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俺の天職はダンジョン管理人らしい  作者: 白井木蓮
第二章 大樹のために
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第三十七話 八百屋のおじさん

 地下三階オープンの前日、道具屋の店長と話をした後は食料品を買うついでに各お店との交渉に挑んでいた。

 どちらかというと食料品を買うことのほうがついでだったか。


「こんにちは」


「おう! 兄ちゃんいらっしゃい!」


 えぇっと、どこにあるんだろう。

 果物はめったに買わないから相場もわからなければ場所も覚えてないや。

 ……っとあった。


 リンゴは、一個20G、三個で50Gか。

 ミカンは、一個10G、五個で40Gね。


 でもバラで買取とかしてもらえるのか?

 あまり聞いたことないな。


「すみません」


「はいよ! 今日はなにを買ってくれるんだい!?」


 このおじさん声が大きすぎるんだよな。

 こんな人と交渉できるのか不安しかない。


「いえ、買い物の前に少しご相談したいことがありまして」


「なんだい!? 旬の野菜についてか!? 兄ちゃんもまだまだ子供だから好き嫌いせず食べないとな!」


「いえ、いや、旬の野菜にも興味はありますが……果物の買取とかしてもらえるんですかね?」


「おっ? 買取かい? どのくらいの量だ?」


「いえ、まとまった量ではなく、それに私ではなくて冒険者たちから買い取っていただけないものかと……」


「……なるほどな。道具屋のオヤジから聞いてるぜ。ちょっと奥で話そうぜ!」


 そう言って店の奥の商品倉庫のような場所の一角にあるテーブルに案内された。

 道具屋の店長からどんな話を聞いてるんだ?

 悪い話でなければいいんだが……。


「ほらよ! この麦茶美味いんだぜ!」


「ありがとうございます。……本当だ、喉越しがいいですね!」


 大樹の水で作ったら最高だろうな。


「で、詳しく話を聞かせてもらえるか?」


「はい、改めまして私は大樹のダンジョンの管理人をしているロイスと言います」


「おう! てか今さら紹介なんていらねえだろ!? 何年ウチの店に通ってくれてると思ってるんだよ!」


「そうなんですが、ただ毎週買い物に来てる少年としか認識されてないと思いまして」


「兄ちゃんみたいに毎週買い物に来る少年なんてのは他にいねぇんだよ普通は! それに爺さんのことだって昔から知ってるからな! 亡くなったのは残念だったけど、そのことも含め兄ちゃんが新しい管理人になったってのはおそらくこの町に住む者ならみんな知ってるぜ!?」


「えぇ!? そうなんですか!? またなんで?」


「そりゃこの町はそんなに大きくないから噂はすぐに広まるし、兄ちゃんがあそこに住むことになったときに爺さんが孫が来たらよろしくなって言ってたしよ。それに毎週少年が買い物に来てたら嫌でも気になっちゃうってもんだ! わっはっは」


 ……全く知らなかった。

 自分のことがそんなに町の人に知られてるなんて。

 しかも爺ちゃんがわざわざ挨拶していたなんて。

 なんて言えばいいんだろう。

 うん、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 誰も自分のことは知らないからと思ってなにも気にせず好き勝手町の中をフラフラしてた気がするが、それも見られてたと思ったら凄く恥ずかしさが込み上げてきた。


 このマルセールという町は宿場町と言われてるだけあって宿の数が非常に多い。

 位置的にはこの南北に大きい大陸の真ん中の西部にある。

 ここから西にはウチのダンジョンしかないものの、大陸北西の都市と南西の都市の中間地点にあたる。

 もちろんそれらとの都市の間にいくつか村や町はあるが。


 さらにここより東には二つ村をはさんで山を越えたところにこの国の王都があるのだ。

 北東や南東にある都市には王都からは海岸沿いに行ったほうが早いためこの町を経由することはないが、北西や南西にある都市にはこの町を経由したほうが、途中に休憩場所となる町や村などもあって最適ということらしい。


 この町はそんな最高な立地条件のため町の規模の割に行き交う人々が多く、自分のことなど知られることもないと思っていたのだ。


 それだけに自分の行動が恥ずかしく思えてきた。

 ……といっても特に変なことなどしてこなかったよな?

 せいぜい道端でしゃがみ込んでサイダー飲んでたくらいか?

 食堂のメニューをじーっと覗いてるのも見られてるのか?

 よく考えればシルバもずっといっしょなんだからそりゃ嫌でも目立つわ。


 うん、考えるのはやめた。


「今ウチのダンジョンで果物を育ててまして、それを冒険者たちにも採集可能にしようと考えているんです」


「ほぉ!? なんの果物だ!? もしかしなくても今持ってきてるんだろ!?」


「はい、こちらになりますが……どうでしょうか?」


 俺は鞄からリンゴとミカンを一個ずつ取り出しテーブルの上に置いた。

 なんかこれって本当に仕入れ交渉みたいじゃない!?

 薬草のときとは違って、ウチの収穫物の味が試されてるようで凄い緊張するな……。

 形とか色はどうなんだろうか?


「これは……」


 ……え?

 ダメ?

 商品にならないのか?


「香りが凄いな! それにウチで売ってるやつよりか少し大きい! 切ってもいいか!?」


「えぇ、どうぞ中も確認してください。もちろん味も」


 そうだよな、甘い匂いがここまで漂ってきてるもん。


「……包丁を入れただけでこのリンゴの瑞々しさが伝わってくるな。どれ一口……これは……美味い!」


「本当ですか?」


「あぁ、こんなに美味いリンゴは初めてかもしれない。どれこっちのミカンも……うん! 甘さが凄いな! これも美味い!」


 美味しいのはわかったが、バラでも買い取ってもらえるのか?

 まとめて仕入れるのでは意味がないからな。


「どうですか? 味のことではなくて買取のことですが」


「もちろんこんな美味いリンゴやミカンをウチで取り扱わない選択肢なんてねぇよ! 冒険者からの買取ってのはやったことないが、これならバラでも買い取る価値があるってもんだ!」


「それは凄くありがたいです。数なんですけど、一人当たり最大でリンゴは三個、ミカンは五個を予定してるんですが」


「おう! 買取価格を兄ちゃんに言っても仕方ないかもしんねぇが、リンゴ一個15G、三個で50G、ミカン一個10G、五個で55Gてとこでどうだ!?」


「いいんですか? ここで販売してる価格より高いと思うんですが……」


「このリンゴとミカンはウチで販売してるのよりも大きいし、なにより美味いからな! それに道具屋のオヤジから聞いた話だと大きさや鮮度のムラがなく状態もかなりいいらしいじゃねぇか? それならウチから行商人へ譲ってやることもできるからな! この価格では安いくらいかもしんねぇ!」


 道具屋の店長と随分親しいようだな。

 薬草の細かい品質のことまで話してたりするのか?

 まぁでも交渉がすんなりいったのはそのおかげか。

 普通冒険者がリンゴ一個だけとかミカン一個だけを買い取ってくれと言ってきたら絶対断るもんな。


「でもウチのリンゴかどうか判別できるんですか? 少し大きいリンゴやミカンなら他にも出回ってるのでは?」


「これだけ香りがしてりゃ間違えねぇよ! それにそれならそれで美味いってことなんだからよくねぇか?」


 確かにその通りだな。

 要は美味けりゃなにも問題はないってことか。


 でもウチとしては困る。

 もし似たものが大量に出回ったとして、それがその生産者の功績になるのならなにも問題はないが、もしウチの生産したものだと思われでもしたら、リンゴ農家さんやミカン農家さんから反感を買うことは間違いない。

 ウチは目立ってはいけないんだ。

 もちろん敵を作るなんてもってのほか。


 ……そうだ、ウチの品物とわかるようになにか印を付けよう。

 なにがいいかな、というよりもどうやって印をつけようか。


 ……結局これしかないか。


「申し訳ありませんがウチとしては少しでも目立つリスクは避けたいのです。他の農家さんたちにご迷惑かけるようなこともしたくありませんので、万が一そのようなことがありましたらご一報いただけますか? すぐにでも採集を取りやめにしますので」


「おいおい! こんな美味いものがあるのに世に出すなってほうが無茶だぜ!? 大丈夫だよ! こっちは高級路線で売り出すから!」


「高くして売れるんですか? こちらとしては最安でもいいくらいですよ?」


「それじゃ他のリンゴがいっさい売れなくなっちまうよ! 美味いし大きいからいいんだよ!」


「そう言われるのであればお任せしますが。それとダンジョン産の品物とわかるように印をつけたいんですけどいいですかね?」


「印? どんなのだ?」


「リンゴとミカンの皮の上に、大樹のマークを印字したいと思います」


「そんなことできるのか?」


「はい、このビラに書いてあるような大樹を皮の表面だけに魔力で印字することならできると思いますので。もちろん品質が変わるようなことはありませんので皮ごと食べられても平気です。それについてはこちらで確認はしますが」


「兄ちゃんが言うなら問題なさそうだな! それじゃあこちらからも一つ提案だ! せっかく大樹のマークをつけてくれるんだからそのリンゴとミカンを大樹産として売り出してもいいか!? 大樹のリンゴや大樹のミカンってな感じでブランド名をつけてな!」


 大樹のリンゴに大樹のミカンだって!?

 いいじゃんカッコいいじゃん!


 ……っと、ダメに決まってるだろ。

 なんでわざわざそんな目立つようなことをする必要があるんだ。

 俺はただ静かにのんびりしたいだけなんだよ。

 それに最近はいっぱい人が来てくれるのが少し嬉しいからそれだけでいいんだよ。

 リンゴとミカンを売りたいだけならもっと大量に栽培して売りつけてるよ!!


「すみませんがそれはやめてもらいたいのですが」


「えぇ!? 絶対流行るぜ!?」


「先ほども言いましたように目立つようなことはしたくないんです。このリンゴやミカンの栽培だって冒険者たちにウチのダンジョンに来てもらうために始めたことですから」


「……わっはっは! そうだよな! 道具屋のオヤジが言ってた通りだぜ! そういうことならわかった! ただし、大樹のリンゴとミカンは他の商品とは分けて置くからな? 客としてもまとめて買うんなら同じマークが入ったものを買いたいだろ?」


「もちろんそれはお任せします。そもそもお願いしてるのはこちらですから」


「それにしても惜しいなぁー、こんなリンゴやミカンだったら世界中が欲しがるのによ。あっ、冒険者たちには店の裏手に持ってくるよう言っといてくれねぇか? そのほうが俺もわかりやすいし、目立ちたくないんならそのほうがいいだろ? 嫁さんが対応することになると思うから」


「わかりました。早ければ明日から運用を始めるかもしれませんのでよろしくお願いします。また来週の日曜日に伺わせてもらいますのでなにかございましたらそのときに」


「あぁ! こちらこそよろしくな! それにしても兄ちゃんはしっかりしてんなぁ。ウチの息子に爪の垢を煎じて飲ませたいもんだぜ」


 その後、いつものように野菜を買い込んで店を出た。


 ふぅ~、果物も上手くいったようだ。

 あとは肉か……。


 また同じような交渉をしなければならないのかと思いつつ、肉屋に向かった。


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