第三百七十六話 封印結界担当エマ
ティアリスさんたちは臨時で作った会議スペースで打ち合わせを始めたようだ。
「ではゾーナさん、お願いします」
「アタイらは昨日リーヌに行ったんだよ。すると町が騒然となっててさ。町の周りには魔物が明らかに増えてたし、海にも魔物が増えてて船なんかとても出せないっていうんだ」
「そんなに魔瘴が迫ってきてるんですか?」
「あぁ。ちょうど昨日くらいから酷くなってきたらしい。辛うじて町のマナで守りきれてるって感じだな」
「町はなんと?」
「冒険者ギルドは大樹のダンジョンに助けを求めてる。でも役場のほうはどう対応すればいいかわからないって感じだな……」
はぁ~。
結局こうなったらウチがやるしかなくなるんだよな。
「一応聞いておきますけど、王都に救助依頼を出す考えはなさそうですか?」
「ないと思う。少なくともギルドは王都にはなにも期待してない」
「「「「……」」」」
まぁこれが現実だよな。
さっきのティアリスさんの話でも王都にはいっさい触れられてなかったし。
「今すぐ対応が必要なんですね?」
「明日じゃ間に合わないかもしれない……もう少し早くに行ってればここまで遅れを取らなかったのかもしれないが……」
「それは仕方ないですよ。リーヌの人たちの危機感が足りなかっただけですから。それにゾーナさんとブレンダさんの出身地でもないんですし」
「そうだけど、ジェイクやアシュリンの家族もいるし、アラナの墓も守りたいしな。だから封印結界を頼みたい。素材分の魔力を消費してもらうことになると思うけど……この様子だと対価も期待できないかもしれない……」
「それもゾーナさんたちが心配することではないですから。それにこちらから魔力の対価を要求しても高すぎるって一蹴される可能性もありますからね」
「「「「……」」」」
いくら人の命を救うためだからといってもダンジョンの運営ができなくなるリスクを冒してまで助けるつもりはないぞ。
そうなったらウチの従業員全員失業の危機に陥るんだからな。
「カトレア、エマを呼んできてくれ」
「はい」
すぐにエマはやってきた。
おそらくここに来る途中にカトレアから話は聞いてるであろう。
「リーヌだ。いけそうか?」
「はい! いつでも大丈夫です!」
「じゃあすぐに出発の準備をしてくれ。魔道柱、魔道線、ミニ大樹の柵、持っていく数を再度確認するように」
「はい! マリンちゃん、この三つのレア袋のダブルチェックお願い!」
「うん! 予備の材料も別のレア袋で用意しとくね!」
頼もしいじゃないか。
屍村に行って一番成長したのは間違いなくエマだろう。
今では封印魔法のレベルもララとユウナに引けを取らないらしい。
まぁエマは封印魔法しか使えないし、この二人に鍛えられてるんだからそうなってもらわないと困るんだが。
でもそれだけの素質があったということは素直に誇っていいと思う。
「なぁ管理人さん、もしかしてもう準備してあったのか?」
「当然ですよ。この大陸で魔瘴の影響を真っ先に受けるのはリーヌですからね。できればこんな形じゃなくてちゃんと報酬付きで依頼してもらいたかったですが」
「「「「……」」」」
「それとサウスモナとリーヌの間にあるエッズ村ですが、そちらへ魔瘴が浸食してくるのも時間の問題でしょうから、サウスモナかリーヌに避難するように伝えてもらえますか? エッズ村に封印結界を張るのは簡単なんですが、その村に残っていては生活の維持が厳しくなるでしょうから。もちろんマルセールに来てもらってもいいんですけどね。セバスさん、サウスモナとリーヌの町長宛てと、エッズ村の村長宛ての手紙は今持ってます?」
「もちろんでございます。ゾーナ様、こちらをお渡しください。サウスモナでは冒険者ギルドにいるベンジー様にお渡しいただくと早いかもしれません。私のほうからリッカルド町長には連絡しておきますので」
ゾーナさんは目を真ん丸にしながらも手紙を三通受け取った。
「リーヌの町の規模を想定してミニ大樹の柵はある程度組んでありますし、ウチのリスたちに町の周りを掘ってもらえばあとは置いて埋めていくだけなんで早いですよ。それにゲンさんも復活しましたから魔道柱の設置も簡単ですし」
「「「「……」」」」
エマがウサギたちに指示してずっとミニ大樹の柵を組ませてたからな。
「でも時間が時間だからさすがに暗くなるか。ユウナ、お前も行くか?」
「はいなのです! 二人でやれば早いしガッチガチにできるのです!」
「じゃあ頼んだぞ。エマが魔力の導通確認してる間にユウナはギルドに行って町の魔道士たちに封印結界の維持方法を教えておいてくれ。ジェイクさんかアシュリンさんもいるだろうからみんなを集めてもらえ」
「了解なのです!」
「ゾーナさん、封印結界のことはエマとユウナと魔物たちに任せて、それ以外のことをお願いしますね。町の人たちも混乱するでしょうから。できればリーヌに帰省してるウチの冒険者たちにも協力してもらってください」
「あ、あぁ……ありがとう……」
「ではご準備を。ウチの魔物も総動員しますので」
「ミャ~? (私も行くの?)」
「ボネは留守番だ。ダイフクとペンネも……ペンネは行かせようか」
海でなにかあった場合にペンネがいたほうが便利だろうからな。
「じゃあリーヌ組は以上。十分後に出発だ。カトレア、魔物たちに準備させてくれ」
サウスモナまで魔道列車で行けるようになった今ではラスに行くより早く着くからな。
あ、リーヌの海が魔瘴でヤバいってことはジャポングに向かう船にも影響があるかも。
……いや、少しくらいの魔瘴なら問題ないか。
帝国から撤収したあとも、屍村とベネット、そしてナポリタンの港には何度か船を走らせた。
もしかしたらまだ生き残っている人がいて助けを求めてる可能性があったからな。
そのときも港は魔瘴で覆われていたが、ウチの船はもろともしなかったという。
もちろん多少の傷はついたけど。
「ティアリスさんたち、こちらに来てもらっていいですか?」
三人は足早にやってくる。
「船で北ルートっていうのはダメなんですかね?」
「ラスは今日雪が降ってましたからね。ノースルアン周辺なんか結構積もってると思いますから海も危険だと思うんです」
あ、そっか……。
勝手に船は南ルートって頭の中にあったが、最初からその選択肢しかなかったわけだ。
でも雪なんて数年見てない気がする。
それにここらへんではたま~に降ったとしても積もることはないからな。
「船に冒険者は何人乗せます?」
「リーヌ周辺やジャポング周辺の状況を考えたら八人は欲しいと思います」
「なるほど。……それなら魔物討伐専門としての船も何隻か出してみましょうか」
「「「「えっ!?」」」」
「港付近だけですけどね。リーヌとオーエド、エゾの三つの港でしょうか」
「それいいですね! 船に乗れさえすれば勝ちですから港に魔物を近付けさせなければいいんです!」
港にも冒険者がいたほうがより安全だよな。
「ラスには何人くらいウチの冒険者います?」
「三十人くらいでしょうか?」
「ではその人たちにはオーエドとエゾの港に降り立ってもらいましょうか。ラスやツクシの港はラスを拠点にしてる冒険者に担当してもらいましょう」
「わかりました!」
「避難者を運ぶ船や魔物討伐専用の船には今ウチにいる冒険者に乗ってもらいます。帝国から移住してきた方が多いのでみなさん協力してくれると思いますし。それとリーヌ周辺の海の魔物討伐は、リーヌに帰省してるウチの冒険者たちにお願いしましょうか。あの町には船の操縦士もたくさんいるでしょうし。ララ、ゾーナさんに今の説明と、船を渡してきてくれるか。今日はまず封印結界で、明日の朝一から船での魔物討伐を頼むって伝えてくれ」
「うん!」
ほかにはなにがあるかな。
う~ん、やっぱりラスのほうも少しでも早く動いておくか。
「ティアリスさんたちも今すぐ移動しましょうか」
「「「えっ!?」」」
「ウェルダンに馬車を引かせますので。ラスで今日中に説明をして、明日の朝一から動けるようにしてください。そして明日はまずジャポングの町や港で説明をしておいてもらえますか? ジャポングからラスに行くかマルセールに行くかは、港にいる冒険者たちに統率してもらってください。正午くらいにはウチからの船が各港に到着できると思いますので。なにか変更があればピピから追って連絡させます。ではご準備を。船も何隻か渡しておきますね」
「……わかりました」
さて、あとなにか抜けてないか?
……うん、こんなところか。
「あ、ボネ、ウェルダンやみんなにウェルダンが別行動することを伝えてきてくれ。ついでにカトレアにも」
「ミャ~(仕方ないわね。これ終わったらおやつ食べるから用意しておいてよね)」
ボネはそんなに早くないスピードで走っていった。
カトレアならボネの言いたいこともなんとなくわかってくれるだろう。
「自分たちは明日でいいでござるか?」
「ん? 今日移動したいんならティアリスさんたちといっしょに行ってもらってもいいけど? でも向こうでは別行動するんだし、忍者だってことはできるだけバレないようにしたほうがいいんじゃないのか? それにまだ船の操縦もわからないだろ?」
「う~ん、確かにでござる。兄上、どうするでござる?」
「……いや、今日中にラスの町に移動しておいて明日の朝一番で里に帰るでござるよ」
「え? ……わかったでござる。少しの時間ロスが命取りになることもあるでござるからな。ロイス殿、そういうわけでござるから、口の硬そうな操縦士を一人手配していただけないでござるか?」
「……ならヨハンさんに頼むか。スピカさん、南マルセールにいるモニカちゃんに連絡を取って、魚屋にいるヨハンさんに今すぐ行けるか聞いてもらえますか?」
「了解。無理にでも行かせるから心配しなくていいわよ」
ヨハンさんのことだから喜んで行くって言いそうだけど。
ジャポングの魚事情とかにも興味ありそうだし。
「冒険者は別に必要ないよな?」
「攻撃のことは今夜にでもヨハン殿に教えてもらうから大丈夫でござる」
「ジャジャ丸とチャチャ丸はここに預けておいていいでござるか?」
「もちろん。陸での移動はウェルダンに頼んでいいから。馬車も三台……いや四台までなら大丈夫なはずだ。でもティアリスさんたちにはバレそうだけど本当にいいのか? ヨハンさんもいるのはかなり不自然だし……」
「バレたら仕方ないでござるよ。今はそれよりも重要なことがあるってことでござる。で、ござるよな兄上?」
「その通りでござる。あ、妹よ、食料をいっぱい頂いておくのでござるよ。里のみんなの分もでござる」
妹よりも兄上のほうがさらに図々しいようだな……。




