第三百八十話 大晦日の朝
12月31日、時刻は朝六時。
南マルセールの港から高速魔船が二隻出航していったようだ。
船の操縦士が二十人。
冒険者が百二十人。
よくこれだけの人が集まってくれたと思う。
予定では約六時間ほどでオーエドの町、その三十分後にエゾの町に到着予定だ。
ツクシの町の人に関しては、南マルセールに来たいと希望する人にも一度ラスに避難してもらうことになっている。
結局リーヌに行った封印結界組は昨夜は帰ってこなかった。
おそらく作業が夜遅くまでかかったことや、今朝からのリーヌ近海での魔物討伐作業をある程度見届けて帰ってくるという判断をしたんだと思う。
「ねぇ、ジャポングの人たちはすぐに避難するって決断ができるのかしら?」
「さぁな。ラスの町長やジャポングの各町の町長次第じゃないか? シャルルならどうするんだ?」
「守ってくれる冒険者はいないんだから逃げるしかないわよね。でも封印結界の存在を知ってる人がいて、張ってくれってお願いされたらどうするのよ?」
「無理だよ。仮にウチの誰かが封印結界を張ったとしても、ジャポングの人たちでは維持ができないだろ」
「あ、そうよね……。魔道士もいないし、魔物がいっぱい出現するようになっても倒せないんじゃ魔石もゲットできないわね」
そんな国、魔王からしたらなんの面白味もないんだろうな。
魔王は次いつこの国を狙ってくるんだろう?
そろそろ魔族領に城ができていてもおかしくないんじゃないか?
危険を覚悟でピピに行かせてみようか。
「管理人室で画面を見てるだけってのも暇ね」
「そうか? 俺はここが一番落ち着くよ」
「こんなに画面がいっぱいあると気持ち悪くなるわよ……。今は駅しか映ってないけど、普段はダンジョンでの戦闘を見てるんでしょ? 酔いそう……」
「慣れだよ。気になる冒険者が増えれば増えるほどもっと画面が欲しくなるし、駅が増えても同様だ。俺の趣味みたいなもんだからな」
「私には無理そうね……」
無理でいいんだよ。
受付の仕事を取られても困るからな。
「朝食前にトレーニングでもしてきたらどうだ? いつからダンジョンに入るかは知らないが、体力的にユウナに付いていけなかったらがっかりされるぞ」
「わ、わかってるわよ。私もそのつもりだったわ!」
シャルルは慌てて管理人室から出ていった。
俺は二度寝でもするか。
◇◇◇
ボネに起こされた。
……七時半か。
「ただいまぁ!」
「……おかえり」
南マルセールの港に見送りに行ってたララたちが帰ってきた。
そしてララは管理人室に来て俺の隣に座ってくる。
ボネが起こしてくれなかったら危なかった……。
「ついでに新しいお店も見てきたよ! だいぶ形になってきてるね!」
「そうか。なら寿司屋向けの内装も進めていけそうだな」
「うん! 今日と明日は従業員全員休みだし、ヤマさんもお父さんたちといっしょに向こうのお店に行くんじゃないかな!」
「そうかもな。完成が楽しみだな」
「うん!」
ふぅ~、完全に眠気が覚めた。
「あ、もう一店舗はお兄が考えてね?」
「は?」
そういえば二店舗借りたとか言ってた気がするな……。
「いや、俺は今頭がいっぱいだから無理だ」
「え~? お兄の好きな店でいいんだよ? どうせ周りの店は飲食店ばかりになるから別に飲食店じゃなくてもいいし」
飲食店じゃない店か。
……なんにも浮かばん。
「駅構内にある弁当屋の規模を縮小するなら、そこで働いてもらってる従業員には新しい店に移動してもらうことも考えないとな」
「それは考えなくて大丈夫。24ストアの販売面積は縮小するかもしれないけど、お弁当の数は減らすことなくそのまま続けるから」
「え、でも飲食店が増えたら弁当の売り上げは大幅に減るだろ?」
「今まで買ってくれてた人たちからの売り上げはね。でもジャポングの人たちも来るし、サウスモナの駅ができたことでマルセールに来てくれるお客も増えるから駅ごとにオリジナルの駅弁を売り出そうとも考えてるの」
凄い商魂だな……。
「それにリーヌの町はもうじき完全に孤立しちゃうわけでしょ? そうなると食料の調達が自分たちだけでは難しくなるだろうし、お弁当の需要だってかなり見込まれると思うの」
「そうかもしれないけど、もっと安定した魔力供給が計算できない限りこれ以上魔道列車を延伸するのは無理って結論付いてるじゃないか? リーヌってサウスモナからかなり遠いんだぞ?」
「だから孤立するって言ってるじゃん。魔道列車は使わない。冒険者が運ぶのよ」
「え……魔瘴の中をか?」
「もちろん。冒険者っぽい仕事でしょ?」
確かに……。
一般の人は危なくて町の外に出られないから、肉屋が冒険者ギルドに依頼を出して魔物の肉の調達を冒険者にしてきてもらうといったようなことが増えそうだ。
「……でもそんなことになったら冒険者を中心に世界が回りそうだな」
「なったらじゃなくて、なるの。遠い話じゃなくてもうすぐの話」
……ララの言ってることは正しいな。
リーヌの人たちは今まさにそんな未来を想像してるかもしれない。
「リーヌの人たち全員サウスモナに引っ越したいって思うんじゃないか?」
「う~ん、そうなったらリーヌやサウスモナを拠点に活動してる冒険者の仕事としてはあがったりになるかも。だからそうしないためにも食料の供給だけは滞ったらいけないよね。リーヌに住んでても安心だって思ってもらわないと」
「冒険者の数も必然的に増えるよな。どこの町もギルドが賑わいそうだ」
「それは少し面白そう。武器屋や防具屋、鍛冶屋の需要も増えるよね? ウチの鉱石も販売しないといけなくなるんじゃない?」
「考えなきゃいけないことが多くなりそうだ……」
ウチに来る客は減るかもしれないな。
これからは町の外に行けば魔物がうじゃうじゃいるんだから。
でもさすがに中級レベルの魔物がたくさん出たりはしないか。
……もしかしてララはダンジョンへの客が少なくなることを見越してほかで資金を稼ごうとしてるのか?
そう考えたら色々納得いくし、なにも考えてなかったことが申し訳ない気持ちにもなってくる……。
「ララ、ごめんな……」
「いいよ。ってなにが?」
それ以上は兄として恥ずかしくなるから言わせないでくれ。
「新店舗のことは一度考えてみるから、ウチの従業員にも今のララの考えを浸透させておこう」
「うん! でもみんな休暇中だからまた全員が揃いそうなときにね」
「そうだな。ちょうど考える時間があって良かった」
やはり食料が重要になってくる。
冒険者村の人たちに畑や牧場を運営してもらうだけでは足りない。
それに野菜や肉だけではなく魚も必要になるな。
でも魚はどうやって育てればいいんだろう?
海を作って適当に放り込んでおけば勝手に増えるのか?
ってプロに聞いたほうが早いよな。
「ちょっとマルセールの魚屋に行ってくる」
「ダメ。用があるなら通話魔道具で話すか、ここに来てもらうかの二択」
「通話魔道具だと無言で考えてる時間が魔力の無駄遣いな気もするし……かといって年末年始にわざわざ来てもらうのもなんだし……」
「じゃあ年明けでいいじゃん。それまでしっかり考えをまとめておけば? あ、パラディン隊採用試験の会場設営もしないとダメだよ? そこはカトレア姉たちと連携取ってよね」
パラディン隊の採用試験は1月10日と11日の二日間。
受験者はどちらの日に参加してもらってもいい。
でもビラには合格する人数には制限があると書いてあるからおそらく10日に殺到するだろうと思ってる。
でも実際には制限というのはないに等しくて、予定採用人数を超えようがパラディン隊に欲しいと思わせてくれた人は採用する方針だ。
「あ、そういえば5日なんだけどさ、サウスモナ駅のオープンとウチの週パス開始が被ってるんだよ」
「だから?」
「……いや、なんでもない」
サウスモナに行きたいなんてとても言えない……。




