼んだんですけど、明日の試験を受けるのが一番早いわ、って言われてしまってそれ以上はなにも教えてもらえなかったんです……」
面倒になったのか?
そうなんだな?
「そして最後に、誰かを救える力があるなら戦いなさいよ。国を滅ぼした魔王が憎くないの? 両親を殺されたままで悔しくないの? 大樹のダンジョンの冒険者たちなんてそんな理由がなくても魔王を倒すために必死に修行してるわよ。あなたに命をかけて戦う覚悟がないのならこの先も鍛冶職人としてやっていけばいいわ。なんなら大樹のダンジョンの鍛冶屋で働けるように私が言ってあげてもいいわよ。でもやるからには最高の鍛冶職人を目指しなさいよ。あなたが作った装備品が魔王と戦うときに必要になるかもしれないからそれも大事な仕事だわ、って」
発破をかけるために言ったのか。
それに鍛冶職人たちの気持ちもちゃんと理解してるようだな。
「私はなにも言えませんでした。そのあと宿を出て、その方とはマルセール駅で別れ、列車で南マルセールに移動し、家に帰りました。でもなんだか心が落ち着かないんです。だからとりあえず母にさっきの出来事を話してみました」
母?
鎧にってことか?
幽霊が見えてるとか言うなよ?
「そしたらなんだか無性に鎧を着てみたくなったんです。母が囁いてるのかと思ったくらい、鎧に呼ばれてる気がしました」
こわい話だった……。
呪いの鎧じゃないよな……。
「母の鎧を着るのは初めてだったんです。でも私が着ていたものと比べても全く違和感がありませんでした。親子だから同じ体型だったのかもしれません。剣もすんなりと手に馴染みましたし。そうしてるうちになんだか眠たくなってきたので、鎧を着たまま寝ました」
大丈夫か?
人格まで乗っ取られたりしてないか?
実は今話してるのは母親でしたってオチじゃないよな?
「そして今朝、いつもより早く目が覚めました。寝てる間に無意識に鎧は脱いでたみたいです。目覚めも良く、不思議と頭も心もスッキリしてました。この三か月間でも一番と言っていいくらいの目覚めです。とりあえずシャワーを浴びました。朝にシャワーを浴びたのなんていつぶりでしょうか。身体も頭と心に負けじと新鮮な気持ちになりたかったんでしょうね。あとは私の決断待ちだったんだと思います」
シャルルと話したことが良かったってことか。
それとも母親か……。
「もう一度鎧を着てみました。すると騎士生活のときには感じたことのない気持ちの高ぶりを感じました。その勢いのまま家を飛び出しました。南マルセール駅では私を見てみんな一瞬ギョッとしてましたけど、それすら心地良く思えたんです」
いや、顔も見えないこんな全身黒鎧の人がいたらめちゃくちゃこわいからな?
「そしてマルセール駅へ行きました。まだ七時くらいだったんですけど、凄い人の多さでした。明らかに冒険者とわかる人たちばかりで、みんな試験を受けにいくんだと思ったら少し緊張してきたりもしました」
周りはアリアさんを見て萎縮してたと思うぞ……。
「それで大樹のダンジョンへ向かう列車乗り場はどこかな~と探してるときでした。目の前にいきなり昨日のワンちゃんが現れたんです!」
そういやシルバとシャルルは今朝もマルセールに行ってたんだっけ。
「なにか袋を口に咥えてたんですが、それを地面に置いたんです。そして私に取れと言わんばかりにわふわふ言ってきたので、取って中身を確認すると、サンドイッチとおにぎりとミルクが入ってたんですよ」
ほう?
「すぐにワンちゃんは走り去っていきましたが、そのワンちゃんを目で追ってると、壁際に昨日お会いした女性の方がいたんです! すると私に向かって軽く手をあげてから、改札を出て町のほうに出て行ってしまいました。来るかもわからなかった私を朝早くから待っててくれたんだと思います。そして頑張れってエールをくれたんだと思いました。おかげで朝から泣いてしまいましたよ……」
シャルルにしては粋なことをするじゃないか。
朝早く出ていったのはバナ君のためだけじゃなかったんだな。
「列車の中でありがたくご飯をいただきました。あの味は一生忘れないと思います。思ったより大樹のダンジョンが近くて最後詰め込みましたけど」
食べるときは兜を取るんだよな?
列車に乗ってた人たちの反応をあとで見てみようか。
「そして大樹のダンジョンに着き、駅を出て大樹を間近で見ました。あまりの大きさに自分がちっぽけな存在に思えましたね」
それはたまに俺も思うことがある。
特に悩み事があるときなんかはな。
「そのあと受付をして、説明会場に入って席に着いたところで重大なことに気付いたんです。私、あの女性のことをなにも知らないんですよ。私が魔法を使えることを見抜いていたので大樹のダンジョンの冒険者の方かなとも思ったんですが、それにしては色々と発言がおかしいな~とも思いまして。マルセールの宿にいた騎士っぽい人にも凄く偉そうでしたし、大樹のダンジョンの鍛冶屋にだって私を紹介してあげるわとも言ってたんですよ? 駅の管理室にだって入れるわよ的な発言もしてましたし、もしかしたら凄い偉い方なんじゃないかと思ってきたりして……」
今更すぎるだろ……。
自分のことしか考えられなくなるほどいっぱいいっぱいだったんだろうか。
「それによく考えると、私の装備する鎧が黒ってことは話してませんし、ましてや顔が全部隠れる兜を被ってることも話してないんです。なのに駅で私ってわかってたんですよ? ……あ、それはワンちゃんが私の匂いでわかったってことなんですかね? ワンちゃんの嗅覚って凄いんですね。頭も良さそうでしたもん」
シルバが聞いたら喜ぶだろうな。
「……あ、つい長話になってしまいましたね、すみません。以上が私の志望動機みたいなものですかね?」
え……これ志望動機の話だったのか……。
まぁシャルルに会うまでは受ける気はなかったってことだから、そのへんの話や生い立ちも含めての志望動機か。
というかもう何分経った?
え、三十分……。
「あの~、さっき魔物使いって知ったときに泣いてたのはなぜなんですか?」
唐突にマリンが聞いた。
そういやそうだな。
「母がよく話してくれたんです。この世界のどこかには魔物使いという特殊な能力を持った人がいて、その人はどんな魔物でも手なずけることができるのよと」
さすがにそれは言いすぎだと思うんですけど……。
「その人の周りには可愛くて強い最強のペット集団がいるようなものだから、ある意味この世界で一番羨ましい存在でしょ? だからもしあなたが魔物使いに会う機会があって、その人が男性なら絶対にお嫁さんにしてもらうのよ。そしたらあなたはきっと幸せになれるわ。そのためにも今は騎士としての腕を磨くの。弱いと失望されるかもしれないでしょ? って昔から私をしっかり修行させるための冗談として言われてたんですよ」
冗談かよ……。
少しドキッとしたじゃないか……。
「だから本当にそんな人が存在してるなんて知らなかったんです。でもきっとこれも母が導いてくれた運命なんだと思ったら、涙が出てきてしまって……」
え……。
「運命じゃありません。ただの偶然です。もう終わりでいいよね?」
マリンがむりやり終わらせようとしている。
さすがに三十分は少し長すぎたからな。
でも結局試験の合否についてはどうすればいいんだろう。
「アリアさん、パラディンか冒険者、どちらになりたいですか?」
「お任せします。私の能力を一番活かせる道に進ませてください」
「そうですか。試験は文句なしに合格ですので、とりあえず夜の合格者説明会には出席してください。もしかしたらウチの総支配人がアリアさんは冒険者として修行してもらったほうがいいと言うかもしれませんので、そのときはまたご相談させてくださいね」
「総支配人ですか? もしかしてその方も魔物使いとか?」
「いえ、魔物使いではないただの俺の妹です」
「妹さん? が総支配人? ……面白そうですね」
「きっと仲良くなれると思いますよ」
「楽しみです。私には兄妹がいなかったものですから」
「楽しみにしなくていいです。もう時間ですのでそちらからお戻りくださいね。お疲れ様でした」
「え………はい。ありがとうございました」
マリンがイライラしてる……。
アリアさんは兜を被ることなく、手に持って別室へと転移していった。




