第四百五十八話 パール王国壊滅
「パール王国という国をご存じですか? パルド王国ではなくてパール王国です」
「アソート大陸のジャポング寄りにある国ですよね?」
「あ、よくご存じで。私はそこで生まれ育ちました」
本当にパール王国出身だったのか。
「たぶんみなさんはあまり良い印象をお持ちじゃないですよね?」
「いえ、そこまで詳しくは知りませんから。知ってることといえば、少しばかり他国のマネをするのが得意ということくらいですかね」
「ふふっ、正直ですね。でもそれはもう十年以上も前の話です。今は逆に他国の情報が入ってこないようになってるんです。情報統制って言うんですかね」
情報統制?
なんだそれ?
「なんでそんなことを?」
「偽物より本物のほうがいいですからね」
「なるほど。……どういうことですか?」
「え……人口流出を阻止するために、技術の進歩が遅れてることを知られないようにしてたってことです。他国の製品を買わせないようにって意味もあります」
「つまりマネしきれなくなったと?」
「そうです。それを隠すために国は情報統制を行うことにしたんです」
う~ん。
それくらいでほかの国に移住したいなんて思わないと思うんだけどな。
別に最新の物がなくたっていいじゃないか。
「ってすみません……試験中なのに……」
確かに試験には関係ない話かもな。
でもこんな中途半端に話されたんじゃ続きが気になる……。
「そんなことないよね?」
「え? うん、そうだな。ぜひ続きをお聞かせください」
マリンがそう言うなら大丈夫だ。
「そういうことでしたら……。今思えばなんですけど、その情報統制のせいで魔王の存在に気がつかなかったんです」
あ、情報統制の話はそこに繋がってたのか。
「あれは今から三か月前の十月初旬のことです。町の外を見回りしていた騎士が異変に気付いたんです。いつもは出現しないような魔物を見かけたと。あ、パール王国だけじゃなくアソート大陸は昔から魔瘴地帯が多いんです」
へぇ~。
なら普段から魔物が多かったってことだよな。
だからこの人は強いんだろうか。
「すぐにその原因を突きとめるべく、騎士たちが調査に向かいました。すると見たことない魔物だけではなく、魔瘴もいつもより多く発生してたらしいんです。そしてその魔瘴が一番濃くなっている場所に行くと、なんと洞窟の入り口ができているというではないですか」
魔工ダンジョンか。
十月初旬となると、帝国よりも約一か月早く出現してたことになるな。
「私たちはそれを魔物たちが作った魔物の住処だと推測し、中を調査することにしました」
そう思うのが普通なのか。
「しかし内部はとても広く、これはただの魔物の住処じゃない、ダンジョンだと考えを改めたんです」
住処もダンジョンも同じようなものだと思うけど。
その前に転移したことについてはなにも思わなかったのか?
入り口から地下に降りる階段があったわけじゃないだろ?
「奥に進んでいくと、なんと草原地帯に出たというではありませんか。しかしその土地に見覚えがなかったため、慌てて引き返すことにしたんだそうです」
ダンジョンから外に出たと思ったってことか?
「城では緊急会議が行われました。そして百人の騎士による討伐隊を組むことにしたんです」
お~?
パルドの王国騎士とはずいぶん違うじゃないか。
「……あの、ここまででなにか質問などないのでしょうか?」
「え? とりあえず最後まで聞こうかな~と思いまして」
「そうですか……」
なぜ残念そうにする?
会話を楽しみたいタイプか?
「とにかく、次はその草原の調査と、魔物の全滅を目的に再度ダンジョンへと突入しました」
魔物の全滅か。
魔工ダンジョンのことを知らないからまたすぐに魔物が湧いてくるということもわからないか。
「でもそこでまた異変に気付いたんです」
あ、さすがに気付いたか。
「……なにかわかります?」
一人で喋ってるのが嫌になったのかな……。
さすがに答えてあげないと可哀想か。
「魔物を倒しても倒しても全然減らなかったりとかですか?」
「そうなんです! 正しくは一定時間後にまた湧いてくると言うんですかね!? ……って知ってるに決まってますよね……」
急にテンションが上がったと思ったらすぐに落ちた……。
どうやら俺たちが魔工ダンジョンに詳しいということは知ってるらしいな。
「おそらく草原地帯もダンジョンの一種なんだろうと考えることにしました。そして目的をダンジョン最奥にいるであろうボスの討伐に切り替えたんです」
普通のダンジョンだとそうなるのか。
「ここまでで約二日かかってました」
まぁ城に戻って会議などをした時間を含めての二日だったら早いほうじゃないか?
「三度目の突入で奥に進むこと一日、また洞窟のフィールドになり、今度はベビードラゴンが大量に出現したらしいんです。その報告を受け、念には念を入れて上級騎士を派遣することが決まりました」
上級騎士ってカッコいいな。
上級パラディンもなかなか響きがいいんじゃないか?
「事件が起きたのはその二日後のことでした」
事件だと?
まさかベビードラゴンにやられて全滅したのか?
「ダンジョンが急に消滅したんです。そしておそらく中にいた騎士たちも……」
「生き残った人は誰もいなかったんですか?」
「はい……洞窟の外にいた騎士たちだけでした……」
水晶玉を破壊したってことだよな?
さすがに試したことはなかったが、やはり人間もダンジョンごと消滅するのか。
でも最深部にまで辿り着いたのはなかなかやるじゃないか。
上級騎士というだけあるな。
「その後、立て続けにまたダンジョンができました。でもその件があったので、もうダンジョンには手を出すなってことになったんです」
上級騎士を失ったのが大きかったのかもな。
……もしかしてアリアさんも上級騎士なのか?
「それからはもうどうすることもできませんでした。一週間後には瞬く間に町や城にまで魔瘴が拡がってきて、魔物が侵入してきました。数千人いた騎士たちは次から次へと倒れていきました……」
まさに帝都のような状況か。
「船で逃げようとしなかったんですか?」
「最初はそういう考えはありませんでしたね。なぜなら誰もがどうにか解決できる問題だと信じていましたから。だって騎士が数千人もいるんですよ? それなのに負けるなんて思わないじゃないですか。度々起こる隣国のマロ帝国との戦争にだっていつも完勝でしたから。人々は安心しきっていたんです。騎士たちが必ずどうにかしてくれると」
国同士の戦争とか本当にあるんだ……。
そんなのただの昔話と思ってた。
「でもそれ以上に魔物の脅威はおそろしかったんです。町になだれ込むようにして侵入してきましたし、上空からも襲ってきましたから。で、気付いたら生き残ってるのはお城にいる人間だけになってました」
帝都もそんな感じだったんだろうな。
「城での籠城も意味がなく、窓や門が破られ、城内部でも騎士と魔物との戦闘が始まりました。しかしそれも長くは続かなかったんです」
その戦いに勝ち目があるわけないからな。
「そこで私たちはようやく逃げる決断をしました」
遅い。
「残った二十人ほどで城の地下通路から脱出しました。その通路は港に通じてるんです」
船か。
それでジャポングまで逃げたのか?
「ですが港に着いて絶句しました。人間や魔物の死体だらけなのはわかっていましたが、船までも一隻残らず破壊されていたんです」
え?
ならアリアさんはどうやって?
「あまりの絶望に、残っていた騎士たちは戦う気力を失いました。もちろん私も同じでした。でも魔物はそんなときでも襲ってきますから、これ以上は守りきれないと悟りました」
王様か誰かを守ってたってことだよな?
やはりこの人は騎士の中でも相当上位のランクの人だったようだ。
若いのに凄い。
「それでも戦闘を続けました。戦うのをやめた瞬間に死が待ってますから。鎧も傷だらけになり、体中に痛みがあってもとにかく戦い続けました。ですがもう頭は冷静じゃなかったんです。気がついたときには国王様たちは倒れており、もう命を落とされていました……」
やはり王様がいたのか。
たちってことは王妃や王子もいたのかもな。
「それを見て私は気力も体力も尽き、もう諦めようと思いました。死ぬのを覚悟したんです。目の前の魔物に対してもう抵抗するのをやめて目を瞑りました」
と、そのとき?
「……ですがなぜか魔物は攻撃してきませんでした。目を開けると、私の前に一人の騎士がいました」
お~。
生き残ってる騎士同士で助け合わないとな。
「母でした」
「は?」
「母も騎士だったんです。ちなみに父も。父は先のダンジョン消滅の際に行方不明になってしまいましたが。母はこのとき地下通路の城側で魔物の侵入を阻む役割を担っていました。ですからもしかしたらもう会えないかとも思っていたんです。でもその母がなんとかして港まで辿り着いたんです。一人で」
「……」
「私は涙がとまらなくなりました。でも母はそんな私に、泣く力が残ってるんなら戦いなさいって言うんです」
騎士としても母としても立派なお母さんじゃないか。
「そして母は破壊された船の中に行くと言いました。もしかしたら船内にある緊急時用の小型船は無事かもって言うんです。母を信じて船の中に走ると、なんと人間が数人乗れる小さな船があるではありませんか」
おぉ~。
良かったな。
「すぐに船を外に出し、母と二人で乗り込みました。なんとかしてすぐに陸から離れなければと思い、一心不乱で櫂を漕ぎました。幸いにも魔物が襲ってくることはなく、次第に陸はどんどん遠くなっていきました」
海にまで魔瘴が拡がってなくて助かったな。
「そして少し安心して、私は後ろにいた母のほうを振り返りました。すると母は横になってたんです。疲れと痛みで休んでるんだろうと思いました。私もしばらくぼーっとしました。でも母の様子が少しおかしいと思い、母の兜を取りました。……母はもう息をしていませんでした」
え……。
「とっくに限界を超えていたんです。顔も体もあざだらけでした。それでも最後の力を振り絞って私のために城から港まで助けに来てくれたんだと思います」
悲しすぎる結末だ……。
「私は泣きました。でもすぐに母の言葉を思い出し、泣く力があるならまだ生きないとと思い、船を進めることにしたんです」
面接試験で聞いていいような話じゃなかったな……。




