第三百七十二話 頼りない王子様
五分後、すぐに第二王子様御一行がやってきた。
俺たちが待つ会議スペースにカトレアが案内してくる。
防具職人は誰もいないようだから邪魔をせずにすんでちょうど良かった。
「ロイス!」
「元気そうだな」
「当然よ!」
シャルルは髪が少し伸びたくらいでほかはなにも変わってないな。
って一か月半くらいじゃ変わるわけないか。
「こちらが私の兄よ!」
「ダンジョン管理人のロイスです。ようこそ大樹のダンジョンへ」
「急に申し訳ありません。ジェラードと申します。いつもシャルロットがお世話になってます」
ほう?
傲慢な感じがしないところは高評価だ。
「どうぞおかけください」
ブルーノさんとキャロルさんは笑顔でみんなに軽い会釈をしてくる。
かなり久しぶりだよな。
中級魔工ダンジョンが出現してたときだから五月以来か?
もう半年以上も会ってなかったのか。
……ん?
そこの二人はなぜ立ってる?
「カスミ丸とアオイ丸さんも座ってください」
きっと普段はこういう大勢が集まるような場には呼ばれないんだろう。
呼ばれたとしても情報屋兼護衛のような立場としてはすんなり座るわけにもいかないのかもしれない。
それよりアオイ丸、かなりカッコいい顔じゃないか?
顔だけ見ると第二王子よりもモテそうだ。
なかなか座らないので、飲み物を聞いて回ってるカトレアに合図してむりやり座ってもらう。
カトレアもアオイ丸に会うのは今日が初めてなんだそうだ。
どうやらアオイ丸は王都からは出ないようにしてたらしいからな。
忠誠心が強いのか、里にも帰らなかったらしい。
つまり今日は数年振りの外出のようなものだ。
「魔道列車はどうでしたか?」
「素晴らしいですね。あの速度であの安定感、それになんといってもあの運賃の安さです。馬車で移動する人がいなくなったことにも納得しました」
「お褒めいただきありがとうございます。王子様がいらっしゃると事前に聞いていれば特別便をご用意させていただいたんですけどね」
「いえ、特別扱いは必要ありません。それに王子なんてのは今の僕には不釣り合いな地位なんです。これからは自分の手で新しい道を切り開いていきたいと思っています」
ほう?
来ることを知らないわけがないとはわかってるはずなのに、軽くかわしてきたな。
この言葉が本心かどうかはまだ探りが必要か。
「小耳に挟んだ話によりますと、マルセールの町長になりたいそうじゃないですか」
「はい。今までシャルロットやセバスたちが築き上げてきたものをさらにいい方向に導きたいと思っています」
う~ん。
なんだか優等生って感じで上手くまとめてる感じが否めないよな。
年は確か二十歳だっけ?
「王族の方も学校に行かれたりするんですか?」
「え? はい……城の近くにある学校にみなさんと同じように通います」
ん?
「十六歳になる年齢からはどうされるんです?」
「え……城にて王族の仕事に就くのが一般的ですが……」
ふ~ん。
どうやらさっきまではジェマやシャルルから俺に質問されそうなことを聞いて事前に予習してたって感じだな。
その証拠にジェマの表情にも動揺が見られる。
「王族や王都の常識と、マルセールの常識は当てはまりませんよ」
「……それは理解してるつもりです」
「一例ですけど、マルセールには学校がないことをご存じでしょうか?」
「はい……」
「さっきみなさんと同じように通いますって仰いましたが、ここでは学校に行こうと思ったらどこかほかの町に行かなければいけないんです。通いなんて無理ですから当然引っ越すことになります。ここでの普通には学校なんてものは存在しないんです」
「はい……」
頼りない表情だな。
ララが言ってたこともあながち間違いじゃないのかもしれない。
変にプライドを持ってなさそうなところは好感が持てるけど。
「それにここはこれから急激に発展する可能性を秘めた町でもあるんです。しかし移住者の方々からすればまだまだ精神的に不安な面もたくさんあります。家や職を失っただけではなく、家族を失った人もたくさんいるんですよ? 王族の方たちはお城の中でそのことについて考えたことがありますか?」
「……」
「答えにくい質問でしたか。例えジェラード様が帝国の方々を救いたいと思っていたとしても、ご自分一人の力ではどうにもならなかったでしょうからね。でもマルセールにいたセバスさんたちは、王都の命令を無視してまで、帝国の人々を一人でも多く救うという決断をされました。もしジェラード様がそのときその場におられたら、その決断ができましたか?」
「…………いえ、僕には無理だったと思います」
お?
はいって言うかと思ったらこれは意外。
正直に言うのはいいが、それだと多くの人が死ぬことになってたんだぞ?
「移住者の方々の前で今の言葉が言えますか?」
「え……いや……」
「聞いてるとは思いますが、副町長には帝国の第二皇子が就任するそうです」
「はい……」
「今までは第三王女とその執事、それが今後は王国第二王子と帝国第二皇子の体制になるかもしれないんです。町の人は嫌でも期待しますよ?」
「はい……」
ララがイライラしてきたって言ってた気持ちがわかる気がする。
でもこれも王室というぬるい環境で育ってきたせいなんだから仕方ないと言えば仕方ない。
……ぬるいで合ってるよな?
継承権争いがあるんだから庶民なんかより厳しい環境だとか言わないよな?
自由がきかなくて息苦しい場所で一生我慢して生活しなきゃならない苦しみがお前ら庶民にわかるのかとか思ってないよな?
「ロイス君……その……」
「ジェマ、いいんだ。僕が頼りないせいなんだから」
シャルルじゃなくてジェマが口を挟んできたか。
そういや俺はブチ切れ激おこ設定にしてるってララが言ってたっけ。
だとすると助けを求めてきたジェマが一番責任を感じてるかもしれない。
でも今それを否定するのはこの場の空気ってもんがあるから違う気がする。
というか俺はジェマの計画内容が面倒に思っただけで、別になにも怒ってなんかないからな。
もしかして昨日カスミ丸が俺をこわがってたのも、ララがそんなこと言ったせいで俺が怒ってると思ったからなんじゃないか?
カスミ丸からしたら、あの人表情にはそこまで出てなかったのに内心ではブチ切れの激おこだったんでござるな……って思ってたりして。
まぁいい。
今は微妙な空気になってしまったこの場をどう明るい方向に持っていくかだ。
「いきなり町長に就任するわけではないんですよね? それまでなにするんですか?」
「役場の職員として仕事を学びながら、町のみなさんとの交流を深めていけたらと思っています」
う~ん、やっぱり無理なんじゃないかこの人。
事前に考えておいた定型文でしか答えられないって感じだ。
同じような質問しかされないダンジョン受付には向いてるかもな。
かといってダンジョン受付の座は簡単に渡さないぞ?
というかなんで俺が率先して喋ってるんだっけ?
元々向こうから会いたいって言ってきただけで、俺は話を聞く立場だったはずだよな?
……あ、俺が話すからいけないのか。
「すみません、つい第二王子様という存在に興味が湧いてしまったものでして。俺からは以上です。ではそちらのみなさんからもどうぞ」
「「「「……」」」」
ふぅ~。
そもそも町長の仕事のことは俺たちには全く関係ないからそっちで勝手にやってくれればいいし、封印結界のことならカトレアたちに聞いてくれ。
「ロイス君、ララちゃんの姿が見えませんけど、どちらに?」
またジェマか。
「ララは絶賛ブチ切れ激おこ中にも関わらず料理を作らないといけないから今は厨房にいる。昨日も夜遅くに帰ってきたし、今朝も朝早くから帰省する冒険者たちの見送りがあったから相当疲れてるみたいなんだよ」
「「「「……」」」」
ララを呼ぼうとするなよ?
あとで俺に当たられることになるからな。
「あの……ロイスさん」
ん?
誰の声だ?
……王妃様か。
名前なんだっけ……。
「なんでしょう? 先ほどの第二王子様に対する私の発言が不快な思いをさせてしまいましたでしょうか?」
怒らせると面倒そうだからな。
まぁウチは国の管轄外みたいなものだから最終的には無視すればどうとでもなるが。
「いえ、それは全然構いません。むしろどんどん言ってくださるほうがジェラードのためでもあります」
ほう?
「ですので私はもうジェラードやシャルロットのことに口を出すつもりはありません」
ならなにが言いたいんだ?
「私のことで恐縮なんですが、これからは私も自立した生活がしたいと思っています」
ん?
自立した生活?
「ですが私の存在がみなさまに迷惑をかけてしまうおそれもあると思うんです」
そりゃ王妃様だからな。
王妃様を一般人扱いできる国民なんてそうはいないだろう。
言わなければ誰も気付かないかもしれないが、バレて万が一誘拐でもされたら面倒だ。
「ですから私をダンジョンの従業員として雇っていただけないでしょうか?」
「「「「え?」」」」
は?
ダンジョンの従業員?
王妃様が?
…………面白いこと言うじゃないか。
「いいでしょう」
「「「「えっ!?」」」」
「ありがとうございます! 私、一生懸命働きますわ! 退屈な日常に飽き飽きしてたんですもの! あ、すみません……」
こんなハイテンションにもなるのか。
どうやらシャルルは母親似のようだ。
「ダンジョンの中であれば安心ですしね。それなら執事も護衛も必要ないですし」
「そうなんです! 息子たちはもちろん、セバスたちに手間をかけさせる心配もないと思うんです!」
「どんな仕事がしたいとかご希望あります?」
「できればお料理がしてみたいんですけど」
「わかりました。あとでララも交えて相談しましょう」
「え、はい……よろしくお願いします……」
なぜ急に不安そうになる?
ララの機嫌を心配してるのか?
というかシャルルたちが平然としてるってことは、王妃様がこう言うってことを知ってたってことだよな?
そこまで打ち合わせしてながら、なぜ王子様のほうはこうなってしまったんだろう……。
「「「「……」」」」
なんだこの空気は……。
って俺が悪いのか……。
なら仕方ない。
俺が口を開くしかなさそうだ。
「え~っと、ジェラード王子様もウチで働きます?」
「「「「……」」」」
余計変な空気にさせてしまったようだ……。




