第四百五十四話 漆黒の受験者
ダンジョン酒場と講義室にある画面が全てSグループの映像になった。
だがそこにウチのEランク冒険者たちは誰も映っていない。
途中棄権したとかではなく、単にほかに魅力がある冒険者がいたってだけの話だ。
一人目は雪男。
二人目は砂漠の女神。
そして三人目は……。
「速い!」
「まさに疾風!」
「黒い鎧もカッコいい!」
「女だよな?」
「身体強化系の補助魔法使ってるわね」
「顔全体をすっぽり隠す兜も珍しいよな」
「頭から足まで全身黒光りだ」
「漆黒の剣士って感じか?」
「黒い鎧もカッコいいな~」
動きも装備もみんなの注目を浴びてるようだ。
漆黒の剣士ってカッコいいじゃないか。
ここまで隠されると、どうしても顔が見てみたくなるが。
でもどうやら誰もこの人に関する情報は持ってないらしい。
この動きができて無名ということは考えにくいが。
出身地はジャポングになってるんだよな。
確かにジャポングにずっといたなら無名でも仕方ないと思うんだけどさ。
「マリン、これ本当か?」
「出身地のこと? そんなの嘘言われたらどうしようもないしね」
だよなぁ。
忍者たちのように人知れず一人でずっと鍛えてたんだろうか?
「ロイス君」
「ん?」
フランが俺の前の席にやってきた。
「今みんなでその黒い鎧について話してたんだけど、職人さんの中に一人知ってるかもって人がいてね」
「え? この人をってことか?」
「じゃなくて鎧」
「あ、鎧か。ってことは帝国の鎧なのか?」
「帝国じゃなくてね、たぶんアソート大陸にあるパール王国の物じゃないかって」
「アソート大陸? のパール王国?」
ってあれか?
ジャポングよりもさらに東にあるっていう大陸だよな?
真っ先に魔瘴に覆われたあの大陸だろ?
そしてパール王国はパルド王国を模倣してるとも聞いた気がする。
確かその大陸の国はそういう国ばかりなんだよな?
知らない間に失われた大陸みたいなものだから、いまいち記憶があやふやだ。
そもそも俺に覚える気がないんだろうな。
「それでね、これもたぶんなんだけど、もしかしたらこの人、パール王国の騎士なんじゃないかってさ」
「騎士? 王国騎士ってことか?」
「うん。確かこんな形状の真っ黒の鎧を装備してた気がするって言ってるの。でもここまで光ってなかったかもって。自信がなさそうだから私が代わりにこうやってロイス君に話してるってわけ」
俺には直接話しにくいってことかな……。
まぁ今は審査中だし、みんなが集中してる中で俺に話しかけに来るなんて普通はできないよな、うん。
「わかった。面接まで進んだときには参考にさせてもらう。ありがとうって言っておいてくれ」
「うん!」
フランは職人たちが集まる一角に戻っていった。
ちゃんと防具以外の話題も話せてるといいが。
「ララ、ウチにはアソート大陸から来た冒険者っていないのか?」
「いないと思う。いたら二か月前のときに国に帰るか、私たちに相談とかしてきてそうだもん」
そうだよな。
帝国に行くことになったとき、アソート大陸が危険な状態かもしれないってことはみんなに伝えてあったもんな。
「ならこの人はジャポングから避難してきた中にいたのかもな」
「今この前避難してきた人の一覧見てるんだけどさ」
さすがマリン。
「同じ名前の人はいたか? 登録番号と登録日時がわかれば駅の映像で顔だって見れるだろ?」
「……この人かなぁ?」
お?
もう映像まで調べてたか。
仕事が早いにもほどがあるだろ。
「ん?」
確かに女性が映っているが、この女性がこんな黒い鎧を着て魔物と戦ってる姿が全く想像できない。
まぁ人は見た目によらないとも言うが、冒険者や騎士をやってるような人ならもう少し闘争心があっても良さそうだからな。
「いや、違うんじゃないかな。ララはどう思う?」
「う~ん。なんとも言えないけど……。ほかに同じ名前の人はいない?」
「いないねぇ。まぁ本名とは限らないけどさ。こっちもそっちも」
どうせ確認できるものなんてなにもないから、登録名なんか適当でいいからな。
でも魔道カードや冒険者カードもほとんどの人がご丁寧に本名で登録してくれるけど。
「まぁいいか。で、この人が通過した場合の合否はどうする?」
「う~ん。よくわかんないからお兄に任せる」
「強いのは確かだよな?」
「それは間違いない。でもなんだか不気味だもん。顔が見えないと人間かどうかもわかんないしさ」
え……。
人間じゃないことなんてあるのか?
言葉は喋れてるから受付でも登録できたんだろ?
「冗談だって」
なんだよ……。
「でもあれだね。Sグループの人たちはそうでもないけど、ほかのグループ見てるとなにかを守りながら戦うってやっぱり難しいみたい」
「片手が塞がると体のバランスも崩れるしな。試験としては少し厳しかったか」
「うん。どのグループの敵のレベルも一次試験より少し上がってるし、これで通過できるような根性の持ち主ならもう合格でもいいかも」
「それだと面接がなくていいから楽なんだけどな」
「あ、ウチで修行してもらう人を落とさないといけないからそういうわけにはいかないよね」
「どうしてもパラディンになりたいって言ったらどうする?」
「そこは上手く誘導しなきゃ。じゃあ王国騎士隊で頑張ってくださいとでも言えば諦めつくんじゃない?」
「いや……それは騎士にならなかったとしても地元に帰っちゃうんじゃないかな……」
さすがにそこまでの自信は持てないぞ……。
「それにしてもこの帝都のフィールドってよくできてるよね」
「ジジイとバーゼルさんに監修してもらってるんだからかなり本物っぽくはなってると思うぞ。俺の記憶もほとんどこんな感じだし、魔物たちもオッケー出してくれたし。建物は崩れてるから適当で良かったってのもあるけど」
「まさに絶望って言葉がピッタリ。今までのウチのダンジョンにはないダークな感じだよね。もうこれそのまま地下五階でいいんじゃない?」
「俺もそれは考えたんだけど、毎日こんな景色を見せられたら病んじゃうんじゃないかとも思ったりしてさ」
「あ~それはあるかも。でも慣れれば普通になるんだろうけどね。というかリヴァーナさんにクリアされちゃったんだから真剣に地下五階のこと考えてね? 地下四階の魔物急襲エリアだってもう3パーティにクリアされちゃってるんだから最後まで辿り着くのも時間の問題だよ?」
「わかってるって。明日からちゃんと考えるからさ」
「ほんと? 各地の魔道化の件で忙しくなるのに?」
「そっちはマリンやエマたちに任せておけば大丈夫だろ。なぁ?」
「……」
え……なぜ無視?
あまりにもマリンに頼りっきりでさすがに怒ってるのかもしれない……。
「マリン?」
「……やっぱりこの人っぽい」
「この人? 黒い鎧の人のことか?」
「うん……今休憩エリアに着いてイスに座ったんだけど、座ってる姿勢が駅待合室で座ってるときと全く同じだもん」
「姿勢って……イスに座ってるときなんて大体みんな似たような姿勢だろ?」
「それに今子猫を優しく撫でてる姿なんかこの人のイメージに合うし」
「こんな可愛い子猫に優しく接しない人のほうが少ないって……」
でもマリンが言うなら合ってるような気もしてきた。
こんなに優しそうでほんわかした雰囲気を持ってる人が戦闘か。
……もしかしたらそれを隠すためにあえて鎧を着てるとか?




