第四十一話 大樹のダンジョン
「ゲンサンていう魔物の種類?」
「違うわよ。ゲンは名前。昔からいるからみんなゲンさんて呼んでるの。それこそアナタたちの爺さんも子供のころからずっといっしょにいたわよ」
「!?」
いったい何歳なんだそのゲンさんは?
かなりのお年寄りということになるな。
でも爺ちゃんがずっといっしょにいたのならなぜ俺は見たことすらないんだ?
「そのゲンさんはどこにいるんだ? もしかしてとっくに亡くなってるとか?」
「それがわからないのよねぇ。ここ六年くらいは見かけてないかも」
六年見かけてないか。
それはつまり俺たちが来てからってことだよな。
「爺ちゃんは俺たちに隠すためにここから離れさせたんだろうな」
「まぁそうでしょうね」
「どこにいるか心当たりはないのか?」
「このエリアにいないことはわかるんだけどね。アタシはこのエリア外のことはなにもわからないからお役には立てないわ。……もしかしたら大樹の裏側にいるのかも」
「大樹の裏側? 森の中にいるってこと? 魔物だったらたまにそっちにも散歩行ってるシルバが気付くと思うんだけどな」
裏側には俺はあまり行かないようにしている。
だってあっちは木が多く、草がぼーぼーで虫も多い。
「ゲンさんは優しいから人を襲ったりしないもの。それに近くまで行ってるのに気付いてないだけかもしれないわよ?」
「気付いてない? 魔物に? めちゃくちゃ小さいとか?」
「寝てたらなかなか起きないからね。小さくはないと思うんだけどね」
「どんな魔物なんだ?」
「それは会ってからのお楽しみにしといたらどう? ヒントとしては、岩を探しなさい。もしゲンさんがいるんだったらだけどね」
岩を探せだと?
岩が好きな魔物?
岩の下に隠れるのが好きな魔物?
岩の上で寝るのが好きな魔物?
それとも岩自体が魔物なのか?
「わかった。今から探しに行ってみる。ララ、はいないか。カトレア! 少し出てくるから受付頼むな」
「……はい、お気をつけて。お昼ご飯までには一度戻ってくるんですよ」
「……」
なんか子供扱いのように感じたのは気のせいか?
でも俺より三つも年上のカトレアからしたら俺なんかまだまだ子供に見えても仕方ないか。
見た目は完全に俺より年下なのに。
「シルバ! 散歩行こう!」
「わふ? わふぅ(今から? 珍しいね)」
シルバを連れて大樹の裏側に向かう。
こちらは道などなく、自然の森の中を進んでいくことになる。
「あれ? 思ってたより草が生えてないな」
「わふ? (そう? 前からこんな感じじゃなかった?)」
「木もこんなに大きかったっけ? 最近……というかここ何年か来てなかったかもしれないな」
俺が小さかったせいで大きく見えてたのかな?
いや、こんなに大きな木ばっかりだった認識はない。
俺が知ってるのは普通の森にしてはやたら木が多く葉っぱが邪魔で見えにくいし地面には草ばかりで歩きにくいイメージだ。
それが今は土の地面の上に草などほとんどなく、木の根が地面に盛り上がってるようにさえ見える。
それに大樹ほどとは言わないものの、かなり大きな木が数えきれないくらいある。
木のところどころには緑の苔が生えており、それが少し神秘的にさえ見えてくる。
「シルバ、ここはいつからこんな感じになったんだ?」
「わふ? (え? 昨日来たときもこうだったよ?)」
「……もっと前は?」
「わふ~(ずっとこうだったと思うんだけどね~、一昨日もこうだったよ確か)」
「……」
ダメだシルバの言うことは当てにならない。
普段なにを考えてるんだろうか。
それからおそるおそる歩くこと二十分。
大きな岩を見つけ、ドラシーの言っていた岩かもしれないと思い立ち止まる。
「(シルバ、気をつけろ)」
「わふ? (なんで? 魔物がいるの?)」
少し離れたところから隠れて様子を窺っていると、岩の上に小さななにかがあることに気付いた。
「(あの上にあるのはなんだ? 石か?)」
「(わふっ! わふ!)(僅かに動いてるよ! もしかしたら魔物かもしれない!)」
「(てことはあれがゲンさんか? しかしあれはなんの魔物だ? シルバ、俺が近づくから、なにかあったら頼むぞ)」
「(わふ?)(大丈夫なの? あんな色であの小ささの魔物なんて見たことないよ?)」
シルバが珍しく心配をしてくれている。
よほど危険を感じているのか?
俺は少しずつ近づいていく。
ある程度近づいたところで魔物のシルエットがわかってきた。
「(あれはスライムか? 少し光ってるようにも見えるな)」
さらに近づいたところで、スライムが急に跳ねた!
「!?」
「わふ!?」
来るか!?
と思ったら向こうを向いていたのを跳ねてこちらに向き直しただけだったようだ。
襲ってくる気配はない……と思う。
ただ、ずっと目が合っている。
「(シルバどうする?)」
「(わふぅ)(あのスライム強いよ。ヤバいかも)」
「!?」
シルバがこう言うってことは本当に強いんだろう。
初めて聞いたからな。
どうする?
ここはいったん引いてドラシーに情報を求めるか?
それとも話しかけてみるか?
敵意はないように思えるし。
「ゴゴ(よく来たな)」
「なっ!?」
「わふっ!?」
向こうから話しかけてきた!?
しかも「よく来たな」だって!?
「こ、こ、こんにちは」
「ゴ(うむ)」
なんなのこのスライム、声の威圧感が凄くない?
でもかなりのお歳だからそれも当然か。
シルバなんて震え上がっちゃってるよ!?
「ゲンさんですか?」
「ゴゴ(いかにも)」
「あの、俺はロイスって言います」
「ゴ。ゴゴ(あぁ知ってる。グラネロから聞いてたし、俺はこの森のことならなんでもわかるからな)」
グラネロとは俺の爺ちゃんの名前だ。
「あの、どうしてここにいるんですか?」
「ゴ? ゴゴ(どうして? 変なことを聞くヤツだな。この森を魔物から守ること以外になにがあるんだ)」
森を魔物から守る?
魔物が森を魔物から守る?
よくわからなくなってきたぞ。
「すみません、爺ちゃんからはゲンさんのことをなにも聞いていなかったものでして」
「ゴ。ゴゴ(そうか。なら仕方ないな)」
「……」
会話が続かない。
「ゴ? ゴゴ(ところで、お前は魔物使いであろう? そこの狼はまだまだ弱いようだからもっと鍛えたほうがいいぞ)」
向こうから話を振ってくれた!
じゃなくてシルバがまだまだ弱いだって?
失礼な!
シルバはそんな弱くないぞ?
なぁシル…………ビビりすぎて俺の後ろに隠れているようだ。
それより魔物使いだってことも知ってるのか。
「魔物使いだってことも爺ちゃんから聞いてたんですか?」
「ゴ。ゴゴ? (そうだ。それに今管理人をやってるのはお前だろう?)」
管理人の存在を知っているということはダンジョンの仕組みにも詳しいってことか。
「爺ちゃんが亡くなったのはご存じですか?」
「ゴ。ゴゴ(あぁ、知ってる。寒かったからな、あの日は。人間はあの年になれば心臓発作などいつ起きても不思議ではない。まだ小さいお前たちには残念だったと思うが……)」
知ってて当然か。
こんな小さいなら誰にも気付かれずに自由に動き回れるだろうしな。
でもちゃんと感情もあるんだな。
表情はあまり変化してるようには見えないが。
「何点かお聞きしたいこととお願いしたいことがあるんですがよろしいですか?」
「ゴ。ゴゴ(言ってみろ。それにしてもお前は年の割に丁寧だな)」
「では、いつからここにいるんですか?」
「ゴゴ(お前たちがここに住みだす少し前かな)」
「なぜここに住むことになったんですか?」
「ゴ。ゴゴ(さっきも言っただろう。森を魔物から守るためだ)」
「失礼ですがアナタは魔物ですよね?」
「ゴ? ゴゴ? (そうだが? 魔物が守ったらおかしいとでも? そこの狼だって魔物から守るために普段このあたりをうろついているのであろう?)」
「そうですが、シルバの場合は森というよりも俺たちやダンジョンにくる冒険者を守るために危険な魔物を退治してくれてるんです。あなたの場合は森を守ってるんですよね?」
「ゴゴ。ゴゴ? (結果的には同じことだろ。魔物は暴走するとどういう行動に出るかわからないからな。俺はずっとこの森にいるんだぞ? 森を守りたいと思うことがそんなに変か?)」
う~ん、なんかいまいち掴めない人だな~。
……人じゃなくて魔物か。
魔物なら魔物を人間から守ってもいいんじゃないか?
いや、魔物が暴走するのをおそれるから魔物を退治するのか。
それも全て森のために。
ならエリアを広げるために木をどうにかしてくれなんてお願い到底無理じゃないか。
「いえ、それなら俺たちもダンジョンも知らないうちにあなたに助けられていたことになりますね。ありがとうございます」
「ゴゴ(……調子が狂うヤツだな)」
「それと、このあたりの森ってこんな感じでしたっけ? もっと草がいっぱいで木もこんなに大きくなかったような気がするんですが」
「ゴゴ。ゴゴゴ(本当になにも知らないんだな。こうなったのはここ最近だ。もっと昔は元々こうだったんだけどな)」
ゲンさんの時間の感覚がわからないからなんとも言えないよな。
「最近というのはどれくらい最近ですか?」
「ゴゴ? (ここ一~二週間じゃないか?)」
「一~二週間ですか!?」
「ゴゴ? ゴゴ(最近ダンジョンでなにかしたんじゃないのか? マナが溢れてるからこうなったんだよ)」
なにかしたといえば、地下一階と地下二階をリニューアルし、人がいっぱい来るようになったことくらいしか思い浮かばない。
……待てよ、マナが溢れてると言ったよな?
となると、ダンジョン内のマナが活性化したことがこのあたりの森にまで影響をおよぼしたってことか?
「それはいいことなんでしょうか?」
「ゴ。ゴゴ(当たり前だろ。なんのためにダンジョンがあると思ってるんだよ)」
……なんのためにダンジョンがあるかだと?
変な聞き方だな。
それはもちろん俺がのんびりするため。
じゃなかった、表向きは冒険者の育成のためだよな?
それはドラシーも言ってたから間違いないし、冒険者たちにもそう伝わってる。
もちろん俺たちもそれに合わせたダンジョン作りをしているつもりだ。
……いや、さっきのゲンさんの言い方は少し違うな。
マナのためにか?
ダンジョンに人が来ることでマナが活性化する。
マナを活性化させるためにダンジョンに人を呼んでいる。
マナが活性化することで森全体が活性化する。
「つまり、森にマナを溢れさせるためにダンジョンがあるということですか?」
「ゴ、ゴゴ(ほう、頭はキレるようだな。ただし、補足がある)」
補足?
まだなにか俺の知らない要素があるっていうのか。
「ゴ。ゴゴ(大樹だ。お前たちが大樹と呼んでいるあの木が持つマナが森を守っている)」
「大樹が!?」
あの大樹にこの森全体を守る力があるというのか!?
確かにさっき考えたことに『大樹の』をつけると、大樹のマナが森を活性化させていると考えることができる。
俺の説明でも決して間違ってはいないが、より正確にいうと森を活性化させてるのは大樹のマナであって、ダンジョンの存在意義は大樹のマナを活性化させるためにあるということか。
つまり俺たちは大樹のためにダンジョンを運営しているのか。
ほんの少しのニュアンスの違いだが、俺にはこの森全体よりもまるで大樹のほうが大きいように感じる。
大樹は森を守るが、俺たち、つまりダンジョンは大樹を守るためにあるんだ。
なんだかとてもスッキリした気分になっていた。
頭の中のモヤモヤがとれたような感じだ。
俺はなんにも考えずにダンジョン管理人をやっていたが、結果的には大樹のため、この森のためになっていたんだ。
俺はのんびりしたいだけのつもりだったんだけどな。
でもそれで上手くいってるようだからこれからもそれでいいかもしれないということだ。
ならゲンさんも手を貸してくれるかもしれない。
「ゲンさんお願いがあるんですが」
「ゴゴ(いいぞ。もうここにいる意味もないしな)」
「マナが溢れてるからですか? それなら俺といっしょに来ていただきたいのですが」
「ゴ。ゴゴ(あぁ。俺のところに来たということはそういうことだろうと思ってた。俺に頼みたいことなんて限られるからな。よいしょっと)」
「!?」
「わふぅ~ん……ぱたっ」
俺は目の前の光景に驚愕して言葉が出せない。
シルバは……気絶したようだ。
目の前にあった大きな岩がなんと立ち上がったのだ。