第四百五十九話 パール王国の生き残り
「そしてジャポング方面に向かってただただ進みました。でもいくら漕いでも陸は見えてきません。見渡す限りの海です。夜なんかこわくてこわくて、魔物に襲われないことを祈って静かにしてるしかありませんでした」
夜の海は闇と同じだからな。
「明るくなるとまた漕ぎ続けました。食料も飲み物も持っていませんでしたので、海水を舐めて飢えをしのぎました。でも二日ほど経ったころ、私にも限界が来ました」
戦闘で傷を負ってただろうしな。
そんな体で二日間も海の上なんて過酷すぎる。
「そして私も楽になろうと思い、母の隣で横になりました。……でもどこかから音が聞こえるではありませんか。幻聴かと思っていたら、その音がどんどん大きくなってきたんです。慌てて起き上がると、向こうから船が向かってきてたんです。その瞬間、助かったと思い安心して、私は意識を失いました」
安心するのが早くないか?
せめて手とか振ったほうが良かったんじゃないか?
でも気付いてもらえたんだよな?
だからここにいるんだよな?
「あの、遠慮せずに質問してくれていいんですよ?」
「いえ、話を続けてください」
「……気付いたらジャポングのオーエドの町にいました。どうやらその船はオーエドとパールを週に一度運航しているオーエド側の船だったようです。私が乗ってた船は航路から外れてたらしいのですが、双眼鏡で見ててたまたま発見してくれたそうなんです」
ラッキーだったな。
「私はその船の船長の方の家に泊めていただいてました。丸一日寝てたらしいのですが、その家のお婆ちゃんがずっと看病してくれてたそうなんです」
ジャポングの人ってみんないい人そうだもんな。
「そして母の遺体のケアまでしていただいて、骨となる前にきれいな顔を見ることができました。あの方々にはいくら感謝してもしきれません」
これで母親も少しは浮かばれるだろう。
「それからはジャポングで生活しようと決めました。でもなにをすればいいか、なにをしたいのかがわからなくなったんです。元々なにも考えずに父と母と同じように騎士になっただけでしたから。とりあえず当面の生活費のために、私が装備してた剣と鎧一式は売り払いました。オーエドの町には武器屋や防具屋はなくても鍛冶屋はあって、鋼ですからそれなりに高い値で買い取っていただけたんです」
ん?
ということは今着てる鎧は……。
「これですか? 母が装備してたものです。母の形見みたいなものですから、ついでにその鍛冶屋さんで直してもらおうかと思ったら、じゃあウチで雑用の仕事でもしながら、合間の時間に自分で直してみるかって言ってくれたんです。だからお言葉に甘えてしばらくお世話になることにしたんです」
なんかこの人、色々と上手くいきすぎだよな……。
運がいいっていうかさ。
「部屋も鍛冶屋のすぐ近くに借りれました。近くにはお店もたくさんあって、毎日仕事終わりになにかお買い物したり、なんだか今まで歩んできた人生とは別のような感じもしました。町の外には魔物もいませんし、町中に騎士なんて存在もいませんし」
平和だったらしいもんな~ジャポングは。
「鍛冶屋の仕事も徐々に覚えることができました。包丁を作ったりするんですよ? 大変ですけどこれがまた楽しいんです。そのうち私も売り物になるような包丁を作れるようになるのかな~とか考えたりもしてました。それに見てくださいこの鎧。めちゃくちゃ光ってませんか? すっごく磨いたんです。もう一生着ることはないだろうなと思って、家に飾るためにピッカピカに磨いたんです」
あ、そういうことか。
じゃあ本来の鎧は光ってないんだな。
「ですがその生活は突然終わりを迎えることになったんです」
今度はなにがあった?
って先月末のあれか。
「パルド王国のラスの町に住む人たちが港にやってきたんです。なんとアソート大陸から魔王の力によるものと思われる魔瘴が拡がってきてるから、早くパルド王国に避難しろってわざわざ言いに来てくれたんです。しかも凄く大きな船を何隻も準備してくれてて、魔物への対抗策として冒険者の方々まで船に乗ってくれてると言うではありませんか。それに港には安全に待機するために封印結界なるものを張ってくれて、さらにそこにも冒険者を何人も配置してくれたではありませんか。私たち一般人からしたらもう神様にしか見えませんでした。みんなが神様です」
少し大袈裟だな……。
それにあなたは一般人じゃないでしょ……。
とでもツッコんだほうがいいのかな。
「一番驚いたのはその冒険者のみなさんの強さにですかね。パール王国では、騎士になれなかった人が渋々と冒険者になるものだったので、ハッキリ言って実力はたいしたことない人たちばかりだったんです」
じゃあパール王国ではみんな騎士になるために修行してたのか。
「それが最初にラスの町長といっしょに避難の説明に来てくれていた冒険者の方を見てイメージがごろっと変わりました。見た瞬間から魔力量に驚かされましたし、立ち振る舞いもキリっとしててカッコ良かったんです。なのでさっき二次試験が始まる直前にお会いしたときには凄く驚きました。向こうは私のことなんて知らないでしょうけど。あ、鎧を着てるからという意味ではなくて、ほぼ面識がないからって意味です」
誰のことだろう?
カッコいいって言ってるから男性かとも思ったが、町長といっしょに行動してたとなるともしかしてティアリスさんのことかな?
「それと今日説明会場にいるエマさん、あの方が封印結界を張ってくれて、それを維持してくれているのを見てずっと励まされていました。だからこそ私もできるだけ多くの人に避難してもらおうと最後まで町の隅々まで走り回ることができたと思ってます」
ほう?
騎士じゃなくなってもちゃんと人々を救ってるじゃないか。
「でもそうしてるうちに、自分の中でモヤモヤしたものが沸き上がってきてるのを感じていました」
騎士の心がうずいたってことか?
「結局それがなにかわからないまま、オーエドから最後に出発する船に乗って南マルセールにやってきました。ラスに避難されるという方が多かったんですが、私は南マルセールに行こうとなぜか最初からずっと決めていました。オーエドでの避難活動についてはなに一つとして悔いは残してないつもりです。でもなにか心にぽっかり穴が空いてるような気持ちになってるんです。なにか忘れているようだけど、それがなにかわからないというか」
それを見つけるためになんとなく試験を受けに来てみたってことか?
「こちらに来た次の日、改めてこの世界の現状についてある程度把握することができました。魔王が復活したこと、各地に魔工ダンジョンが出現してること、魔工ダンジョンに入るときの注意事項など、パルド王国ではもう九か月以上も前に周知されていたことじゃないですか。パール王国が情報統制なんてせずにもっと各国と交流していればどれもわかっていたことかもしれないのにと今になって何度も後悔しました」
でもそれはアリアさんではどうすることもできなかったことだろ?
「それから私はまた、今なんのために生きてるのか、これからなにをすればいいのかがわからなくなりました」
またかよ……。
まぁこんな短期間で二回も住む場所を奪われたんじゃな。
「とりあえずマルセールを探索してみました。その次は魔道列車に乗って近郊の村に行ってみることにしました。まずはボクチク村、次にソボク村、さらにビール村に行きました。そして延伸したばかりのサウスモナの町にも行ってきました。私、魔道列車に乗って外の風景を眺めるのが好きみたいです」
めちゃくちゃ楽しんでるようにしか聞こえないんだが……。
「それにどこも食事が凄く美味しいんです。でも一番は南マルセール駅に売ってるお弁当ですかね。美味しいだけじゃなくホッとする味なんです。家でこの鎧を見ながら食べると心が落ち着くんです」
大丈夫かこの人……。
あとでスピカさんに診てもらったほうがいいかもしれない。
「でも南マルセールに来て、私が本当に一番気になってることだけにはずっと目を背け続けてきました。なんだか今の生活が全て変わってしまうような気がして、こわかったからです」
色んな場所に行ってるくせに、まだ行ってないところがあるもんな。
「……それがなんだかおわかりですか?」
え……ここで聞いてくるのかよ……。
結構面倒な人かもしれない……。
「大樹のダンジョンですか?」
「そうです! こんな近くに大樹のダンジョンがあるのに、一度も来てなかったんですよ!? 逆に凄くないですか!?」
「え……そうですね……」
「あ、少し引いてます? ……そうですよね。じゃあなんで来たんだって話ですよね」
勝手に落ち込まないでくれよ……。
「大樹のダンジョンに関する話は耳に入ってこないようにしてたんです。パラディン隊募集のビラが貼ってあっても気付かないフリをしていました。でも昨日の夜のことです。パラディン隊の採用試験を受けるために来た冒険者でマルセールがいつも以上に賑わってると聞いたので、どんな様子か見るためにマルセール駅に行ったんです」
この人、外出ばかりしてるな……。
「駅の外にぼーっと立って、みんなを見ていたんです。試験に不合格になって落ち込んでる人、明日の試験を前に緊張してる人、気持ちが高ぶってる人など、色んな人がいました。それに試験の内容なども勝手に耳に入ってきました。特に一次試験については、城や港でのことを思い出してしまって、聞いているだけでこわくなってくるようなものでした」
そこは聞かないようにするところだろ……。
「すると突然、女性に声をかけられたんです。震えてるけど大丈夫? 体調悪いの? って」
そんなにこわがってたのか。
なのによく試験を受けに来れたな。
「私は大丈夫ですって言ったんですけど、その方はとても心配してくれて、知り合いの宿がすぐ近くだから少し休む? とか、駅の管理室で休めるように言ってあげよっか? とか言ってくれたんです」
ん?
ウチの従業員か?
「それもお断りすると、あなた職はなに? って聞かれたんです。今は無職ですって答えたんですけど、違うわよ、冒険者としての職業の話よって言われて……」
一般人に冒険者の職の話なんて通じるわけないよな。
ってこれ、もしかして相手はシャルルか?
確か昨日の夜はバナ君のところに行ってたもんな。
「わかりませんって言ったら、じゃあ錬金術師かなにか? なんでそんなに魔力を持ってるのよ? って言われたんです」
魔力の話は俺にはわからん。
「一応魔法は少し使えますって言ったら、ならやっぱり冒険者よね? なんで嘘つくのよ? スパイかなにか? マルセールで悪事を働こうとしてるんならただじゃすまさないわよ? この犬があなたの匂いを覚えたから逃げても無駄だからね? っていつのまにかワンちゃんがいて……」
やはりシャルルのようだ。
犬じゃなくて狼な。
「それでどうしたらいいか悩んでたら、男性の方が二人話しかけてきて、お酒でも飲みに行かないかって誘われたんです」
それナンパってやつだよな?
「でもその女性の方が、今忙しいからどっか行きなさいって言ったら、男性の方たちは怒ってしまってその方の腕を掴もうとしたんです」
あいつ……。
もう少し断り方があるだろ。
面倒事は起こすなって普段からあれだけ言ってるのに。
「そしたら次の瞬間、ワンちゃんが男性たちに体当たりしたんです。凄く速い動きで普通はなにが起きたかわからないでしょうけど、私の目にはハッキリ見えてました」
いや、さすがに犬がなにかしたってことくらいはわかると思うが。
「男性たちは人混みの中に吹っ飛んでいき、何人かの人がそれに巻き込まれて転んでいました。あたりは騒然となっていましたね」
おい……。
しっかり騒ぎを起こしてくれてるじゃないか。
「すると女性の方は、逃げるわよって言って、近くの高そうな宿に連れて行かれました。どうやら姉弟の方々が宿泊していたらしく、しばらく部屋を貸しなさいって言ってむりやり弟さんを出ていかせて、私と部屋に二人きり……じゃなくて二人と一匹になったんです」
昨日帰ってきたときに元気がないように見えたのはこのことがバレると怒られると思ったからじゃないだろうな?
 




