第四百三十八話 第四王子の合否
「お母様のことは心配しなくても大丈夫です。私たちがいないほうが伸び伸びできていいと思いますし」
いや、誰もそんなことを心配してるわけじゃないと思うが……。
「……バーナード。ダイアナまでマルセールに住ませるわけにはいかないだろ? それにロイス君は気を遣って合格にしてくれようとしてるが、まだお前が未熟だってことはマリンちゃんがはっきりと教えてくれたはずだ。もういいだろ、約束通り明後日に城に戻るぞ」
あ、そういうことなのか?
ダイアナさんはバナ君を連れ戻そうとしてこんなことを言い出したんだな?
でもじゃあさっき応援するって言ってたのはなんだったんだって話になるが。
「お兄様、違うの。私はバナ君のことが心配なだけだから別にマルセールに住んでもいいのよ」
「は? なに言ってるんだ? いくらバーナードのことが可愛くても、そんなこと許されるわけないだろ?」
この人ただバナ君のことが好きなだけなのか……。
「お姉様、俺は一人で大丈夫だ」
「ダメよ。私が寂しくなるじゃない。だからもし合格したら私もマルセールに住むって決めてたもの」
「お前たち、もうわがままはやめろ。シャルに加えジェラードがいなくなって父さんがどれだけ寂しい思いをしてるか知ってるだろ? 今日だって視察と言って出てきてるんだからな? これでバーナードがパラディン隊に入るなんてことになったらどうなると思う?」
つまり王様はバナ君が試験を受けに来たことを知らないのか。
でもリアムさんも内緒で試験を受けさせてあげるなんて優しいところもあるじゃないか。
「だから私が責任を取るって言ってるでしょ。お父様には私からちゃんと話するし、バナ君のことは私が面倒見るし、ジェラードお兄様とシャルロットのことだって私に任せておけば安心じゃない?」
どういう責任なんだ?
バナ君が面倒事を起こしたときの責任ではなさそうだ……。
「お前に任せて安心なわけないだろ……」
「どういうことよ? 誰がどう見てもリアムお兄様の次に私がしっかりしてるじゃない?」
「「「「……」」」」
だんだん本性が出てきたな……。
「もう言葉遣いはいいのか?」
「だって息苦しくなってきちゃったんだもの。それにシャルロットやジェラードお兄様のためと思ってやってたのに、シャルロットなんて完全に素のままじゃない」
「シャルだって町長になりきってるときはちゃんとしてるんだよな?」
「……」
さっきからシャルルは泣きそうな顔でずっと俺を見てきてる……。
「……もう許してやるからそんな目で見るな」
「ほんと? 追い出したりしない?」
「あぁ。だからこの二人を王都に帰すか、ダイアナさんだけを王都に帰すかお前がハッキリしろ」
「わかったわ。お姉様、バーナードはパラディン隊に入隊させるからお姉様は王都に帰ってもらえるかしら?」
「なに言ってるの? 私とバナ君はいつだっていっしょなんだから」
「もうバーナードも大人になるのよ? それにお姉様までここに来ちゃうと、王都にはリアムお兄様とスカーレットお姉様しかいなくなるのよ? 完全に第一王妃一派がほかを追い出したみたいに見えるじゃない」
「いいじゃないそれでも。お兄様だって本音ではバナ君がいなくなったほうが少し安心してるかもしれないし」
「そんなことはない。俺はみんながジェラードやバーナードのほうが国王に相応しいと考えるんならそれでもいいんだ」
「どうかしら。スカーレットお姉様はそうは思ってないわよ」
これが継承権争いってやつか。
……ただの兄弟喧嘩みたいだな。
「とにかくお姉様は帰りなさいよ! バーナードもなにか言いなさい!」
「そうだ。お姉様は城で俺の帰りを待っててくれ」
「帰りって言っても一日二日の話じゃないのよ? どのくらいいるつもりなの?」
「う~ん、そんなことはわからない。どれくらいなんだ?」
俺に聞くのかよ……。
「帰りたくなったらいつでも帰っていいですよ」
「そんな中途半端な覚悟でここに来たんじゃない! お前、俺をバカにしてるのか!?」
「ちょっとバーナード! ロイスになんて口を聞いてるのよ!」
「だってこいつが……」
「こいつってなによ!? いつもよりおとなしくしてると思って優しくしてあげてたらなんなのよ!?」
「ひっ……」
「シャルロット! バナ君をイジメないでっていつも言ってるでしょ!?」
「どこがイジメてるのよ!? お姉様が甘すぎるからいけないんでしょ!」
「なんですって!?」
バナ君は普段はもっとヤンチャってことか?
やはり王族になんて期待しちゃダメっていうカトレアの言葉は正しいのかもしれない。
「ミャ~(不合格にしちゃいなさいよ。それが一番丸く収まるわ)」
そうだよな。
「みなさん少しお静かに」
「うるさいわね! だいたいあなたがハッキリしないからこんなことになってるんでしょ!?」
「は?」
俺のせいなのか?
……いや、そんなはずない。
というか俺は怒ってもいいんじゃないか?
王族だからってそこまで気を遣う必要もないよな。
勝手に荒らしてきてるのは向こうだし。
……でも俺は大人だからな。
この人たちみたいにギャーギャー喚いたりはしない。
「わかりました。でもみなさんが試験の妨げになってるのは事実なので、その責任を取って王国騎士隊の試験を中止にするか、今すぐお二人揃って試験会場をあとにしていただくかのどちらかにしましょう」
「「「「え……」」」」
「選ぶのはバーナードさん、あなたです」
「え……俺?」
「そうです。十秒以内にお答えください。さもなければ両方選択いただいたとみなします」
「え……」
「……五、四、三」
「……不合格でいい」
まぁそうするしかないよな。
「懸命な判断だと思います。ではバーナードさんの試験はこれにて終了となります。結果を待たずに今すぐお引き取りいただいて結構です。お疲れ様でした」
「「「「……」」」」
「ジェラードさん、すぐに列車の準備を」
「……わかった。バーナード、ダイアナ、行くよ」
「「……」」
ジェラードさんは呆然とする二人をむりやり立たせ、審査室へ繋がる転移魔法陣に入っていった。
リアムさんとシャルルもなにも言わずに三人のあとを追った。
騎士さんは黙ってイスを片付けてくれている。
「ロイス君がこんな非情な判断をできるとは思わなかったよ」
「どこが非情なんですか? 俺たちは王子様たちのお遊びに付き合わされたようなもんなんですよ? 王子が不合格になったところで王子自身はなにも困りませんけど、不合格になった一般の方にとっては死活問題だって方もいるかもしれませんしね」
「まぁそうなんだけどさ……。ところで、ピエットのことはどうすればいいかな?」
「ピエットさんは普通に入隊してくれていいですよ。でも皇子だってことがバレると面倒になることもあるかもしれませんので、やはり名前だけは少し変えましょうか」
「そうだね。じゃあピエトにさせようかな」
……まぁいいか。
「そういやほかにもまだ皇子がいるんですか?」
「いや、男はもう私とピエットだけになってしまった。皇女も三人だけになってしまってね」
バーゼルさんは少し寂しげな表情を浮かべた。
でもまだ五人も兄弟がいるってのが皇族っぽいよな。
バーゼルさんとピエットさんは年齢もだいぶ離れてるからきっと母親は違うんだろうし。
「第一皇子以外にもマーロイ城に残った人がいたんですか?」
マリンは気にせずに聞いた。
「第三皇子がいたね。私と母が同じ第二皇女はもう結婚して城から出てたんだが、私の声を聞いてどうにか逃げることを選択してくれたようだ。おかげで家族揃って今も南マルセールにいるよ。第一皇女も帝都にいたはずなんだが、ここに来てないところを見るとおそらく残ったんだろう。第一皇女と第三皇子と第一皇子の母親は同じなんだよ」
わけがわからなくなってきた。
この前ようやくシャルルたちの兄弟構成を理解したばかりなのに、またこんがらがってきそうだ。
「じゃあバーゼルさんの実の妹さん以外にあと二人の皇女が南マルセールにいるってことですよね?」
「そうだね。一人は第三皇妃の子でピエットの妹、もう一人は第四皇妃の子だ。その子とピエットは同い年だからロイス君の一つ下だね。ピエットの妹はマリンちゃんと同い年かな? 私と年が離れすぎてて半分息子や娘みたいな感じがするよ、ははっ」
皇帝もそんなにあとから二人も妃を増やすなよ……。
「三人とも普段からアリアナの面倒をよく見てくれててね。いい子たちなんだよ」
三人からしたらバーゼルさんよりもバーゼルさんの娘とのほうが年が近いわけだもんな。
「あの……」
「ん?」
騎士さんがなにか言いたそうだ。
「そちらにララさんが……」
「「「え? ……あ」」」
審査室に繋がる転移魔法陣のほうを見ると、ララが立っていた。
そしてなにか言うわけでもなく、去っていった。
「……面接を再開しましょうか」
あの目は怒ってたな……。
無言の圧力ってこわい……。




