第四百二十七話 一次試験開始
適性試験の次はいよいよ一次試験。
ここからが本当の試験だな。
適性試験を終えた受験者は一次試験の待機エリアに転移させられる。
そして広々とした空間で各自自由にウォーミングアップを続け、自分の順番が呼ばれるのを待っている。
審査室にいる王子や王女、それに騎士たちは、シャルルにお叱りを受けてからは比較的静かにしていた。
だが時折聞こえてくる会話の内容で、少し気になったことがある。
「リアムさん、王国騎士隊ってもしかして女性は入隊できなかったりします?」
「そういうわけじゃないんだが、女性が応募してくること自体めったにないことなんだよ。現役の騎士にも女性は一人もいないこともあって、きっと女人禁制みたいに思われてるんだと思う」
毎年千人も試験を受けるのにその中に女性はほぼいないのか。
確かに今日の試験も女性は少ない。
一割程度ってとこか?
ウチにいる冒険者は約三割が女性なのに。
ビラに女性大歓迎とか書いたほうが良かったのかもしれない。
「今回も女性にはあまり合格を出さない予定なんですか? さっきから女性受験者のことはほとんど見てないですよね?」
「いい人材がいれば合格は出すつもりでいるが、男しかいない職場だと色々大変だろうしな。それでも入隊してくれる人がいるんならちゃんとこれから環境を整えるよ」
まぁそういう風土が出来上がってるんなら仕方ないか。
だから女性冒険者たちがたくさんウチに来てくれるのかもしれないし。
お?
ようやく一次試験が始まりそうだ。
「では今からお呼びする番号の方はこちらの転移魔法陣から次の試験会場にご移動願います」
モニカちゃんのアナウンスが待機エリアに響き渡っている。
先ほどグループ分けした人数が各グループ十人に達したところから次の試験会場へと案内される。
「ジジイ、もうすぐ一次試験始まりますけど、どっちがいいですか?」
「ワシは適性試験のほうでいいぞ。シャルルちゃんが手伝ってくれるならなんとかなりそうじゃ」
「わかりました。じゃあ俺とマリンは先に一次試験を見てますね。シャルル、頼んだぞ」
「任せなさい! 受験者の運命は私が握ってると言っても過言ではないわね!」
「自信たっぷりなのはいいが、責任もお前にかかってるんだからな」
「わ、わかってるわよ……」
そして俺とマリンは少し隣に移動した。
こちらには適性試験用のものよりさらに大きな画面が上下三台ずつの計六台並んでいる。
「まだ画面があったのか……」
「次はどんな試験なんだろう……」
後ろからヒソヒソ話が聞こえてくる。
というか審査をするために数人の騎士は仕方ないにしても、騎士全員をこの部屋に入れる必要があったのか?
暇ならウチのダンジョンにでも入ってればいいのに。
「失礼します」
ん?
ジェマが部屋に入ってきたようだ。
あ、バーゼルさんたちが来たのか。
サウスモナのリッカルド町長もいる。
続けて各村の村長や、いつもの見慣れたお付きの人たちも入ってくる。
マルセールで軽く会議をしたあとにここに来ることになっていた人たちだ。
「うぉっ? 凄いなここ……」
お~、ベンジーさんも来たのか。
向こうも俺に気付き、軽く手をあげてきたので、俺も軽く頭を下げておく。
そしてみんなは騎士たちの後ろに座り……いや、採用に直接関わらない騎士たちは席を譲り、自分たちは後方の席へ座るようだ。
さすがに町長や村長たちのほうが格が上だとわかったんだろう。
ん?
見たことない人たちがいるがあれは……。
「たぶんボワールの町長たちだよ」
「なるほど」
マリンがこっそり教えてくれた。
ボワールの町の町長か。
どうりで俺が知らないわけだ。
俺が知らないということは向こうも俺の顔は知らないはず。
今まで俺が外出禁止だったせいで、ボワールとの交渉事は全部錬金術師やジェマがやってたからな。
あとで挨拶しておくか。
「ララちゃんが待ってるよ」
「ん? あ、本当だな。合図してくれ」
一次試験の説明担当はララだ。
そして試験官は俺かジジイのどちらかということだった。
適性試験での審査でジジイが疲れてそうならこっちを担当してもらうつもりだったが、まだまだ大丈夫そうだ。
俺としてもこっちの審査のほうが楽できていい。
ほぼ眺めてるだけだろうからな。
「じゃあ説明始めま~す! 次の試験はこの転移魔法陣から飛んだ先のエリアにて一定時間行われます! もしなんらかの事情でエリアから出されてしまった場合も、近くにある転移魔法陣から再度そのエリアに転移することができます! そしてこの試験における審査基準は……内緒です! この試験では、転移先の場所こそランダムですが十人全員が同じエリアに存在します! では説明は以上です! もう一度聞きますか!? 大丈夫でしたら装備を確認してから先にお進みください! 十人全員が転移した瞬間から試験のスタートです!」
「「「「……」」」」
不安になったか?
これだけの説明ではどんな試験が行われるか想像がつかないだろうからな。
……やはりみんなの表情は不安そうだ。
このグループは……一般Cグループか。
一次試験も適性試験と同じで、一般職と魔道士職に分かれて行う。
そして受験者たち十人全員が転移した。
一次試験のスタートだ。
……みんな動こうとしないな。
一次試験の会場エリアは実に狭い。
屍村とほぼ同じくらいの広さだ。
というかフィールドはほぼ屍村そのままだ。
ララが持っていってた小屋も一軒だけではあるが忠実に再現してある。
まぁあれはウチの小屋だしな。
それより、受験者たちは確実にほかの受験者の姿を視界に捉えてるはずだ。
まぁいきなり動いて落とし穴があったりすることもあるかもしれないから慎重になる気持ちもわかる。
実際屍村には地下空間が存在してたんだし。
あ、もしかしてそれを知ってるから地面の下を怪しんでるとか?
それともこんなにフィールドが狭いわけないって?
それは屍村に失礼だと思う。
本当の屍村は港もあるからもう少し大きいんだからな。
お?
小屋の近くに転移させられてた人が小屋を覗き始めた。
中に魔物が隠れてるかもしれないのによく一人で動く気になったな。
でも残念ながら中にはなにもない。
そして外側からドアを開けることもできない。
「マリン、最初だからとりあえず画面六つとも全部このグループを映してくれ」
「わかった」
これでエリア内が全部見渡せるな。
「なにが起きるんだろう……」
「魔物が出てくることは間違いなさそうだが……」
「問題はどの程度ってところだろうな」
「木の柵で囲んでる範囲内がエリア内ってことでいいのか?」
「ならその外から来るんだろうか」
「これって団体戦じゃなくて個人戦だよな?」
後ろから色々と声が聞こえてくる。
おそらく今エリア内にいる受験者たちも同じようなことを考えてるはずだ。
「はい、開始から六十秒経ったよ」
そのマリンの言葉と同時に、受験者たちの動きが慌ただしくなった。
「おい! 上から魔物が来るぞ!」
「柵の外からもオレンジスライムらしき魔物がいっぱい来てる!」
「でもそれ以上は入ってこないよ!?」
受験者たちがお互いに声を出し始めた。
うん、こういう光景が見たかったんだ。
「……九十秒。封印結界の側面を四か所破壊」
「「「「え……」」」」
マリンの解説にこの場にいたみんなが凍りつく。
……凍りついたよな?
驚いただろ?
気になって後ろを振り向く。
……うん、恐怖を感じてくれてそうだ。
それより受験者たちだ。
「あそこの柵が壊されてダークラビットが侵入してきたぞ!」
「こっちの柵からもよ!」
「上は大丈夫そうだ!」
受験者たちは魔物との戦闘を始めた。
シチュエーションは封印結界の全体解除じゃなくて、あくまで部分的に破壊されたという設定だ。
だから魔物たちもその部分から中に入れるとはすぐに気付かずに、封印魔法の壁にぶつかり続けていたりもする。
それがまた逆におそろしい。
いつそこが破壊されるかどうかもわからないからな。
まぁこのグループの受験者のほとんどの人は魔力がないから、この時点では封印魔法のことに気付かないだろうが。
「……百二十秒。魔瘴に似せたモヤを発生」
「「「「……」」」」
これで封印結界の境目が見やすくなるだろう。
実に親切だ。
さすがにエリア内にはモヤは入ってこない。
戦闘シーンが見づらくなるからな。
でも受験者たちも奮闘してるようじゃないか。
「二百四十秒経過。封印結界側面をさらに四か所破壊」
「「「「……」」」」
これでエリア内に侵入してくる魔物の数も大幅に増える。
そろそろ……あ。
「画面の一つを小屋内部の映像に切り替えます」
映し出された映像では一人の受験者が倒れていることが確認できる。
HPが赤になると小屋の中に強制転移される仕組みだ。
もちろんここはララの説明にもあったエリア外。
『ここはエリア外です!』って天井や壁に書いてあるからすぐ目につくだろう。
……なんとか起き上がったようだ。
窓からは外の様子が見えている。
だから今いる場所が外から見えていた小屋の内部だということも認識したはず。
そしてドアには転移魔法陣が設定されていることにも気付いただろう。
ドアの上に『エリア内への転移魔法陣↓』って書いてあるからな。
さてどうする?
テーブルの上にポーションやエーテルが大量に置いてあることにも気付いてるよな?
『ご自由にどうぞ!』って書いてあるんだから勝手に飲んでいいんだぞ?
おっと、二人目が強制転移されてきた。
すぐに駆け寄って介抱するのはいいが、そんなことしてていいのか?
絶対に死ぬことはないって最初の説明のときにエマから何度も聞いてるはずだろ?
「三百六十秒経過。出現する魔物レベルを一段階アップ。さらに封印結界上空を一部破壊」
「「「「……」」」」
Cグループの敵はここまでオレンジスライムとダークラビットしか出現してない。
ウチのダンジョンで言うと地下一階後半レベルってところだ。
上空の封印結界越しにこそ序盤からワシカラスが大量に見えていたが、上空部分の封印結界はまだ破壊されてないため入ってくることはなかった。
「ブラックドッグが入ってきたぞ!」
「ブラウンキャットもいるわよ!」
「上に注意しろ! ワシカラスが侵入してきてる!」
「ポイズンスライムだ! 毒に注意しろ!」
みんな魔物の名前をよく知ってるな。
これでこのエリアにいる敵は地下二階レベルになったというわけだ。
Cグループの受験者たちからしたら少し手ごわく感じるかもしれない。
でもそうなるようにグループを設定してるんだからな。
「ジジイ、ちょうど良さそうです」
「そうか。ワシの目もまだまだ捨てたもんじゃないの、ほっほっほ」
ジジイは上機嫌のようだ。
「これどうなったら一次試験通過なんだろう……」
「一回も小屋に転移しなかったらとか?」
「敵を倒した数とか?」
「リーダーシップがあるかどうか見てるとか?」
「というかいつまで続くんだ?」
「まさかまだまだ敵増えたりして……」
後ろのみんなが色々想像してくれるのが地味に面白いな。
まぁでもそれも一回目だけか。




