第四十三話 冒険者は驚かない
「うぉー小屋が広くなってるぞー!」
「トイレも増えてる!」
「外の水道もずいぶんと増えたなー!」
「五十人くらいは入れそうね!」
「あの部屋はなんだ!?」
ダンジョンから出てきた冒険者たちは小屋が広くなっていることを喜んでくれているようだ。
しかし、なぜこの日中だけでこんなにも改装がされているかについては誰もなにも言わない。
そう、このくらいでは冒険者たちは驚かないようになってしまっているのだ。
むしろ、この程度ならすぐできて当然くらいの認識だと思う。
小屋が広くなったことばかりに気をとられているのか、エリア自体が広がっていることについては誰も気がつかない。
家の前は広場のようになってしまっているのに。
エリアの入り口に門を設置していたことなんて誰も覚えてすらいないんじゃないか。
今後は受付の前でも小屋を利用できるようにするべきだろうか。
セーフティリングを装備していなければダンジョンに入れないようになった今ではそれでもいいのかもしれない。
ただ閉める時間だけは決めておかないといつまでたっても帰らない人がいるだろうからな。
それにしてもこの家の前の空地はどうにかしたいな。
今はゲンさんが座ってるだけで他にはなにもない。
家庭菜園でもしてみるか……なんて思うわけないしな。
ダンジョン内でやったほうが簡単だ。
と色々考えていると急に話しかけられた。
「管理人さん! あのシャワー使ってもいいんですか!?」
新たな設備としてシャワー室を導入したのだ。
ダンジョンから帰ってきた冒険者は汗まみれ泥まみれ血まみれですごく汚い。
小屋が汚れることは毎日のことであった。
ダンジョン出口のすぐ近くに水道を用意してあるのだが、手足の汚れは落とせても体全体の汚れ、装備品の汚れなどは簡単には落とせない。
混雑時には列ができるので、並んでいる人を気にしてしまって汚れが落とせないといった人も多かった。
なので今回、ダンジョン出口に近い小屋外の水道を増やし、さらに水道の左側、管理人室から遠い側にシャワー室の通路へ外からも入れる出入口を設置した。
もちろん小屋内部からも入ることができ、シャワー室は男女別に六個室ずつ用意してある。
個室にしたのは盗難を避けるためだ。
「えぇどうぞお使いください。そんなに数はないので順番にお願いしますね」
「やった! 汗でベトベトだったんですいつも!」
ここでシャワーを浴びても町まで一時間も歩けばまた汗も出るだろうと思いはしたが決して口にはしなかった。
町に帰ってからシャワーを浴びたいという人も多いだろうと考え、ひとまず数は少なめにしといた。
少しでも小屋の中をきれいに使ってもらうことが目的だからな。
きれいにするのはドラシーの仕事だが、それもやはり微量とはいえ魔力を使う。
なにかあったときのためにも魔力の節約は少しでもしておきたいからな。
「ロイス君! これ見てよ!」
「?」
ティアリスさんが話しかけてきた。
なにか袋から取り出そうとしているようだ。
「これは……猪肉ですか?」
「そうなの! しかも一キログラムもあるのよ!」
もちろん俺はなにも驚きはしないが、ティアリスさんにしては珍しく興奮しているようだ。
「それに見てよ! 凄く新鮮だし、この包装もなんだか魔力が込められてて、どうやら説明文を見る限り二~三日は状態保存がかかっているそうなの! でもこの包装を少しでも破いたりすると、売り物としては使えなくなるんだって!」
丁寧に説明をしてくれている。
ティアリスさんの声に反応し、周囲にはドロップ品を一目見ようと人だかりができてきた。
いい宣伝になるだろう。
「良かったですね。BBQエリアで焼いて食べると最高だと思いますよ。売りに出されるのあれば、その注意書きをよく読んでくださいね。開封されると印字しているマークや文字が全部消えるようになってますので。その猪肉であれば町の肉屋で少なくとも300Gで買い取ってもらえるはずです」
「「「「300G!?」」」」
「「「「猪肉がそんなにするのか!?」」」」
ミーノさんやおじさんが言うには最近この猪肉や鹿肉が少なくなっているとのことであった。
俺は今日ようやくその理由がわかった。
この森の魔物が少なくなってるのは少し前から感じていたことだったが、それは森にマナが満ちてきたからだったのだ。
本来そこまで高くない肉がそれなりの値段で買い取ってもらえるのはそういう背景がある。
牛肉や豚肉、鶏肉と比べれば猪肉や鹿肉は少し癖がある味だがそれを好む層もいる。
なので多少数が出回ろうとも少し値段が下がるだけで、需要が極端に減ることはないそうだ。
「もちろんたくさん持ち込まれれば価格は下がりますよ? それは薬草も果物も同じです。あ、肉屋も八百屋もそうですが、今からだと閉まっていると思いますので明日にしてくださいね。表はお客さんもいるでしょうから、買取してもらうときは裏手に回ったほうがいいかもしれませんね」
冒険者たちは頷きつつも、興味は完全に猪肉にいっている。
ティアリスさんから肉を奪い取った双子の兄貴たちが、その肉を皆にみせながらドロップした戦闘の一部始終を語ってるようだ。
「こんな感じで良かったかな?」
人だかりから開放されたティアリスさんがそう話しかけてきた。
……なるほど、わざと宣伝してくれたのか。
まぁティアリスさんほど鋭い人ならこのドロップ品が普通ではないことのほうに目がいってしまうだろう。
多くの人は肉にばかり目がいって深くは考えないから楽でいいんだけどね。
「そう言われるとサクラのように思われますから勘弁してください」
「そうね。ごめんごめん。でも凄い技術ね。私たちが処理してもあそこまでは絶対無理だもん。その前に解体自体したくないんだけどね。だから私はこのドロップシステム好きだなぁ。ワクワク感もあるしね。ところでこの文字の印字や包装の状態保存はどうやってるのか聞いてもいい?」
「企業秘密ということで」
「あら残念」
「ところでワイルドボアを何体倒されましたか?」
「一体だけだよ。それでドロップしたんだから運が良かったのね」
ほう、一体だけか。
それで5%を引き当てたんだからたいした運だ。
「あの鹿も肉を落とすよね? もしかして右ルートのあの鶏っぽいやつもかな?」
「ふふ、それは倒したときのお楽しみということで。ただ今日はその猪肉だけみたいですね、ドロップした肉は」
「そうなの? 昨日は誰も手に入れられなったのよね? なら売らずに記念にいただくべきかしらね。それよりも早くレアドロップ品を見たいわ! じゃあもう行くね!」
ティアリスさんは小屋の中へ入っていった。
後衛の魔道士だからか見た目の汚れは少ないな。
小屋が新しくなったばかりなこともあり、ついそういうところに目がいってしまう。
でも小屋が広くなったのはいいがなんか味気ないな~。
トイレとシャワー室以外はテーブルとベンチだけだから仕方ないものの、こう設備が整ってきてスペースもあるとなると、もっと新しいこともしたくなってくる。
俺自身が面倒なことはやりたくないが、誰かに任せるのであれば話は別だ。
それに楽したいやのんびりしたいとは言ってても、暇な日常が続くと飽き飽きしてしまうんだよなぁ。
矛盾してるとは思ってるが、それが俺の性格なんだからどうしようもない。
小屋に誰もいなくなったのはいつもより遅めの十九時であった。
今から帰ると町に着くのは二十時、朝は早い人で八時に来てるということは町を七時に出ていることになる。
ダンジョンのために一日の大半を費やしてくれてるのか。
それを踏まえて今一番冒険者たちが必要としていることは……
大きくなったばかりの小屋を見ながら少し考えたが普通のことしか思いつかなかった。
これじゃインパクトはないな。
俺は考えることをやめ、家の中へ入った。
これにて第二章「大樹のために」編は終了です。